仏像とは何かについての管見

 またまた毎月のように購入している雑誌「歴史人」(ABCアーク)を取り上げますが、11月号の特集「日本の仏像 基本のき」はなかなか読み応えありました。「知っていれば仏像鑑賞が100倍面白くなる!」と自画自賛していますが、その通り、確かにこの本に書かれている知識があるのと、ないのとでは、仏像鑑賞の上で格段の違いがあります。

 仏像に関しては、文章だけで説明されてもなかなか頭に入らないものです。やはり、百聞は一見に如かずです。この特集では、仏像の写真や図解がふんだんに使われているので、分かりやすく、見ていると、是非とも、全国の国宝、重要文化財の仏像を拝観したくなります。

 本書によると、国宝の仏像を所蔵する寺院などは全国に54カ所あるそうですが、私も、奈良の東大寺や法隆寺、興福寺、京都の東寺や三十三間堂、和歌山県の金剛峯寺、岩手県の中尊寺など半分近くは訪れています。しかし、国宝級の仏像は「秘仏」になっていることが多く、例えば、京都・清水寺の十一面千手観音菩薩(33年に1度御開帳)や信州善光寺の阿弥陀如来像(7年に1度)、大阪・観心寺の如意輪観音菩薩坐像(年に1度)などとなっており、寺院に行ってもタイミングが合わずに参拝できなかったことも多かったでした。

 逆に現場に行かなくても、例えば、大阪・藤井寺市にある葛井寺の十一面千手観世音菩薩像や、奈良県桜井市にある聖林寺の十一面観音立像などは東京の国立博物館の展覧会で拝むことができたりしました。

 私自身、これまで、「仏像の見方」などかなり関連書籍は読み込んできましたので、目新しい記述はなかったのですが(生意気だあ!)、如来、菩薩の次に配置される五大明王は大日如来の怒りの化身、八大童子は不動明王の眷属、八部衆は釈迦の眷属、十二神将は薬師如来の眷属、二十八部衆は、千手観音の眷属などといった知識はすっかり忘れておりました(苦笑)。

 通読して、正確に計算したわけではありませんが、日本の寺院の仏像は、阿弥陀如来か、その脇侍の観音菩薩が一番多いような気がしました。それだけ、日本は、浄土教、浄土思想が根強く広がったという証左なのではないでしょうか。

 しかしながら、日蓮は「念仏無間」(阿弥陀仏を信仰して念仏を唱える浄土宗や浄土真宗などの門徒は無間地獄に堕ちる)と批判しましたから、日蓮宗の寺の本尊は阿弥陀如来であるはずがありません。(日蓮宗の本尊は、仏像ではなく「十界曼荼羅」、脇侍は大黒天と鬼子母神)

 考えてみると、浄土宗の開祖法然は、西方の極楽浄土にお住まいの阿弥陀如来を「選択」して信仰の対象にしたわけです。が、実は、東方の浄瑠璃世界には薬師如来がお住まいです(その脇侍が日光、月光菩薩。眷属として十二神将を従えておられます)。日蓮としては、批判の根拠の一つとして、何で、西方の阿弥陀仏だけ取捨選択して他の如来を棄てたのかという意識があったのかもしれません。勿論、法然は西方の阿弥陀仏を選んで宗派を打ち立てたわけですから、それはそれで良いのですが、仏像全体の曼荼羅や構図を鑑賞的に見ると、阿弥陀如来だけでなく、薬師如来も大切な存在であり、二十八部衆まで入れて、やっと完成するという気がします。

 ただ、これだけ仏像の種類が増えたのも、バラモン教、ヒンドゥー教から多大な影響を受けた密教の導入のせいではないかと私は思っています。だから、先ほどの話とは矛盾しますが、信仰の対象(御本尊の仏像)や方便(座禅など)を絞った方が、宗派として成立しやすかったのでしょう。

◇家康は阿弥陀如来像

 人間はか弱いものですから、歴史上、どんな傑物や偉人でも宗教に縋っていたようです。特に、戦国時代はいつ殺されるか、一時も心が休まることがありませんから、戦場にまで小さな仏像を持参したようです。明智光秀は地蔵菩薩、伊達政宗は聖観音菩薩、武田信玄は不動明王、上杉謙信は毘沙門天、豊臣秀吉は三面大黒天、徳川家康は阿弥陀如来をそれぞれ信仰していたようです。

 この他、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像をつくった定朝を始祖とした円派、院派、奈良仏師、慶派といった仏師の系譜は非常に興味深く拝読しました。

 いずれにせよ、仏像に関しては、あまり頭でっかちに考える必要はないと思います。私は、拝観するだけで心が洗われ、落ち着きます。

国宝 鎌倉大仏殿高徳院

【注記】

観音菩薩=如意輪観音(天)、不空羂索観音、准胝観音(人間)、十一面観音(修羅)、馬頭観音(畜生)、千手観音(餓鬼)、聖観音(地獄)

五大明王=不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王

八大童子=慧光、慧喜、阿耨達、指徳、烏倶婆迦、清浄、矜羯羅、制吒迦

八部衆=天衆、龍衆、夜叉衆、乾闥婆衆、阿修羅衆、迦楼羅衆、緊那羅衆、摩睺羅伽衆

十二神将=宮毘羅、伐折、迷企羅、安底羅、摩儞羅、珊底羅、因陀羅、婆夷羅、摩虎羅、真達羅、招杜羅、毘羯羅

二十八部衆 =那羅延堅固(ならえんけんご)、難陀龍王(なんだりゅうおう)、摩睺羅(まごら)、緊那羅(きんなら)、迦楼羅(かるら)、乾闥婆(けんだつば)、毘舎闍(びしゃじゃ)、散支大将(さんしたいしょう)、満善車鉢(まんぜんしゃはつ)、摩尼跋陀羅(まにばだら)、毘沙門天(びしゃもんてん)、提頭頼吒王(だいずらたおう)、婆藪仙(ばすせん)、大弁功徳天(だいべんくどくてん)、帝釈天王(たいしゃくてんおう)、大梵天王(だいぼんてんおう)、毘楼勒叉(びるろくしゃ)、毘楼博叉(びるばくしゃ)、薩遮摩和羅(さしゃまわら)、五部浄居(ごぶじょうご)、金色孔雀王(こんじきくじゃくおう)、神母女(じんもにょ)、金毘羅(こんぴら)、畢婆伽羅(ひばから)、阿修羅(あしゅら)、伊鉢羅(いはつら)、娑伽羅龍王(さがらりゅうおう)、密迹金剛士(みっしゃくこんごうし)

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