ジョン・レノンは凄いけど小野洋子さんも凄い

トレヴィの泉

いやはや、情けないことに宗旨替え致しました。

 この半世紀、あれほど、「フェイスブックはやらない」と公言して参りましたが、ついに昨日から始めてしまいました。嗚呼、これで個人情報ダダ漏れです!

 渓流斎ブログをホームページ化するに当たりまして、IT青年実業家の松長会長からの強いお勧めがありまして、泣いて馬謖を斬って、参画することにしました。

何? 比喩が合ってない? ま、「兄の後を追うようにして」任侠団体に加入される方もおられますからいいでしょう。

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昨晩のNHKファミリーヒストリーはご覧になりましたか?「オノ・ヨーコの原点!」です。

小生は、ジョン・レノンのフリークですから、大体のことは知っておりました。ヨーコの父小野英輔が横浜正金銀行員でニューヨーク支店長などを務めたことや、母磯子が安田財閥の超お嬢様(創業者善次郎の孫)だったことは知っておりましたが、他にも「新事実」が沢山出てきて、ヨーコの息子ショーンも「オモシロイネ」と何度も日本語で言ってましたねえ。(ショーンが父親のジョンの年齢を超える41歳になっていたとは超驚き!)

ヨーコの曽祖父に当たる小野作十郎は柳河藩の藩士だったのですね。柳河藩10万9千石は立花氏で、小生の高田家の先祖の久留米(有馬)藩21万石とは元々、同じ領地でした。つまり、関ヶ原の合戦で石田三成を捕縛して功のあった田中吉政が与えられた32万石の領地でした。田中氏の二代目に後継がなかったため改易となり、立花氏と有馬氏に分割されたのです。

小野作十郎は、百石から十石に減俸されたという記録が残っていました。何かあったんでしょうね。十石というと足軽より上の程度です。ヨーコの従兄弟の小野有五北大名誉教授も「随分、貧乏だったんでしょうね」と話していました。

この作十郎の息子、ヨーコの祖父に当たる英二郎が凄い人で、苦学をして同志社大学から米国に留学して、ミシガン大学で経済学の博士号まで取得し、帰国後、同志社大学の教授を務めたり、興業銀行の総裁などを務めた人でした。

ヨーコの父英輔は東京帝大の数学科を出たのですが、父英二郎の強い勧めで不本意ながら銀行員になりましたが、銀行員にならなければ、ヨーコの母磯子と巡り会ったりしなかったかもしれません。

話が長くなるのでこの辺でやめますが、東京・九段下のフィリピン大使館は、もともと英輔と磯子の家族、ということはヨーコも住んでいた屋敷だったことは知りませんでした。英輔は戦前は男爵と呼ばれていたんですね。

まあ、ヨーコさんは下々の者とは違い、貴族階級の御令嬢だったわけです。

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