先行き暗いメディア業界

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仕事なので、嫌でも毎日、ニュースを見たり、聴いたり、読んだりしなければならないのですが、毎日、いつも何かしらの事件、事故があり、その度に気分がささくれ立ちます。

 最近では特に、幼児虐待殺人事件などは、見るのも聴くのもつらいですね。この事件に関しては、殺害した両親以上に児童相談所の不行き届きを批判する報道も溢れました。「児相さえしっかりしていれば、幼い女の子の生命が救われた」といった論調です。

 昨晩、ラヂオを聴いていたら、恐らく児相に勤めているらしき50代の女性から投稿があり、「ニュースを解説される方は、自分が児相で働いていれば、彼女の命を救えるとでも思っているのでしょうか。児相がどんなに大変で、皆、へとへとになって毎日仕事しているのか理解できないことでしょう。児相ばかりを悪く責めて、煽るようなことはやめてもらいたい」といった趣旨の発言をしていました。

 これに対して、ニュース解説者は「私は何度も児相を取材した経験があり、どんなに仕事が大変か、よおく分かっております…ムニャムニャ…」といった感じで応じていました。

 確かに、今に始まったわけではありませんが、報道各社、特にテレビのワイドショーなどは、やれ、韓国が悪い、やれ、社長の責任だ、などといった煽るような報道が目立ちます。

 そもそも、マスコミの原点は、ガンガンガンと銅鑼を大きく鳴らして「オオカミが来た、オオカミが来た!」と煽っているようなものですからね。そして、自分たちの責任は一切棚に上げて、高いところから人を裁くことに勤しみます。

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 今、中国の古典「荘子」を読んでいますが、良いことを言ってますね。

 人間の判断は、常に相対的なものであって、絶対的な正しさはどこにも存在しないのだ。

 国際的な紛争は、お互いの国が正義を主張することから起こります。一緒にすると怒られますが、テロリストにもテロリストの正義があるわけです。胡散臭さは別にして、ですが。

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 最近、大学生の就職先としてマスコミの人気は随分低下しているそうです。試みに某サイトを覗いてみたところ、2020年卒の大学生の就職希望ランキングは(1)伊藤忠商事(2)三菱商事(3)JTBグループ(4)三菱UFJ銀行(5)全日空ーと商社、航空、銀行が上位を占めていました。マスコミは、博報堂が17位でトップで、新聞社の首位は読売新聞で、何と75位ですからね。私の世代の1970年代後期~80年代初期は、朝日新聞が必ずベスト10に入ってましたからえらい違いです。

 マスコミが「3K職場」になったのか、やりがいがなくなったのか、理由はよく分かりませんが、こうしてネット社会になり、情報が溢れ、新聞が売れない時代になったからなのでしょう。駅構内のキオスクが次々と閉店して、新聞すら簡単に買えなくなりましたからね。車内で新聞を読む人は絶滅危惧種になりました。

 メディアの王様だったテレビだって、ネットに広告を取られて、かつてのような大名商売ができなくなりましたから、もう、そう悠長に構えていられないでしょう。

 今ですら、テレビのニュースは、視聴者からの「スクープ動画」に頼っているのですから、10年後、いや5年後のメディアがどうなってしまうのか、想像も尽きません。でも、信頼の置けないフェイクニュースが溢れ、報道にみせかけた広告記事や、お店や商品の宣伝を忍ばせたグルメ番組やショッピング番組ばかり増えるような気がします。

 悲観的ですか?

消費増税で便乗値上げはやめてもらいたいものです

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 来月10月から消費税が上がるということでアタフタしています。今のうちに高い買い物をしておくべきかどうか…。もう1カ月を切ってしまいましたからね。

 昼によく行く会社近くの寿司屋は、980円の握りランチをやってくれているのですが、顔だけ見ると意地悪そうに見える女将さんに「来月からどうなりますか?」と聞いたところ、「さあ、まだ決めてないのよぉ~。1100円にしようかしら?」とのたまうではありませんか。

 便乗値上げやんけ!

 2%増税なら、980×1.02=999円

せめて、1000円じゃないですか。

 それはともかく、軽減税率とかいう複雑なシステムで、消費税が8%になったり、10%になったり、わけが分かりません。

 そこで、松屋なんかは、店内で食べようが、持ち帰ろうが「同一料金」を打ち出してます。例えば、牛めし(並盛)は、消費増税でも現行と同じ320円(税込)。 店内で食べれは本体価格を291円にして、消費税10%=320円。持ち帰りだと、本体価格を297円にして消費税8%=320円としてます。 うまく考えたもんです。

「税金問題は国を滅ぼす」といわれてますが、大人しい日本人は香港のようにデモすることなく、お上の指図に唯々諾々と(出典「韓非子」)従っています。これで日本は安泰だあぁぁ。。。ただ、皆さん、スマホゲームに忙しくて、政治に関心がないだけなのかもしれませんが。

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 私は真面目人間ですから(笑)、いまだに一生懸命勉強しています。でも、古典派経済学の最大の理論化で完成者といわれる英国のリカードの著書「経済学および課税の原理」を読み始めたら、滅茶苦茶難しいですね。商品効用について、「労働価値説」と「稀少説」を提唱しています。

 それより、リカード(1772~1823 )は、 ユダヤ人の証券仲買人の息子で、アダム・スミスの著書の影響から経済学は独学で習得。後に公債引受人として巨万の富を得たこと。リカードの最大のライバルで論争相手だった「人口論」で知られるマルサス(1766~1834)はケンブリッジ大学を卒業したエリートで、英国教会の牧師だったことの方が興味あります。

 我ながら、ちょっと外れていますね(笑)。

来る者は拒まず、去る者は追わず

もう9月ですか…。過ぎ行く日々をつかまえたくなりまして、この夏を少し振り返ってみたくなりました。

個人的に、この夏の一番のハイライトは長年の夢だった真言宗の高野山(和歌山県)にお参りできたことでした。ちょっと高いツアーでしたが、行って本当によかったです。これまで全ての国内の聖地を訪れたわけではありませんが、滋賀県の天台宗総本山比叡山延暦寺も、福井県の曹洞宗大本山永平寺も意外にも観光地化した俗っぽさにがっかりしたことがありました。しかし、標高900メートルの山奥にある高野山は、街全体が静謐で、壇上伽藍は荘厳な雰囲気に包まれていました。

 えらく感激したのですが、皮肉屋の仏教ジャーナリストM氏は「真言宗は現在、大きく18本山に分派していますが、高野山真言宗(総本山金剛峰寺)は少数派なんですよ。むしろ、豊山派(総本山長谷寺、大本山護国寺)や智山派(総本山智積院、成田山新勝寺、川崎大師、高尾山薬王院)の方が勢力が大きいんですよ。それに、奥之院に織田信長や豊臣秀吉らの供養塔があるのは何のためにあるか御存知ですか?人を呼び寄せる観光のためですよ」と、のたまうではありませんか。

 まあ、その真偽も含めて、それはそれとして。夏の高校野球の季節となり、今年も智弁和歌山や智弁学園(奈良)の常連高が出場して、気になって調べたら、智弁が付く両校とも弁天宗という宗教団体を母体とする学校法人が運営する学校でした。そして、この弁天宗というのは、まさに高野山真言宗の流れを汲む新興宗教だったんですね。知りませんでした。

 このほか、真言宗系の新興宗教として、現在最も勢いがあって注目されているのが真如苑です。経済週刊誌に「最も集金力がある」と書かれていましたからね。真如苑は真言宗醍醐派(総本山醍醐寺)の流れを汲むそうですが、茲ではこれ以上踏み込みません。

京都・六角堂

夏の一番暑い盛りに京都にも行きました。どういうわけか浄土宗の寺院を巡る旅になりましたが、最終日に京洛先生から「京都のへそ」と言われる六角堂に連れて行ってもらいました。この六角堂の本堂北の本坊は「池坊」と呼ばれ、生け花の発祥地といわれてましたね。

 この池坊の敷地に読売新聞社の京都総局があり、「それは、読売新聞二代目社主の正力亨氏の妻峰子さんの妹が、池坊専永夫人の保子さんだったからです。その御縁なのでしょう」といったことをこのブログで書きました。

 そしたら、京都旅行から帰ってしばらくたった8月24日、この正力峰子さんの訃報に接したのです。享年83。亡くなったのが8月17日だったということで、ちょうど私が京都に滞在していた時でした。凄い偶然の一致には驚いてしまいました。

さて、先日、映画「ジョアン・ジルベルトを探して」を観ましたが、あんまり感動しなかったので、2007年8月に日本で公開され、あまりにも面白かったので、サントラ盤とDVDまで買ってしまった「ディス・イズ・ボサノヴァ」(2005年製作)をお口直しに自宅で観直してみました。

 日本ではあまり知られていませんが、ボサノヴァのスーパースター、カルロス・リラとホベルト・メネスカルの2人が、自分たちのボサノヴァの歴史を思い起こして、所縁の地を訪れるドキュメンタリーです。アントニオ・カルロス・ジョビンの息子パウロ・ジョビンもミュージシャンとして出演していました。

 これを観ると、ジョアン・ジルベルトの魅力が否が応にも分かります。その囁くような歌唱も、彼が独自に開発したといわれるギターのバチーダ奏法も、他の一流ミュージシャンと比べると、まるで月とスッポン。レベルの差が歴然としているのです。ジョアン・ジルベルトなくしてはボサノヴァは生まれなかった。彼がボサノヴァをつくった、と言われるのは納得できました。

 そのジョアン・ジルベルトはかなりの奇人変人で、晩年は隠遁生活に入り行方不明になります。映画「ジョアン・ジルベルトを探して」にも描かれていましたが、若い頃、かなり仲が良かった親友とも仲違いしたわけではないのに、何十年も会わなくなります。

 でも、私は逆に勇気付けられました。私も、学生時代にかなり仲が良かった親友と仲違いしたわけではなく疎遠になってしまったからです。こちらが色々とイベントや飲み会に誘ったりしても向こうが都合が悪かったり、メールをしても返事がなかったりしたからです。

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 最初は、こちらが何か悪いことをしたのではないか。何か気分を害することでも知らずにやってしまったのか。できれば、その誤解を解きたいと思ったものでしたが、この映画を観て、「もう誤解を解く必要もないか」と思うようになりました。「人間が恐怖(不安、嫉妬、劣等感)と欲望(出世、名誉、財産)で出来ている」のなら、もう策略することなく、無為自然、成り行きに任せて生きる(老子、列子、荘子)のが、自分にとっても、相手にとっても一番いいのではないのかと思ったのです。

 来る者は拒まず、去る者は追わずです。

 ボサノヴァの最重要人物の一人、ヴィニシウス・ヂ・モライス(「イパネマの娘」の作詞、作曲家、作家、外交官)は恋多き人で、9回も結婚・離婚を繰り返したそうですが、その話を聞いたただけでも私は「ご苦労さまです」と頭を下げたくなります。ということで、私自身、今年の夏は、モライス先生のように、浮いた話が全くなかったのですが、大変充実した夏を過ごすことができました。

 高野山といい、京都旅行といい、自分の目的を、他人に操作されることなく、自分の意志で行う「人間の尊厳」(イマヌエル・カント)を実行できたからです。

人間は恐怖と欲望で出来ている

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トランクルームを借りて、死んでも天国まで蔵書を持って行くつもりの例の遠藤君が「これを見なさい」と貸してくれたのが、テレビ番組を録音したDVDでした。

 どうやら7月にNHKで放送された「BS1スペシャル『欲望の資本主義 特別編 欲望の貨幣論2019』」という番組で、あまり面白そうではなかったので、4~5日、ほおっておいたのですが、見てみたら吃驚。こんな凄い番組を見たのは本当に久しぶりでした。遠藤君、ごめんなさい。最近のNHKは、商業主義とは無縁のはずなのに、ジャニーズやバーニング系のタレントを多用して民放と変わらない実に下らない番組が多く、見るに値しない局だと断定していたのですが、これで少しは見直しました。

 前編と後編で2時間ぐらいの番組で、内容全て紹介しきれないのですが、中心的な進行係として、「貨幣論」(1993年)などの著書がある経済学者の岩井克人氏を据えたのが大成功でした。「講義」の仕方が非常に懇切丁寧で、学生だったらこの教授に師事したいくらいでした。岩井氏の奥さんは、「続明暗」などの著書がある作家の水村美苗氏です。私は彼女に30年ぐらい昔にインタビューしたことがありますが、後で、水村氏の御主人が岩井克人氏だと知った時驚いたことを覚えています。逆に言うと岩井氏については、その程度の知識しかありませんでした。30年前は経済学には全く興味がありませんでしたから…(苦笑)。

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 前置きが長くなりましたが、どうしても番組の内容を短くまとめることが難しいので遠回りしただけでした(笑)。いや、気を取り直して始めます。

 岩井氏によると、貨幣というのは、本来、モノとモノを交換する「手段」に過ぎなかったのですが、いつの間にか、貨幣を貯めることが「目的」になってしまったというのです。貨幣が通用するのは、他人が受け取ってくれることを前提にして、それに懸けているようなもので、貨幣そのものに根拠がない。「自己循環論法」によってのみ、価値が支えられているというのです。

 貨幣自体に本質がないということで、「貨幣商品説」と「貨幣法制説」を否定し、マルクスの「価値形態論」も批判します。まあ、こう書いても番組を見ていなければさっぱり分からないことでしょうが…(苦笑)。

 この番組では、世界的に著名な色んな経済学者、哲学者、歴史学者らが登場しますが、私が一番印象に残ったのが、かつて米投資銀行で10憶ドルを運用し、今は電子決済サービス企業戦略を担当しているカビール・セガールという人の発言でした。「私たち(人間)は、恐怖と欲望で出来ている」というのです。これほど、的確な言葉ありません。

 彼によると、人間は恐怖と欲望で出来ているからこそ、不確実な未来に備えて貯蓄する。お金が多ければ多いほど、未来は安心だと感じる。それでも不安なので、「もっと、もっと」とお金を貯め込む。人間は過剰に安心を求めるというのです。

 岩井氏の説明では、ヒトが、モノよりもお金が欲しくなると、デフレになり不況になる。逆に、ヒトがお金に価値がないから早く手放そうとすると、ハイパーインフレになり貨幣の価値が下がるというのです。

 他に、アダム・スミス「見えざる手」、マルクス「労働価値説」、ケインズの「流動性選好」(世の中が不安定だとモノよりも未来の可能性を高めるために貯蓄に走る)、ハイエク「通貨自由化論」ら錚々たる経済学者の理論が登場しましたが、私としては、このセガール氏の「人間は恐怖と欲望で出来ている」という話が一番、腑に落ちました。

 現代は、富がGAFAなど一部のIT企業に集中し、世界的に膨大な格差が広がっています。企業も国家も数字が全てで、企業は利潤、国家はGDPの数字が向上することばかり腐心します。資本主義社会では、こうして数字で成功した人のみが崇められ、それ以外の人間性は全く無視されます。それでは、如何にして人間の尊厳を守るのかー?

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 最終章で、岩井氏は、何と哲学者のイマヌエル・カント(1722~1804年)の「道徳形而上学原論」を取り上げます。

 カントは同書の中でこう書きます。「すべての人間は心の迷いと欲望を抱えているものであり、(何と、既に、カントは、さっきのセガール氏と同じことを言っていたんですね!)これに関わるものはすべて市場価格を持っている。それに対して、ある者がある目的を叶えようとする時、相対的な価値である価格ではなく、内的な価値である”尊厳”を持つ。”尊厳”にすべての価格を超越した高い地位を認める。”尊厳”は価格と比べ見積もることは絶対できない」

 これはどういうことかと言いますと、岩井氏の説明を少し敷衍しますと、モノは価格を持っているので交換できる。しかし、人間の尊厳は交換できない。だから、この人間の尊厳は、他人が入り込む隙間がないほど自由であり、最後の砦みたいなものだというのです。

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 繰り返しになりますが、岩井氏は「人間は他人に評価されない自分自身の領域を持つことが重要で、それが人間の自由となる。自分で自分の目的を決定できる存在は、その中に他の人が入り込めない余地がある。そこが人間の尊厳の根源になる」と言うのです。

 つまり、今のようなGAFAが世界中を席捲しているネット社会で、フェイスブックの「いいね」や、何かを買うと「あなたのお薦め」が次々と表示されるアマゾン方式などによって、本来、目的を選ぶのに自由であるはずの人間が、こうしたAI(人工知能)によって操作され、結局は人間の尊厳が失われる可能性がある、と岩井氏は警告するのです。

 これは慧眼です。

番組では、ノーベル経済学賞を受賞したスティングリッツ氏の「アダム・スミスの”見えざる手”は、結局存在しなかったんだよ」という断定発言には驚かされました。また、古代ギリシャのアリストテレス「政治学」や、「社会契約論」のジョン・ロックらも登場させ、利潤追求の数字の世界だけでない哲学までもが引用されているので、非常に深みがあり勉強になる番組でした。

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 恐怖に駆られる人間の性(さが)のせいで、強欲な人間が増え、格差社会が拡大しています。しかし、皮肉屋のスティングリッツ氏は「資本主義がもっているのは、お金に興味がない人がいるおかげ」と発言していたので、これも非常に目から鱗が落ちる発言でした。

 確かに、人間は恐怖と欲望で出来ているのかもしれませんが、私自身は、数年前に病気になった時に、睡眠欲も食欲も性欲も全くなくなったことがありました。欲望がないので、お金に興味がないどころか、禁治産者のように、お金が目の前にあっても、勘定することさえできませんでした。それでいて、毎日、恐怖に苛まれていたので恐ろしい病気に罹ったものです。

「貨幣論」から、随分違った話になりましたが、これも人間の自由、つまり、AIに操作されることなく、書きたいことを書くという「人間の尊厳」なのかもしれませんね(笑)。

?「ジョアン・ジルベルトを探して」は★★★

ドトールのタピオカ・ミルクティー450円

 ここ何年も、何十年も好んで聴いているのは、ボサノヴァです。20世紀が生んだ偉大な作曲家として当然、レノン=マッカートニーが選ばれることでしょうが、私は迷わず、アントニオ・カルロス・ジョビンを押します。

 そのボサノヴァをつくった代表人物のもう一人が、歌手兼ギタリストのジョアン・ジルベルトです。彼が先月7月6日に、リオデジャネイロの自宅で88歳で死去したというニュースが流れた時は本当にショックで、ちょっと何も手に付かないほどでした。

 そんな人間は私だけでなく、世界中いたことでしょう。そんなわけで、先週封切された映画「ジョアン・ジルベルトを探して」(ジョルジュ・ガショ監督作品)を新宿シネマカリテまで観に行って来ました。

 ドイツ人の作家マーク・フィッシャーが、日本人の友人から東京で聴かされたジョアン・ジルベルトの音楽に魅せられて、本人に会いたいという一心で、彼を求めてブラジルのリオデジャネイロなどを探し回り、結局会えずに空しく帰国したという本を出版。残念ながら、フィッシャー自身は、本が出版される1週間前に自ら命を絶ったといいます。

 この本をドイツ語の原文で読んで感銘を受けたフランス人のガショ監督が、フィッシャーが辿ったリオデジャネイロなど同じ道を辿りながら、ジョアン・ジルベルトを探し求めるという様子をドキュメンタリータッチで描いたのがこの作品です。

 映画では、フィッシャーが通訳兼アシスタントとして雇った、本の中で「ワトソン」と呼ばれた同じ女性を採用して、彼女のコーディネートで、ジョアン・ジルベルトと関係があった友人、知人らとインタビューしていくといった展開です。

 この中の最重要人物だったのが、ジルベルトの元妻で歌手のミウシャでしたが、彼女も昨年2018年12月27日に亡くなっていたんですね。(ミウシャはポルトガル語ではなくフランス語を普段使っていました!)

 ガショ監督がフィッシャーの足跡を辿るドキュメンタリーとはいっても、映画ですから、何らかの作為というか演出がありますから、ちょっとカメラワークも気になりました。

  ジョアン・ジルベルト自身は、2008年9月、生まれ故郷のバイーヤで開催されたボサノヴァ誕生50周年記念コンサートへの出演を最後に、10年以上も人前から姿を消し、ほとんど行方不明状態でした。映画で登場した、大親友だった音楽仲間のジョアン・ドナートは「45年も彼には会っていない」、ホベルト・メネスカルも「15年も会っていない」という始末でした。

 ジョアン・ジルベルトの奇人変人ぶりは徹底していて、ホテルの料理人とは何年も、1時間ぐらい電話で話をする仲なのに一度も会ったことがなく、料理を部屋まで運ぶボーイにも会おうとせず、ドアの前に食事を置いてもらうといいますし、コンサートでも「マイクの高さが気に入らない」「空調のせいで声が出ない」などという理由でキャンセルになったりする嘘か本当か分からない噂が飛び交うほどです。私は、幸運にも2003年の初来日の彼の公演(東京・国際フォーラム)を特権から(笑)、前から7番目の席で観ることができましたが、確か、その当日も、ホテルの空気清浄機の調子が悪かったとかいう理由で、公演時間が30分以上遅れたと記憶しています。でも、当時72歳とは思えない声量と、ギター1本による1時間半ぐらいのパフォーマンスはさすがプロ、圧倒されました。

新宿シネマカリテ

 さて、結局、ガショ監督は「ボサノヴァの神」ジルベルトに会えたのか?

これは映画を観てのお楽しみということで、私自身は観ていてイライラしてしまいました。元妻のミウシャとインタビューしている最中に、ジルベルト自身からミウシャに電話がかかってきたり、たまたま、ジルベルトとミウシャの間の娘であるミュージシャンのベベウがワールドツアーから1週間ほど帰国していたのに、なぜ、彼女に救いを求めなかったのか不思議でした。

また、ジルベルトのマネジャーと称する70歳代の長髪の男が、どうも詐欺師に見えてしょうがなく、それもイライラする遠因でした。

 映画を観ると、ジルベルトは長らくホテルで一人住まいが続いていたような感じでしたが、一部の訃報では、リオの自宅で家族に看取られて亡くなったという報道もありました。当然、ベベウも駆け付けたのかもしれません。

 今晩は、ジョアン・ジルベルトを聴いて過ごします。

 

 

「ZAITEN」は最後の反権力雑誌?

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「今のメディアは駄目ですね。すっかり大政翼賛会化してしまい、権力者のご機嫌ばかり伺って批判さえしない。実に嘆かわしい」と憤慨しているのが、名古屋にお住まいの篠田先生です。

 「どこのテレビも新聞も週刊誌も安倍首相を全く批判しないで、外国ばかり批判している。まるで大本営発表ですね。せめて『反権力』を貫いているのは、『ZAITEN(ザイテン)』ぐらいですよ。今月発売の9月号では学者政商『竹中平蔵』を批判する記事を掲載しています。書かれた本人は屁とも思わないでしょうけどね」

 「『ザイテン』って何ですか?」と私。

「昔は『財界展望』と言ってましたがね。2006年10月号からリニューアルしたようです。1956年創刊の老舗経済誌です。まあ、最初は総会屋的な雑誌でしたが、『噂の真相』がなくなった今では唯一といっていいくらい、大手企業の経営者や政治家、官僚らを批判しているメディアですよ」

 「いやあ、ビジネス誌なら、『東洋経済』や『ダイヤモンド』などの週刊誌はたまに買いますが、月刊誌は、どうも経営者のヨイショ・インタビュー記事ばかり載っているイメージがあるんですよね。買ったことはないし、昔、ゴルフ場のラウンジでザッと見たぐらいですよ」

「月刊経済誌の老舗中の老舗は、三鬼陽之助が1953年に創刊した『財界』(隔週発行)でしょうなあ。三鬼陽之助(1907~2002年)はもともと、ダイヤモンドと東洋経済で記者、編集長などを歴任した人です。『財界四天王』の造語をつくるなど経営評論家として名を成しました。もう一つは、『経済界』(同)です。佐藤正忠(1928~2013)が1964年に創刊しました。佐藤正忠は、リコーの市村清社長の私設秘書を務め、あの銀座4丁目の三愛ビルの用地確保のために、最後の酒屋の敷地を買収することに成功した人です。こんなことブログに書いちゃ駄目ですよ」

「へー」(と曖昧な返事)

 ということで、初めて「ZAITEN」なる経済誌を買ってみました。1080円。

 確かに、「まだいた!学者政商 『竹中平蔵』の新世界」を読むとよく取材されています。感想は「酷い人だなあ」の一言です。

 小泉政権の下で、経済財政政策担当大臣などを歴任し、非正規雇用をドカスカ増やして格差社会をつくった元凶としてますね。しかも御本人は、江戸時代に「人買い人足」と呼ばれた派遣業界の会長に就任して、雇用の規制緩和をしているわけですから、胴元が賭場で、自分が作ったルールで好きなように儲けているようなものです。

 こういう人を国民は国会議員として選出し、今でも、安倍政権の「民間議員」として森林ビジネスに暗躍し、大手マスコミは「識者」として採用しているわけですかぁ…。(肩書は東洋大学教授ながら、「本職」のビジネス稼業が忙しいので、ほとんどキャンパスに現れず、学生らから「いかがなものか」とツイッターや立看板などで抗議が出ているそうな)

 他に「三菱重工が辿る『東芝の来た道』」「ヤマト運輸 休みは増えたが減らない仕事、現場は昼飯を食う暇もなし」といった硬派記事もあれば、経営者の私生活や近況などを暴き、「あの人の自宅」というタイトルで写真付きで紹介するちょっと趣味の悪い連載記事などもあります。

 一体どういう人がこの雑誌を定期購読されているんでしょうか?少しだけ興味があります。

今さらながらの石川達三「生きている兵隊」

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 ここ数日、どうも気分が落ち込んで、不安定だったのは、この本でのせいでした。

 石川達三著「生きている兵隊」伏字復刻版(中央公論新社)という本です。

 この本は、確か辺見庸著「1937(イクミナ)」(金曜日、2015年10月22日初版)でも引用されていたと思いますが、他の本にも引用されていて、いつか読んでみたいと思っていました。

 この本を貸してくれたのは、遠藤君でした。彼は「貧困層」に入るほど稼ぎが少ない階級なのに、月に2万円も払って「トランクルーム」を借りています。自宅に収まりきれない蔵書を収容するためです。2万冊はあるといいます。死んでも天国に持って行くつもりなのでしょう。

私はその全く逆で、自分の蔵書は売ったか、なくしたかで、ほとんどないので、有難いことに、よく彼から借りています。

 「生きている兵隊」は、1937年から38年にかけての中国大陸戦線で、皇軍と言われた日本軍による中国の民間人殺害や姑娘(クーニヤ)と呼ばれた若い女性狩りなどがあからさまに描かれています。

 1937年12月、32歳の石川達三が、中央公論社の特派員として上海から南京までの中国戦線に派遣されて、自分の目で見て体験し、取材したことを小説仕立てにしたものですが、ほぼ事実に近いようです。人と人が殺しあう戦争という狂気の世界、そして自分もいつ殺されるのか分からない極限状態の中です。ろくに取り調べもせず、裁判にかけることなく、怪しいという容疑で、簡単に捕虜や民間人の首を切って処刑したりします。「従軍僧」と呼ばれた僧侶も、シャベルを武器に敵兵の頭を割ったりして殺害したりします。僧侶がそんなことを?!

激しい戦闘の中で次々と戦友を失い、感覚が麻痺して人間性を失っていく兵士たち。読んでいて、自分自身も弾丸や手榴弾が飛び交う最前線に送り込まれたような気分で、読み進めるのが嫌になってきます。

巻末解説の半藤一利氏によると、この作品は、1938年2月発売の「中央公論」3月号で発表されましたが、書店に並ぶ暇もなく内務省通達で発売禁止。一般読者の目に触れるようになったのは戦後になってからだといいます。

 この作品で、石川達三は新聞紙法違反で起訴され、1939年4月の第二回公判で、禁錮4月、執行猶予3年の有罪判決を受けます。その理由は「皇軍兵士の非戦闘員殺戮、略奪、軍規弛緩の状況を記述したる安寧秩序を紊乱する事項を執筆したため」でした。

この本を電車の中で読んでいると、車内の周囲では若い勤労者が男女ともスマホ・ゲームに興じています。かといえば、中国人の2人が周囲を支配するような異様に大きな声でがなり合っています。彼らが何を話しているのか分かりませんが、この本を読んでいると、あまりにものギャップに頭が錯乱しそうになりました。

ハイエクと親交を結んだ田中清玄

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 8月のお盆の頃は、マスコミ業界では「夏枯れ」と言って、あまり大きなニュースがないので、「暇ネタ」ばかりを探します。

 今年の場合は、あおり運転をして真面目な市民を殴ったチンピラ(失礼!彼は天王寺高~関学~キーエンスの元エリートでした)の捕り物帖ばかりやっていて、いい加減、嫌になりましたね。普段なら三面記事の片隅にベタで載るような事案でも、テレビはニュースからワイドショーまで繰り返し垂れ流していました。文化人類学者の山口真男(1931~2013)は「マスコミは、存在自体が悪だ」と喝破したそうですが、長年マスコミ業界で飯を喰ってきた私自身も耳が痛いですね。

 マスコミはもっと信頼を回復して頑張らなければいけませんよ。今はマスコミより、ネットの方が怖い時代になりましたからね。 あおり運転のチンピラに同乗していた女容疑者を、変な正義感を持った若者が、間違って関係のない善良な市民をネットに拡散したため、被害者は、業務上でも精神的にも大変な目に遭われました。

 私も変なことは書かないよう気をつけます。

 さて、先週読了した大須賀瑞夫編著「田中清玄自伝」(文藝春秋)の余波がいまだに続いています。

 「26年ぶりの再読」と書きましたが、当時(1993年)は今ほどインターネットも発達しておらず、情報も不足していて「憶測」ばかり氾濫していました。

 今では検索すれば、簡単に「田中清玄」は出てきます。でも、ウィキペディアには「CIA協力者」と書かれていて驚いてしまいました。「自伝」を読む限り、田中清玄ほど反米主義者はいないと思ったからです。(戦前は共産主義者だったものの、スターリンに対する不信は筋金入りでしたので、反ソ主義者でもありました)日本政府の対米追随政策を絶えず批判したり、「ジャップの野郎が」と威張りくさる米国人と高級バーで喧嘩しそうになったり…。何と、彼は「そのうち、『アメリカ・イズ・ナンバーワン』と言う大統領が出てくる」と予言までしてますからね。

 「自伝」によると、田中清玄は、戦後まもなく昭和天皇に謁見したり、先の天皇陛下の訪中を実現させたり、まさに黒幕として活躍しました。外務省や右翼団体からの抗議などを乗り越えて、 戦前から親交のあった鄧小平が中国の最高実力者となったため、 個人で外交を成し遂げたのは大したものです。

 また、韓国やインドネシア、フィリピンでの利権を独占しようとする岸信介=河野一郎=児玉誉士夫=矢次一夫ラインとは最後まで敵対しました。

 自伝の最後の方では、ノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエク教授との交流にも触れています。ハプスブルク家の家長オットー大公から紹介されたらしいのですが、ハイエクはハプスブルク家の家臣の家系だったそうです。

 ハイエクは、戦前からマルクス経済もケインズ経済も否定して、新自由主義経済を提唱した人です。彼が設立したモンペルラン・ソサイエティー(共産主義や計画経済に反対し、自由主義経済を推進する目的に仏南部のモンペルランに設立)に田中清玄も1961年から参加しましたが、間もなくして、フリードマンらシカゴ学派が大挙加入し、田中清玄は「彼らはユダヤ優先主義ばかり唱えるのでやめてしまった」といいます。

 それでも、ハイエク教授との個人的交流を生涯続け、京都大学の今西錦司教授と対談会を開催したりします。

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 私は、哲学者でもあるハイエクについては名前だけしか知らなかったので、彼の代表作である「隷属への道」をいつか読んでみようかと思っています。マル経も、そしてケインジアンまでも否定したため、両派から集中砲火を浴びながら一切怯まず、学説を曲げなかったところが凄い。田中清玄とは意気投合するところがあったのでしょう。

「西洋の自死」=日本も手遅れなのか?

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 ダグラス・マレー著、町田敦夫訳「西洋の自死」(東洋経済新報社、2018年12月27日)が世界的なベストセラーになっているということで、手に取って読んでみました。

 著者は若手、とは言っても、今年40歳になる気鋭の英国人ジャーナリストです。

 内容については、この本の「脇見出し」を引用させて戴くと、「欧州各国が、どのように外国人労働者や移民を受け入れ始め、そこから抜け出せなくなったのか」「マスコミや評論家、政治家などのエリートの世界で、移民受け入れ懸念表明が、どうしてタブー視されるようになったのか」「エリートたちは、どのような論法で、一般庶民からの移民政策の疑問や懸念を脇にそらしてきたのか」といったことが書かれています。

 ちょっと、まどろこしく書かれていますが、移民問題は結局、文化や言語、宗教の問題にまで行き着き、もともといた地元の人たちは、移民の人口増により、少数派に追いやられることが書かれていて、それを言うと「人種差別者」だのと糾弾されると、著者は言いたかったと思えます。

日本語訳版だけでも500ページ以上あり、全て読み通すのには難儀します。この10年近くで欧州で起きたさまざまなテロ事件や移民問題などを具体的に事実として取り上げている書き方で、著者の感慨はあまり挟もうとしません。 でも、斟酌はできます。

 例えば、2017年11月に「ビュー・リサーチ・センター」が公表したところによると、スウェーデン(2016年のイスラム教徒人口は8%)では、今後全く移民を受け入れなかったとしても、2050年にはイスラム教徒人口が11%になり、「通常の」流入があった場合は21%、近年の大量移民が維持されれば31%になるといいます。

 この後で、著者は「1950年のスウェーデンはほとんど移民がいない、民族的に同質の社会だった。それが1世紀後の2050年には、見た目が一変しているだろう。…もしかしたら、それでも構わないかもしれない」といった、思わせぶりな書き方です。

 この本に関しては、日本ではあまり報道されませんでしたが、かなり賛否両論の渦が欧米で巻いたようです。それは、他人事ではなく、その波は、近いうちに、日本にも押し寄せてきます。

 もう、マスコミが言うような「移民排斥=極右、非寛容な人種差別主義者」「移民受け入れ=リベラリスト、寛容な人道主義者」といった単純な図式ではないのです。

 最近、このブログも随分アクセス数が増えました。どなたがお読みになっているのか想像もつきません。襲撃されたくないので、私はか弱い人間ですから、卑怯者と言われようが、自分の意見は茲には書きません(苦笑)。扇動者にはなりたくないというのが本音です。悪しからず。

移民問題は、自分たち個人の問題だと考えるべきだと思っています。

日本でいちばん面白い人生を送った男=大須賀瑞夫編著「田中清玄自伝」

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いやあ、面白いのって何の。すっかり嵌って寝食を忘れてしまいました。

大須賀瑞夫編著「田中清玄自伝」(文藝春秋、1993年9月10日初版)です。

私は、数年前に「疾風怒涛」時代に襲われ、茲では書けない色んなことを体験しているうちに、自宅書斎には、ほとんどの蔵書がなくなってしまいました。売却したり、処分したり、紛失したりしまったわけですが、その中でもわずかに残っていた蔵書の一つがこの本だったのです。26年ぶりの再読です。

 何で、この本を手に取ったかと言いますと、このブログの8月15日に「物足りない『黒幕』特集」を書いた通り、週刊現代 別冊「ビジュアル版 昭和の怪物 日本の『裏支配者』たち その人と歴史」(講談社) の内容があまりにも薄っぺらで、物足りなさを感じたからでした。

 田中清玄(1906〜93年)は、言わずと知れた政界のフィクサーと言われた「黒幕」です。戦前に、三・一五事件(1928年)と四・一六事件(29年)を経て壊滅状態だった日本共産党を再建して書記長となり、検挙されて、11年間も入獄し、昭和16年の釈放後は180度転向して天皇主義者になった人です。鈴木貫太郎首相に無条件降伏を説得した臨済宗の山本玄峰老師の下で3年間修行し、戦後は建設会社を興して、日本の政財界だけでなく、欧州、東南アジアやアラブ諸国とも太いパイプを持って事業を拡大した人でもあります。

 山口組三代目の田岡一雄組長らとも深い関係があり(田中清玄に田岡組長を紹介したのは横浜の荷役企業のドン藤木幸太郎会長だったとは!)、対立した児玉誉士夫(1911~84)の差し金で暴力団東声会の組員に狙撃されたり、何かと黒い噂も絶えなかった人でしたが、その生き方のスケールの大きさと抜群の記憶力には本当に圧倒されました。◆参考文献=藤木幸夫著「ミナトのせがれ」(神奈川新聞社)、城内康伸著「猛牛と呼ばれた男 『東声会』町井久之の戦後史」(新潮社)、有馬哲夫著「児玉誉士夫 巨魁の昭和史 」(文春新書) 

 26年ぶりの再読でしたので、内容はすっかり忘れておりましたが、この26年間で、あらゆる本を相当乱読していたため、この1冊を読むと、何の関連もないようなバラバラだった事象や事件が見事に繋がり、ジグソーパズルが完成したような気分になりました。

 勿論、田中清玄が自分の人生の中で見聞したことを「遺言」のつもりで毎日新聞編集委員に一方的に語ったことなので、120%信用できないかもしれないし、信用してはいけないのかもしれませんが、歴史的価値の高い「証言」であることは紛れもない事実です。

 以前にも少し書きましたが、田中清玄は、会津藩の筆頭家老の末裔でしたから、非常に潔癖で一本筋の通った人でした。(清玄の次男は、現在早稲田大学総長の田中愛治氏です)旧制函館中学~弘前高校~東京帝国大学というエリートコースで学んでいますから、そこで知り合った友人、知人は後世に政財官界や文学界などで名を成す人ばかりです。

 26年前に読んだ時は、知識が少なかったので、読んでもほとんどピンと来ませんでしたが、今読むと、昭和史に欠かせない重要人物ばかり登場し、関わりがなかったのはスパイ・ゾルゲぐらいです(笑)。意外な人物との関係には「そんな繋がりがあったのか」と感心することばかりです。

 例えば、函館中学時代は、久生十蘭、亀井勝一郎や今東光・日出海兄弟、それに長谷川四兄弟(長男海太郎=林不忘の筆名で「丹下左膳」も、 次男潾二郎=画家、三男濬=ロシア文学者、四男四郎=「シベリア物語」など )らと親しくなり、「特に長谷川濬とは仲が良かった」というので吃驚。長谷川濬は、満洲に渡り、甘粕正彦満映理事長の最期に立ち会った人ではありませんか。26年前はよく知らなかったので、素通りして読んでました(笑)。◆参考文献= 大島幹雄著「満洲浪漫 長谷川濬が見た夢」 (藤原書店)

 マルクス主義にのめり込んで地下組織活動を始めた弘前高校時代の三期後輩である太宰治については、「作家としては太宰と同期の石上玄一郎の方がはるかに上。太宰は思想性もなく、性格破綻者みたいなもんじゃないか。地下運動時代に俺を怖がってついに会いに来なかった。『そんな奴、いたかい』てなもんだ」とボロクソです(笑)。

 東京帝大に入学すると新人会に入ります。そこで、大宅壮一、林房雄、石堂清倫、藤沢恒夫(たけお)らと知り合い、藤沢からは、川端康成、横光利一、菊池寛、小林秀雄ら文壇の大御所を紹介されます。◆参考文献=松岡將著「松岡二十世とその時代」(日本経済評論社)

(戦前の)共産党関係者として、福本和夫、徳田球一、渡辺政之輔、佐野学、鍋山貞親、志賀義雄、それに、モスクワで無実の山本縣蔵を密告して殺させた野坂参三ら錚々たる人物が登場します。「…日本の軍人といってもこの程度なんですよ。こんな者どもが対ソ政策をやるから間違うんだ。…自分が助かるためには何でもやる。野坂参三も軍人も一緒です。陰険で小ずるくて冷酷無情な、どちらも同じ日本人です」と語ってますが、野坂参三をモスクワに送り込んだのは田中清玄自身だったことを告白し、大いに後悔していました。◆参考文献=立花隆著「日本共産党研究」上下(講談社)

面白かったのは、11年間の牢獄生活から出所して、三島の龍沢寺の山本玄峰老師の下で修行していた頃の逸話です。ちょうど真珠湾攻撃が始まり、反軍・反侵略の思想の持ち主だった田中清玄は、血気盛んで、反戦行動を起こそうとしますが、玄峰老師から「軍は気違いじゃ。…今、歯向かっていったらお前は殺されるぞ。…お前は時局に関して何も言っちゃいかん。今は修行専門だぞ」と諭されたそうです。彼は「あの時、下手をやって、なまじ軍に反対していたら、こっちが命を落としていたでしょう。老師の喝破のお蔭です」と振り返って感謝しています。

 龍沢寺には、吉田茂、米内光政、岡田啓介、鈴木貫太郎、岩波茂雄、安倍能成ら政治家から文化人に至る重鎮が頻繁に訪れていて、田中清玄は、玄峰老師のボディーガードになったり、東京まで代理の使者として政界の大物に会ったりしたということですから、修行の身でフィクサーになったようなものでした。

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 戦後は、復興のために建設業を営み(後に四元義隆に会社を譲ってしまう!)、アジアだけでなく、ハプスブルク家のオットー大公やアブダビの首長ら国際的スケールで交際しビジネスに結びつけた話も圧巻でした。

 その人脈の広さと多さには本当に驚かされますが、「私が本当に尊敬している右翼というのは二人しかおりません。橘孝三郎さんと三上卓君です」と発言しています。26年前は、すぐ分かりませんでしたが、2人とも五・一五事件に関与した人でしたね。評論家立花隆(本名橘隆志)は、橘孝三郎の従兄弟の子に当たる縁戚です。三上卓は、犬養毅首相を暗殺した海軍中尉で、国家主義者。◆参考文献=中島岳志著「血盟団事件」(文藝春秋)、寺内大吉著「化城の昭和史」上下(毎日新聞社)

 私は、一回読んだ本はほとんど読み返すことはないのですが、この本は再読してよかったです。年を取るのも悪くないですね。乱読のお蔭で、知識も経験も増え、知らないうちに理解力も深まっていました。

 26年前には読み流していましたが、田中清玄が「人類というものは、自己の保身と出世のために人を裏切る冷酷な存在でもあるということです」と発言する箇所があります。当時は苦労知らずのお坊ちゃんで、実感できなかったのですが、今は痛切な気持ちで同感できます。

 絶望感はではありません。清清しい達観です。