森の哲人 

今回の小旅行の目的の1つが、森の哲人に会うことでした。
私の予備知識は、

・その人は皆から「おじじ」と呼ばれ、奥さんの「おばば」と家族一緒に森の中で暮らしている。
・子供たちにその森を開放して「自主性」を重んじて、子供たちの創意工夫と責任で、遊ぶなり、勉強するなり、やってもらう。
・子供だけでなく、都会の生活に疲れた大人たちもやってくる。
・そこは電気もガスも水道もない所で、燃料は薪。いわば自給自足に近い生活を強いられる。
・「おじじ」は昔、大病して、「あと、2年の生命」と宣告されたが、森で生活しているうちに、病気がすっかり治ってしまった。
・今年77歳になるというのに頗る元気。

ざっと、そんなところでした。

そこは、上川支庁の紋別郡滝上(たきのうえ)町という所で、旭川から車で2時間半くらいかかりました。国道273号線を北上し、滝西という所を左折すると、砂利道で、もう人など住んでいるはずがないと思われるほど閑散としたところを、奥へ奥へと突き進むと「おじじ」の「森の子供の村」がありました。

木造の掘っ立て小屋が数件建ち、1つは住居、1つは五右衛門風呂、1つはトイレといった感じでした。白い雑種犬のエンジェルが出迎えてくれました。

「おじじ」はこれから、東北地方のブナ林を見に、約1ヶ月間の旅行に出る準備をしていました。

突然の訪問にもかかわらず、「おじじ」は温かく迎えてくれました。
体感温度3度か4度です。「おじじ」は貴重な薪を焚いて暖をとってくれました。

「おじじ」は、ボツボツと話し始めました。

「言葉で、『自他一体』ということがあるけど、こうして、森の中でじーと暮らしていると、自分と森と木との境界線がなくなり、自然に溶けこむ感覚になるんです。この時、自分は自然に生かされているんだなあと強く感じます。これは、一言でいえば、愛なのでしょう。本当にそう感じました。区別とか、分別とかいう物差しがある限り、この感覚は分からないと思います。病気が治ったのは、森の気に触れたせいなのかもしれないけど、よく分からない。自然は何1つ、他のものを犠牲にして生きていない。命の尊さをしみじみと感じます」

大変失礼ながら、「おじじ」は77歳とは到底思えないほど、声が若く、頭脳明晰でした。
私は、思わず「この人は一体何者なのだろう」と、彼の目の奥を覗き込んでしまいました。(つづく)

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