本多静六という人

Hyakkodatei

かつて、私の勤める会社が日比谷公園(地名)にあった頃、よく日比谷公園(場所)を散策したものです。

この公園内に「資料館」といいますか、小さくて狭い「資料室」がありまして、そこで初めて、この日比谷公園をつくった人が本多静六という人だということを知り、脳裡に刻まれました。ただ、庭園家か造園師かと思い、「凄い人だなあ」と感嘆しましたが、この人についてそれ以上の興味が湧くことはありませんでした。

そしたら、先日、開架式の図書館でたまたま、この人の名前を見かけて、手に取って読み始めたらやめられず、借りてきてしまいました。

その本は、本多静六著「私の財産告白」(実業之日本社=初版は昭和25年)という本で、同社から復刻された本多の三部作(残りは「私の生活流儀」「人生計画の立て方」)の一つだったのです。

この本で初めて、本多静六の人となりを知ることになりました。本多は慶応2年(1866年)、埼玉県河原井村(現久喜市菖蒲町)生まれ。東京帝大農学部の教授を務めながら、巨万の富を築いて、昭和2年(1927年)の定年退官後、匿名で全財産を寄付した人でした。日比谷公園のほかに、埼玉県の大宮公園や福岡県の大濠公園など100カ所以上の公園の設計、改良などを成し遂げた人だったのです。

東大農学部は、もともと東京・駒場(現在の東大教養学部)にあったことは知っていましたが、本多が入学した頃は(1884年)、東京山林学校と呼ばれていたんですね。これは知らなかった。東京山林学校は、1886年に東京農林学校となり、翌87年に帝国大学農科大学となり、本多は90年に首席で卒業し、ドイツ・ミュンヘン大学に留学します。

その後、東大の助教授、教授となりますが、後述する方法で巨万の富を得て、学士会の寄付金に一千円を寄付したところ、「一介の学者が何でそんな大金を寄付できるのか」と同僚の学者らから妬まれて、「辞職勧告」を受けたりします。本多の蓄財法は至ってシンプルで(とはいえ、誰にでもできるわけではない)、毎月の給与の4分の1を貯蓄に回し、いくらか貯まった後、株や山林などに投資して雪だるま式に増やしていくというもの。ただし、当初は、世帯には親子ら9人もいたので、月末は、胡麻塩ごはんだけで済ます苦労を強いられたりします。とにかく、勤倹貯蓄、刻苦精励を実践して、「人生即努力、努力即幸福」をモットーに、働学併進の質素な生活を続け、昭和27年(1952年)に85歳で逝去するまでに、370冊以上の著作を残したといいます。

この本で、1カ所だけ引用するとしたら、189ページにある…

「なんでもよろしい、仕事を一生懸命にやる。なんでもよろしい、職業を道楽化するまでに打ち込む、これが平凡人の自己を大成する唯一の途である」

本多静六は、造園家としてだけでなく、中村天風のような人生訓の大御所として名を残していたんですね。

富は幸福をもたらさない

I’m flying

昨日のブログ「高浜原発が再稼働とは」へのコメント「八百長相撲」さんには、恐れ入谷の鬼子母神でしたね。胴元とサクラの関係だったとは!知らぬは、テレビを見て「ガハハ」と笑って寝てしまう反知性主義者の皆さんのみということでしょうか。

さて、図書館で拾い読みしていたら、面白さにはまって、予定もしていなかったのに、つい借りてしまいました。ヤコブ・ブラーク著、小田麻紀訳の「ユダヤ人大投資家の『お金と幸せ』をつかむ正しい方法」(2010年10月初版)です。別に、タイトルに惹かれたわけではなく、開架式の本棚からたまたま手に取って読んだら、面白くて嵌ってしまったのです。何しろ、原題は拙訳すると「チンパンジーはリタイアの夢を見るのか?」ですからね。「こんなタイトルじゃ売れない」と、編集者が大仰なタイトルを付けたのでしょうね。版元を見たら、徳間書店でした。

別にこれから投資を考えている人だけが読む本ではなく、かなり人間というかヒトの本質をついています。何しろ、ヒトとチンパンジーのゲノムを比較したところ、ほとんど同じだったというのですからね。実に98.76%が重複していたというのです。道理で…ですね(笑)。

この本には心理学から社会科学から、色んな本や実験から引用して「教訓」めいたものを引き出しています。備忘録として、印象に残ったことを一部、適当に換骨奪胎して並べてみます。

●幸福になるための10の指針
1、経済的な成功が幸福をもたらすわけではないことに気づきなさい。富は幸福を保証するわけではない。
2、定期的に運動しなさい。運動は軽い鬱病を治すのを助け、身体と心を活気づけてくれる。
3、たくさんの交接をしなさい、なるべくなら愛する人と。
4、人間関係に投資しなさい。喜びも悲しみも分かち合える友人は、あなたの幸福に強い影響力を及ぼす。
5、必要に応じて、身体を休ませなさい。
6、自分の時間をきちんと管理しなさい。
7、自分の才能を活かせる仕事を探しなさい。
8、テレビを消しなさい。(以下略、詳細は本文に当たって下さい)
9、感謝の心を持ちなさい。(同上)
10、他者に救いの手を差し伸べなさい。利他主義によって、人生は一層、有意義なものとなる。

●「ブラックスワン」とは、通常の予想範囲を超える衝撃が大きくて予測の困難な珍しい出来事を意味する。

●私たちの幸福の多くは、未来を想像するという能力によって来ている。未来を想像できるから、人を信頼したり、喜びを感じたりできる。いつか相手からお返しがあると期待して。

●過度の情報は、それが大きな変動の時期に関連しているときには、とりわけ有害なものとなる可能性がある。

●1950年代の英国における無線通信の増加は、同時期の同地域における精神科病院への入院患者の増加と比例しているように見える。これは何を意味するのか?実は、何も意味がない。原因と結果を結び付けたいという私たちの強い願望が、一般に統計上の相関関係とされているものを生み出すのだ。

●人間は、低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価しがちだ。

●人は、行動を起こさなかったことで生じる後悔よりも、行動を起こしたことで生まれる後悔の念の方が大きい。ところが、この主張は短期的には正しいが、長期的にみると、後者の方がより大きな苦しみを引き起こす。マーク・トウェイン曰く、「今から20年後、あなたは自分がやったことよりも、やらなかったことの方により大きな失望をおぼえるだろう」。

以上、まだ書きたいのですが、ご興味のある方は、本書を手に入れて読んでください。

ややこしいことは考えない

陸上女子百メートルで、福島千里選手(帯広南商高出)が、女子短距離としては、1952年のヘルシンキ五輪以来実に56年ぶりにオリンピック代表に選ばれました。

確か、北海道に住んでいた頃、易経などを教えて頂いた角田先生も同校出身だったなあ、と思って久しぶりに電話したら、つい、長話になってしまいました。(地元では号外が出たそうです)

先生は、何と、フランス人の友人ができて、今、フランス語を勉強しているというのです。「いつか、プロバンスに行きたい」というので、かなり本気です。

私は自分でも笑ってしまいますが、この年になっても、まだ、将来がはっきりせず、右往左往というか、相変わらず、迷ってばかりいるのですが、先生は「悩まなければいいんだよ」と諭してくれました。

「悩みたい人は、悩みたいから悩んでいるのです。迷っているのは迷いたいからです。もうそろそろ、自分を許したらどうですか。ありのままの自分を受け入れたらどうですか。自分自身を信じることです。人は人、自分は自分なのです。人と比べたりするから、そこに嫉妬や自己嫌悪や劣等感が生まれるのです。他の誰よりも自分自身が頼りになれば、人生が変わります。外側に何かを求めなければ、内側からエネルギーが沸いてきます。だから、早く自立して、誰よりも自分のことを理解してあげてください」

そうですね。私も難しく考えすぎていました。

そういえば、調布先生の口癖に「あんまり、ごちゃごちゃ考えない方がいいですよ。ややこしいことを考えたりするからいけないんですよ」というのがありました。これを英語で何というか?それこそ、あまり、ややこしく考えない方がいいですよ。極めてシンプルに、

Don’t complicate things.

と言います。

調布先生に学ぶ人生講座

 

 

 

先日「渓流斎を囲む会」を告知したところ、早速、北海道に住むAさんからメールを頂きました。

「是非参加したいのですが…」というのですが、もちろん、遠路遥々、難しい…。分かってます。こうして、メールを頂くだけで、本当に嬉しかったです。有難う御座いました。

Aさんの許可なく、ちょっと内容をばらしてしまいますと(笑)、私に会うというより、会にどんな人が集まってくるのか見てみたいとおっしゃるのです。そして、特に、会ってみたいのが、「調布先生」なんだそうです。さすが、Aさん。もてますね、調布先生は。

小生のブログの長年の読者の方はよくご存知だと思いますが、調布先生は、もちろん、実在の人物で、知る人ぞ知る大人(たいじん)です。でも、私もちょっと、魅力的に書きすぎたかなあ、と反省しています(笑)

小生の人生の師なので、色々と教科書や書物には書かれていないことで、教授を受けてきました。調布先生がいなければ、今頃、とっくに会社を辞めて風来坊になっていたことでしょう。

調布先生は生粋の京都人です。司馬遼太郎が、京都の長老に取材した際、「この間の戦さは大変だった」というので、太平洋戦争のことかと思ったら、「鳥羽伏見の戦い」だと分かった、とエッセイに盛んに書いてますが、調布先生の場合、「この間の戦さ」とは、1467年の応仁の乱のことを言うのです。半ば、冗談ですが、物事の事象を百年単位どころか、五百年単位の深さで俯瞰する人なのです。

ああ、また、よく書きすぎてしまいましたね(笑)。

調布先生の言行録の中で印象的なものに、「人はどこでつながっているか分からないから、悪口を言ってはいけませんよ」というのがあります。他社の人に、全く接点がないと思って「おたくの佐藤さんはひどい人ですね」何て口をすべらせようものなら、佐藤さんは、その人の直属の上司の弟の親友の孫の保証人(笑)だったりして、左遷されたりしてしまうのです。「人に会ったら、誰でも、いい人ですね、いい人ですね、と褒めていればいいのです」。それが世間の荒波を乗り切る方便だといのです。さすが京都人。

最近、調布先生が口にするのは「人間、看板だよ。皆、看板で仕事してんだよ」です。○○銀行の取締役、天下のNHK記者、大手商社、それに画家も作家も名前という看板があるから商売ができるのです。看板は大きければ大きいほどいい。暴力団でさえ、最大広域組織のバッジや法被を欲しがるのです。しのぎが遣りやすいからです。皆、看板のおかげなのに、自分が偉いと勘違いしてしまうのです。

私は小さな看板で仕事をしているので、この話は分かりすぎるほど分かります。

究極の悩みは人間関係

ある業界のS氏に「あなたは、人間関係が下手だねえ」とはっきり言われてしまいました。

私は、組織に所属しながら、人にゴマすることもできないものですから、そのおかげで、鬱々と日の当たらない窓際を歩いているものですから、そのあまりにもの世渡りの下手さぶりに彼は愛想を尽かしたのでしょう。

「あなたはオカシイよ。世間知らずで、生き方がヌルいよ」。そこまで言われたのですが、彼の言わんとすることはよく分かります。プロ野球・楽天の野村監督が「どうでもいいと思っている人間にはブツブツ言わない」と言っておりましたが、彼にもそれに近いものがあります。彼が私のことをどうでもいいと思っているのなら、相手にしないで、無視することでしょうから。

1時間近く「説教」を浴びましたが、「心配」の裏返しだと勝手に解釈しました。こんなことを私が言ったら、彼は怒ると思いますが…。

さて、どういうタイミングかなのか知りませんが、今日は偶々、電車の中で、五木寛之著「人間の関係」(ポプラ社)を読み終わったばかりでした。

五木寛之という功なり名を遂げた大作家が、あからさまに自らの欝経験や、人間関係について告白しております。驚くほど率直です。

少し換骨奪胎しますが、こんなことを書いています。

●誰かを信用して、たとえ裏切られたとしても、それをうらんだりすることはない。一生懸命相手を愛し、尽くしたことで、自分が何かを得たのだ、と思うしかないのではないか。

●ホンネを人に見せるというのは、やはり甘えだろうと思います。人は死ぬまで、いや、死んでのちも正しく理解されるものではないのです。

●人に大きな恩を与えることは、実に危険なことだ。恩返しをしないで恩知らずと言われることを恐れるあまり、恩を受けた人は恩人がこの世からいなくなることを望むようになるからだ。(セネカ)

引用はこれぐらいにしましょう。

人は有名だろうが、無名だろうが、男だろうが、女だろうが、老いも若きも、特に、人間関係で悩みながら、生きていくものだと、痛感いたしました。

問題は解決しなくてもいい

 

 

 

最近、鋭いコメントが多く寄せられるので、そっちの方にお返事書いていると、本文に書く元気が少なくなっていてしまっています(笑)しかし、本当に有り難いことです。

 

壁にぶつかった時、自分の思い通りにならない時に、目を通すようにしている一冊の本が私にはあります。

津留晃一著「多くの人が、この本で変わった。」(英光舎)という変わったタイトルの本です。北海道に住んでいた頃に知り合った平里さんから紹介されました。市販されていないと思います。ご興味のある方はネットで検索すれば出てくると思います。(でも、このサイトは何でも売らんかな精神に満ち溢れ、商売商売しているところが好きになれませんが)著者の津留さんは、8年前に54歳で亡くなっています。

彼は宗教家でも何でもありません。社員300人を抱えるベンチャー企業の旗手として時代の寵児になったものの、バブル崩壊で会社が倒産して、その体験を機に内面世界の探求を始めた、と略歴にあります。

この本はどこのページから捲っても「金言」が出てきます。

例えば、

●人は自分が信じている世界を見ている。あなたの現実はあなたの選択の結果にすぎない。

●ある考え方が正しいか否かの判断には、どんな意味もありません。あなたの選択した考え方が、あなたの真実となっていきます。

●私も含めて人はみんな意地悪です。意地悪でもいいじゃないですか。どうぞ、意地悪な自分を許してあげてください。

●もう二度と誰かの犠牲になりたくないのであれば、ことは簡単です。あなたの周りで起こるすべてに責任を取ることです。

●あなたが承諾していないことは、決して起こりません。

●問題を解決しなくてもいい。「自分はどうありたいか」、ありたい自分でいればいい。

これらの言葉に励まされつつ、私は、他人様にご迷惑をお掛けしないよう、木偶の棒のように生き続けています。

男と女のたたずまい

 

 

 

昨日の「映画『靖国』が見たい」は意外にも反応がありましたね。

ただ、筆者としましては、この事件を「政争の具」にはしたくはないんですよね。

私は、どちらかと言えば、天邪鬼のミザントロープで、政治的人間ではないからです。

まあ、単なるディレッタントなだけなのです。高田純次さん扮する「テキトーないい加減な人間」(本人はかなり計算高くキャラクター作りをしているのでしょうが)に憧れています。

「無責任男」植木等は、実は住職の息子で本当はインテリのミュージッシャンなのに、「無責任男」を演じていていましたからね。

ただ、純粋に映画「靖国」が見たいと叫んでいるだけで、こんな小さな声が広がればいいと思っているのです。ということは、これは政治運動になるのかもしれません。いやあ、随分、矛盾していますが…。

さて、先日、友人の戸沢君から薦められた嵐山光三郎氏著「妻との修復」(講談社現代新書)を読んでいます。これまた、意外にも面白いですね。知らなかった逸話がたくさん出てきます。

例えば、「『いき』の構造」で知られる九鬼周造は、明治の美術界のドン岡倉天心と、アメリカ公使・九鬼隆一の妻初子との間にできた子供ではないかという疑惑が書かれています。驚きましたね。天心の奥さんの大岡もと子は、大岡越前の末裔だったそうですね。これも驚き。九鬼初子は、京都祇園の芸者だったようです。

作家武者小路実篤は、インタビューに来た大阪毎日新聞記者の真杉静枝と情交を結びますが、これは「喧嘩両成敗」。静枝の方が友人に「ムシャさんをものにしてみせる」と豪語していたというのですから。ムシャさんの方も一生懸命に励みながら「人の幸福のために役立とうとする女にならなければいけません」と人道主義を説くのを忘れなかったそうです。

 

嵐山氏は、【教訓】として、「不倫しつつも愛人に『人の道』を説く余裕がなくてはいけない。反省するのが一番健康によくない」と書いています。これには爆笑してしまいました。

 

このほか、野口英世が米国人の奥さんと結婚していたとは知りませんでした。もっとも、奥さんになったメリーさんは、はすっぱな酔っ払い女でニューヨークの下町で働いている時に、酒場で野口と知り合ったらしく、かなりの浪費家で野口の全財産を湯水のように浪費してしまったそうです。

 

一方の野口についても、偉人伝に書かれているような立派な人ではなく、友人や先輩らを利用するだけ利用して借金を踏み倒して米国に逃れ、うまく立ち回って、秀才にありがちな計算高い性格だった。メリーと結婚したことは野口英世、一世の大失敗だった、と書かれています。

 

ここには、有名無名を問わず、古今東西の男と女のたたずまいが描かれ、今トラブルを抱えている人にとっては、ある意味で精神安定剤になりますよ。

怨憎会苦 

 

年度末です。 昨晩は会社の上司のご栄転送別会に出席しました。

 

最後の方では酔いが回っていたせいもあり、「四苦八苦」の1つである「怨憎会苦」(嫌な相手と会わなければならい苦しみ)の天敵が横に座っていて、つまらない誹謗中傷を私にするものですから、一触即発の大喧嘩になるところでした。いい年をしてみっともないのですが。

 

怨憎会苦の天敵のいない皆さんのような聖人君子は、うらやましく思います。

 

調布先生などは「『天敵』などと、いつまでもそんな青臭いことを言っていては駄目ですよ。むしろ、敵に塩を送る気持ちで接しなければいけません。そうすれば、向こうも『さすが心が広い』と感服するはずです。何でも拘らないことが一番です。人情紙風船。来るものは拒まず、去る者は追わずの精神ではなく、実践でやっていかなければ駄目ですよ」と諭してくださるのですが、なかなか、そこまでの領域に達しません。

 

七転八倒、転んで転びまくって生きていくしかありません。

世界はあるだけ

 

Cahier(覚書)

 

●2月18日、85歳で死去したフランスのヌーヴォー・ロマンの巨匠アラン・ロブ=グリエの言葉。

「世界は、意味があるわけではないし、不条理であるわけでもない。それは単に、在るだけなのだ。」

…うーん…悲しみも苦しみも、喜びも、楽しさも、そこにあるだけなのかもしれない。感じている自分がいるだけで。嫌なことは考えないこと、感じないことが一番なのかもしれない。気にしない。そうすれば、必ず、気にならなくなる。達観せよ、達観せよ。世界は自分の考え次第。自分が構築したものが世界…

●昨晩は、南青山の寿司店で業界と業界通の大物二人の会合に同席しました。私が固有名詞を出して、質問したら「誰が聞いているか分からないのに、如何なものか」と業界の大物に睨みつけられてしまいました。ベテランの私でも子供扱いです。確かに業界を動かしているのは60歳代後半。私なんぞはまだまだひよっ子です。後継者問題などについて、高言を拝聴致しました。

●米大統領選、民主党候補指名争いは、益々熱を帯びています。崖っぷちに立たされたヒラリー氏が、大票田の4州で3勝1敗と挽回。新聞は「オバマ氏のモロさが露呈した」と盛んに書いています。でも、報道を見ただけでは、さっぱり分かりませんね。そもそも、民主党は、労働者や弱者の味方で、共和党は金持ち優遇政党みたいな報道がされてきましたが、民主党の方が対日政策の厳しさは苛酷で(変な日本語ですが)、日本人にとって、民主党が政権を取れば、碌なことはないと言う人もいます。

2030年には、米国では、黒人人口が白人人口を上回り、白人はマイノリティーになるという予測もあります。バラク・フセイン・オバマ氏が大統領になる可能性は十分あるでしょうが、バラ色の世界を期待するのは危険かもしれません。

●某誌で知らされたこと。外国人の名前で語尾に「-ヤン」とか「-アン」とあると、その人はアルメニア系だということです。有名な人は、あのベルリン・フィルの指揮者だったカラヤン。旧ソ連の作曲家ハチャトリアンもそう。画家のジャンセン、シャンソン歌手のシャルル・アズナブールもアルメニア系らしい。

実業界ではロッキード事件で有名になった同社副社長のコーチャン氏、米国の不動産王でルノー・日産とGMの提携を画策したカーク・カーコリアン氏、美術館でも有名な石油王カルスト・グルベンキアン氏もアルメニア系ということです。

楽しい記憶に書き換える

交通事故か何かの後遺症で、一度眠るとその日の記憶がすべて抜け落ちてしまう「高次脳機能障害」と呼ばれる記憶障害を持った大学生(佐藤隆太)が、学生プロレスに情熱を燃やす映画「ガチボーイ」が評判を呼んでいるそうです。

私は、粗筋から言って、当初は「荒唐無稽」に感じたのですが、日本では、約30万人の人が記憶障害で苦しんでおり、実際、競輪選手で、事故に遭って記憶障害となり、身障者競輪選手になった人がいて、「頭の中の記憶は消えても、肉体を酷使したたための筋肉の痛みなどは翌日になっても残っている。だから、この映画を見て、自分と重ねて納得した」と話していました。

プロレスによって自分の体を痛めつけるという話は、決して、現実離れした荒唐無稽の話ではなかったんですね。失礼しました。

ところで、今朝の新聞に面白いことが載っていました。

「お酒で憂さは晴れません」という記事です。東京大学の松木則夫教授(薬品作用学)がラットを使った実験で、その細かい内容は省きますが、「恐怖記憶」を素面(しらふ)のラットと酔ったラットとを比べた結果、酔ったラットの方が強かったそうなのです。

つまり、思い出した恐怖記憶が、アルコールによって強められたと考えられるというのです。

お酒で、余計に憂さが強まってしまうということなんでしょうね!

松木教授の「嫌なことを忘れる奥の手は、記憶がおぼろげなうちに、楽しい記憶で上書きしてしまうこと」というコメントも載っていました。

お酒に頼ってちゃいけないんですね。

過ぎてみれば、思い出は皆、美しく輝くものです。

漫画を映画化した「3丁目の夕日」が大ヒットしました。高度成長期の昭和30年代が舞台です。確かに、今より生きがいを感じられたかもしれませんが、貧乏ゆえ嫌なことも沢山あったはずです。

それでも、楽しい記憶で上書きすれば、すべてが明るくばら色に輝くのです。

私も最近、嫌なことが続いているので、楽しい記憶を呼び起こすことにします。

【箴言】

喜びが喜びを連れて来る

楽しみが楽しみを連れて来る