「私は、マリア・カラス」は★★★★

 映画「私は、マリア・カラス」(トム・ヴォルフ監督)を観てきました。彼女が出演した過去の公演フィルムや本人のテレビ・インタビューなどを繋げて編集したドキュメンタリー映画でしたが、見終わって、哀しい気持ちになりました。

 マリア・カラス(1923~77)は、説明するまでもなくオペラ歌手で、「世紀のディーバ」「20世紀最高のソプラノ歌手」などと称賛される一方、「気位が高い」「気分屋ですぐ公演をキャンセルする」などの悪評もあり、毀誉褒貶の多い人だった気がします。

 私の親の世代なので、彼女の現役時代は、ちょうど私が子どもの頃から大学生の頃だったので、海運王オナシスとのスキャンダルなども極東に住む異国の子どもの耳に入っておりました。でも、まだ53歳の若さでパリで急死したことは、私は大学生だったのに、フォローしていなくて、あまり覚えていないんですよね。

莫大な富と揺るぎのない名声を獲得しても、あっけないものです。いずれにせよ、若い頃はオペラ鑑賞など高くて観に行けるわけがなく、レコードも高くて手に届きませんでした。つまり、マリア・カラスの名声だけは聞こえてきても、私にとっては雲の上のそのまた上の存在で、たまに、NHK-FMラジオで、彼女のアリアを聴くぐらいでした。

 でも、この映画を観て、初めて彼女の苦悩が分かりました。ドタキャンも、心因性にせよ、身体性にしろ、体調不良でまともに声が出なくなったことが原因だったらしく、事情を知らない音楽記者や評論家らの非難や激しいバッシングに彼女はどんなに心に傷を負って、耐えてきただろうかと同情してしまいました。

 人間ですから当然かもしれませんが、若い頃から中年、壮年になるにつれて、まるで別人のように彼女の人相がどんどん変わっていくのには驚かされました。晩年になり、高音域がだんだん出にくくなって、発声練習に時間を掛けなくてはならなくなった焦りみたいなものまで顔に表れていました。

 彼女は確かに天才でしたが、この映画を観ると、芸術家というものは何と不幸なんだろう、と思ってしまいました。こうして、彼女の暗い面ばかり見てしまいましたが、「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」にせよ、「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」にせよ、映像を見ただけでも彼女の最盛期の歌声はまさに比類なきもので、その巧さは空前絶後という感じがしました。それだけが唯一の救いといえば、救いでした。