観音さまは古代ペルシャの神様だったのか?

 相変わらず、植木雅俊=翻訳・解説「サンスクリット版縮訳 法華経」(角川ソフィア文庫)を読んでおります。「読む」などと書きますと、怒られるかもしれませんが、首を垂れながら、熟読玩味させて頂いております。これまで、法華経は部分訳で読んだことはありますが、この本で初めて「全体像」を把握することが出来ました。

 法華経は、本来なら、「神力品」の次に「嘱累品(ぞくるいぼん)」で完結していましたが、後世になって「陀羅尼品」から「普賢品」まで六つの章が付け足されたということも、この本で私は初めて知りました。

 翻訳された植木氏も、解説の中でさまざまな矛盾を指摘されております。例えば、最古の原始仏典「スッタニパータ」に著されているように、釈尊は占いや呪法を行ったりすることを禁止しておりました。それなのに、後世に付け加えられた「陀羅尼品」の中では、法華経信奉者を守護する各種のダーラニー(呪文)が列挙されます。

 また、同じく付け加えられた「薬王菩薩本事品」の中では「説法の場に女性がいない」と書かれていますが、本来の法華経の冒頭では、魔訶波闍波提(マハー・オウラジャーパティー)=女性出家第一号=や耶輸陀羅(ヤショーダラー)=釈迦の妃で、十大弟子の一人になった羅睺羅の母=ら何千人もの女性出家者が参列しています。植木氏の解説によると、「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の浄土三部経のいずれにも、説法の場に女性が含まれておらず、「『無量寿経』で阿弥陀如来の極楽浄土には女性が皆無とされていることと関係があるかもしれない」(356ページ)と書かれています。

 えっ?西方極楽浄土には女性はいないんですか!? 

 翻訳・解説の植木氏は、どうも浄土教系とは距離を置いている感じで、「極楽(スカーヴァティー)世界」についても、法華経の中では、後世に付け加えられた「薬王菩薩本事品」と「観世音菩薩普門品」しか出て来ない。「何の脈絡もなく阿弥陀如来が出てきて、唐突さが否めない」(356ページ)とまで書いておられます。よほど腹に据えかねたのでしょうか?

 いつぞやもこのブログで書きましたが、お経は、お釈迦様御一人が語られたものだけでなく、多くの弟子たちが「如是我聞」ということで、書き足されたことは確かなので、私なんかそれほど目くじらを立てることもないと思ってしまいます。が、人文科学者として正しい行いであり、正確を期する意味では有難いことだと感謝しています。

 さて、これまたいつぞやにも書きましたが、釈迦入滅後の56億7000万年後に如来(仏陀)となるあの弥勒菩薩が「名声ばかり追い求める怠け者だった」と「序品」で明かされたことは衝撃的でした。あの有名な京都・太秦「広隆寺」の弥勒菩薩半跏思惟像は、個人的にも特別に尊崇の念をもって拝顔しておりましたので、少しショックでした。法華経で、弥勒菩薩の「過去」を暴かれたことについて、翻訳・解説の植木氏は「イランのミトラ神を仏教に取り入れた当時の風潮に対する痛烈な皮肉と言えよう」と書かれていたので、気になって調べたら、色んなことが分かりました。

 このミトラ神とは、古代ペルシャ(イラン)の国教になったゾロアスター教の聖典「アヴェスター」に出て来るらしく、ミトラは、閻魔大王のような、人の死後の判官だったというのです。また、ゾロアスター教の創造主はアフラマズターと呼ばれ、この神が仏教では大日如来の化身となり、アフラマズダ―の娘で水の女神アナーヒターが、仏教では観音菩薩になったという説があるというのです。

 観音菩薩は、勢至菩薩とともに、阿弥陀如来の脇侍に過ぎないのですが、日本の仏教では、「観音さま」として特別に信仰が深いのです。33のお姿を持ち、全国では千手観音像や如意輪観音像や聖観音像などを御本尊としておまつりしている寺院が圧倒的に多いのです。あらゆる苦しみ、恐怖、憂いを消滅させてくれる菩薩さまだと言われております。その観音さまが、もともとはゾロアスター教のアナーヒター神だったとすると、驚くばかりです。

 また、仏教に影響を与えたバラモン教(聖典「リグヴェーダ」)の最高神ブラフマーは、仏教では梵天、ブラフマーの娘である河の女神サラスヴァティは弁財天の化身だという説もあるようです。

 バラモン教が創始されたのは紀元前1500年以降、ゾロアスター教は紀元前1400年以降、仏教は紀元前500年以降と言われているので、仏教はバラモン教(ヒンズー教)やゾロアスター教などを取り入れたことは確実ですが、とにかく、奥が深い世界です。

 (ただし、植木氏は「観世音菩薩普門品」の解説の中で、「架空の人物である観世音が、歴史上の人物である釈尊以上のものとされる本末転倒がうかがわれる」と批判されてます。)

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