🎬「ノマドランド」は★★★★

Karatsu Landscape Copyright par Y Tamano

 久し振りに映画を観に行って来ました。今年のアカデミー賞(作品賞)受賞の有力候補に挙がっている「ノマドランド」(クロエ・ジャオ監督)です。コロナ禍の影響で、私が映画館に足を運んだのは、2020年10月17日に観た「スパイの妻」以来、実に5カ月ぶりです。

 映画を観るのは「習慣」みたいなものだということが分かりました。以前は月に2~3回は行っていたのですが、半年も映画館に行かないと「観ない習慣」が出来てしまいました。不思議なものです。

【注意】以下、映画の内容に触れますので、これから御覧になられる方はお控えになった方が良いかもしれません。

 でも、この作品は、どうしても観て観たかったのです。勿論、2020年のベネチア国際映画祭金獅子賞などを受賞し、アカデミー賞主要6部門にノミネートされているからですが、それだけではありません。予告編を観て、どうもハリウッド映画らしからぬ匂いに惹かれたからでした。

 何と言っても、絶対に死なない無敵のスーパーヒーローが登場するわけではないし、シンデレラのようなあり得ない歯の浮くような恋愛物語でもないし、ハリウッドにいつもありがちなハッピーエンド物語でもない。結末が、よく言えば余韻を持った、悪く言えば、よく分からない(笑)、ヨーロッパ映画みたいでしたが、やはり、アメリカの果てしない広大な大地と大自然が舞台になった実にアメリカ映画らしい映画でした。

 登場する人物は、ほとんど高齢の白人ばかりで、一人でキャンピングカーみたいな車でノマド(放浪)生活を送っているわけですから、いずれもワケありです。大変失礼ながら、映画の常識になっている美男美女はあまり登場しません。どこか、現代米国の負の側面があぶり出されている感じでした。

 読んでいませんが、原作になったジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」(春秋社)が素晴らしいのかもしれません。実際にノマド生活をしている人が、「俳優」となって本人として登場するので、誰もが演技していないドキュメンタリーのようにさえ見えます。

 主人公のファーンというおばさん(失礼!)、何処かで見たことある女優さんだなあ、と思ったら、「スリー・ビルボード」(2017年)でアカデミー賞主演女優賞に輝いたフランシス・マクドーマンドだったんですね。憂いを秘めた瞳に、散切り頭で、化粧もせず、皺や体力の衰えも全く隠さない体当たりの演技でした。ファーンは60代初めという設定で、夫を亡くし、しかも夫が長く働いた会社もリーマン・ショックによる不況の影響で倒産し、夫婦が長く生活していた企業城下町もなくなってしまいます。それがきっかけで、一人で古いヴァンで各地を移動しながら、国立公園の掃除やレストランなど色んな所で働いて日々の生活費を稼ぐ毎日が始まります。現代らしく、アマゾンの配送工場で働いたりする辺りは、原作を忠実に再現しているのかもしれません。

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 ファーンが出会うノマドの人々は、全員、どこかしら、問題や悲しみや喪失感を抱いた高齢者ばかりなので、はっきり言って、希望もないような暗い映画です(苦笑)。日々、パンクやエンジン故障といったトラブルはありますが、特に大事故や大事件が起きるわけではありません。

 ハリウッドらしいCGを使った目を見張る場面や大音響の効果音もなく、地味と言えば地味な映画ですが、逆に言えば、深くて重い感動に浸らせてくれます。コロナ禍の危険を冒して、映画館に足を運んで良かったと思いました。