銀座で出会った有名人=梶原一騎さんと乙武洋匡さんは強烈な印象でした

Jardin de Karatsu Copyright par Y Tamano

「私の銀座物語」…なんて書いても、誰も興味も関心もないことでしょうから、別に読んで頂かなくて結構で御座いますが、ブログ主宰者の特権でこのまま勝手ながら続けさせて頂きます(笑)。

 最も古い記憶は子供の頃に連れて行ってもらった時に見た森永製菓の地球儀ネオン(銀座5丁目不二越ビル、1953~83年)か、不二家のネオンか…、それとも単にテレビか映画で見ただけか、その辺は曖昧です(笑)。銀座通りはまだ都電が走っていたことを覚えていますが、1967年12月に廃止されてしまったということですから、私は当時小学生だったので記憶に間違いない。多分、不二家でアイスクリームかケーキを食べさせてもらったと思います。

銀座で最も好きなお店の一つ、文房具の「伊東屋」さん ここでお買い物

 親から銀座に連れて行ってもらったのは、地下鉄ではなく国鉄だったということを覚えているのは、当時有楽町駅のホームから毎日新聞社が見えたからです。窓の奥で働いている人さえ見えました。毎日新聞本社は1966年に有楽町から今の一ツ橋のパレスサイドビルに移転したということですから、これも間違いない。ということは、森永や不二家のネオンの思い出は、東京五輪が開催された1964年とか翌65年頃の話だったかもしれません。

 一人で行くようになったのは高校生ぐらいからで、当然、まだお酒は飲んではいけませんから、行くとしたら、本屋さんでした。晴海通りの5丁目、今、高級ブランド「ボッテガ・ヴェネタ」がある辺りに「近藤書店」という本屋さんがあり、その3階に「イエナ書店」という洋書専門店がありました。あまり、買えませんでしたが、当時の海外の最先端の文化情報を吸収しているつもりでした。今は銀座も本屋さんはほとんど消滅してしまったので本当に残念です。もう取返しがつかないでしょう。

 そう、今やなくなってしまったお店は本屋さんだけではありません。20代~40代の頃によく通った銀座6丁目の交詢社ビルに「ピルゼン」(1951~2001年)というビアホールがありました。ビルの建て替えを機に閉店してしまったと聞きます。ピルゼンは、チェコのビールだと聞いたことがありましたが、そもそも現在、世界で飲まれているビールの80%を占め、ビールの代名詞とも言えるピルスナービールは、ドイツではなく、このチェコのピルゼン(プルゼニ)という街で誕生したというのです。ここで、おつまみとして食べたニシンの酢漬けが懐かしい。もう1軒、この旧交詢社ビルには「サン・スーシー」(1929~2001年頃)というバーがありました。文豪谷崎潤一郎が名付け親と言われ、フランス語のsans souciは、「憂いがない」「心配ない」といった意味です。

 大抵、酔っぱらって行ったので、場所を覚えていなくて調べ直したら、どうやら「ピルゼン」と同じ旧交詢社ビルだったことが分かり、吃驚。案外狭い範囲で飲んでいたことになります。もう誰と一緒に行ったのかあまり覚えておらず、当然、何を熱く語っていたかも覚えていません。ビールの泡と一緒に消えました。嗚呼。これも残念。

「伊東屋」の近くでランチ店を探していたら、結局「煉瓦亭」になってしまいました。7年ぶりでした。

 なくなった話ばかりではつまらないので、話題を変えますと、銀座ですから、歩いていると色んな有名人に出くわします。何と言っても、一番の強烈な印象を放っていたのが、「巨人の星」や「あしたのジョー」などで知られる漫画原作者の梶原一騎(1936~87年)さんでした(歴史上の人物とはいえ、とても呼び捨てできません!)。確か、1985年春頃、狭いみゆき通りの歩道ですれ違いそうになったのですが、梶原一騎さんは、実弟で空手家の真樹日佐夫(1940~2012年)さんをボディガードのように引き連れて、二人とも上下純白の高級スーツに黒っぽいネクタイなしのシャツを着こんで、肩を切って歩いてこっちに向かって来ました。梶原さんは薄いサングラスをかけ、その筋の人ではないかと思われるような威圧感。私? 曲がりたくもないのに、直前の並木通りを右折して逃げましたよ(笑)。

 他に、今はどうされているのか、3年ほど前に沢尻エリカさんと出くわしたことがありますが、大人の対応で、何も知らない、何も見ないふりを致しました。彼女はどこか危なげな症状に見えたのはこちらの錯覚だったと思いますが、数人の取り巻きさんに囲まれていました。落語家の三遊亭好楽さんは、両手に花(女性です)を抱えて、横断歩道を歩いてました。随分背が小さい人だなあという印象でした。また、名前が出てきませんが(笑)、ちょんまげを結った国会議員がいたじゃありませんか。彼もホステスさんに拉致されるように高級クラブに消えていったことを覚えています。

元祖ポークカツ(2000円)とライス(300円)煉瓦亭は明治28(1895)年創業。三代目が7年前に引退して、今の御主人は四代目。昔は1500円ぐらいだったと思うんだけどなあ。この値段ですから、釈正道老師にもお薦めです

 最後に一人挙げるとしたら乙武洋匡さんでしょうかね。今年1月某日の夕方でしたが、あの特殊な自動運転車いすに乗られて、アシスタントらしき妙齢の女性と談笑しながら「歩いて」おられました。乙武さんは2016年3月、不倫騒動とかを週刊新潮で報じられ、あれから相当苦労されたようでした。まさか銀座で本物と出会うとは本当に吃驚してしまいました。餓鬼ではないので、追いかけたりしませんでしたが、思わず振り返ってしまいました。何か宝くじに当たったような気分でした(笑)。

 まあ、実につまらない「私の銀座物語」を最後までお付き合い下さり、誠に有難う御座いました。本当は、ジャーナリストとして有名人さんとは多くお会いしてきましたが、銀座はプライベートで、仕事以外でお見かけしたという話でした。失礼をば仕りました。

“銀座で出会った有名人=梶原一騎さんと乙武洋匡さんは強烈な印象でした” への3件の返信

  1.  私は幼少時代から高校まで横浜の山手で過ごし、初めて東京に出てきたのは大学へ進学した時でした。東京の会社に就職し、そこで知り合ったのが今のワイフで、結婚後彼女の実家に移り住みました。その近くに富士見台テニスクラブがあり、毎週末のように通いました。そこで現在漫画協会会長のちばてつや先生ともテニスをしました。
     先ほどもビールとワインを飲みながらワイフに貴方のブログを見せたところ、グリーンパッケージの「魚がし煎茶」が懐かしいと感動していました。亡くなった両親が愛飲してたみたいです。また、池袋の東口に西武とパルコ(丸物)、西口に東武があったと言っていました。
     貴方の書いているアングロサクソンの事ですが、例外もあるみたいです。というのは、私の祖父は120年前にイギリスから横浜(南アフリカ軽油、ボア戦争に参戦後)にやってきて、日本人の祖母と結婚しました。当時多くのイギリス人だけでなく、ポルトガル人(フェルナンデス、ダシルバ)、フランス人も横浜の租界に定着しました。今日はちょっとビールとワインを飲みすぎました。
    Peut etre, nous communiquons en anglais la derniere fois. C’est assez bon pour moi. Bon nuit!

  2. ひょっとしたら森永か不二家で小学校低学年のころ会っているかもしれませんね。私が好きだったのはハンバーグです。叔母に横浜から連れられて彼女の旧職場の朝日新聞に寄って弟(私の叔父)に会ってから銀ブラを楽しみました。当時は数寄屋橋の下に運河が流れていました。その後高速ができその下に日活アーケードができました。もう45年ほど前に友達の紹介でアーケード内にある「的場パール」という宝石店で婚約指輪を買ったのを覚えています。その後にソニービルができ、最上階にBelvedereというイタリアン・レストランでイタリア人の友人Carlo Cecchiniがピアノの弾き語りをしていました。
    横浜の伊勢佐木町は銀座通りを縮小したようなところでやはり森永が不二家の2,3軒隣りにあり、近くには松屋やのざわやデパートがありました。恐らく不二家は横浜の元町が発祥の地です。横浜開港資料館所有の当時の元町通りの写真のコピーを持っていますので見たい場合は行ってください。メールでお送りします。
    乙武洋匡さんは3年ほど前にオーストラリアン・テニス・オープンを見に行った時にメルボルン市内ですれ違いました。なだらかな坂道を一人で電動車椅子で上がっていました。テニスでも見に来てたのでしょうかね。

    1. 小澤様
      く、く、詳しいですね。随分。
      小生、実は、小学生から大学、就職結婚するまで西武池袋線沿線に住んでいたので、都会と言えば、池袋でした。子どもの頃に銀座に行けることは滅多にありませんでした。
      池袋には、まだ丸物デパートがありました。(丸物がパルコになったのは小生が中学生だった1969年6月だったようです。)
      池袋の西武百貨店か丸物か、銀座の三越か松屋か松坂屋か覚えていませんが、とにかく、昔は、デパートの屋上に子供用の遊園地があり、連れて行ってもらったことを覚えています。アドバルーンも懐かしい。もう今はない「失われた時を求めて」です。
      渓流斎

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