満洲研究家だと思っていた松岡將氏が、いつのまにか美術評論家になっていました。
今年7月に「ワシントン・ナショナル・ギャラリー 参百景ー美の殿堂へのいざない」(同時代社)を発行したばかりの松岡氏が、今度は、その「参百景」の補遺版に当たる「ワシントン・ナショナル・ギャラリー 三十六肖像ー美の殿堂へのいざない・補遺」(同)を10月20日に初版刊行されたのです。1年に2冊も出版されるとはそのバイタリティーには脱帽です。松岡氏の略歴は巻末に誕生日まで詳細されておりますが、昭和10年生まれということは、今年85歳。頭が下がるばかりです。解説がうまく的確にまとめられています。
7月の前著「参百景」では、ワシントンの在米日本大使館勤務時代を中心に何年も何年もナショナル・ギャラリーに通い詰めて、同館の新米学芸員以上の作品に対する知識をご披露されておりましたが、新著の「三十六肖像」も大変読み応え十分で、鑑賞し甲斐があります。
これでも、小生は大学の卒論にクロード・モネを中心にした「印象派」を選び、記者になってからは文化部の美術担当になったこともあり、全国、全世界の主要美術館も巡り歩き、美術の知識はかなりあると自負しておりましたが、「三十六肖像」の画家の半分近くも知らなくて、自分の不勉強を恥じるばかりです。思えば、自分が詳しかったのは、泰西美術の中でも、バルビゾン派以降の写実派や印象派やキュービズムやバウハウスなど近現代ばかり。それもフランス中心の知識でした。ドイツ・ルネサンスもロシア・アヴァンギャルドもあまり知らないし、英国系は、ターナーかミレイかウィリアム・モリスぐらいです。
例えば、本書では、ギルバート・スチュアート(1755~1828)とトマス・サリー(1783~1872)という米国人なら誰もが知っている画家が登場しています。何で知られているかと言いますと、二人とも肖像画が得意でスチュアートの描いジョージ・ワシントン初代米大統領は1ドル紙幣に、サリーの描いたアンドリュー・ジャクソン第7代大統領は20ドル紙幣に採用されているからだといいます。正直、私は知りませんでした。
本書前半にイタリア・ルネッサンスのエルコレ・デ・ロベルティ(1455/56~1496)の「ジネブラ・ベンティヴォーリョ」の肖像画(1474/77)も取り上げられています。
私自身、この絵も画家も知りませんでしたが、解説を読むと、ロベルティは、40歳余で早逝したため、残された作品が少ないが、後の批評家からレオナルド(・ダビンチ)と比肩するほど高い評価を受けている、とまで書かれています。
取り上げられた画家の中には、意外とペストや肺結核で亡くなっている方が多いのですが、作品はこうして残り、芸術は永遠だなあ、と感じます
色々と勉強になりました。
私自身は、フランスびいきのせいか、ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748~1825)の「フランス皇帝ナポレオン:テュイルリー宮殿の書斎にて」(1812)のあまりにも細密でその精巧さに、改めて驚かされました。ナポレオンが目の前に立って、まるで生きているような感じです。
勿論、写真が綺麗なせいかもしれません。撮影した松岡氏の玄人はだしの腕前です。もしかして、ライティングにもしっかりと気を配り、カメラが当時の最高機種だったかもしれませんが(笑)。
私も意地が悪いですが、本文中、ジャクソン大統領を第八代としたり(実際は第7代)、セザンヌのところで、1861年のところを1961年としたり、明らかな間違いを見つけてしまいました。恐らく、この本は売れると思いますので、第2刷の際に訂正されることでしょう。
【追記】
FBからの読者であるK氏からのメッセージで、ワシントンの一連のスミソニアン博物館群の入場は無料だということを御教授頂きました。ワシントン・ナショナル・ギャラリーもその中に含まれるので無料です。K氏は、ワシントン出張の際、スミソニアン博物館に行けなくても、ワシントン・ナショナル・ギャラリーだけは行くようにしたそうです。
また、私は知りませんでしたが、この一群の中にフリーア美術館があり、(ということは無料公開)、俵屋宗達の「松島図屏風」を所蔵しているそうです。明治に米実業家の手を経て海外に渡ったものですが、日本に残っていれば、勿論、国宝になった作品です。見たいなあ。