極右政党が勢力拡大=いまだ統一されていない?東西ドイツ

スペイン・コルドバ メスキータ

今からちょうど29年前の1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、翌90年10月3日に東西ドイツが統一されました。

めでたし、めでたし。多くの日本人はそう思っておりました。

何しろ、ドイツ人は勤勉で、メルセデス、ポルシェ等自動車の基幹産業があり、経済基盤は磐石で、欧州経済を牽引する「EUの雄」であります。共通通貨ユーロを創設して、「マルク安」の恩恵を受け、ドイツの独り勝ちの様相さえ呈しておりました。

ところが、先月10月の地方選挙で、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が大敗を喫し、メルケルさんは、今年12月の党首選に出馬せず、2021年の任期満了をもって首相の職を退くことを表明しました。

◇極右政党の伸長

同地方選では、中道派が有権者の支持を失う一方、「反移民」を訴える極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」や左派「緑の党」が支持を伸ばしました。

特に、旧東ドイツでは極右のAfDが伸長しました。何故なのか?11月7日付ニューヨークタイムズが「いまだ統一されていない東西ドイツ」(意訳:原題は、 A nation still at odds)というタイトルで、その理由になるような話題を取り上げてくれました。日本の新聞ではなかなか読めません。

◇フランク・デーメル氏、57歳、職なし、地位なし、妻もなし

焦点が当てられたのは、日本人の誰も知らないチェコ国境に近いエベルスバッハという小さな町です。日本人なら知っているドレスデンの南東に位置しています。主人公はフランク・デーメル氏、57歳。29年前に、共産党政権に対して自由と民主主義を求めて街角でデモ行進していた彼は、今では極右政党の応援のために同じ街角に立っています。

「あれから、およそ30年の歳月が流れ、確かに自由と民主主義は手にいれたが、彼は何もかも失っていた。仕事も地位も祖国も、そして妻もー。妻は西側に出稼ぎに行って、二度と帰って来なかったのだ」ーという壮絶な話からこの記事は始まります。

デーメル氏は、東ドイツ出身のメルケル首相(生まれはハンブルク)のことを「裏切り者」と糾弾します。同首相は2015年に「移民政策」に転換して、100万人以上の移民を受け入れます。デーメル氏は「望んでもいやしないのに、我々旧東独人は、旧西独人、移民に後塵を排して三等国民になってしまった」と嘆くのです。エベルスバッハの基幹産業だった繊維工業は斜陽となり、1989年以降、人口は半減します。多くの学校が閉鎖され、鉄道サービスも縮小されます。エベルスバッハはその後、隣のノイゲルスドルフと市町村合併せざるを得なくなりました。

◇自立心旺盛な旧東独女性

ベルリンの壁崩壊以後、旧東独の人口は全体で10%減少します。その3分の2は女性でした。共産党政権の政策により、女性が自立できるよう、より高い教育を受けさせたり、職業訓練をしたため、旧東独では女性の方が男性より自立心が旺盛だったのです。

◇結婚できない!

その結果、旧東独でどうなったかといいますと、特に若い女性が西側に移住し、結婚適齢期の若い男女比の格差が広がりました。15年の統計では、旧東独の20~40歳全体で、男性10人に対して女性は9人ですが、小さな村になればなるほど人口格差は広がります。ポーランド国境に近いヴァイスケイセルは、5人の男性に対して女性は3人。グラウビッツという村は、4人の男性に対して女性は1人しかいないというのです。嗚呼、これでは結婚もできませんね。

◇治安悪化が極右支持に?

しかも、最近では職がない外国の不良移民から市民が恐喝されたり、殺害されたりする事件も起きたりして治安も悪化しているというのです。それが、デーメル氏のような市民を極右政党支持に駆り立てている要因になっていることは間違いないでしょう。ベルリンの壁崩壊以降、ドイツは、バラ色の世界が広がるかと思っていたのに、これでは逆行です。

何処の国も大変なんですね。日本の近未来にならなければいいと危惧しているのは私だけでしょうか。

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