稲庭うどん・秋田郷土料理店「銀座 佐藤養助」=菅首相と柿崎首相補佐官が御会食

 菅首相は、「首相の一日」を見る限り、朝、昼、晩のご飯はほとんど高級ホテルで召し上がっておられます。赤坂の議員宿舎では、どうも、奥方様と一緒に住んでいらっしゃらないんじゃないかと思われます。余計な推測ですが。

 食事はいつもホテルなのに、10月1日(木)夜は珍しく東京・銀座の稲庭うどん・秋田郷土料理店「銀座 佐藤養助」で会食されておりました。御相伴に与っていたのが、あの注目の共同通信・元論説副委員長から首相補佐官に御栄進されたばかりの柿崎明二氏と園田修光参院議員です。柿崎氏は菅首相と同郷の秋田県出身でしたね。

 それで秋田郷土料理店ですか。彼の首相補佐官就任祝いを兼ねていたのかもしれません。10月1日付の人事でしたから間違いないでしょう。

 場所が銀座ということでしたら、私もそこにランチに行かざるを得ません、ということで、本日行って参りました。

 お店は、泰明小学校近くと言えば見つけやすいかもしれません。斜め向かいにラーメンの「はしご」があります。私も何度も傍を通ったことがありますが、入店するのは今回が初めてでした。

 注文したのは、かけうどんの次に安い「二味せいろ」です。それでも1300円。天ぷらせいろになると2200円でした。残念、手が届きませんでした。そしたら、お隣の若い女性が平気で注文して食べておられました。

 麺に独特のコシがあり、実に美味い。一口食べただけで絶品さが分かりました。それだけの値段の価値があるお店でした(笑)。「八代目 佐藤養助」の創業は、万延元年。この年は、桜田門外の変があった年でしたね。まあ、凄い歴史です。

 秋田県湯沢市に総本店があり、同県内に10店舗、このほか、東京と福岡や、海外では香港とソウルに出店しているようです。

 うどんでこれだけ美味いのですから、秋田郷土料理なら大いに期待できます。その夜は、柿崎氏もさぞやご満悦だったことでしょう。

 帰り、お勘定を払うときに、早速、取材しました。「この店はお二階もあるんですか?先週、菅総理大臣がお見えになったようですね」

 「そうなんですよ。新聞に載っちゃいましたからね。先週の木曜日でしたか、飛び込みで来られて、SPが20人もいらしたんですよ」。あらま、僕みたいな密偵にそこまでしゃべっちゃっていいんでしょうか(笑)。しかも、ちゃんと、20人、本当に一人ずつ数えたのかしら? それにしても、日本の最高権力者が予約なしで来られたとは驚き。

 「(菅首相は)官房長官時代からよく御利用して頂いてますからね」

 あ、そういうことでしたか。菅首相にとって、ツーカーで話が通じる馴染みのお店だったんですね。

 最近の渓流斎ブログは、銀座のランチの話ばかりですが、本日は内容が濃いので、大目に見て頂けることでしょう(笑)。

竹中平蔵氏の「月7万円ベーシックインカム」論と銀座のカレー

 本日発売の「週刊ポスト」誌は「年金消滅!健康保険も失業保険も廃止になる! 菅首相と竹中平蔵ブレーンがブチ上げた『月7万円ベーシックインカム』の企み」とやれば、若者向きの「週刊プレイボーイ」まで、「パソナ竹中平蔵さんを歴代首相はなぜこんなに寵愛するのか?『月7万円ベーシックインカム&年金廃止』提案で騒然、菅首相も就任2日後にご会食!」なんてやってますね。

 中身を読んでいないので詳細は分かりませんけど、またもや、あの東洋大教授、実はパソナ会長、オリックス社外取締役、SBIホールディングス社外取締役…の竹中平蔵氏(69)が世間を騒がしています。

 竹中氏が「月7万円ベーシックインカム」の持論を展開した最初が「週刊エコノミスト」誌(毎日新聞出版)6月2日号だったといわれています。彼はインタビューで、「例えば、月に5万円を国民全員に差し上げたらどうか。その代わりマイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう。これはベーシックインカムといえる。実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる」と発言されております。

 それが、9月23日に放送されたBSーTBS番組「報道1930」では、「国民全員に毎月7万円を支給したうえで、マイナンバーと銀行口座をひも付けて所得を把握し、一定以上の高所得者には給付後に返納させる『所得制限付きのベーシックインカム』」を改めて発言しました。

 おお、5万円から7万円に上がった!と喜んでいる場合じゃありません(笑)。家賃やら公共料金、携帯代など払って月7万円なんてとても暮らしていけません。敏感な市民からは、ツイッターに<#竹中平蔵は月7万円で暮らしてみろ>というハッシュタグ付けて書き込みが始まってます。

タンドリーチキン・カレー 1020円

ま、あまり愉快ではない話はこの辺にして、本日は本格的なインドカレーが食べたくて、ランチは銀座の「デリー」に久しぶりに行って来ました。

 神保町を特集したテレビ番組を見ていたら、「共栄堂」「ボンディ」「カヴィアル」「仙臺」…と美味しそうなカレー屋さんが出てきて、食べたくてしょうがなくなってしまったのです。昼休みは、時間がないので神保町まで行けず残念!

 そう言えば、もう30年も昔、文芸記者だった頃、週に2~3回は神保町に通ったものです。書評用の本を買ったり、岩波書店や小学館などの出版社に行って取材したり、です。その時、よくランチに行ったのが、東京堂近くの「キッチン南海」でした。それが、今年のコロナで閉店になってしまった、ということでショックでしたが、最近、また近くで再開したというのでいつか行ってみようかな、と思っています。

 カレーの話でした(「キッチン南海」もカツカレーが旨かった)。この銀座「デリー」も会社が日比谷にあった30年前によく行ったものでした。今回、30年ぶりぐらいに行ったのですが、ビルが建て替わって店もスタッフも全く新しくなっていて、「スープカレー」屋さんだったこともすっかり忘れていました。でも、「30年前もスープカレーだったかなあ」と今でも疑っていますが(笑)。

 この店、ランチは銀座にしては手頃な値段で、スパイスも本格的ですから、話のタネとして一度は行ってみる価値があるかもしれません。でも、やはり、カレーなら、安くて美味しい神保町がいいなあ。

 

東証は大丈夫なのか?=そして「学問の自由」の侵害に物申す

銀座・能登輪島 

 昨日10月1日、東京証券取引所のシステム障害で前代未聞の「終日、全銘柄の売買停止」の事態となり、関係者は泡を食ったことでしょう。1日3兆円もの取引があるとは、知らなかったなあ…。

 何しろ、東証に参加している7割が外国人投資家だということですから、世界的な大事件になってしまったわけです。でも、単純計算すると、日本人はわずか3割しかやっていないということでしょうか。じゃ、ほとんどの皆さんには関係ない話でしたね(笑)。

 私が興味を持ったのは翌日の新聞紙面はどうなるか、ということでした。何しろ「終日停止」は初めてのことです。まさか白紙の紙面を出すわけにはいかないはず、どうなるのかなあ、と思いましたら、2日の日経朝刊紙面は上の写真の通り、「-」が並びました。(朝日、毎日、東京は株価欄は掲載せず、読売、産経はデータなしで掲載)

 2日はシステムも回復して、通常通り取引が再開されたということで、やれやれです。「バックアップ」が機能しなかったということが今回最大の問題点だったでしょうね。

 ◇◇◇

 さて、菅義偉首相が1日、「日本学術会議」(政策提言を行う国の特別機関)が新会員として推薦した法律・歴史学者ら6人の任命を拒否していた問題が発覚し、本当に唖然としました。政府は、その理由を開示することを頑なに拒否しましたが、任命拒否された6人は安全保障関連法や特定秘密保護法などで政府の方針に異論を唱えていた学者ばかりです。任命拒否は、憲法が保障する「学問の自由」の否定につながり、「ついにここまで来たか」との意を強くしました。

 任命拒否された一部の学者をご紹介すると、特定秘密保護法について、「民主主義の基盤そのものを危うくしかねない」と批判した東京大社会科学研究所教授の宇野重規教授(政治思想史)、長年、改憲や特定秘密保護法などに反対してきた東京大大学院人文社会系研究科で日本近現代史の大御所・加藤陽子教授、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法案について、参院の参考人質疑で、「戦後最悪の治安立法となる」と批判した立命館大大学院法務研究科の松宮孝明教授(刑事法)らです。

 随分あからさまですねえ。6人全員、菅氏から見れば、いわば国家権力に歯向かった人ばかりです。でも、ここは、民主主義国家日本ですよ。中国や香港や北朝鮮やベラルーシやロシアの話じゃないんですからね。これでは、「彼らには人権がない」なんて批判すらできませんよ。このままでは「表現の自由」まで脅かされかねません。

 2日になっても、加藤勝信官房長官は「任命権者である首相が日本学術会議法に基づいて任命を行った」と繰り返すのみで、任命拒否を見直す考えはないことを改めて強調しました。

 菅政権になってまだ間もないですが、こういう風潮では「この道はいつか来た道…」になりかねません。安倍前首相が後ろで糸を引いているのか、菅首相自身がしたたかに独裁しているのか、今の時点ではまだ推し量ることはできません。でも、黙っていたら、菅首相に同調することになるので、私は断固、任命拒否の撤回を求めます。

「図書カード」拝受と宗教騒動のお話

 NHK出版から自宅に封書が届きました。「面妖な、何用か?」と思いながら開けてみたら、「図書カード」(500円分)が入っていました。やったー、です。

 クイズに当選したわけではなく、NHKラジオの語学テキストの投稿コーナーに投書したことで抽選で当たったようです。思えば、語学学習はもう半世紀以上、NHKラジオで学習してきました。一番最初が中学校1年生の時の「基礎英語」(サラブレッドの綴りがthoroughbredだと知り、カルチャーショックを受けたことを覚えています)、中2で「続基礎英語」、中3から「英会話」…そして今でも聴き続けている杉田敏先生の「実践ビジネス英語」は「やさしいビジネス英語」から聴いているので30年以上経つと思います。あと、大学生から「まいにちフランス語」も聴き続けています。

 「実践ビジネス英語」はかなりのハイレベルで、NHKラジオ英語講座では最高レベルです。2年前から義理の息子になった米国人に試しに使ってみると、「そんな言葉知りません。チェック!」と言って、スマホで検索します。そして「本当に知らなかった」と白状するのです。凄い快感になりますが(笑)、英語を母国語にする人さえ知らないというのでは、日本人が知らないのも当然ですね。そんなことを投書したのです。まさか、これが当たるとは!(投書は誌面上では非公開にしたので、今回が初公開です)

湯島「吟」しめ鯖と盛り合わせ

 さて、一昨日夜、この渓流斎ブログのサイト管理運営でお世話になっているIT技師長のM氏と湯島の「吟」で、本当に久しぶりに一献を傾けました。この「吟」は、高校時代の後輩さんがやっているお店ですが、コロナ禍で経営が大変になりました。そこで、いわゆるクラウドファンディングで資金集めをしていたので、私も些少ながら寄付に応じたのです。おかげで、半年間、飲み代は半額になりました。

 M氏は主に関東・首都圏の寺社仏閣の縁起をまとめた公式サイト「猫の足あと」を主宰運営しているので、現代の宗教界の裏話に通じています。彼と会うと、そういった話が聞けるのが楽しみです。宗教学者は宗派の宗旨や歴史については詳しいでしょうが、宗教界のゴタゴタや最新情報に精通しているのは、やはり宗教ジャーナリストになるからです(笑)。

 例えば浄土真宗です。彼は、寺院から宗旨を変更した旨のメールを時折受け取るといいますが、一番多いのが真宗大谷派(東本願寺)から浄土真宗本願寺派(西本願寺)、もしくは浄土真宗東本願寺派への宗派替えだというのです。浄土真宗東本願寺派というのは、かつて真宗大谷派の東京別院(浅草御廟)だったのですが、いわゆる「お東騒動」で真宗大谷派から離脱しました。その流れで、全国のかなりの寺院が浄土真宗東本願寺派へ宗派替えしているというのです。(ちなみに、浄土真宗には本願寺派以外に高田派など合わせて十派あります)

 へー、知らなかったですね。騒動の経緯などご興味のある方は検索すれば色々と出てきます。そうこうすると、いつの間にか、貴方も宗教ジャーナリストですね。

 浄土真宗系の寺院は今最も布教活動に熱心で、わずか3カ月の講習だけで僧侶の資格が取れる即席コースを設け、新寺を量産しているというのです。これまでどんな宗派も、僧侶になるためには短くても2年間以上の講習と修行等が必要とされていたので、M氏も「いかがなものか」と眉を顰めておりました。

 話は変わって、「日蓮聖人門下連合会」11教団(あの国柱会もあります)の一つ、顕本法華宗です。総本山は京都の妙満寺で、全国に約200の末寺がありますが、そのうち150の末寺が千葉県内にあるというのです。千葉で顕本法華宗が盛んなのは、その宗派の僧侶が、土気城主の酒井氏を帰依させ、領地七里四方の寺院を法華宗にさせるという荒技を行ったからでした。(七里法華の根本霊場)

 顕本法華宗は包括宗教団体なので、末寺は総本山に上納金のような布施を納めなければなりません。こういう制度は顕本法華宗に限らず、ほとんどの宗派、宗教に通じますが、彼の考えでは「関西に基盤も作れず、実質千葉県の末寺に頼っているのだから、布教活動の都合上、実質本山を千葉に設けるべきではないか」というのです。顕本法華宗の開祖日什大正師(1314~1393)の出身地である会津には、妙法寺(会津若松市)のわずか一カ寺しかないそうです。

 上納金というと、暴力団組織のように聞こえますが、実は、逆に、ヤクザの方が、寺のピラミッド制と末寺から本山への布施制度を真似したといいます。これには酔いが醒めました。

 このような総本山に上納金を納める包括宗教団体を嫌がって、最近では「単立」の宗教団体が増えているそうです。総本山から離れるには、お東騒動のように、自分たちで本山として独立するか、一本独鈷で行くかのどちらかを選ぶことになります。

 これは、寺院だけではなく、神社でも増えているというのです。神社本庁へ志納金が支払えないという理由のほか、神社本庁の運営に反対して離脱するというのもあるそうです。あの明治神宮でさえ、一時「単立」になったことがあったというので、驚いてしまいました。

 宗教は過去の遺物ではありませんから、絶えず進化して信者、門徒を獲得する布教活動(=経済活動)をしないとつぶれてしまいます。

 M氏によると、関東地方の旧武蔵国足立郡、埼玉郡をはじめとした荒川沿いに真言宗の寺院が現在でも多くあるのは、江戸幕府が河川改修、新田開発を積極的に行い、水田農村が飛躍的に増えたので、農村仏教である真言宗が飛躍的に増えたからだといいます。
 一方、山間部は鎌倉幕府の庇護を受けた臨済宗系の寺院が比較的多かったのですが、曹洞宗に宗派替したところも多く、その上、明治維新になって、庇護者である大名・旗本がいなくなってしまい、その経済基盤が崩壊して、寺院の数が減る要因になったといいます。

 ただ、曹洞宗の場合は、明治維新後に、本山の一つである「総持寺」を能登(現在、総持寺祖院として残されている)から神奈川県の鶴見市へ移転させ、これが結果的に功を奏し、関東の曹洞宗はその立場を維持できたのではないか、というのがM氏の見立てでした。

 如是我聞。盃を傾けながら、という罰当たりの行いをしながらでしたが、私自身は大変興味深く拝聴しました。

初のブラジル料理、そして共同通信出身が首相補佐官になるとは!

銀座ブラジル料理「バッカーナ」のステーキ・ランチ1320円

 このブログを熱心にお読み頂いているAさんから「『銀座のランチ』を楽しみにしています」とのメールを頂き、「他の記事はつまらんのかなあ」と内心、しょげつつ本日もまずは銀座のランチの話題をー。

 コロナ禍で海外旅行ができないので、せめて世界各国の料理を銀座で食べ歩きしている、という話をいつぞや書きましたが、昨日はブラジル料理に挑戦してみました。多分、私自身、ブラジル料理は今回生まれて初めて食したかもしれません。

 とはいっても、ランチメニューにあったのは「ステーキ・ランチ」のみでした。150グラムと300グラムがあり、私は勿論、150グラムの方を選びました。ステーキですからね、残念ながらブラジルらしい独特の料理とはいえませんでした。サラダ・バーがあり、選び放題、食べ放題でした。レタスのほか、トマトやブロッコリーやコーンやピクルスやポテトサラダまであり、それに加え、カレーまでありました。御代わり自由。空腹の時にこの店を選べば良いかもしれません。

ステーキ・ランチ 左上がビーフカレー、それにブラジルのマテ茶

 でも、カレーはお米が外米なのかちょっと…という感じで、カレールーも少し甘ったるくて、正直いただけませんでした。肉も堅かったなあ…。これは個人的感想で、超有名店にケチをつける意図は全くありません、ということを断っておきます。

◇共同通信出身が首相補佐官に

 さて、昨日29日の閣議で、共同通信社・前編集局論説副委員長の柿崎明二氏(59)を10月1日付で首相補佐官に起用するというニュースが飛び込んできました。加藤勝信官房長官は「政治・行政分野の報道活動に従事するなど幅広い知識と経験を有しており、適任だと首相が判断した」と起用の理由を説明しましたが、「いかがなものか」です。

 柿崎氏は菅義偉首相と同じ秋田県出身ということが決め手になったようです。地元紙の秋田魁新報(電子版)も「メディア出身者が国会議員を経ずに首相補佐官に起用されるのは初めてだ」と、おらが故郷出身者が出世して手放しの喜びようですが、何か引っ掛かりますね。

 そもそも、メディアというものは、権力を批判してこそ存在意義と価値があるものです。権力者側に立つのではなく、虐げられた弱者の立場に立って物事を俯瞰して考えてこそ、メディアです。たとえそれが青臭い書生論で、建前に過ぎないと言われようが。

 となると、メディアから国家権力の中枢に潜り込むということは、監視され取り締まられる側から、一挙に監視し取り締まる側になるということで、180度違うコペルニクス的転回と言えるのです。これまでさんざん政府や政権を批判してきたのに、持論や思想信条や宗旨まで変えて、まさに変節したことになります。

 私自身は政治部記者をやったこともないし、柿崎氏を知っているわけではなく、共同通信には何人かの友人・知人がおり、個人的な恨みもやっかみも何もないのですが、寅さんのように「それをやっちゃあ、おしめえよ」と言いたくなります。

 私はテレビのワイドショーの一部は不愉快になるので見ないようにしていますが、コメンテーターとして出演した柿崎氏は、いつもは体制べったり派で安倍政権の代弁者と言われた時事通信社出身の田崎史郎氏とは正反対の意見を述べていたのに、最近は、田崎氏に同調して政権寄りの発言が増えてきたと聞きます。まさに、官邸入りを見越していた、と批判されても仕方ありませんね。

 こんなこと書いても、何の足しにもなりませんが、菅政権の政策に少なからず影響を与える首相補佐官は、共同出身だということを国民は一時も忘れてはいけません。

 

「首相動静」熟読のお薦め

 菅義偉首相の一日(動静)を見てみると、出張の日を除いて、普段は朝6時半ころにはお住まいの東京・赤坂議員宿舎を出て、官邸内を散歩して、永田町のザ・キャピトルホテル東急内のレストラン「ORIGAMI」や虎ノ門の「The Okura Tokyo」ホテル内のレストラン「オーキッド」などで朝食を取ってから、執務に入ることが多いようです。菅首相は「朝型人間」なんですね。

 朝食は,お一人や秘書官と取ることもあれば、何と竹中平蔵東洋大教授とも密談されることもあります。夜は、麻生太郎首相(当時)とは違って、あまり高級料亭で会食されることはないようです。目を引いたのは、9月28日 西大井の迎賓施設「志高荘」で似鳥昭雄ニトリホールディングス会長らと会食したことでしょうか。この志髙荘というのはあまり聞いたことがないので、調べてみました。

 志高荘は、「日経不動産マーケット情報」誌によると、ニトリが2017年に、東芝の迎賓館「東芝会館」を買い取ったもので、敷地面積は6422平方メートル。2階建ての和風邸宅は、1941年に日本コロムビアの三保幹太郎社長(当時)の私邸として建築され、1953年に東芝に譲渡されたといいます。ニトリの買収価格は不明ですが、地元不動産業者によると、土地だけで35億円は下らないといいます。

 へー、面白いですね。当時、上場二部落ちしてしまった東芝に対して、ニトリは31期連続増収増益を記録し、飛ぶ鳥を落とす勢いの家具チェーンでしたからね。何か、「平家物語」の諸行無常…の文句が思い浮かびます。

 ついでながら、日本コロムビアの三保幹太郎社長が気になって調べたら、広島県出身で日本産業=日産コンツェルンを創業した鮎川義介(満洲の二キ三スケの一人)の懐刀と言われた人で、満州重工業開発の理事を務めた方だったんですね。まあ、戦前の富裕層は桁違いです。この三保幹太郎の子息が慶応大学を出てジャズミュージシャンになった三保敬太郎(1934~86)です。彼がラジオでDJをやっていた番組を昔よく聴いたことがあります。レーサーでもあり、事故死したレーサー福沢幸雄(1943~69、福沢諭吉の曾孫で、歌手小川知子との恋仲が週刊誌に書きたてられたことを覚えています)とは慶応幼稚舎以来の親友だったんですね。酒に酔って階段から転落したことが原因で51歳の若さで亡くなっていたことまでは知りませんでした。

 首相動静から飛躍して色々と調べていくと、発展して、色んな興味深い事が出てくるものです。我ら国民の代表で最高権力者である首相の動向を毎日、熟読すれば、思わぬことまで色々と出てきます。是非、お読みになることをお薦めします。

 何? 新聞取ってない? 嗚呼…、何をか言わんや…

英語翻訳は難しい=深い悩みに苛まれて生き抜くしかない

 昨日、携帯のiPhoneのソフトウェア・アップデートを行ったところ、普段なら30分ぐらいで終わるのに今回は、iOS14.01にバージョンアップしたせいか、1時間半も掛かってしまいました。

 バージョンアップしたら、最初の画面まで変わり、これまで見かけないアプリも勝手にインストールされていました。それは、「翻訳」アプリで、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語など10カ国語の翻訳ができます。

 ちょっと、試してみたら、まあまあ、なかなかの出来でした。人工知能(AI)か、ビッグデータか知りませんが、昔と比べてかなり精度が上がっていました。でも、英語和訳は、私はかなり難しいと思っています。中学生でも分かる簡単な英語でも、真逆な意味になることがあるからです。

 例えば、No kidding.  普通なら、「まさか」とか「冗談でしょ?」という意味なのですが、最近では「全くその通りです」と肯定の意味で使われているのです。

 もう一つ、Tell me about it.  普通なら「それについて私に教えてください」という意味なのですが、「もう分かったからいい加減にしてくれ」という使い方もあるのです。真逆ですね。

 You’re so beautiful. も素直に取ってもいいのですが、会話の中で、発音や身振りを交えれば、かなりの正反対の真逆のニュアンスを皮肉を込めて意味することすらできます。これはAIではまだできないでしょうね。

 何と言っても、英語の難しさは、単語の少なさにあると思います。日本語の「私」は、僕、俺、乃公、吾人、あっし、てまえ、おいどん、わし、あたい、自分…まあ、いっぽいありますが、英語なら「I」だけです。ということは、Iには、僕から自分までさまざまな「私」を含んでいることになります。AI翻訳機はそのうち、そこまで微妙なニュアンスを翻訳できるようになるかもしれませんが、もう少し時間が掛かると思います。

 さて、話は変わりますが、最近、ボケーと生きていたら、このブログのサイトから広告が消えていたことに昨日、気が付きました。IT技師長のM氏に調べてもらったら、8月9日あたりに「テーマ」をアップデートした際、PHPが書き換えられて広告がなくなってしまったというのです。昨日すぐ復活してもらいましたが、1か月半無駄にしてしまいました。

 この渓流斎ブログは2017年9月15日、gooブログから独立して、新しく自分のサイトを開設して以来、皆さまにとって目障りな広告をリンクすることにしました。これは、サーバー代とドメイン代の足しにするもので、皆さまのご理解とご協力を賜りたいと存じます(笑)。宜しくお願い申し上げます(広告をクリックして頂くと0.1円から0.5円ぐらいの収入が入ってくるようです。自分でクリックしたら違反となり、チャラになってしまうようです)。

 また話が変わりますが、このブログに、個人的ながら「最近心配事が絶えない」と書いてしまいましたが、どなた様からも御下問がないので正直に打ち明けたいと思います。まず、先月から高齢の母親が入院したこと、その前に高校時代の旧い友人が軽微ではない病気で、週に3回通院するようになってしまったことでした。まだありまして、小学校時代の旧い旧い友人が脚を骨折し、3カ月の入院を余儀なくされており、大学時代の旧い友人もホームヘルパーなしでは普通の生活をするのに困難を来すようになっていることでした。周囲の親しい人たちが次々と不自由な生活を強いられているのに、私は、持病以外は至って健康で(変な表現)、いまだに田舎から都心まで電車通勤して仕事を続けることができ、たまーには夜の街でお酒を呑んだりして、少し後ろめたい気分にもなっているのです。

 さらに、最近、三浦春馬さん、竹内結子さんといった端から見れば売れっ子で経済的には何ら不自由のないと思われる私より若い有名俳優が自殺してしまうので、衝撃を受けてしまいます。コロナ禍で仕事がなくなって生活に困っている無名の舞台俳優がそれこそ何千、何万人もいるというのに、です。もしかして、売れているとか経済的に恵まれいるとはいっても、本人の悩みは深く、そんなものでは満たされないのかもしれませんが。

 「生老病死」というのは、仏教思想から人間の理(ことわり)だということは頭では分かってはいますが、どうも心配事は軽減することなくまとわりつき、思想も哲学も宗教も「救い」にはならないのではないか、と私は詰ったりしたくなります。「お前には修行が足りないからだ」と言われそうですが、勉強すればするほど悩みは深くなります。

 電車に乗れば、老若男女、スマホの画面に熱中していて、何をやっているかと思えば、ゲームをやっています。ゲームが悪いという意味ではないのですが、車内で私のように仏教書や哲学書を読んでいる人間はこの何十年もお目にかかったことがありません。

 私も書物を棄てて、ゲームに熱中すれば救われるのでしょうか?ーいや、そうは思いませんね。やはり、心配事や深い悩みに苛まれながら、重い十字架を背負うようにして、毎日、歩み続けていくしかないことでしょう。仏教的な諦念かもしれませんが、与えられた生命を全うして生き抜くしかないでしょう。やはり、自殺は御法度です。

 

驚異的な菅内閣の支持率とコロナ感染マップ

 9月16日に発足した菅政権の支持率がメディア各社の調査で、60%~70%台という高さには驚かされました。新就任ということで「ご祝儀」もあると言われていますが、それにしても、異常な高さです。

 このままの報道を信じて受け入れた国民は「菅内閣はとても良い内閣だ」「仕事ができる期待できる政権だ」と思い込みそうです。でも、菅政権は「安倍政権を継承する」と訴えており、安倍政権末期の支持率は20%台のところもありました。そして菅首相は、当時は安倍政権の要の官房長官でした。支持率のアンケートの仔細を見る国民は少ないと思いますが、「支持する」人の理由として、「他にふさわしい人がいないから」というが結構多いのです。

 あまり皮肉を書いても、サイトが閉鎖されてしまうかもしれないので、「もしかしたら、菅政権は、大化けして、北朝鮮の拉致被害者と北方領土を返還してもらうような日本史に残る大仕事をするかもしれない」と書いておきます。

 今回の菅政権の目玉の一つが、デジタル庁の創設だと言われています。しかし、これも仔細に観察してみると、国民すべてのマイナンバーと銀行口座とのデジタル登録を完遂して、国民一人一人の資産を把握して、税金徴収を確実にすることが目的ではないか、と思えてきました。ま、これも富裕層と資産家に関係がある話で、皆さんには関係ないですね(失礼な!)。富裕層は飛び切り頭が良くて、賢いですから抜け道を考えることでしょうが…。

 そうでなくても、今は、ドコモ口座やゆうちょ銀行などの不正引き出し事件が多発しているわけですから、デジタル庁は、是非ともネット・セキュリティーの強化の方に力を入れてもらいたいものです。ハッカーとのいたちごっこが半永久的に続くと言われていますから、それこそ、ネット・セキュリティーにヒト、モノ、カネを投入してもらいたいものです。国家事業が、ハッカーされてはお話になりませんからね。

 さて、会社の同僚から面白いスマホのアプリを教えてもらいました。

 「News Digest」というアプリで、新聞社やテレビ局や通信社から提供されたニュースがあるのは、類似アプリによく見られるのですが、下の一番右の「コロナ・防災」をクリックすると、地図が出てきて、全国の新型コロナウイルスの感染場所が「〇」人と数字が出てきて、状況が一目で分かるのです。ちなみに、私が働く会社近辺の銀座を見てみると、某有名デパートでも3人の感染事例があったことが初めて分かりました(消毒済みらしいですが)!

 コロナ感染状況は、全国をカバーしているので、皆さまのお住まいのお近くの感染状況も把握できることになっています。

 また、コロナだけでなく、火事や交通事故など現場情報までもが出てきます。これは、どうも読者からの「投稿」によるようです。

 この「News Digest」というのは初めて聞くので調べてみたら、JX通信社という会社が運営しているようです。主要株主も公開されていて、テレビ朝日やフジテレビのほか、共同通信さんもメインの株主のようです。一方、主要取引先(ということは、ニュースを購入契約している相手ということか?)として、NHKのほか民放キー局、新聞社は朝日、読売、中日、産経、日経はQUICK、そして、もちろん共同通信さん。大手と言われるメディアで取引していないのは、スポーツ新聞(報知、日刊、スポニチ、サンスポ)と夕刊紙(東京スポーツ、日刊ゲンダイ、夕刊フジ)と毎日新聞と時事通信ぐらいでしょうか。

 ということで、何で、私が共同通信にさん付けしたのか、事情通の皆さんなら斟酌できるかもしれません。

 ネットニュースの世界も日進月歩ですから、動きは速いですね。ニュース・アプリと呼ばれるものはあまりにも沢山あるので、迷ってしまいます。でも、パイは限られているので、そのうち淘汰されることでしょう。

菅新首相の背後に「ぐるなび」と京浜急行電鉄があり

 コロナ禍になる前は、誰一人も予想すらしなかった菅義偉さんが第99代の内閣総理大臣に昨日就任されました。まずは、おめでとうございます。秋田県出身の首相は初めてで、法政大学出身も初めてということで、「たたきあげの苦労人」というイメージも板につきました。

 菅氏の地元秋田県湯沢市はお祭り騒ぎで、何と「提灯行列」まで繰り出されたようです。提灯行列なんて、昭和12年12月の「南京陥落」を私は思い出しましたよ。生まれていませんでしたが…。

 閣僚人事も発表されましたが、マスコミ、特に週刊誌は、大臣の「身体検査」に余念がありません。17日発売の文春砲では、菅義偉首相本人のスキャンダルを追っていたので、早速買い求めました。出勤途中の電車の中で読んだのですが、私以外、私の目に入る範囲で、一人も週刊誌を読んでいる人はいませんでした。勿論、新聞を読んでいる人も皆無です。新聞を読まなければ、週刊誌の広告を目にしないので週刊誌の売り上げも落ちていることでしょう。私なんか数少ない上客です(笑)。

 そう言えば、電車内でも週刊誌の吊り広告も減った気がします。東洋経済によると、関西の阪急電車は、週刊誌の広告の扱いをやめたようですね。メディアの衰退は、国力の衰退に等しいのです。健全じゃありませんね。そのうち反動がくることでしょう。

 さて、菅首相の話ですが、「政商による献金とそれの見返りの政策」という明治以来の利権の構造という伝統です。

 例えば、菅氏が先頭に立って推進している最大469億円の予算がついた「Go toイート」というキャンペーン。その背後にはグルメ情報サイト「ぐるなび」の滝久雄会長が控えているようです。1996年から2012年にかけて、滝会長の広告代理店「NKB」から菅氏の政治団体「自由民主党神奈川県第2選挙区支部」と「横浜政経懇話会」に対して、計280万円献金し、ポスター制作費58万8000円請け負ったことが収支報告書に書かれているといいます。

 NKBは、滝久雄会長の御尊父の滝冨士太郎氏が創業した交通文化事業社が母体になった会社で、最初は地下鉄のベンチの広告から始めたといいます。まさに「たたきあげの苦労人」という共通点があるんでしょうか?

 「Go toイート」は、コロナ禍で大きなダメージを受けた飲食店の救済が表向きの名目ですが、結局は、菅氏の政治団体に何かと気を遣う「ぐるなび」にも還元される仕組みになっているようです。

 もう一つ、菅首相が、官房長官時代から異様な意欲を示しているIR(カジノを含む統合型リゾート)事業です。その菅氏のIR事業を推進する「横浜カジノ計画」に名を連ねているのが京浜急行電鉄です。またまた文春砲によると、京急は2014年8月にIR事業参入発表し、カジノ建設地として想定される山下埠頭へのアクセスを整備したといいます。

 その間、京急の副社長から社長、会長に昇りつめた小谷昌氏は、1998年から2013年にかけて、菅氏の政治団体「自由民主党神奈川県第2選挙区支部」に対して、確認できるだけで700万円の献金をし、京急の関連会社「京急開発」の斎藤行正社長は900万円を寄付していたといいます。

 一方の菅氏は、その見返りなのか、京急の屋台骨の一つである京急百貨店で毎年開催される「京急将棋まつり」の名誉会長を務めているそうです。

 それにしても、随分、分かりやすい政商と政策の意味深な関係ですね。こういう裏ではなく、本筋の話は、テレビや新聞ではどういうわけか、あまり報じないので、週刊誌はなくなってほしくないものです。

茶番劇にはうんざり=鴎外と漱石の違い

  自民党総裁選は、「秋田県の貧農育ちで集団就職で上京した苦労人」、実は「父親は元満鉄エリート社員でカリスマ豪農。2人の姉は大卒の高校教師。本人は法大空手部副将出身の武闘派」という菅義偉官房長官(71)が昨日、総裁に選出されましたが、もうすでに8月31日に二階派、細田派、麻生派と主要派閥が雪崩を打って推薦したことで決まっていたようなものです。国家の最高権力者を選ぶというのに、投票できない国民は、黙って茶番劇を見ているしかありませんでした。いみじくも、14日付の朝日新聞社説は「苦労人?パンケーキ好き?だからなんだというんだろう。」と菅氏のことを思いっ切り批判していました。他の大新聞が「たたきあげの仕事人」とおべっかを使っているのとはえらい違いです。

 それにしても、勝馬に乗って美味い汁を吸いたいという権力志向の人間の性(さが)を見せつけられました。裏でどれくらいの金銭が動いたのか、動かなかったのか、知る由もありませんが、それにしても得票数を見る限り「石破つぶし」は凄まじかったですね。もう石破総裁の目はないことでしょう。菅氏は16日の臨時国会で第99代首相に指名されます。

 さて、今、竹内正浩著「『家系図』と『お屋敷』で読み解く歴代総理大臣 明治・大正篇」(実業之日本社)を読んでいますが、色んなエピソードが満載されています。特に、明治・大正時代の首相というのは、その地位と権力は今とはケタ違いで、愛妾を何人も囲い、広大な敷地の本宅と多くの別荘を持ち、その優雅さは現代人から見ると想像を絶します。

 ただし、「諸行無常、奢れるものも久しからず」で、広大な本宅や別荘は本人の手元から離れ、今では学校になっていたり、財閥の会社寮になってたりしているのがほとんどですが…。でも、この本を読むと、これまで知らなかった意外な事実が出てきて、読みだすと止まらなくなります。

 例えば、自民党総裁選で話題になった東京・永田町の一等地にある「自由民主党本部」。ここは明治になって「文部大臣官邸」があった所だったんですね。初代文部相森有礼が住み、後に首相になる西園寺公望も文部相時代にこの官邸に住んでいました。

 西園寺公望は、いわゆる京都のお公家さんです。実家の徳大寺家から西園寺家の養子になりますが、その家柄の良さは歴代首相の中でも皇族の東久邇宮稔彦王は別格として五摂家筆頭の近衛秀麿に次ぎます。西園寺の末弟徳大寺隆麿が住友本家の婿養子となって住友吉左衛門友純(ともいと)になったため、住友財閥から援助を受けた西園寺は生涯お金に困ることはありませんでした。大正8年(1919年)、首席全権として出席したパリ講和会議には愛妾(西園寺は生涯、正式に結婚をしなかった)と大阪の高級料亭「灘萬」(東京「なだ万」)の料理長まで同行させていたといいます。

 西園寺公望は、京都から新首都東京に来てから、本所、築地、銀座などさまざまな所に住みますが、その中に内幸町があります。「『家系図』と『お屋敷』で読み解く歴代総理大臣」の著者竹内氏は、それは明治29年、内幸町1丁目(現在、東京都千代田区内幸町の2丁目)で島津久光邸の跡地だったと書いております。しかし、その後で、「ここは最初の東京府庁があった所」と書いてあったので、どうも矛盾します。

 まず、島津薩摩藩の上屋敷があった所は現在の内幸町1丁目です(2丁目ではありません)。今は、みずほ銀行東京本部やNTT日比谷ビル(その隣に、あの「鹿鳴館」もありました)などがあります。

 現在の内幸町2丁目は、今は富国生命ビルやプレスセンタービルなどがある「日比谷シティ」です。確かに、ここは東京府庁がありました。ということは、著者は混同したようです。内幸町2丁目は、江戸時代は大和郡山藩の上屋敷があった所でした。明治になって東京府庁になり、1894年(明治27年)に東京府庁が有楽町の陸軍練兵場(今は国際フォーラム、江戸時代は土佐藩上屋敷)に移転した後、その跡地の詳細は分かりませんが、プレスセンタービルは戦前、満洲映画の東京支局でした。また、日比谷シティには昭和13年から昭和48年まで、渋谷に移転する前のNHKの東京放送会館があり、私もよく覚えています。

 ◇「文士の会」は今の「桜を見る会」?

 ところで、西園寺公望は首相在任中の明治40年6月17~19日に、東京・駿河台南甲賀町の本邸に文士を招いて宴を主宰しています。参加したのは、森鴎外、泉鏡花、大町桂月、幸田露伴、島崎藤村、田山花袋、国木田独歩(明治34年11月から翌年2月まで駿河邸内の長屋に寄宿していた)らです。その一方で、首相の招待を辞退した人もいました。それは、夏目漱石、坪内逍遥、二葉亭四迷です。漱石も二葉亭も、恐らく、権力に阿るようなことはしたくなかったのでしょう。

 文士の会は、現代版の「桜を見る会」といったところでしょうか?

 人はいつの時代でも、勝馬に乗って甘い汁を吸いたいという権力志向の持ち主です。そんな中でも反骨精神を持って、権力からなるべく遠ざかる人もいるわけです。作家というより、勲一等陸軍軍医総監にまで昇り詰めた森鴎外は前者に近く、帝大の文学博士号まで辞退した夏目漱石は後者だったのでしょう。文士ならそうこなくちゃ。この史実を知って嬉しくなってしまいました。