宮沢賢治と俵万智の父とアルミニウムの不思議

 佐藤健太郎著「世界史を変えた新素材」(新潮選書)を読了しました。私のような雑学好き、エピソード好きの人間にとっては、この上もなく面白かったでした。続編があれば、勿論、また読んでみたいですね。

 著者は有機化学の研究者なので、本文では原子記号などが多く出てきますが、文系出身の人が読んでも大丈夫です。著者は理科系とはいえ、歴史を取り扱うぐらいですから、かなり文系のセンスもあります。(私は文系ながら受験で化学を選択したので問題なし=笑)

 例えば、「炭酸カルシウム」の章では、石灰(炭酸カルシウム)は、土壌の酸性度を中和することから、作物を病虫害から守ることに注目して、石灰を普及することに尽力した人として詩人の宮沢賢治(花巻農学校の教諭で、石灰を産する東北砕石工場の技師でもあった)を取り上げております。また、「磁石」の章では、サマリウムという元素を用いて強力な磁石を世に送り出した松下電器産業や信越化学工業などで活躍した研究者が、歌人の俵万智の父親だったことも、例に挙げたりしています。

 俵万智は、ベストセラーになった歌集「サラダ記念日」の中で、「ひところは『世界で一番強かった』父の磁石うずくまる棚」という短歌が収めれていますが、こんなエピソードを知らなければ何も知らずに意味を分からず読み飛ばしてしまうことでしょう。

 この短歌の通り、俵万智の父親を抜いて、現在世界最強の座に君臨するのが、佐川真人(1943~)が1982年に開発したネオジム磁石だ、とこの本には書かれています。

 この本を読むと少し物識りになったような気がします(笑)。著者もこの本を書く上で参考にした文献を巻末で明らかにしていますが、専門書以外では、ハラリ著「サピエンス全史」やダイアモンド著「銃・病原菌・鉄」といったベストセラーになった一般書まで取り上げており、著者の目配りに感心するとともに、幅広い読書量に支えられていることが分かりました。

ドニヤン製高級レース Copyright par KYoraque-sensei

 どこの章を読んでも「なるほど」と感心するのですが、特に書き残しておきたいことは、新素材の発見によって、今では世界的な企業になった話です。その一つが、アルミニウムの世界最大級の米アルコア社を創業したチャールズ・マーティン・ホール(1863~1914)です。米オハイオ州オーバリン大学(桜美林大学を創設した清水安三が留学卒業した大学=ここまではさすがにこの本には書かれていませんねえ=笑。山崎朋子著「朝陽門外の虹」(岩波書店)に詳しい)の学生だった頃、フランク・ジューエット教授が学生のやる気と興味を引き出そうとして「アルミニウムを大量に精製する技術を開発すれば大金持ちになれるだろう」と聞かされます。これを聞いて発奮したホールは、実験と失敗と試行錯誤を重ねて、23歳の時にアルミニウムの精錬法を開発するのです。

 不思議なことに、この技術を見出したのは、ホール一人だけではなく、大西洋を隔てたフランスにもいました。化学者のポール・エルー(1863~1914)で、これまた不思議なことに、生まれた年も同じで、23歳で精錬法を開発したのも同じ。極め付けは、同じ年に51歳で亡くなっていることです。二人は面識がなかったといいますが、あまりにもの偶然の一致に驚きの連続です。歴史的必然さえ感じてしまいます。ホールの方は、アルコア社を設立して、ジューエット教授の「予言」通り、億万長者になります。

 当初、アルミニウムは強靭さに欠けていましたが、それは、合金の形で飛行機やミサイルにまで使えるほどになります。その合金の代表がジュラルミンですが、その独占製造権を取得したドイツのデュレナー金属工業が、同社の社名とアルミニウムを合体して名付けたのがジュラルミンだったというのです。クイズになるような雑学でしたね(笑)。

 このほか、真珠、絹(シルク)、ゴム、プラスチック、シリコンの話が知らなかったことばかりで面白かったでした。月に30万円も注ぎ込むようなネットゲームに熱中している若者にも勧めたい本でした。