やはり記者はネット・チェッカーでした

 

北京五輪米国代表選考会で、北島康介の最大のライバル、ブレンダン・ハンセンが競泳二百メートル平泳ぎで落選しました。そのことについて、北島のコメントが各紙に載っていましたが、(本人の公式ホームページから)という断り書きが付いていました。

 

http://www.frogtown.jp/kosukemail/2008/0704.html

 

やはり、今の記者は、ライターではなく、ネット・チェッカーに成り下がっていたのですね。

 

北島康介選手の公式サイトを見ると、次原悦子さん率いるサニーサイドアップにマネジメントを任せているようですね。http://www.ssu.co.jp/home/index2.html この会社は、自分達の都合のいい情報しか流さない、とマスコミ人からはすこぶる評判の悪い会社です。と私ははっきり書いておきましょう。

この会社には、あの有名なサッカーの中田選手も所属していて、彼が引退宣言したのは、マスコミを通じてではなくて、自分の公式サイトでした。ただし、サニーサイドアップ側から、各マスコミに電話で、「中田が引退発表をしましたので、公式ホームページを見てください」と連絡があったという話を業界関係者から聞いたことがあります。

そう言えば、宇多田ヒカルの離婚発表も自分のHPでしたが、これも各マスコミに連絡があったとか、なかったとか。まあ、各人、マスコミを利用したい時は、積極的にアピールするものなんですね。

北京五輪サッカー日本代表の24歳以上のオーバーエージ枠で神戸の大久保が代表入り招集を断念したというニュースがありました。「右ヒザ故障のため」というのが、表向きの理由でしたが、夕刊紙を読んでいたら、J1神戸のオーナーである楽天の「ドケチ」三木谷浩会長が、「大久保は、J1残留のために、代表に貸し出すことができない」と、鶴の一声で決まったというのです。そんなこと、一般紙のどこの社も書いていませんでしたね。真相が分かりませんが、こちらの方が説得力はあります。

情報の伝達については、つくづく考えさせられます。今「新聞と戦争」(朝日新聞出版)を読んでいるので尚更です。1931年9月の柳条湖事件(満洲事変)を境に、新聞は軍部発表の言いなりになっていきます。ミッドウエーで大敗したにも関わらず、アッツ島で玉砕したのにも関わらず、新聞は大本営発表そのまま「勝った、勝った」と報道しました。

もちろん、ブログの情報も頭から信じてはいけませんよ。北島のコメントも本人が直接書いたかどうか分かりませんからね。

スポーツ・ジャーナリズムの内幕

昨日は、プレスセンターでOセミナーがありました。ゲストは某スポーツ新聞のU編集局次長。Uさんは、記者から、運動部デスク、写真部長、販売部長、文化芸能部長まで歴任し、業界の裏の裏を知り尽くした人で、大変面白い話が聞けました。Oセミナーは25年以上も続き、「来る者は拒まず、去る者は追わず」というスタンスでやってきたので、累積会員は500人ぐらいいると思うのですが、今回集まった人は10数人。皆さん、お忙しいとは思いますが、本当にもったいないなあ、と思ってしまいました。

 

今、スポーツ新聞、だけではありませんが、新聞マスコミ業界は本当に危機的な状況なんですね。細かい数字を教えてくれましたが、この会だけでオフレコで発言してくれたことでしょうから、具体的な数字はあげません。とにかく、新聞が売れなくなったという話です。その原因について、Uさんが実体験に基づいて分析してくれたわけです。ちなみに、公表されている新聞協会のデータによると、スポーツ新聞は、1996年に約658万部だったのが、2006年には525万部。つまり、10年で、133万部も減少しているのです。地方新聞が4紙も5紙も消滅したことになります。

Uさんによると、スポーツ新聞がよく売れたピークは1995年だったそうです。しかし、その年、オウム真理教事件が発生し、地下鉄などの駅でゴミ箱が撤去されたことなども影響し、「滑り台から堕ちるように」部数が低迷しはじめたというのです。

その要因は、

●プロ野球の巨人が弱くなった。王、長嶋のような一面を張れるスターがいなくなった。松井秀、松坂といった優秀なスター選手は米大リーグに行ってしまう。しかし、時差の関係で、彼らがどんなに活躍しても、紙面化すると、2日遅れになってしまう。おまけに、記者を米国に派遣すると1人1ヶ月かなり高額な取材費(金額は丸秘)がかかる。それでも、そんなニュースは新聞で読まれず、若者は、ネットで済ませてしまう。しかも、プロ野球をテレビが中継しなくなった。熱狂的なプロ野球ファンは、おじさんなので、若者向けのスポンサーがつかなくなった。

●記事もつまらなくなった。スポーツ新聞各社とも同じような話が載っている。それは、選手が自分でホームページを持って、自分から発信するようになったり、芸能プロダクションに所属して、情報がもれないようにしたり、当たり障りのないコメントしか発表しなくなったからだ。個人情報保護法の壁もある。要するに、これは、違った意味での「取材拒否」で、特色のある取材ができなくなった。スポーツ選手も芸能人も自分で情報を発信するようになったから、記者は、直接本人に取材するのではなく、「ネットをチェックすること」が仕事になってしまった。

●スポーツ新聞は、1997年に1部120円から130円に値上げして以来、11年間値上げできない。かつて、32ページだったが、今は22ページから26ページへと、ページ数を削減して経費削減している。下手に値上げすると売れなくなるからだ。競馬予想雑誌「競友」は、昨年450円に値上げした途端、前年比7割以上も部数が減った!

●サッカーのJリーグは、地域性が強すぎて新聞は売れない。売れるのは浦和ぐらいで、いくら浦和を一面にしても、静岡や鹿島では全く売れない。また、オリンピックで日本人選手がいくら金メダルを取っても売れない。

●芸能人にも大物がいなくなった。プラバシー侵害問題もあり、新聞社も多くの訴訟を抱えるようになり、あまり微妙なことが書けなくなった。若者はより過激な情報を求めて、ネットに走り、新聞のような「建前情報」には見向きもしなくなる。

結局、重要な問題は、ニュースを作る新聞社が、一番要(かなめ)のニュースという製品をヤフーやグーグルといった検索会社に安い値段で売ってしまったことだという話に行き着きました。新聞社がいくら苦労してスクープを取ってきても、ネットに流れれば、一瞬で、その価値は限りなくゼロになって、新聞自体が売れなくなってしまう。儲かるのは検索会社のみということになってしまう。そもそも、新聞社は、媒体なので、ニュースを伝達する仲介者に過ぎない。お役所や企業がニュースをHPなどで、直接発表すれば、媒体の価値は下がる一方です。しかも、ニュースには著作権がないので、いくら独占的に入手しても、他社が裏を取って取材すれば、一瞬にして特ダネでも何でもなくなってしまう。著作権が発生するのは映像ぐらいだというのです。

社会では少子高齢化の真っ只中で、今、新聞を購読する核となっている中年が定年になると、また部数が落ちることでしょう。これから、一体どうなってしまうのかー。10年後、かなりの新聞社が淘汰されているかもしれません。

五輪聖火リレーは何処へ行く?

五輪の聖火リレーが世界中で大混乱を起こしています。ロンドンに続き、昨日のパリでも3000人以上の警官が警備したのにも関わらず、逮捕者が多数出るなど大騒動が起きました。明後日はアメリカのサンフランシスコでのリレーが予定されていますが、またまた一波乱あることでしょう。まさに「グローバリズム」です。

聖火リレーが大混乱して新聞のフロントページを飾るほどの大問題になったのは、近代五輪史上初めてではないかと思います。(06年のトリノ冬季五輪では、反グローバリズムの活動家によって妨害されましたが)

私自身は、「平和の祭典」に政治や暴力を持ち込むことは反対です。しかし、一般庶民でさえ、オリンピックは、政治的プロパガンダであり、平和の祭典でも何でもないことを知っています。

いい例が、1936年のヒトラーのベルリン五輪であり、日本を含む西側がボイコットした1980年のモスクワ五輪です。いずれも、当時のことを知る人は少なくなってきていますが、私は28年前のモスクワ五輪ははっきり覚えています。その方面で仕事をしていましたからね。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する政治的処置でした。

マラソンの瀬古選手は参加していれば金メダルを獲得していたことでしょう。レスリングの高田選手は、「このオリンピックのために苦難を克服して一生懸命に練習を積み重ねてきたのだから、是非参加させてください」と涙で訴えていた姿も印象的でした。今でも忘れられません。しかし、当時の為政者とスポーツ界の幹部は米国に追随して、不参加を決定しました。

その時、「何だ、スポーツといっても、政治と切り離せないんだ」と確信めいたものを持ちました。今でもそうですが、スポーツの各種団体の多くは、お飾りでも、政治家が会長を務めていますからね。例えば、日本ラグビーフットボール協会会長は森喜朗元首相です。

しかし、今回のチベット問題に端を発する北京五輪ボイコット運動は、為政者側からというより、庶民や一般市民から高まってきていることが、これまでの政治的プロパガンダとは大きな違いだと思います。

今月26日には日本の長野でも聖火リレーが行われます。私はあくまでも暴力には反対ですが、日本でも何か起こりそうな気がしています。私は活動家ではないので、何もしませんが、平和に歌を歌うのが一番いいと思っています。

さて、奥林匹克さんという人を知っていますか?え?知らない?

失礼、人間ではありませんでした。これで、中国では「オリンピック」の当て字なのだそうです。中国の専門家に聞いたら、普段は、「奥運会」と書くそうです。

傲慢はセレブの特権

 

メダルが期待される北京五輪のマラソンの日本代表男女6人が決まりましたね。

野口みずきさんの史上初の女子マラソン2連覇をはじめ、大いに期待したいと思っています。

人気者のQちゃん高橋尚子は選考会の名古屋マラソンで27位と惨敗して惜しくも代表の座を逃しました。驚いたことに途中でトイレに駆け込んだそうですね。悲喜こもごもです。

スポーツ選手の人気は、いや増すばかりです。注目度は政治家や芸能人に匹敵するぐらいです。スポーツ記者でさえ、昔と比べ、格が上がった気もします。今や、マスコミの中でも政治記者や経済記者を目指すのではなく、スポーツ記者は志望の上位を占めているそうです。そういえば、スポーツ記者出身で現在マスコミの社長になっている人もいますね。

それだけ、スポーツ選手に品格が求められているというのに、海の向こうの中国でちょっと傲慢な選手がいて、話題をさらっていました。いや、もう、これは先月2月下旬の話なので、かなり古いニュースです。2000年シドニー五輪で銀2個、04年のアテネ五輪で金2個、今度の北京五輪でも連覇が期待される女子飛び込みの女王、郭晶晶のことです。

 

彼女は、記者会見で、「北京五輪でのライバルは誰ですか?」との質問に、選手名を言わずに「カナダのデブ」と言い放ったのです。これには、地元マスコミも大騒ぎ。しかし、郭本人は「私には何の影響もない」と批判に動じず、謝罪する意志もないというのです。

中国では、オリンピックで金メダルを獲得するような選手は、日本以上にに「セレブ化」し、広告の出演も引く手数多。特に郭は、中国ではプロポーションの整った超美人として人気が高く、賞金や広告収入で、1億元(約15億円)以上の財産があるというのです。

15億円もあれば、悠々自適で一生暮らせるでしょう。まさに「女王様」そのものです。これでは、誰でも傲慢にならなければおかしいのかも。

素顔のイチロー

 写真と本文は全く合っていません(笑)

 

先日、「テレビは見るに値しない」と散々悪口を書いたのですが、昨日のNHKの「イチローの素顔」は本当に久しぶりに見るに値する番組でした。

米大リーグ、シアトル・マリナーズのイチローといえば、マスコミ嫌いで有名で、記者のインタビューにも後ろ向きでボソボソと答え、顔見知りでない記者の質問には答えず、顔見知りでも底の浅い質問は無視するという噂を聞いたことがあります。ニュースでは、人間的に悟りを開いているヤンキースの松井は、ちょくちょく登場するのに、イチローは活躍してもほとんどニュースに出てきません。恐らくインタビューを拒否しているわけで、その噂を裏打ちする感じでした。

しかし、この番組で、イチローというより鈴木一朗という一人の人間の素顔が初めて白日の下に晒されたような感じで、なぜ、マスコミ嫌いになったのかということも手に取るように分かりました。

イチローのような超天才になると、我々のような凡人にとっては縁も所縁もない超人で、全く考えが及びもつかない人物とみなしてきたのですが、ある面では、一人の傷つきやすい青年であり、日々訓練を怠らない努力の塊であることを知り、ほんの少し共感してしまいました。

メモをしたわけではないので、正確ではないのですが、イチローはこんなことを言っていました。

「自分の弱さを人に絶対に知られたくないので、自分の弱さを必死で隠そうとした」

 

「広いアメリカで、何年経っても時差には慣れることができない。眠れないと精神的ダメージが大きいので、睡眠薬を飲んでいます」

 

「人一倍、プレッシャーを感じる方です。これまで、そのプレッシャーに押しつぶされそうで、闘ってきましたが、今年(2007年)から、そのプレッシャーを楽しむくらい受け入れることにしたのです。ヒット数が150本くらいになると、『さあ、来たぞ、来たぞ』といった感じです」

イチローの日々の生活といったら、哲学者カントのように規則正しい生活です。何時に家を出て、何時に球場に着いて、何時にトレーニングを始めて、何時に試合に臨む…。

7年間、昼食は奥さんの弓子さんが作る全く同じカレーライスを食べる、という所には少し変質狂的な性格があるんじゃないかと思えるくらい驚いてしまいました。毎日、毎日、同じ味のカレーですよ。そして、「カツカレーなんて邪道で、考えられない」なんて自信満々に発言しているのです。野球では、修行僧のようなイチローでも、野球以外のことはどこか淡白に見えてきました。

試合で遠征に行っても、試合が終われば飲み歩くことはなく、ホテルにこもって、持参した足裏マッサージ器を使って疲れを癒しながら、雑誌のページをめくっていました。これが普通だそうです。信じられませんでしたね。天下の大リーグ・スターといえば、ベーブ・ルースやジョー・ディマージオの例を出すまでもなく、私生活は本当に華やかでした。

ですから、仕事が終わると、座禅を組むようなライフスタイルで、自分を律する、あまりにも日本人的な振る舞いに、いつしか、彼に共感してしまいました。

何しろ彼の口から出た目標は「50歳になって、4割を打つこと」なんだそうですから、今は非現実的に思えても、イチローならもしかしたらやれるのではないかと思えてしまいました。

もう1つ。野球を人生に例える人も多いのですが、打率3割を打つ打者は一流選手ですが、イチローのように3割5分も打てば、超一流です。でも、超一流選手でも、6割5分は失敗しているのです。ということは、人生でも、7割失敗しても大成功と言ってもいいのではないでしょうか。

私の場合、これまでの人生、失敗の連続でしたが、それでも、まだ7割も失敗していない気がします。

イチローさんのように、まだまだ、色々と挑戦しなければならないと思いました。

岡田監督を応援します

この度、オシム監督が急に脳梗塞で倒れたため、サッカー日本代表の監督として岡田武史氏が9年ぶりに再登板することになりました。

昨日、日本サッカー協会理事会で正式に承認されましたが、岡田氏の今後の活躍には注目していきたいと思っています。サッカーは肉体で戦うスポーツですが、監督指導者は結局は肉体より、頭を使う。戦術面が最も大事ではありますが、もう少し平たく言うと選手にモチベーションを与える「精神論」が重要なのです。監督として堅固な哲学を持っていなければなりません。岡田氏は、その意味で、かなり、修養を積んできたように見受けられるからです。

面白かったのは、昨日の会見で、岡田氏が、オシム監督が倒れる1週間前にJリーグの3チームから監督就任の要請があったが、断ったというエピソードを明らかにしたことです。当分、講演活動をしながら、環境問題をテーマにボランティア活動していくつもりだった、というのです。また、ここ1年半ほど、サッカーから離れていて、Jリーグの試合もあまり見ていなかったというのです。

岡田氏には、物事を根本から見つめ直してみようという修行僧に近い心因性を持っているようです。

その岡田氏が、「ここ10年で、人間がすっかり変わった」と言っています。私もそれはすごく感じています。

小津安二郎の「東京物語」は、昭和28年の作品ですが、「こんな日本人が普通だったのか?」と思われるほど、言葉遣いも丁寧で、皆、慎み深く、謙虚で、自分の身の丈の範囲で一生懸命に生きる日本人が出てきます。

今は、そういう日本人は消滅したとは言いませんが、かなり少なくなりました。公共マナーも悪いし、自分の権利ばかり主張するクレーマーや、給食費を払わないお金持ちの親もいるし、録に挨拶もできない人間も増えました。世の中、ギスギスしてきたと感じるのは私だけではないでしょう。どうして、こんなになってしまったんでしょうかね?

この10年の劇的変化は、インターネットの影響でしょうか。新聞の読者が減っているだけでなく、テレビの視聴率も下がっています。ニュースはネットから得る若者が増えてきました。ネットを使えば、時空を超えて、「大英博物館」 http://www.britishmuseum.org/#でも「MOMA」 http://www.moma.org/でも「ルーヴル美術館」http://www.louvre.fr/llv/musee/alaune.jsp?bmLocale=ja_JPにでも簡単に「行く」ことができるようになりました。

携帯やパソコンによって、「個」が確立したものだと極解して、自ら神のように振舞う人間が増えてきたからなのしょうか?

内藤選手を応援します

WBCフライ級タイトルマッチで反則行為を働いた亀田大毅選手の処分が明日、日本ボクシングコミッション(JBC)から発表されるようなので、注目したいと思います。

 

亀田は、サミングといって、クリンチした瞬間にグローブを内藤選手の目の中に入れようとしたり、太股を狙ったり、態と頭突きで、チャンピオンの右まぶたを切ったり、全く悪役レスラー並の暴行を働いていました。

私は、JBCのファイティング原田会長が現役だった頃からボクシングは見ていますが、こんなヒールは見たことがありません。

一方のチャンピオンの内藤大助選手は清々しいスポーツマンで、大変な苦労人で、大変な努力家であったんですね。

子供の頃、「いじめられっ子」で、両親の離婚で極貧の生活を強いられ、あだ名が貧乏を逆にした「ボンビー」だったこと。ボクシングは20歳から始め、世界には3度目の挑戦で、30歳過ぎになってやっと王座の手をつかんだこと。チャンピオンになるまでは、生活ができず、アルバイトで食いつないだこと等を今回、初めて知りました。

ボクシングは昔から「ハングリースポーツ」と言われてきましたが、平成の時代に、まだ、こういう選手が残っていたのか、と感激しました。言葉遣いも穏やかで、亀田の挑発に乗ることがありましたが、最後に「国民の皆様の期待に応えることができました」と発言してくれたので、スカッとしました。

それにしても、TBSの実況は、「独占商品」である亀田に一方的に加担してひどいものでしたが、私は断然、内藤選手を応援します。

朝青龍問題

 宇登呂

 

大相撲横綱の朝青龍問題が、国際問題に発展しそうですね。この経緯については、皆さんもうよくご存知なので、触れませんが、何で、こんな問題が発生したのか、色んなメディアで報道されていましたが、一番分かりやすかったのが、12日付産経新聞の「朝青龍騒動3つの非」という記事(小田島光記者)でした。

 

小田島記者は、この騒動になった非は3つあり、第一は、横綱という立場を弁えなかった朝青龍。第二が、自覚のない横綱を育てた師匠の高砂親方(元大関朝潮)。第三が、そんな朝青龍を横綱にした日本相撲協会の特に北の湖理事長(元横綱北の湖)だと、明解な論理で説得してくれました。

 

この記事を読んだのか、態度のデカイ某スポーツ評論家が、その日のテレビのワイドショーで全く同じことを言っていたので、彼の取材力の底の浅さが知れて、軽侮心さえ浮かんできました。まあ、それ程、説得力がある記事でした。

 

朝青龍本人から事情聴取もしないで一方的に「二場所出場停止」などの処分を下した日本相撲協会を批判する人もいましたが、私の意見は、相撲という興行の世界はそういうもので、相撲協会の裁断は正しいと思っています。そもそも、勧進相撲から始まった相撲は、裏社会の力で興行が行ってきた世界であり、一般の、倫理観や正義や人権とやらを持ち込んだら、おかしくなります。

 

やはり、一番悪いのは、仮病を使った朝青龍(本当に疲労骨折なら、サッカーなんかできるわけがない!)で、「年6回の本場所だけ出演していればいい」といった考えが間違っていたのです。裏社会の人々にとっては、巡業こそが稼ぎ時なので、彼らのルールに反するパペットは排除するしかないという論理なのでしょう。しかも、朝青龍は、モンゴル政府が率先してバックアップしているビジネスを母国で展開しているらしく、そのために、しばしば帰国しなければならなかったという事情があったらしい。もし、これが事実だとしたら唖然としますね。ハワイから苦労して関取になった外人の第一世代に当たる高見山らは、余程のことがない限り、帰国しませんでした。時代が違うとはいえ、今後、モンゴル政府の抗議も予想され、外交問題に発展しそうだと指摘する人もおり、この騒動はまだまだ予断を許しません。

 

ところで、気になる記事をみつけました。この騒動で中田英寿の事務所がボロ儲けをしていたというのです。朝青龍が母国モンゴルで、中田と一緒にサッカーを興じていたことは知っていましたが、騒動になったおかげで、中田事務所の素人スタッフが、ハンディカメラで撮影した手ぶれの多い、画質の悪いサッカーの画像が、1分当たり破格の30万円で売られているというのです。あの天下のNHKですら、朝青龍の処分が決まった1日に泣く泣く購入したという話です。

 

この騒動で一番得したのは、中田事務所だったとは!

偉業の影に努力あり イチローのこと

 小樽

米大リーグで、シアトル・マリナーズのイチロー選手が6年連続200本安打の偉業を達成しました。

この人、普段、記者とは言葉も交わさず、お高く止まってクールな印象があって、あまり好きになれませんでしたが、今年のワールド・ベースボール・クラシックで、子供のように無邪気にはしゃいで、感情をむき出している姿を見て、意外に思ったものでした。

しかし、感情を素直に出す人間的な面が本来のイチロー選手だったんですね。

偉業を達した後に「感情を抑えることで、弱い自分を支えてきた」というコメントをしています。

チームメートが試合前にカードゲームなどに興じている時も、黙々と室内練習場でバッティングの練習をしているということですから、彼は「天才」「超人」と呼ばれていても、やっぱり、努力の人だということが分かります。

そして、自分の弱さを強さに変えることができる真の意志の強い人だということが分かります。彼のような人は、どんな分野でも成功するでしょう。

岡ちゃんのこと

小樽

サッカーJリーグ横浜の監督を先頃辞任した岡ちゃんこと岡田武史氏は、退任会見で「勝負に対するこだわりがなくなってしまったから」と理由についてこたえていました。

勝負師の世界で最も大切なことは、やはり、勝利へのこだわりなのでしょうね。

辞任前に周囲にこんなことを漏らしていたそうです。

「人間には心がある。科学がどんなに進歩しても解決できないこともある。倫理的に話せないこともある」

彼の苦悩を垣間見た気がします。

彼が20代の現役の頃に、私は彼に会って話をしたことがあります。彼は、古河工業のDF、いわゆる当時スイーパーと言われたポジションで日本代表のキャプテンを務めていました。

今でこそ、W杯に出場したり、日本でもサッカーは大ブームですが、当時はマイナーもマイナーで、一部マニアだけが熱心に観戦している時代でした。

彼は、試合ではコンタクトをしていましたが、試合後は、牛乳瓶の蓋のような厚い眼鏡をかけ、ひょろひょろと痩せていたので、とてもサッカー選手にはみえず、どこかの大学の助手に見えました。まあ、サッカーフリークで、サッカーのことばかり話をしていましたが…。

彼がW杯の日本代表監督になった時、本当に驚きましたが、カズを代表から外したり、情を挟まない冷徹な人選や采配については、感服したものです。恐らく、周囲からのプレッシャーや脅迫は相当なものがあったのでしょうね。「コーチや選手を切ったりするのにも疲れた」と漏らしていたそうです。

まあ、これは、スポーツの世界だけではないでしょうが…。

とにかく、岡ちゃん、お疲れさまでした。