中野信子著「ペルソナ」は本人の話ではない???

 テレビによく出演されている脳科学者の中野信子氏の代表作なのに、まだ未読だった「ペルソナ 脳に潜む闇」(講談社現代新書、2020年10月20日初版、968円)をやっと読んでみました。彼女の書かれた「サイコパス」(文春新書、2016年11月初版)「シャーデンフロイデ   他人を引きずり下ろす快感」(幻冬舎新書、2018年1月20日初版)などを大変面白く拝読させて頂いたので、「是非とも読まなければ」と思っていました。

 そしたら、「はじめに」の最初から、

 どの本を読んでも、「中野信子」が見えてこない、と言われることがある。

 という文章で始まるので、これは一体、何の本なのか? と、のけぞりそうになりました。「ペルソナ」って何だろう?ー調べてみたら、心理学では、「外向きの人格」、マーケティング用語では「架空の人物モデル、ユーザー像」という意味でした。

 結論から先に言いますと、この本はどうやら、彼女の半自叙伝のようでした。しかも、三島由紀夫の「仮面の告白」にかなり影響を受けたような、そして、太宰治の主人公のような超自意識過剰で、自己顕示欲満々といった感じです。

 それでいて、ペルソナですから、中野信子氏という本人ではなく、かりそめの人物モデルの告白のようで、本人は読者からスルリと身をかわして逃げてしまう。何と言っても、この本の最後は以下のように締めくくられているのですから。

 これは私の物語のようであって、そうではない。本来存在しないわたしが反射する読み手の皆さんの物語である。

 おいおい、ここまで238ページも活字を追って読んで来た読者を、ここに置いてきぼりにするつもりなのかい?いやはや、やはり、著者の方が、一枚も二枚も上手であることを認めざるを得なくなるわけです。

 半自叙伝ですが、書き手の社会や世間に対する恨み、つらみ、怨念、ルサンチマンが、これでもか、これでもか、と溢れかえっています。著者は1975年生まれという「団塊ジュニア」世代で、社会に出ようとした時、超氷河期の就職難で、「自己責任」という新自由主義の嵐が吹き荒れ、ほとんどが、アルバイトやパートや嘱託や派遣など非正規雇用に甘んじなければならなかった、高度経済成長を知らない世代でした。著者は、日本の最高学府である東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了という立派な肩書がありながら、(本人は決してそう書いてはいませんが)、碌な就職口がなく、その前後には、彼女が美人だったせいか、数々のセクハラやパワハラやアカハラ(アカデミーハラスメント)などに見舞われたことが書かれています。

 あまりにも、暗い話が続くので途中でもう読むのはやめようと思ったぐらいでした。

 著者は、子どもの時から、自分は他人とはうまくコミュニケーションが取れない変わった人間だと思い詰めたり、自分で見抜いたりして、結局は脳科学研究という天職を見つけていきます。テレビに出始めたりすると、「学者がそんな軽薄なものに出るものじゃない」と陰口を叩かれたり、足を引っ張られたり、妬まれたり、まあ、人間の業ですから、そこまで書かれなくても最初から想像はできましたが…。

 でも、我慢して読み続け、真ん中を過ぎた辺りにこんな文章に出くわします(142ページ)。

 ウイスキーを一人で飲みに行くようになったのがこの頃のことだ。

 これを読んで、「今度ご一緒しましょう」などとお声を掛けてくださる方がいるかもしれないが、絶対にやめていただきたい。私は、酒は静かなオーセンティックバーで、一人で飲みたいのだ。どうか誘わないでほしい。断る心の負担もタダではない。

 はい、ウブな私は思わず赤面してしまいました。最高学府で博士号を取得された優秀な方でもこういう文章を(本という有料メディアで)世間にさらすんだ…。この本では、両親とも短大出で、それほど豊かではない家庭で、「毒親」に育てられたことを赤裸々に告白し、今の御主人とのなれそめも、「人からよく聞かれるから」ということで、あっけらかんと書かれています。

 あ、やっぱり、自叙伝だ!と思った瞬間、著者は最後に「 これは私の物語のようであって、そうではない。 」と書いて消え去ってしまうのです。

 まさに、恐るべし、というほかありません。

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