菅野完著「日本会議の研究」を読んで

今年3月15日、自宅前でインタビューに応じる菅野完氏。あたしが撮影したので著作権は大丈夫です(笑)。

私は2015年5月頃からほぼ1年間、病気のため黄泉の国を彷徨っておりましたが、閻魔大王様から「お前は修行が足りんから、もう少し娑婆で苦しんでおれ!」と言われて、下界に戻ってきてしまいました。

ある程度意識が回復した頃、周りの世間を改めて眺めてみると、黄泉の国に行く前と比べるとすっかり変わってしまっていることに気がつきました。

リップ・ヴァン・ウィンクルか、浦島太郎さんになった気分です。

特定秘密保護法、集団的自衛権の閣内決定、安保法制、そして先の共謀罪成立です。憲法改正論議も喧しい。このまま、「戦前」に突入する雰囲気です。

超国家主義者や国粋主義者の皆様は万々歳なんでしょうけど、あたしのような日本の伝統を重んじる保守的な西洋かぶれの個人主義者にとっては窮屈な閉塞感しか感じません。

安倍一強独裁政権については、何度もこのブログで批判してきましたが、単なる蟷螂の斧で、何の突っ張りにもならないことは分かりきっておりますが、閻魔大王様からあれだけ「娑婆世界を見て反省して来い」と言われたものですから、こうして懲りもなく、ブログってるわけです(笑)。

で、今、あのかなりの物議を醸し出した菅野完著「日本会議の研究」(扶桑社新書)を今ごろになって読んでおりますが、「ははあ、なるほど、そういうことだったのか」と、一人で相槌を打ちながら読んでいるわけです。

この本が話題になった頃、私は黄泉の国におりましたので、知りませんでした。

意識を回復した頃、例の森友学園問題が怒涛の如く、あらゆるマスコミで報じられ、その中で、籠池理事長(当時)が記者会見に臨んでいる場面がありました。ある記者らしき人物が食い下がるように質問して、自分の名前を明かすと、それまで眠たそうな顔をしていた籠池理事長が急に目を輝かせて、「そうか、君が菅野君か、そうか、君があの菅野君かあ」と実に感動的に、そして嬉しそうに話している場面がありました。

「日本会議の研究」の中で、恐らく新聞雑誌や一般書籍では初めて森友学園のことを取り上げられていたので、これまた恐らく籠池理事長も読んでいたのでしょう。

籠池理事長にとって天敵だった菅野氏が、その後、籠池氏からその実力を買われて、逆に、菅野氏が森友学園問題の機密文書を託されるようになるとは、全く娑婆世界は不思議に溢れています。

私も本当に偶然に、フランス大使館で用があった時に、この菅野氏がマスコミの記者やカメラマンが沢山群がってインタビューされている場面に遭遇したことを今年3月15日のブログに書いたことがあります。(当時は、菅野氏が何者なのか、全く知りませんでした)

で、肝心の「日本会議の研究」ですが、今になっては、建前主義の新聞がやっと重い腰をあげて報道したので、かなりオープンになった事実があります。でも、出版された当時は、ほとんど報道されていなかったので、実に画期的な労作と言っていいでしょう。大宅壮一ノンフィクション賞読者賞を獲得したことは妙にうなづけます。

今、稲田朋美防衛相が、都議選の応援演説で「自衛隊としても宜しくお願いしたい」などと発言(後に撤回)し、「自衛隊の私物化」「自衛隊の政治利用」として問題になっています。稲田さんは弁護士なのに、憲法や自衛隊法や公職選挙法などについての知識には欠けていたようです。

安倍首相は、稲田防衛相は罷免しない、とはっきり宣言し、菅官房長官も「地位に恋々としがみついていた」などと発言するわけがありません。

彼らは、「日本会議国会議員懇談会」のメンバーとして堅い血より濃い結束があることが本書を読んで分かりました。第3次安倍内閣の8割がこの日本会議国会議員懇談会のメンバーであることもこの本には書かれています。

稲田氏は祖母以来、宗教法人「生長の家」の信者で、戦前に発行された谷口雅春教祖が書いた経典「生命の實相」をボロボロになるまで読んでいたことが本書の中に出てきます。

日本会議の原点となった生長の家は、今では方向転換して、左翼的エコロジー運動に重点を置き、日本会議とは一切関係を絶っているともこの本には書かれています。

いやあ、確かにこの本は読み応えがあります。ノンフィクションというより、身体を張った突撃取材によるルポルタージュと言った方がいいでしょう。

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