ローマ
公開日時: 2007年5月11日 @ 09:37
鳥居民著『近衛文麿「黙」して死す』(草思社)を読みました。
この本を読むと「何が真実なのか」という疑問にかられない人は、まずいないと思います。同時に、「何を信じたらいいのか」という非常に個人としても混迷の極地に突き落とされます。
同書は、昭和二十年十二月に巣鴨プリズンへの出頭を前に自決した元首相の近衛文麿の「自殺の真相」に迫ったものです。近衛自身は、最期まで黙して語らなかったため、真相は闇の中なのですが、著者は、ずばり、近衛を自殺に追い込んだ犯人を言い当てています。
犯人は、近衛の学習院時代から大の親友でもあった元内大臣の木戸幸一、カナダの外交官出身で、GHQ調査分析課長のハーバート・ノーマン、そして、後に一橋大学の学長も務める経済学者の都留重人です。
木戸幸一は、明治の元勲木戸孝允の養子孝正(孝允の妹治子の息子)の長男に当たります。終戦工作に邁進し、「木戸幸一日記」を残し、昭和史を語るのに欠かせない人物なのですが、終戦後、日記は自分の都合の良いように改竄したとも言われています。
都留重人は木戸幸一の義理の甥に当たります。つまり、妻正子の父親和田小六は東工大学長を務めた航空工学者で、木戸幸一の弟に当たります。都留は、戦争中、この内大臣木戸幸一のコネを利用して、兵役を逃れます。この本の中で、東條英機首相の赤松秘書官が、政財官の大物の子息の兵役免除のリスト作りに立ち回っていた秘話も暴露されています。
ハーバート・ノーマンは、昭和史に興味を持つ人にとって、知らない人はいない第一級の日本研究家です。「忘れられた日本人」として江戸時代の思想家で医者でもある安藤昌益を発掘し、彼の著書を羽仁五郎、丸山真男らが大絶賛しています。全集が出ているのも世界でも日本ぐらいではないかということです。
私は、いずれの3人も終戦工作に尽力したり、戦後の処理をしたりした「正義の味方」だと思っていたのですが、鳥居氏の調査では、彼らは悪党の中の悪党なのです。
要するに内大臣木戸幸一は、戦犯容疑者のリストを作成したノーマンと手を結んで、戦争の全責任、開戦の責任のすべて近衛文麿に押し付けた、というのです。
ノーマンが作成した戦犯容疑者リストは、かなりかなりいい加減で、すでに他界した内田良平(黒竜会創設者)や中野正剛(国家主義者)らが含まれ、欧米のジャーナリズムで有名だった「死のバターン行進」の責任者の本間雅晴中将を真っ先に血祭りに上げろと指示したりしたことなどが、本書で暴露されています。
戦後教育を受けた者にとって、内大臣の権限についてさっぱり分からず、本来なら首相の方が格上なので、内大臣の木戸が首相の近衛に責任を押し付けることができるわけがないと思っていたのですが、むしろ内大臣の方が尋常ならざる権限を持っていた、と本書では説明されています。
内閣と統帥部、陸軍と海軍は、権限は同等同格だったというのです。つまり、首相も内大臣も投票権は同じ一票で同格なのです。しかし、もし、対立や抗争があった時に、解決できる力を持っていたのは、むしろ内大臣の方で、天皇に助言できるのは内大臣ただ一人だったというのです。
この事実は、戦後処理をしたノーマンさえ知らなかったと思われます。内大臣木戸は、「総理大臣に言われて仕方なく従った」と言えば、GHQの連中は皆信じたことでしょう。
話は最初に戻ります。「一体、何が真実なのか?」