黒人差別が激しかった1960年代の米最南部が舞台の青春物語=山本悦夫著「ホーニドハウス」

 山本悦夫著「ホーニドハウス」(インターナショナルセイア社、2021年5月31日初版、1980円)を読了しました。

 この本は、今年4月21日付のこの渓流斎ブログで取り上げましたので、少し重複するかもしれませんが、読後感は、なかなか良かったでした。(何しろ、著者の山本氏は、この小説について、5万部の売り上げを目指していますからね。)

 事件が起きるようで起きないようで、やはり何かが起き、恋の成就がうまくいくようで、いかないようで…。要するに先が読めないというか、これから先どうなってしまうのか、いわゆる一つのサスペンスのような推理小説として読んでもいいような作品でした。

 いやはや、どっち付かずな書き方で大変失礼致しましたが、80歳代後半の方が書かれたとはとても思えない、瑞々しい青春物語になっています。作品は、1965年、米最南部フロリダ州の大学町が舞台になっています。この年に米軍によるベトナム北爆が始まり、米国内では依然として黒人への人種差別が激しく、黒人が入れる店と白人が入れる店とは別々で、黒人暴動や公民権運動が広がった時代でした。

 著者の山本氏をそのまま反映した主人公の太郎は、そんな時代の最中に米フロリダ大学経済学部大学院に留学し、そこで知り合った韓国やタイやインドネシアからの国費留学生や現地の白人や黒人らとの交流が描かれます。著者の記憶力には脱帽です。

 主人公太郎が下宿したホーニドハウスとは、haunted house(お化け屋敷)のことですから、「ホーンテッドハウス」の間違いかと思ったら、ディープサウス(米最南部)では、ホーニドハウスと発音するらしいですね。私も一度、フロリダ州オーランド経由で大型客船に乗って、バハマなど周遊(クルージング)する取材旅行に行ったことがありますが(何という贅沢!)、オーランドのホテルの受付の女性の南部なまりの発音が独特で、さっぱり聞き取ることができなかったことを思い出しました。

 第一、オーランドは、「オーランド」とは発音せず、「オラーーンド」と発音していましたからね。通じないはずです(笑)。

 さて、物語には一癖も二癖もありそうな人が登場します。ホーニドハウスの隣人だったジョンは印刷会社に勤めながら、自宅ではダンテの地獄図のような絵を描くアーチストで、室内を真っ赤に装飾する変わった人物で、性的マイノリティー。結局、彼には振り回される日々を送ることになります。

 ホーニドハウスは、黒人居住区と白人居住区の境目辺りにあり、近くにある黒人専用の酒場に思い切って入った太郎は、そこで黒人女性のジンと知り合います。その前に白人のマーサーと一度だけデートをしますが、マーサーは大学のホームカミングのクイーンに推薦されるほどの金髪美人で、太郎は、とても自分に釣り合うわけがないと自ら引いてしまいます。

 同じ大学に通う白人のフレッドは、日本人の太郎に親近感を持って自宅のパーティーに招待してくれ、美大生である従妹のリリーを紹介してくれますが、彼女は足が悪く杖がなければ歩けません。リリーは性格も良く素晴らしい女性ですが、太郎は、日本に恋人がいるし、このままだとフロリダの田舎で一生住み続けることになり、それは本意ではありません。それでも、フレッドは、何かと機会をつくって、しきりにリリーを太郎とくっつけようとします。

 まあ、主人公の本職は勉学ですが、その合間に出掛けた酒場で、黒人から「ビールをおごれ」とナイフで脅されたり、逆にマックという親切な男にバーベキューパーティーに招待され、黒人たちから歓待されたりします。

 最後はどうなるのか、ここでは触れられませんが、読み終わった後、この作品を映画化したら面白いじゃないかなあ、と思いました。フィクションとはいえ、ほぼ実際に体験したことが書かれ、貴重な同時代人の証言になっていますから。