「ノーカントリー」を見て縮みあがりました

 

月刊誌の敏腕編集者の方から「是非見た方がいいですよ」と奨められて、映画「ノーカントリー」No country for old man を見てきました。

 

コーエン兄弟監督作品。アカデミー賞主要4部門(作品、監督、助演男優、脚色賞)受賞。

うーん、見終わって、グエーという感じでした。何か、二階にまで上げられて降りる階段を外された感じでした。最後は全く唐突に意味もなく終わってしまい、「どう解釈したらいいの?」と戸惑ってしまいました。まさしく、不可解の連続でした。

 

ただ、私にとって、今年、ベスト5以内に入る傑作だと思いました。ハリウッド映画もここまできたか、という感じなのです。日本人の大好きな「勧善懲悪」ではないのです。最後まで悪が勝ち、生き残るのです。カタルシスも爽快感も全くありません。

 

細かいストーリーは省きますが、色んな映画批評家が書いていましたが、「おかっぱ頭」(「そうではない、単なる長髪だ」と的確な指摘をする評論家もいました)の殺し屋アントン・シガー(バビエル・バルデム)が気味が悪いほど、存在感があるのです。非常に頭が切れ、それでいて、全く罪悪感がなく、動機付けも、ただ金のためなのか、そのあたりがさっぱり分からず、見る者にシンパシーを全く拒否するのです。殺害の仕方も大胆で、エアガンのようなガスボンベを使って、鍵の付いたドアをぶち破ったり、人間の脳天を撃ちぬいたり、見ているだけで、縮み上がってしまいます。

 

そこまでしなくていいのではないかと思えるほど、殺戮を繰り返します。感情が全く表面に現れないので、空恐ろしくなります。「追われる男」ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)も「追う保安官」エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)も、別の殺し屋カーソン・ウエルズ(ウッディ・ハレルソン)も、強烈なキャラクターなのですが、アントン・シガーの前では全くお手上げです。

 

脚本がよく書けているのです。全くストーリーと関係のない味わい深い台詞が、次々と飛び出してきます。それが、間接的に意味があるので、ストレートに表現しない奥床しさが漂ってくるのです。例えば、トミー・リー・ジョーンズ扮する保安官は本当に渋い。不可解な殺人事件が連続して、自分の父親やお祖父さんや叔父さんや伯母さんの時代はまだましだったとか、そこにいない人たちの話をするのですが、それが非常に深い意味を持ってくるのです。保安官同士で駄弁っている時も、「今の若者たちは髪の毛を緑に染めて、ピアスをし、全く敬語も使わなくなった」と嘆いたりするのですが、全体のストーリーの流れに関係ないのに、深い重みが出てくるのです。非常に手馴れた台詞です。大抵の甘いハリウッド映画は、物語展開主体で「ワオー」とか「グレート」といった相槌表現ばかり目立っていたのですが、コーエン兄弟の台詞回しには驚くほど感銘してしまいました。

 

映画を見ていて、思ったのですが、先の展開が予測がつかなかったので、こちらが殺されるんじゃないかと、気を張って見ていました。不思議ですね。誰も、被害者の目線で見ており、殺人鬼シガーに感情移入しないんですね。誰も「さて、次は誰も殺そうか」と楽しみながら見る人はいないでしょう?

 

もし、恐怖を感じながら見ていたとなれば、まさしく、「性善説」なのです。これだけが救いでした。

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