あこがれの神楽坂

東京に戻って、もう随分前から行きたかった神楽坂に行ってきました。もう三十年も昔ですが、フランス語の勉強のために通った思い出の街です。

お付き合い戴いたのは作家の山崎朋子さんです。

「先生のような偉い方にご一緒して戴いて、大変光栄です」と言ったら、山崎さんは「私は『先生』と言われるのは嫌いだし、『光栄』と言われるのも大嫌いなんですね。意地悪ね」と真顔で言われてしまいました。

本当は、山崎さんにはたくさんの人に会ってもらいたかったので、「私の友人に声をかけてもいいですか?」と許可を取ったところ、

「わたし、あまり、大袈裟なことが嫌いなんです。それに、大勢の前でお話するということになれば、責任感を感じてしまうので、どうか、堪忍してください」と言われてしまい。二人だけで再会することにしたのです。

実は、山崎さんから仕立て用のバーバリーのワイシャツをプレゼントされたのです。私が帯広に住んでいた頃、手紙で「(帯広は)お菓子がおいしいところですよね」とあったので、六花亭や柳月のお菓子を送ったことがあります。ワイシャツはその御礼だったようです。が、目の玉が飛び出るほど高価なシャツでした。

そこで、山崎さんに御礼がしたく、場所は以前から行きたかった神楽坂にしたわけです。もちろん、バーバリーのシャツを着ていきました。

「SHUN」という店に行きました。神楽坂には「本家」と「分家」と「旬」の3店舗もあるのに、電話したら、すべて予約で満員で席がない、と断られてしまいました。

焦りましたね。大先生に恥をかかせてはいけません。電話では埒があかないので、駄目でもともとと思い、開店前の店のドアをたたき、ようやく、カウンターの2席を確保することができました。

前触れが長すぎましたが、山崎さんとは色んな話をしました。山崎さんは「サンダカン八番娼館」で大宅賞を取ったノンフィクション作家ですが、女性史研究家としてスタートしました。もう40年前です。その頃、まだ、平塚雷鳥さんや、神近市子さんや、山川菊枝さんらいわゆる歴史的な女性運動家が存命中で、山崎さんは彼女たちに直接お会いして、いろんな話を伺っているのです。

来月号の月刊誌「世界」(岩波書店)でそういった人たちの評伝を連載するそうです。2年くらい長期にわたるそうです。皆さんも是非注目してください。

待ち合わせの「上島珈琲店」では、ジャズがかかっていました。「SHUN本家」にもジャズがかかっていました。

山崎さんが「日本で一番、ジャズの音がいい店を知っていますか」と聞かれるので、私は「六本木?あ、新宿?ピットインですか」などと答えましたが、「いえいえ違います」となかなか答えを教えてくれません。やっと、

「岩手県の一関にある『ベイシー』という店です。そこのマスター菅原正二さんが、早稲田のジャズ研か何かのご出身で、カウント・ベイシーとお友達で、ベイシー本人も来たことがあるのですよ。私は、写真家の秋山庄太郎さんに連れて行ってもらいましたが、そこで紹介されたのが、タモリさんだったですよ」といったエピソードを披露してくれました。

神楽坂にして本当によかったです。

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