「ペンタゴン・ペーパーズ」は★★★★★

実は、あまり触手が動かなかったのですが、統合幕僚参謀本部からの指令で、映画「ペンタゴン・ペーパーズ」を先ほど観てきました。

だって、監督がスピルバーグ、主演はメリル・ストリープとトム・ハンクス。あまりにも役者が揃いすぎて、手垢がつき過ぎている。そりゃ、ハリウッド映画ファンなら大喜びでしょうけど、極東の映画巧者にとってはむしろマイナス要因ですからね(笑)。

それに、私の世代にとっては、この事件は、教科書に載るような歴史物語ではなく、生々しい過去の出来事。「感動してたまるか」と上から目線で見始めたら、いきなり、ベトナム戦争の前線の場面から始まり、多くの若い米国人兵士が次々と生命を奪われていく。。。「あれ、もしかしたら凄い映画なのかもしれない」と思ったら、気が付いたら、すっかり映画の中の住人になっていました。最後まで観客を飽きさせなかったリズ・ハンナの脚本の力が大きかったのかもしれませんが。

くどいようですが、私の世代まで、ギリギリ、ワシントン・ポストの女性社主キャサリン・グラハムの名前や、最高機密文書を暴露したエルズバーグという名前、それに、メディアとニクソン政権との確執などを同時進行で見てきた世代でしたので、「ストーリー」は分かってました。

個人的ながら、「ペンタゴン・ペーパーズ」を大スクープしたニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者とは、後年、彼が「輝ける嘘」(集英社)上下2巻を1992年9月に日本で翻訳出版した時、その発売前の8月に来日した際、インタビューしたことがありました。この映画の中で、何度も何度もニール・シーハンの名前が出る度に(意図したことなのか、名前だけで本人役は登場しませんでしたが)あの時の感動を思い出したほどです。

映画では、時の政府権力者と新聞社の社主との癒着に近い親密な関係を事細かく描いてます。ワシントン・ポストのグラハム女史と国防長官のマクナマラが、ホームパーティーに呼び合うなどあそこまで親密な仲だったとは知りませんでしたね。

デイビッド・ハルバースタムの名著「ベスト・アンド・ブライテスト」の中では、当時、フォードの社長だったマクナマラが、ケネディ大統領によって「最も優秀で賢い人間」の1人として国防長官に抜擢された有様が描かれていました。

それが、先日読んだ宇沢弘文氏の著作で、マクナマラは、太平洋戦争で日本空襲爆撃の際、どうやったら最も効率良く死者を産み出すことができるかという「キル・レシオ(殺戮比率)」を考案した人間で、ベトナム戦争でも応用した人物だったと知って、彼に対する見方も大分変わりました。

あ、映画の話でした。とにかく、1970年代の米国の新聞社の内部が非常によく描かれていました。当時は鉛活字ですから、今はなき植字工さんも健在です。原稿を包の中に入れて、ダストシュートのように社内を飛ばすやり方も、見ていて懐かしかったですね。私が勤めていた会社にも昔、ありましたからね(笑)。

1971年、つまり今から47年前の出来事ですから、脚本執筆に当たり、当時を知っている存命中の関係者に可能な限り取材して反映させた、といった趣旨の話がプロダクションノートに書かれていました。

映画に出てくる車やファッションは、70年代を再現していて、それらしく見せておりますが、当時を知っている私から言わせれば、外見は70年代でも、中身はやはり21世紀の若者、もしくは俳優にしか見えない。こういうのが作りもの映画の限界なんだろうなあと、理屈っぽく考えてしまいましたよ(笑)。

新たなヒーロー勝田さん

スキャンダル続きの霞ケ関で、またまた新たなアイドルヒーローが誕生したようです。

厚生労働省東京労働局の勝田智明局長です。

記者会見で、「何なら皆さんの会社に行って、是正勧告してもいいんだけど」と、査察もできる厚労省の持つ監督指導権という国家権力をチラつかせてマスコミを恫喝して、有名になった人らしいですね。

「恫喝」というのは、本来、裏社会の方々がしのぎを削る時に最後の手段として使うもの、とばかり思っていました。勝田局長は、東大亜法出のキャリア官僚なのかどうか知りませんけど、大変優秀なエリートの中でも、こういう手口を使う人がいるものなんですね。

この方、ほかに、昨年12月末、過労自殺した野村不動産社員に関する同社への特別指導について公表する記者会見の席上、「プレゼントもう行く?じゃ、やろっか」なぞと死者を冒涜しかねない発言をしたとか、しないとか。

本人は、国会の参考証人で、あらゆる疑惑を否定されておりましたが、余計に疑惑は深まるばかり。

トルファン©️Matouoqua-Sausai

残念なことに、この人、今ではすっかり忘れられたトッポジージョみたいな佐川元国税庁長官のようなキャラが立っていないんですよね。

野心と権力欲の塊みたいな面構えだけが特徴的で、こんな人間、何処の世界にもゴロゴロしてますからね。

1958年生まれだとかというので、今年還暦。本来なら次の天下り先も決定して、これから「生涯保障8億円」の優雅な生活が待ち受けていたはずですが、もし、これが汚点か、失点になれば、先行きの雲もあやしくなります。

我らがヒーロー勝田局長、頑張れ!

【追記】

勝田局長は、2018年4月11日、「不適切な発言で労働行政に対し、国民の信頼を著しく損ねた」として、同日付で「減給3カ月、大臣官房付への降格」処分されました。

文民統制は本当に大丈夫なのだろうか?

駿府城

ここ最近、霞ヶ関官庁街で不行き届き、いや不祥事が相次いでいます。

文科省、財務省に続き、今度は防衛省です。例の陸上自衛隊イラク派遣の日報隠し問題。

昨年3月に発見していたにも関わらず、陸自研究本部(現教育研究本部)が、当時の稲田防衛相や統合幕僚監部などに報告していなかったというのです。

1年近くも何やっていたんでしょうか?

あの安倍政権護持派の「体制派」と言われている産経新聞までもが、5日付同紙一面トップで「陸自が防衛相の指示に結果的に従わなかったことは、文民統制(シビリアンコントロール)の実効性を疑わせることになりかねない」と、声を大にして批判しております。

当時の防衛相の稲田氏は、産経だけには積極的に取材に応じ、「驚きとともに、怒りを禁じ得ない。報告を信じて国会で答弁した。こんなでたらめなことがあってよいものか」と語気を強めたらしいですね。

シビリアンコントロールが取れていない、ということは、もし、遠く離れたイラクではなく、日本国内で有事があったとしたら、ゾッとしませんか?

戦前は、軍部が暴走したおかげで、歯止めが効かず、その反省から戦後は文民統制の重大さを再認識したはずです。しかし、実態は、戦前とほとんど変わっていないということではありませんか?

名古屋城

作家司馬遼太郎が、敗戦間近に駐屯していた栃木県佐野市の戦車部隊で、「事態が混乱して住民が逃げ回ったりして、戦車が動けなくなったらどうしますか?」と部隊長に尋ねると、その部隊長は「かまわん。ひき殺してしまえ」と言ったことを晩年のエッセイの中に書いておりました。

戦争は人間を狂気にします。今回の「日報隠匿事件」のニュースを聞いて、「憲法や文民統制なんてかまわん。突っ走ってしまえ」と、軍人が独断で戦争を始めてしまうんじゃないかという危惧を抱いてしまいました。

シンクレアって何?アメリカ人が知っていて日本人が知らないこと

名古屋城にて

昨日は、 全米で、地方テレビ局を運営する保守系の放送大手シンクレアが、時と文言を一致させて、一斉に「フェイクニュース批判」のキャンペーンを繰り広げて、日本のメディアでも大々的に取り上げられました。この件については、トランプ大統領もツイッターで加勢したので、同大統領の差し金ではないかという疑惑も浮上してます。

このシンクレアって何なんでしょう? これは、どうやら米国で最も多くの地方局を傘下に持つ業界最大手の放送局らしいですね。昨年は、規制撤廃のおかげで、トリビューン・メディアを39億ドルで買収したとか。

私自身は、米国のテレビ事情はそう詳しくないのですが、以前は、1980年代頃は、ABC、NBC、CBSが「三大ネットワーク」と言って揺るぎない感じだったのですが、90年代辺りから24時間テレビのCNNが隆盛になり、最近では、保守系のFOXが四大ネットワークのトップを走っているんだとか。

FOXは、言わずと知れたあのメディア王ルパート・マードックが社主で、保守・共和党寄りです。

いずれにせよ、彼の国では、保守系メディア花盛りです。(日本も同じかも)テレビの影響力はとてもなく膨大でありますから、これで米国の気の良い大衆は「アメリカ・ファースト」と「保護主義」と「偉大なアメリカ」思想に染まるわけです。

名古屋城

シンクレアについては、まだ日本語では詳しい情報がないようですが、英語で書かれたネット情報がありました。創業者は、電気技師のジュリアン・シンクレア・スミス(1921~93)という人で、現在その息子のデビッド・デニストン・スミス氏(1950~)が会長(社主)を務めています。(1990~2017年は社長)この方、1970年代に米メリーランド州ボルティモアでポルノビデオ販売から仕事のキャリアを開始したようです。

1996年には、売春のおとり捜査で倒錯変態性行為のカドで逮捕され、当時は放送局の社長さんでしたから、シンクレア・ネットワークで薬物カウンセリングを扱ったドキュメンタリーを放送するという「社会奉仕活動」をせよとの有罪判決を受けたそうです。

英語版ウイイペディアには、シンクレアは、社主の政治思想に沿った番組を放送しなければならないとも書かれていますね。最近では放送業界の規制撤廃を求めてトランプ政権に擦り寄っていたと批判されているようです。

なるほどね。そういうことでしたか。

名古屋城

要するに、メディアと社主との関係は切っても切れない関係なんでしょうね。

だからでしょうか、トランプ大統領は先週、ダウ平均株価が一時750ドルも急落するほど、アマゾンに対して課税強化すると脅し、批判しました。

アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏が、トランプ政権に批判的なワシントン・ポストの社主であることから、(ただし、買収は2013年)、米国では、その意趣返しではないかと巷間言われているそうです。

メディアとは所詮、善悪ではなくて、宣撫活動媒体ってことなんでしょうね。どっちが、錦の御旗を奪って、官軍になるか、反乱軍になるかの違いということなのでしょう。

民主主義社会の場合、「民意」が大いに反映されますから、政治家は、どうしもメディアを制そうとするのでしょうね。

経済学は人々を幸せにできるのか?

浜松城

学生時代は、夏目漱石や古典文学、サルトルやカミュなどの哲学など専ら人文科学に熱中していたため、社会科学、特に経済学の勉強は疎かにしておりました。

まあ、経済学については斜に構えていたところがあり、敬遠していたわけです。それでも、森嶋通夫氏や宇沢弘文といった世界的な経済学者の名前だけは知っており、老境に入り、少しずつ彼らの著作を読み始めております。

でも、門外漢なので、専門書は歯が立ちません。手始めに、宇沢弘文著「経済学は人びとを幸福にできるか」(東洋経済新報社、2013年11月7日初版)を読んでみました。これは、講演会の速記録やエッセイ風の読み物でしたので、読みやすかった。結構知らなかった、蒙を啓いてくれる箇所が多かったので、また、備忘録のため、換骨奪胎で列挙したいと思います。

浜松城

・1929年の大恐慌の時、高名な経済学者サミュエルソンの父親は、インディアナ州ゲーリー(日本の八幡のような鉄鋼の街)のUSスチール社の職工だったが、1920年代初頭はかなり景気が良く、全てのお金をはたいて、フロリダの別荘用地を買ったが、それが詐欺で一晩でゼロになった。これが、サミュエルソンの子どもの頃の大恐慌の思い出。

・第二次大戦の終わった1945年の夏にフリードリヒ・ハイエクとフランク・ナイトがスイスの避暑地モンペルランで一緒になり、戦後の荒廃から回復する経済的基盤を考えるモンペルラン・ソサイエティの原型みたいなものを作る。2人は、シカゴ学派の中心的人物だったが、それが後に、弟子である金儲け主義で新自由主義のミルトン・フリードマンとジョージ・スティグラーに取って変わってしまう。ナイトは80歳過ぎた晩年になって、フリードマンとスティグラーの最近の言動は目に余るものがあるとして、この2人の破門宣言をした。

・英国のシドニー&ビアトリス・ウェブ夫妻は、フェビアン協会を作った新しいタイプの労働運動の指導者だった。この夫妻が英国で初めて作った労働者階級のための大学がロンドン・スクール・オブ・エコノミクスだった。(今やあのトマ・ピケティも学んだ世界一流の大学として有名です。インテリ・ロックンローラー、ミック・ジャガーも通ったとか)

・ケネディ政権などの国防長官を務めたマクナマラは、ベトナム戦争でキル・レシオ(殺戮比率)を使って、ベトコン1人殺すのに何万ドルかかるか戦略・戦術を考えた。このキル・レシオはマクナマラ自身が考えた概念で、太平洋戦争中、日本爆撃の全責任を負っていた司令官カーティス・ルメイ少将の目に止まり、マクナマラはグアム島に呼ばれ、そこで日本攻略の作戦を練った。(如何に安上がりで日本人庶民を殺戮できるかを考えたってことでせう)

・第一次大戦に従軍した米帰還兵にフーバー大統領がボーナスを約束したのに、なかなかそれを履行しないので、数万の帰還兵が1932年5月にワシントンでデモを行った。このデモを共産主義者が煽動しているという根拠がない理由で鎮圧した司令官がマッカーサーだった。フーバー大統領が中止命令しても聞かなかた。徹底的に弾圧し、幼児まで殺されたという記録が残っている。米国人のマッカーサーに関するイメージは、このボーナス・アーミー事件の影響力が大きい。(日本人は誰も知らない)

浜松城

・ケインズは、第二次大戦中も、政府代表というポストを利用して結構酷いことをやっている。その代表が、印象派絵画の買い占めだった。ドイツ軍がパリ侵攻前にフランス政府から名画の疎開を要請された際、個人的に安く買い占めたという。この事実は、ブルームズベリーの一員だった女流作家ヴァージニア・ウルフの日記に残されている。

・シカゴ大学哲学科のジョン・ドラン教授はベトナム反戦運動で逮捕され大学を追われた。「ノーム・チョムスキーはえらい。彼は反戦運動で54回も逮捕されている。それに比べると自分は1回しか逮捕されていない」とドランは話したが、彼の場合、みせしめのためか、懲役10年という重い刑だった。

・私がシカゴ大学にいた頃、ジョーセフ・スティグリッツという天才的な頭脳と魅力的な人柄を持った学生がいた。それから何年かして彼をスター・プロフェッサーとしてシカゴ大学に招いた。2001年、スティグリッツはノーベル経済学賞を受賞した。

・ケンブリッジ大学をトップで卒業する学生の大部分は、イートンやラグビーなど名門パブリック・スクールの教師になることだという。少し成績が落ちる学生は、研究者を志すか、公務員を志望する。一番成績の悪い学生は銀行に行くという。(あら、日本とじぇんじぇん違う=笑)

海城高校の同窓会を決行しました

浜松城

昨晩は、少年識別所時代の同窓会を、当時の担任看守長も交えて、江戸時代に仇討ちがあった高田馬場の居酒屋の二階を借り切って行いました。

都立や国立附属高に落ちて性格が捻くれた者や飲酒や喫煙が見つかって補導された悪童ら、当時同じクラスの少年収容者は50人ぐらいおりましたが、出席したのは15人。行方不明者は15人、住所だけが分かっていて、葉書で連絡しても返事がない不届者が15人といった感じです。

当時の目良看守長は、我々と13歳しか違わなくて、まだ帝大大学院を出て数年しか経っていない31歳だったとか。あれから40年以上も経つのにまだ若々しく、若い奥さんをもらったとかいう専らのフェイクニュースの噂で、すっかり逆転して、事情を知らない人からすれば、我々の方が年寄りに見えてしまいました。

昨年も同じような同窓会をやってるので、そんなに久し振りでもない輩が多かったのですが、土屋君と岸君と加藤名人は出所以来半世紀近い年月ぶりの再会でした。

加藤名人は、将棋が強くて、当時から老成していたので、そう呼ばれてました。

皆んな老境に入り、自分の病気や親御さんの介護など大変な思いをしている人もおりましたが、すっかり少年院時代に帰って、名前呼び捨ては当然のことながら、今にも枕投げでもしそうな勢いでした。

当時の渾名がタコだった小島君は、急に、何の脈絡もなく「大隈重信って知ってるか?」と真顔で皆んなに質問を投げ掛けてくるので、気が触れたのではないかと一堂心配しました。タコは弘前からの参加です。

大隈重信と聞いた学識者の目良先生が我々の出た海城高校との関係を淀みなく説明して下さいました。

海城は、明治24年に海軍予備校という名前で、海軍兵学校の受験校みたいな形で古賀喜三郎が創立しました。

古賀は大隈と同じ肥前佐賀出身。古賀が何故、海軍予備校を創立したかというと、「明治14年の政変」で大隈ら肥前や土佐の連中が政界から失脚し、当初の「薩長土肥」から土肥が脱落して、薩長二強の独占になったからでした。

これをきっかけに、海軍少佐だった肥前の古賀は、人材育成のため教育界に残りの半生を捧げる決心をしたわけです。

知らなかったですね。凄い話でした。

医療機関を経営し、高級外車を3台保有する林君は北海道の旭川からベントレーに乗って駆けつけました。あ、そういう噂だけでした。

老境とはいえ、まだ独身者が何人かおり、これから青春を楽しみたいという輩もおりました。

幹事長役の惣田君からは「おめえの挨拶は長いんだよ。誰も聞いてねえんだから早く終われ」と、叩かれだけでなく、「来年、お前が幹事長やれ」と指名されてしまいました。

何はともあれ、利害関係もなく、少年時代に2年間同じクラスだったというだけで、これだけ楽しめるのは、奇跡に近いという思いで、すっかりボトルを空けて、翌日は酷い二日酔いでした。

フェイスブックの功罪

岡崎城

私自身、覚悟を決めて、昨年からフェイスブックをやってるので、偉そうなことは言えませんけど、今回、5000万人もの個人情報が漏出して、2016年の米大統領選で、トランプ陣営がそのデータを利用したという事件が発覚し、創業者のザッカーバーグCEOが謝罪に追い込まれ、米議会でも証言を求められたようです。

米議会の証言というのは、日本の国会の証人喚問みたいなもんでしょうかね。それなら、ザッカーバーグ氏も「刑事訴追の恐れがありますので…」と、核心部分は語らないかもしれませんね(笑)。

何しろ、フェイスブックは、世界的には「素晴らしい無料のソーシャル・メディア」なんて言われてますが、実情は、つまり本業は、広告代理店業者なんですからね。

世の中、タダほど怖いものはない。タダで利用できて便利だと思っていたら、自分の個人情報がダダ漏れで、広告主に直結していたなんて、誰一人、想像すらできませんからね。

名古屋城

3月23日付日経は、「フェイスブック問題でリスクあらわ いつ・どこで・何買った…知らぬ間に広告主へ」といったタイトルで、「惨状」を報告しています。

ここに出てくる49歳の男性は、チェコに出張して、プラハを訪れ、そこの地場ビールの写真をフェイスブックに載せただけで、ビールや欧州旅行の広告が無造作に入ってくるようになったというのです。

写真をアップしただけで、ですよ!

要するに、フェイスブックの実態は、「名簿屋」商売といいますか、それ以上に、住所、氏名、年齢、職業から学歴、経歴、それに、趣味趣向まで登録されていますから、手っ取り早く広告主に個人情報を売るパブ(広告)屋だというのが正解なのです。

しかも、いったん登録してしまうと、やくざの世界のように、なかなか、抜けられない。まずは、どうやって退会したらいいかさっぱり分からない。頑張って、色々検索して、調べて、やっと、退会しようとすると、「写真やデータが永久に消滅します。それでも退会しますか?」「退会すると困る友人がおります。それでも退会しますか?」といったような文句が5回も6回も10回も出てきて、途中で退会を諦めさせるような趣向と工作に満ち溢れているのです。

「タダで利用してるんだから、それぐらいいいじゃないか」と言う人もいます。それに、何と言っても、サービスを利用することで、利用者は「情報を収集し、使用することに同意」したものとみなされることが明記されているというのです。

え?そうなの?と多くの人は初めて知って驚くことでしょうね。要するに、「おまえの個人情報は、全て吸い取って、広告主に売って金に換えるからな、分かってるな」と言ってるようなもんですからね。

このような毒牙から逃れるには、即座に退会して、アプリを削除するしか他に方法はありません。

しかし、便利さの前に、現代人はなかなか足を洗うことはできません。

銀行口座や暗証番号やパスワードなどが盗み取られてから初めて、その「不都合な真実」に気づかされるのです。

これだけ警告されているのに、オレオレ詐欺がなくならないのと一緒です。

私の場合は、フェイスブックは、単にアクセスを増やそうという魂胆でやっているだけなので、被害や損害に遭えば脱会するつもりです。

いや、こんな批判を書けば、本家本元が「除名」してくれるかもしれませんけどね(笑)。

夜桜で有名な「平野神社」の昼間の屋台・茶店の光景と岡崎の平安神宮傍の疎水の桜、白川沿いの桜

おはようございます。京洛先生です。
本日も京都便りをお伝えします。
  その前に、金正恩さんが、大中国から無事帰国の途につかれたように、渓流斎さんも、無事、恙無く、中部地方から帰宅されたようですね。バスツアーは、安く手軽に行けますが、それだけに参加メンバーの顔ぶれなどで、当たり外れが大きいと思います。「人生は『宝くじ』だ」と思うしかありませんよ。
まあ、転落事故に遭わなかっただけで良かった、と感謝することです。好きなように、勝手気儘な旅行をするには、それなりの「おあし(御足)」が必要です。
 スーツも、注文誂えの仕立て、オーダーから、イージーオーダー、吊るしの既製服、それに生地の種類までいろいろあります。それと同じです。
 まあ、安い、バスツアーは、貴人もご承知のように、「北野天神市」で、1000円で買った古着のジャケットに、「生地が悪い!」「匂いがついている」と文句を言うのと同じです(笑)。
 文句を言うのは野暮です。世の中、どの分野も、階層社会です。最近、世の中がシビアになり、それが浮き彫りになっているだけの話です。
 帝都の桜は今は満開、花見は文字通り、大盛況だと思います。しかし、これも、桜の見方、花見の見方に、階層差、階層があると思いますね。
 豪華な仕出しの弁当を食べる人、コンビニの握り飯で桜を見る人…様々です。
 写真は夜桜で有名な「平野神社」の昼間の屋台、茶店の光景と、岡崎の平安神宮傍の疎水の桜、白川沿いの枝振りの良い桜です。
 以上 Copyright par Kyoraque-sensei

佐川氏と工作員との出来レースの印象

駿府城

一部の日本国民が最大の関心をもって見つめた佐川元国税庁長官の証人喚問。個人的な感想ではありますが、与党工作員による出来レースの印象が強かったですね。

唖然としたのが、テレビ上がりの自民党女性議員。「首相からの指示はありませんでしたよね!」と、質問の体裁になってない「念押しの確認」。続いて、「首相夫人の指示はないですね」「財務大臣の指示はありませよね」。そして、駄目押しが「はい、これで総理夫人、官邸の関与はなかったという証言が得られました。ありがとうございました」ですって!

シャン、シャン、シャン。まるで総会屋です。

駿府城本丸跡

佐川氏本人も「刑事訴追される恐れがある」との理由で、核心部分の証言は拒否してますから、余計フラストレーションは溜まります。

この証言だけでは、政治家と北政所からの差配がなかったことになりますが、誰が読んでも、改竄・削除した公文書の部分とは、矛盾しますね。

佐川さんは、約5000万円の退職金を返還しないという引き換えに、半年か一年ぐらい臭い飯を喰う覚悟ができたのか、工作員から説得されたのかもしれません。

駿府城

いずれにせよ、官僚のトップのトップ(財務省)のそのまたトップ(次官並みの長官)に昇りつめた人間の、議員も司法官僚も屁とも思っていない、物怖じしない精神的タフさと、選民意識の塊を見せつけられた感じでした。

下臈の私も、刑事訴追されたくないので、一言付け加えておきます。

佐川君、頑張れ!

団体「城巡り」ツアー奮闘記

名古屋城?

2日間で、静岡、愛知、岐阜三県の中部東海地方の名城7カ所を駆け巡る弾丸ツアー。これは、とても2日間で一人じゃ廻りきれません。

ということで、今回のツアーの余話として、良かった点と悪かった点を述べておきます。

まず、利点は、費用対効果でしょうか(笑)。往復新幹線と貸切バス、高速道路代、ケーブルカー、城公園もしくは天守入場料、温泉浴場付ホテル、夜は、名古屋の「福づち」で、ひつまぶしの夕食が一回。翌朝の朝食は、ホテル内のバイキングとして付きました。

これで3万59000円はリーズナブルかと思います。一人参加でも追加料金なしが有難い。自分で予約したり、移動したりしてたら、もっと精神的にも疲れていたことでしょう。

おまけに、桜の開花シーズンに合わせた企画でしたので、日ごろ心がけが良いせいで(笑)快晴の好天に恵まれて、いい旅ができました。(城巡りツアーは、今度は秋の紅葉シーズンにあるようです)

名古屋城大広間

しかし、利点ばかりじゃありません。

団体ツアーですから、運不運がつきものです。残念ながら、今回は不運に見舞われました。熱心な城郭ファンだけが集まるかと思ったら、そうでもなさそうな人が来てしまったのです。

新種ではなく、古の昔から現存するオバアタリアンです。どうして、女性はお歳をめすと厚顔無恥になって、傍若無人に振る舞うんでしょうかね?移動中のバスという密室の中で、1分1秒たりとも休むことなく機関銃のようにおしゃべりをしまくり、止まらない、休まらないのです。

こっちは朝早かったので、移動中は転寝したかったのに、うるさくて眠れやしません。オーノー。

その唯我独尊は二組あったので、4人。ちょうど真後ろにこの二組が座って、しゃべりまくっておりましたから、右と左からのステレオ状態です。

聞きたくもないし、興味もないのに、自分たちの息子のこと、嫁と気が合わないこと、歳が73歳で、あらお若いこと、全然見えませんね、色んなアルバイトをしていて、未だに現役で、試験の面接係りをやってることなど丸聞こえでした。

わー、やめてけれえ~。

年配男性は静かにしており、騒いでいるのは年配女性だけです。恐らく、女性は脳の構造が違っていて、老いも若きも、しゃべり出すと、オキシトシンとドーパミンとアドレナリンとセロトニンが間断なく発散されて、締りがなくなり、「ダダ漏れ」状態になってしまうんでしょうね。

オバアタリアンは、罪を犯しているわけではないので、こちらから注意することさえできません。降参しました。

もし仮に次回も団体ツアーに参加するなら、「耳栓」は必需品だと悟りました。

犬山城近くの稲荷神社

旅行代理店のツアーに申し込むと、必ずと言っていいくらい、買いたくもないお土産屋さんに連れて行かれます。まあ、それが「ビジネスモデル」なんでしょう。

しかし、今回の団体ツアーには土産物店の強制はありませんでした。しかし、ご安心ください。違った角度で、ビジネスを展開していたのです。まずは、保険。「入りなさい」「入りなさい」とご丁寧にメールで何度も何度も、脅かし、すかしながら勧誘してくるのでした。

もう一つは、「弁当ビジネス」でした。昼時などにランチを取る時間が十分に取れないとか、道路渋滞で、お弁当を買う暇がなくなりますよ、ということで、事前に代理店が提携していると思われ、その中でマージンを取ると思われる提携しているお弁当屋さんのお弁当を買わされるのです。

冷えてて、からくて不味かったなあ(苦笑)。

結果的には、最終駅で、何とか、自分の好きなお弁当を買う時間的余裕があったので、申し込んだのは間違ってました。でも、注文したお弁当の殻だけは、食べ終わったら、片付けてくれるサービス付きでした。

名古屋城

団体はバス1台に46人も参加し、2号車までありましたから、100人近く参加したことになります。今、お城はブームなんでしょうか?

男性だけでなく、女性の城郭ファンも増えているらしく、行きの新幹線で隣り合った女性は、全国の主な城郭を「天空の城」まで殆どカバーしているらしく、「やはり、今まで行ったお城の中では、熊本城と姫路城がよかった」と言ってました。

2日目にバスで隣だった筋骨隆々の75歳ぐらいの男性は、「日本の100名山」を全て制覇したので、目下、「日本の100名城」に挑戦中だと言ってました。御朱印張のような「スタンプラリー帳」があって、全100城制覇すると、主催する財団法人日本城郭協会から「認定状」がもらえるというので、子どものような笑みを浮かべて話していました。宇和島城が一番、雰囲気があって印象に残っているそうです。

この方、流石に城にも詳しく、関東は、幕府が江戸城以外は立派な城は作らせなかったので、見所のある城が少ない。その中で、中世の埼玉県嵐山町にある杉山城址は必見だとか。 通でしたね。

2006年に「100名城」を制定したのは、この協会ですが、商魂もたくましく、改めて「続 100名城」もつくったそうです。

一期一会なので、団体ツアーで一緒になった皆さんのお名前も聞きませんでしたが、大変お世話になりました。皮肉も込めて(笑)。

【後記】

・「国宝5城」とは、現存する12天守のうち2015年に追加(再)指定された松江城を加えた5城。つまり、松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城のこと。

・「重要文化財7城」とは、弘前城/青森県弘前市(築城者:津軽為信、津軽信枚)、丸岡城/福井県坂井市(柴田勝豊)、備中松山城/岡山県高梁市(秋葉重信)、丸亀城/香川県丸亀市(生駒親正)、松山城/愛媛県松山市(秋葉重信)、宇和島城/愛媛県宇和島市(橘遠保=藤堂高虎が改修)、高知城/高知県高知市(山内一豊)のことです。

あれっ?熊本城が出てこない!