「125歳まで、私は生きる!」

 

 

 

またまた、個人的ながら、どうも毎日、充実感に浸っているわけではありません。友人と会おうとしても、何度も都合が悪いと言って断られるし、相変わらず仕事も家庭もうまくいっているわけではなく、見えない壁と闘っています。良心とも闘っています。今年は私の人生で一番良運に恵まれている年のはずなのに、もう半分近く過ぎてしまった。焦燥感もあります。

 

自分は何て不幸なんだ、とジャリジャル砂を噛むような味気なさを感じながら、図書館に入りました。完璧にマイナス思考で、軽い鬱状態に近かったと思います。

 

すると、目の前に偶然「125歳まで、私は生きる!」(ソニー・マガジンズ)という本が飛び込んできました。著者は、渡辺弥栄司(わたなべ・やえじ)さんという方です。初めて名前を聞く人です。五年前に出版された本でした。

 

パラパラとページを捲っているうちに、引き込まれてしまい、ついに2時間ほどで、完読してしまいた。

この方は、すごい方です。現在91歳。東京帝国大学法学部から商工省(今の経済産業省)の高級役人となり、49歳で公務員をやめて、日中交流の架け橋になる民間団体の理事となって、国交回復の一翼を担い、60歳で125歳まで生きる決心を固め、英語能力テストのTOEICを考案し、65歳で司法試験に合格し、75歳で、中高年に笑顔を取り戻そうとビューティフル・エイジング協会(BAA)を設立した人なのでした。

単に口だけで、125歳まで生きるというのは簡単です。しかし、渡辺氏は、そのために、真っ向法という柔軟運動を朝晩行い、毎日30分以上ウオーキングも欠かしません。剣道は7段の腕前で、ゴルフも玄人はだしで、エイジシューターを目指しています。まさに文武両道です。

125歳まで生きて、何をするのかー。その答えも明確です。「世のため、人のために尽くす」というのです。そのために、独立して生計を立てるために、65歳で弁護士の資格を得るのです。

こんなすごい人はいないでしょう?

是非、会いたくなりました。

そこで、通訳仲間のUさんが、TOEICに勤めていたことを思い出し、仲介を取ってもらいました。

最終的には明日会えることになったのですが、Uさんからはメールで、「我々スタッフには雲の上の存在です。
朋之介さんに今更申し上げる必要はありませんが、失礼のないようにご配慮をお願い申し上げます」と釘を刺されてしまいました。
「私はそんな無礼な人間なのかなあ。そこまで言われなければいけないのかなあ」と数日間、不愉快でムッとしてしまいました。Uさんはまだ若いし、恐らく、言葉の使い方を知らない人なのだと斟酌し、これからお会いする渡辺氏とは、一切関係ない話なのだと気を取り直すことにしました。

渡辺氏と会見した時の印象は、また次回で!

“「125歳まで、私は生きる!」” への3件の返信

  1. いやあ~
    熱を帯びたコメント交流が始まりましたね!

    ♪知らぬ同士が、お皿たたいて、チャンチキおけさあ~♪

    失礼しました~

  2. Unknown
    私が学生時代から30年来使用している本「四柱推命入門」(プレイブックス:新章文子著)を紐解くと、自分のことを客観的につかめます。爾来、何百人と観てきましたが、四柱推命は当たりますね。新章氏の著書は、その難解な四柱推命を最も平易に解説した本だと思います。今は絶版になっているので、神田に行かないと手に入らないでしょう。それによると私の性格はすっごく悪いんです。でもそれを認めて、少しでも直そうと生きています。しかし、持って生まれたものは、注意していたって、肝心なときに出るんですね~、コレが。(ただし、運命は、生まれた日で決まるのではなく、生まれた日が運命を象徴しているだけです。運命論者が陥りやすい点はこの点です。K3氏のおっしゃる通り、責任は自己に帰結すると思います)

  3. 爆笑をかみ殺しました。
    私は結構そういう風に言われます。
    人からあからさまに、時には見下されたようにさえ感じるようないわれ方で、忠告を受けることもあります。
    で、それはやはり私の責任だと思ってます。
    相手にそう思わせたのは私に違いありません。
    世の中はそんなに間違っていて、人の価値を踏みにじるもんではないでしょう。

    責任は自己に帰結する、鉄則です。

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