稲川会石井会長の素顔

 裏情報に精通した名古屋にお住まいの篠田先生から電話があり、「渓流斎さんに相応しい本がありましたよ。いつも、かたーい本ばかり読んでおられるようですから、たまには息抜きして、気分を変えてみたらどうですか」と仰るのです。

 「何の本ですか?」と尋ねると、石井悠子さんが書いた「巨影」(サイゾー)という本でお父さんの思い出を書いた本だというのです。「ただし…」と篠田先生は一呼吸置いた後、「この手の本は、図書館に置いていないですよ。ご自分で買うしかありませんよ」とまで仰るではありませんか。そして、こちらの質問を遮るようにして、「著者の悠子さんのお父さんというのは、広域暴力団稲川会の二代目石井隆匡会長ですからね。今、吉本興業のお笑い芸人が闇営業したとか騒いでますが、そんな芸能人と暴力団との関係は昔からあったこと。大物政治家と石井会長との関係とか、この本を読めば出てきますよ」

 そこまで言われてしまえば、買うしかありません。ということで、昨晩から少しずつ読み始めました。

 娘から見た父親像ですから、拍子抜けするほど、何処にでもいそうな子煩悩で、娘思いの優しい優しい家庭人なのです。しかも奥さんには全く頭が上がらない恐妻家ときてますから、ずっこけてしまいます。

 勿論、娘は、父親の外での血と血で争う抗争や、激烈なしのぎの世界を直接見ていたわけではないので、石井会長のほんの一部分しか描かれていないことになりますし、娘から見た単なる「贔屓目」かもしれません。讃美してはいけないし、血なまぐさい話も出てこないので、勘違いしてしまいますが、少なくとも世間知の低い人には、この本を読めば「世の中はこのようにして出来ているのか」と分かります。

 特筆すべきは、竹下登首相と金丸信副首相が実名で登場することです。当時の石井会長は「裏総理」と呼ばれ、赤坂の東急ホテルのラウンジで会って、2人に助言し、采配を振るっていたことが書かれていました。2人の付き添いに小沢一郎氏もいたことが間接的に書かれています。間接的というのは伝聞ということで、証言したのは当時、石井家と懇意にしていた女子高生だったYさん。彼女は、霊感が強く、未来を言い当てることが得意だっため、山梨から上京して、ホテルで同席して見聞したことが描かれています。

 一国の政策を決めるのに最高権力者の宰相が、女子高生の話も参考にしていたとは驚きでした。

 また、石井会長の横須賀の自宅に、会長のいない隙に昼間から入り浸って、高級酒を呑んで引き上げていく怪しいおじさんが、何と、県警のマル暴担当の刑事さん。著者の悠子さんは、車でスピード違反を犯した時に、この刑事さんからもみ消してもらったことをあっけらかんと書いてました。警察と暴力団との関係が分かります。

 組織関係ですから、結束のために、納会やら新年会やら誕生会やらの宴席が欠かせません。そこに招待されるのが、芸能人です。著者の悠子さんは、あまりテレビを見なかったので、芸能人をあまり知らなかったのですが、ある大物フォークシンガーM・Cから「悠子は俺のこと知らないのか」と呼び捨てされたことを暴いていました。

 実名の芸能人も出てきます。石井会長はマヒナスターズがお気に入りだったようです。ほかに、おネエ言葉を話す歌手のM・Kとその物真似をするK。女性物真似のS・Mは、本物を目の前にして緊張して笑いが取れず、拍手もないまま、青ざめた顔で舞台から下がったことも書かれています。

 裏事情に詳しい篠田先生に、このイニシャルの芸能人は誰なのか聞いてみたら、スラスラと答えてくれました。そして、「今はユーチューブで検索すれば、何でも出てきますよ」と仰るので、見てみたら、昔の超人気アイドルや、お笑いの人、国際的な映画俳優まで組織の宴会に招待されて祝辞を述べていました。

 私も30年ほど前に芸能記者をしていたので、そういう話は聞いていましたが、ネット時代になり、「証拠映像」を見ると、さすがにショックでしたね。あの人も、えっ?あの人もかあ・・・という感じです。

 ちなみに、「経済ヤクザ」と言われた石井会長は、海軍兵学校を出たインテリで、堅気の人に対しては物腰が柔らかく、声を荒げることなく紳士的だったらしいです。私も昔行ったことがある銀座ナインの地下の「麦とろ飯」屋さん(今はない)が石井会長のお気に入りで、よく顔を出していましたが、会社の重役か大学教授にしか見えず、店主は何年も経ってから初めて、石井会長だったことを知ったといいます。これも篠田先生から聞いた話です。

 マフィアとの交流の話も面白かったですが、長くなるのでこの辺で(笑)。