ローマ
最近、アクセスが少ないので、またまた個人的なことを書きます。どうでもいい人のどうでもいい取り留めのない話なので、どげんでんしてつかあさい。以下は単なる個人的な備忘録なので、まあ、飛ばしてください。
ここ、3ヶ月ほど、病院通いの連続でした。3時間待って、3分の診療でしたから、ほとんど待ち時間の人生だったわけです。自分が呼ばれるアナウンスを気にしていなければならないので、熟睡するわけにいかず、照明も暗いので、読書もできず、随分、無駄な時間を過してしまいました。
最終的に自分自身で下した診断は、「古傷」の痛みでした。左足に鈍痛と痺れが止まらないのです。最初は、内臓の異常を疑いましたが、J大病院内科の検診は異常なし。M先生も理由が分からず、最後は脳梗塞の疑いでもあるのではないか、ということで脳のCTスキャンまで撮りました。結局、内科では分からず、整形外科でも診てもらいました。たまたま、新聞の記事に出ていたASO(閉塞性動脈硬化症)の疑いが気になったので、ネットで検索して、I大病院の血管外科にも行ってきました。ここでも非常に長時間待たされました。東京の病院は何処に行っても満員です。
しかし、原因が分からず、それでも、実際に、いつまで経っても痛みと痺れは治まらないのです。
そして、自分で下した診断は、「古傷の痛み」でした。3年ほど前に左足指を骨折しましたが、その辺りがここ三カ月ずっと、痛み、痺れていたからです。骨折していたことは、すっかり忘れていました。昨年も一昨年も痛みがなかったからです。何で今年になって急に痛みが出たのか、さっぱり分かりませんが、もし、同じような症状を持った人は、私と同じケースかもしれないので、疑ってみてください。
さて、今夕、作家のYさんに会ってきました。小生のペンネームにYさんの名前を拝借する許可願いでした。電話で話すのでは失礼なので、最寄の駅に近い喫茶店にまで足を運んでもらいました。もう桜が満開でした。
Yさんの反応は、一言で言うと、小生に対する「不可解」という感想でした。
「へー、別にいいですけど、変な名前ね。何か、幕末の人の名前みたい…」
Yさんには、今回の病気のことで、病院や漢方医まで紹介してくださり、色々とご迷惑をお掛けしてしまったので、併せて御礼を致しました。
「何かお書きになるなら、人から与えられるものではありませんよ。何か自分でテーマを決めてしまうことです」
毅然とした態度というより、毅然とした視線でした。
それまで有頂天だったので、何か冷水を浴びせられたような感じでした。
Y先生、と書きたいところですが、先生と言うと怒られてしまうので、Yさんの発言には裏づけがあります。そもそも、占いやら運命とやらを観てもらおうとは思わないとおっしゃるし、どうやら信じていらっしゃらないようでした。
苦難の格闘するべき現実あるのみなのかもしれません。何しろ、「書くことは地獄の苦しみ」とおっしゃるくらいですから。
Yさんの波乱万丈の半生は自伝『わたしの生きた道』に詳しいです。2001年12月刊行。遅ればせながら、今、読んでいます。
自分の半生と比べると足元にも及びません。私自身は、かがんで靴の紐を結ぶ値打ちもない人間であるという思いを強くしました。