アッシジの聖フランシスコの祈りから

神よ わたしを あなたの平和のために用いてください

憎しみのあるところに 愛を
争いのあるところに  和解を
分裂のあるところに  一致を
疑いのあるところに  真実を
絶望のあるところに  希望を
悲しみのあるところに 喜びを
暗闇のあるところに  光を

もたらすことができますように
助け導いてください

“アッシジの聖フランシスコの祈りから” への1件の返信

  1. 希望の光
    霧の中を彷徨うような日々を5年以上も過してきた友達の言葉です。

     「あの時は 生と死の狭間のようなところにいた、何か生きているものにしがみつかなければ 訳の分からない力で、死に引っ張られるような感覚に襲われてしまう。
     必死に 生のもの、猫や植物、色でいえば 赤などを求めていた。
     そんな時 糸つむぎに出会った。」
     ガンジーが 自立の為に広めた糸車チャルカ(インドの語源では輪という意味)
    体のエネルギーポイントのチャクラの名はこのチャルカ(輪)からきているそうだ。

     彼女は 過去とも未来とも人とも孤立している不安から糸つむぎにより「繋がる」ということを 体感した。
    それは 本当に一歩一歩とても地道な行為。でもそれは 着実に自分自身と繋がるということのようであった。
     私も体感しているので あの糸つむぎの不思議な感覚が理解できる。
     繋げようとすると上手くいかず、ただ今に集中し淡々と。自然な力、流れとともに在る感覚、流れに委ねて余計なことはしないほうがいい、それで始めて繋がっていくようなのだ。体にエネルギーが流れるのを感じる。瞑想のようなのだ。
     自分と繋がるということ。。
     自分に帰るということ。。
     過去でも未来でもなく 今この時に確かにあるものと繋がること。
     確かにあるもの。。
     確かにある命、
    私は それは 「自分」なのだと思う。
    たった一つの貴重な存在。
     誰に認められなくても 愛されなくても
     必要とされなくても 自分は自分である。
    ただ在ることを
    そのままの自分を尊ぶことかもしれない。
     今までの全ての体験、人を大切に出来なかったことも、傷つけたことも、ただあった事と受け入れる。全てを許し全てが許されること。
    そこに平和がもたらされ、
       希望がもたらされ、
       愛がもたらされるのだろうか。。。
    どんな人も可愛そうと思うのではなく、
    今出来いる限りのことをしていると信頼すること。それが 慈悲なのだろうか。
    慈しみ愛することなのだろうか。。。
      
     彼女は いう「あの苦しみは 神からのプレゼントだったと思う。 あの体験が 自分を今の強さへと 導いてきたようだから。」と。

    彼女の底抜けの明るさは 強さなんだろう。
    私の過去の悲しい体験も 笑い飛ばされて、心が楽になったものだった。
    たった一万円だけを握り締め札幌に出て、乳飲み子をかかえ 一人で生き抜いてきた人。
    その時の心境を昔語ってくれたが、「この子を育ててみせる!」ただその強い意志、愛だけだったそうだ。

     そして今彼女は 衰弱しきった子猫を拾い看病している。
     白血病と診断された時、泣きながら電話をくれた。。
    「受け入れることを学ばさせられてるようだ。」と目を擦りながらいっていた。
    私はマザーテレサを思った。
    死を目前にしている命に奉仕するということ

    「人は愛し愛される為に 生まれた」
    そうマザーはいっていた。 
    彼女は今マザーのように結果も見返りも求めず ただ与えられたこととして献身的に看病している。
    ただ愛することが生きること。
    そうなのかも知れない。ただ在ることを受け入れ、愛すればいいのかもしれない。
    何も求めず 期待せず 今を精一杯生きるだけ 愛するだけなのかもしれない。
    本当の事はとてもシンプルなのだろう。。
    人は○○だからと理由をいいたがるけれど、
    「だから」はないのだろう。。
    神は全ての人を愛するのだろう。無条件に。神の意志とともに生きたい。
    神よ私を平和のために用いてください。。。
    助け導いてください。。。

     
     ガンジーの糸車、自立を思う。
     自らの力で 立つことは 自分との関係を何より 深く結び付けなければならない。と
     人に何といわれようと 自分を第一に信頼し 勇気ずけ 愛さなくてはならない。と

    人から愛や力やあらゆる物を奪い求め合うのではなく、自らを愛し満たし 与え合う真の関係へと。。それが共生、共存、自然に学ぶ相互依存関係なのかもしれない。
    それぞれが 出来ることをし、調度よく支えあっている関係。
    無理せず 与えあっっている関係。
    平和な世界。
    何よりも自分自身と。全てここ(自分)から始まる。
      答えは自分にある。。。
      全ては自分が造る。。。

     
     

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