「新聞 資本と経営の昭和史」

 公開日時: 2007年10月10日

昨晩は、調布先生と半蔵門で会食しました。またまた、色々と人生訓をご教授して戴きました。

先生は、古い方なので、急に変なことを言います。例えば、

「博労の気質がなければ駄目だよ」というわけです。

博労といっても、よく意味がわかりませんでしたが、辞書によれば、牛馬の仲買人で、牛馬を品評する目利き役のようですが、それが、転じて、「博労の気質」というのは、何かを成し遂げてやろうという山っ気のある人物のようです。そういうことは、広辞苑にも載っていないので、私が勝手に判断したのですが、そういう言葉がポンポン出てきます。

博労の気質というのは、明治の時代から政治家や、実業家などに必要とされ、新聞記者なども、真面目なサラリーマンでは、記事の中身も面白みに欠ける。「博労の気質がなければ、駄目だ」というわけです。奥さんも、同じで、、英傑と呼ばれた人たちの女房には花柳界出身の人が多く、かつての経済団体の四天王(経済団体連合会の稲山嘉寛会長、日本経営者団体連盟の大槻文平会長、日本商工会議所の五島昇会頭、経済同友会の某=失念)といわれた人のうち、大槻氏以外の奥さんは皆、博労の気質の人だった(つまりそういう意味です)という興味深い話もしてくれました。

新聞記者なんぞも、ジャーナリストなどとお高くとまっていても、所詮、博労の民で、官僚の重要書類を盗み見したり、脅したり、すかしたりして、機密情報を取ってくるのが仕事で、「そんな大それた仕事じゃないよ」と言うわけです。

調布先生は私に、今西光男著「新聞 資本と経営の昭和史」(朝日新聞社)を読むように薦めてくれました。同書は、朝日新聞の編集局長から政界に進出した緒方竹虎を中心にした昭和初期の言論界における朝日新聞社の恥部が暴かれているそうなのです。

調布先生は憤ります。「朝日が、左翼だとか、反体制派なんて言ったら大間違いだよ。まさに、体制べったりで、右も左もオールマイティーなんだから。産経や週刊新潮が、朝日は左なんて言うのは、分かっていないね。戦時中は、朝日は飛行機を百何十機も国家から認められてるんだよ。こんなの国家との癒着じゃないか。今の電波行政みたいなもんだよ。当時の飛行機なんて、国家から割り当てられたんだから…。これだけでも、朝日が、いかにも体制派だったかの証左だよ」

もともと、朝日新聞は、大阪が発祥地で、東京日日新聞のように時の政府に対して敢然と立ち向かって言論を張る「大新聞」とは違って、庶民にも分かりやすいようにカナがふられ、スキャンダラスな事件を売り物にした「小新聞」だったというのです。

それが、明治の末に、東京の朝日新聞に池辺三山が夏目漱石を迎え入れて、文芸欄を作って、高級紙にステップアップし、政界にも太いパイプを築いていくのです。

「やっぱり歴史を知らなきゃ駄目だよ。インターネットやブログなんかにうつつを抜かしていたら駄目なんだよ」と調布先生は言うのです。

だから、もちろん、調布先生は、こんなブログは読んだりしません。

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