Sakura in Karatsu Copyright par Y Tamano
東京・銀座のみゆき通り。この通りは、江戸時代、築地周辺に屋敷を構えていた諸大名が、江戸城登城の際に利用したといいます。 明治になると、明治天皇が築地にあった海軍兵学校や海軍大学校などを御視察される際、行幸路とされたため、「みゆき(御幸)通り」と呼ばれるようになったと言われております。
私はいつも出勤の行き帰りに、よくこのみゆき通りを通るのですが、築地から日比谷方面に向かって昭和通りを渡る横断歩道の辺りで、いつも上記写真の屋上広告が目に飛び込んできます。
「SINCE 1743」ー。何の変哲もないお酒の看板広告なのですが、これを見る度に、日本人として誇らしくなってしまいます。普段は「自由平等主義者」を自称しておきながら、この時ばかりは極右の国家主義者になってしまいます(笑)。
「なあんだ。日本も捨てたもんじゃないなあ」
灘の清酒「白鶴」は、「寛保3年(1743年)、材木屋治兵衛が酒造業開始」と同社の沿革に書かれています。創業1743年ということは、あの世界史のエポックメイキングとなった1789年のフランス革命より46年も前ではありませんか。八代将軍徳川吉宗の時代です。
逆に言うと、仏革命なんて、随分最近の身近な出来事のようにさえ感じるのです。1743年となると、1776年のアメリカ独立宣言より古いんですからね。どーだ!です。
灘の清酒といえば、東大進学率で全国的に名高い昭和3年に開校した灘学園の創設者であることは良く知られています。「菊正宗」の嘉納治郎右衛門、「白鶴」の嘉納治兵衛、宮内庁御用達「桜正宗」の山邑太左衛門によって設立されたということですが、顧問になったのが柔道の講道館の創始者で、東京高等師範学校校長、国際オリンピック委員会(IOC)委員などを歴任した嘉納治五郎です。名前から分かるように、彼は、白鶴嘉納家の縁戚だったのです。
ま、白鶴の看板を見上げて、いつもこんな歴史的、哲学的考察をしながら歩いています。
◇「みゆき族」と加賀まりこ
みゆき通りは、1960年代はファッション文化の発信地で、VANやJUNなどのアイビールックに身を包んだ「みゆき族」が闊歩していました。女優の加賀まりこさんなんかはその代表的アイコンだったことを覚えています。
そのみゆき通りに店舗を構えている数多のファッションブランドの中で、ひと際目立つのが、この「ジョン・スメドレー」です。店舗の2階上辺りに同社の鷲か鷹のようなアイコンと小さく「1784」の文字が読み取れます。同社の沿革によると、1784年、ジョン・スメドレーと彼の共同経営者であるピーター・ナイチンゲールによって、イングランドのダービーシャー州マットロックのリーミルズに設立されたということです。 「世界最古の製造工場」とも書かれています。
おお!こちらも1789年のフランス革命より古い!1743年創業の白鶴には負けますけどね(笑)。
「ジョン・スメドレー」といえば、やはり、アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズを思い出します。iPhoneの新製品発表会の際に、いつも黒っぽいタートルネックの薄いセーターを着て登場していましたが、あれが「ジョン・スメドレー」の「レノルド」と呼ばれるモデルです。1着3万1000円ぐらいするそうですよ。そんなに高いものだったとは!
いつも同じような格好に見えますが、彼は同じ黒のレノルドを何枚も何十枚も持っていたといわれます。ちなみに、履いているジーズンはリーバイス501、スニーカーは、ニューバランスのM991。彼は禅に興味がある(曹洞宗の僧侶、乙川弘文=故人=を「生涯の師」としして仰いだ)など日本びいきで、たびたびお忍びで京都を訪れていました。
これも、以前このブログに書いたのですがスティーブ・ジョブズが贔屓にした京都の寿司屋は下京区の「すし岩」、蕎麦は中京区の「河道屋」…まあ、いまだに熱狂的な彼のファンがいて、色んなサイトがありますから、ご興味のある方はそちらをご参照ください。