1948年から78年までの30年間、週刊新聞「たいまつ」を刊行していた、むのたけじさんが現在も郷里の秋田県横手市で元気に活躍している記事を目にして、大変頭の下がる思いを感じました。現在、90歳という高齢にもかかわらず、毎日、原稿の執筆を欠かさないというのです。
むのさんは、本名が武野武治。戦中に、中国などで朝日新聞の従軍記者として活動し、「この戦争は間違っている」と確信しながら、記事にできなかったことを悔いて、戦後、新聞記者を辞めて、自ら、週刊新聞を発行した人です。戦後60年ですから、その頃、30歳そこそこだったわけです。
どうやって、新聞経営を軌道に乗せたのか。家族がいらしたのかどうか。いらしたら、どうやって食べさせたのか…。知らないことだらけですが、「志」を持つことが如何に重要か、教えられます。
60年前の戦争が如何に悲惨だったか、彼のような生き証人がいたおかげで、「抑止力」が働いたと思います。でも、これから、戦争を知らない世代が大半を占めた時に、日本がどう変わっていくのか…。
否、もう随分変わっているかもしれません。
日本人は集団ヒステリーに陥りやすいことは、先の大戦の例をみても明らかです。結局、冷静に戦局を分析して、歴史的にも正しかったのが、あのつむじ曲がりで、世をすねて世間に背を向けて生きていたような作家の永井荷風だった、という事実をもう一度、目を向けるべきだと思っています。