我々は飢餓と疫病と戦争を首尾よく抑え込めなかった=ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」と「ホモ・デウス」

 ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」上下巻(河出書房新社)をやっと読了しましたが、すぐさま、同じ著者の「ホモ・デウス」上巻(河出書房新社)を読み始めています。この本は未読でしたので、あまりにも「サピエンス全史」が面白かったので、途中で、本屋さんに駆け足で買いに行ったのでした。

 何しろ、ハラリ氏は若くして、歴史書から哲学書、経済学書、宗教書、最新科学書に至るまで浩瀚の古今東西の書籍を読破し、それら全てが頭にインプットされていますから、歴史的法則まで導き出し、予知能力まであるのではないかと思わされたのです。となると、彼の著作は全て読まなければいけないじゃないですか…。

 しかし、慌ててこの「ホモ・デウス」を読み始めると、「あれっ?」と思ってしまいました。この本の初版は2018年9月30日です。(そして、私が先日買った本は2018年10月10日発行での第10刷でした。)となると、著者が執筆した時点で、まだ全世界で新型コロナ(COVID‑19)のパンデミックが始まっていませんし、ロシア・プーチン大統領によるウクライナ戦争(2022年2月24日)も開始されていません。

 それらを割り引いて考えなければならないのですが、(そして、何よりも「事後法」で裁いた東京裁判の判事のような真似はしたくないのですが)、この本の数ページ読むと、こんな文章が出てきます。

 この数十年というもの、私たちは飢餓と疫病と戦争を首尾よく抑え込んできた。もちろん、この三つの問題がすっかり解決されたわけではないものの、理解も制御も不可能な自然な脅威ではなくなり、対処可能な課題に変わった。私たちはもう、これら三つから救ってくるように神や聖人に祈る必要はなくなった。飢饉や疫病や戦争を防ぐにはどうするべきかを、私たちは十分承知しており、たいていうまく防ぐことができる。(10ページ)

 あららら、これでは駄目ですね。著者に予知能力はなかった、と言わざるを得なくなります。まさに、今、ウクライナ南東部のマリウポリでは既に3000人以上が亡くなり、30万人以上といわれる避難市民が、食物も水もない薄暗い地下で飢餓に苦しみ、しかも、いまだにオミクロンのコロナは猛威を振るっています。早く戦争が終わるように、神に祈るしかありません。

 つまり、飢餓と疫病と戦争がハラリ氏が主張するほど、「理解も制御も不可能な自然な脅威ではない」ということを、もはや言えなくなってしまったのです。プーチン大統領の個人的な誇大妄想によるものだ、と説明してくれない限り、まずこの戦争は理解不可能です。21世紀になっても人類は相も変わらず同じ過ちを繰り返すとしか言うしかありません。

 とはいえ、私は、この本を閉じて読むのをやめたわけではありません。本文中で列挙されている「歴史的事実」が現代を生きる我々の教訓になるからです。著者のハラリ氏はこんな数字を列挙します。

・フランスでは、1692年から94年にかけて、全人口の15%に当たる約280万人が餓死した。それを尻目に、太陽王ルイ14世はベルサイユ宮殿で愛妾たちと戯れていた。

・1918年のスペイン風邪の世界的大流行で5000万人から1億人が亡くなったが、14~18年の第一次世界大戦での死者、負傷者、行方不明者の合計は4000万人だった。

・1967年にはまだ天然痘に1500万人が感染し、200万人が亡くなっていたが、2014年には、天然痘に感染した人も亡くなった人も皆無になった。

・2010年に肥満とその関連病で約300万人が亡くなったのに対して、テロリストによって殺害された人は世界で7697人で、そのほとんどが開発途上国の人だった。欧米人にとってアルカイダより、コカ・コーラの方がはるかに深刻な脅威なのだ。

・2012年、世界で約5600万人が亡くなり、そのうち人間の暴力が原因の死者は62万人だった(戦争による死者が12万人、犯罪の犠牲者が50万人)。一方、自殺者は80万人、糖尿病で亡くなった人は150万を数えた。今や砂糖の方が火薬より危険というわけだ。

 この最後の「今や」とは、著者のハラリ氏がこの本を執筆していた2017年か18年現在ということです。ウクライナ戦争を目撃している2022年3月の我々現代人は、いくら数字や統計を見せつけられても、「砂糖の方が火薬より危険だ」と言われてもピンとこないでしょう。

 「ホモ・デウス」の話はこれぐらいにして、最後に「サピエンス全史」を読了した感想文を追加しておきます。この本では、「いやに日本のことが出てくるなあ」と思ったら、「訳者あとがき」を読むと、訳者の柴田裕之氏がわざわざ、著者のハラリ氏に問い合わせて、日本関連のことを付け足してもらっていたんですね。

 だから、今から7万年前にアフリカ大陸を旅立った現生人類(ホモ・サピエンス)が日本列島に到達したのは、今から(わずか!)3万5000年前だったとか、インドや中国などアジアの大半は欧米の植民地になったというのに、日本がそうならなかったのは、日本が欧米列強のテクノロジーを積極的に取り入れて、産業革命を成し遂げたことを特記したりしていたんですね。

 この本は非常に面白い本でしたが、最後は結局、哲学的な幸福論になっている感じでした。

 ハラリ氏は「純粋に科学的視点から言えば、人生にはまったく何の意味がない。…現代人が人生に見出す人間至上主義的意義や国民主義的意義、資本主義的意義も、それに人権も自由も平等思想もまた妄想だ」と身も蓋もない絶望的な事実を突きつけておきながら、「苦しみの真の根源は、束の間の感情を果てしなく、空しく求め続けることだ。…真の幸福とは私たちの内なる感情とは無関係なので、内なる感情の追求をやめることだ」とブッダの教えまで引用して、読者を解脱の方向に導いてくれているかのようにも読めます。

 再読したくなる本でした。

 

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