アングロサクソンはなぜ覇権を握ったのか?

 またまたブログ更新に間が空きましたけど、サッカーのワールドカップに熱中したりして、読書がなかなか進まなかったことが理由の一つにあります(苦笑)。でも、昨日、やっと、エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(文藝春秋)の上巻を読了できました。

 上巻のサブタイトルは「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」となっておりますが、何故、アングロ・サクソンが世界の覇権を握ることができたのか、については上巻を読んだだけでは明解な回答が私にはよく理解できませんでした。答えは書かれていないと言ってもいいかもしれません。「第9章 イギリスというグローバリゼーションの母体」の最初に「2015年頃の時点で、英米世界は4億5000万人の人口を擁し、既に、イギリスとアイルランドの分を差し引くと4億3800人しかならない欧州連合の総人口を凌駕している。」と書かれていますが、人口で比べれば、中国の14億人、インドの13.9億人と比べれば、微々たるものです。その微々たる人口のアングロ・サクソンが何故、世界制覇をしたのか、気になるところですが、私は、軍事力を超越して、文化力=英語という言語が世界共通語となったこと=が大きいと考えています。けれど、「鶏が先か、卵が先か」のような話になってしまいますね(笑)。

  日本国語大辞典(小学館)によると、アングロサクソンとは、現在のイギリス人の主な祖先のことで、5世紀ごろドイツ西北の海岸地方から大ブリテン島へ侵入したアングル、サクソン、ジュートなどの西ゲルマン族のこと、とあります。ということは、英国人というのは、もともとゲルマン=ドイツ人だったのかあ、ということになります。1066年にノルマン人による英国征服があり、ウィリアム1世として即位(ノルマン朝)しますが、この本の中で著者は「フランスのノルマン人」と書いております。でも、正確に言うと、ノルマン人とはゲルマン系で、フランスのノルマンディー地方に移住して根を張っていた民族だったので、ノルマン人はゲルマン=ドイツ人ではないでしょうか?それに、現在の英国の王室につながるハノーヴァー朝は、ドイツの王室から来たものです。

 また、12~14世紀の英プランタジネット朝は、フランスの貴族アンジュー伯アンリがヘンリー2世として即位した王朝で、そのヘンリー2世は、フランスのアキテーヌ女公エリアノールと結婚したため、ワインで有名なボルドーは、300年間もプランタジネット王朝の支配下、つまり英国領でした(英仏の百年戦争で、フランスがボルドーを奪還)。

 何が言いたいのかと言いますと、英国人、フランス人、ドイツ人などと言っても、欧州ではゲルマン系、ケルト系、ラテン系、スラブ系など色々混じっているので、民族的な特色を峻別するのは難しいのではないか、と思ってしまったわけです。でも、著者によると、国としてそこに住む人間の家族体系を比べると明らかに違いが出て来るというのです。その国をつくる国民の家族形態は、地理的環境や政治経済体制によってつくられていくというのがこの本の基本になっているようです。「ようです」と書いたのは、著者の文章が難解だからです。

 著者の言葉を堀茂樹氏の訳でそのまま、ここに掲載しますと、「イギリスでは、ケルト人、ゲルマン人などの『野蛮人』の未分化家族が絶対核家族に変形した。双系親族システムが非活性化し、兄弟姉妹の連帯がローカル集団の機能の根幹を担う部分ではなくなった。そのことにより、世帯の核家族的性格が徹底したものになった。」などとありますが、この文章をすぐ理解出来る人はそれほど多くないと推測されます。

 話は全く飛びますが、上巻で私が最も印象に残った数字が「他殺の発生数」です。13世紀のフランスのある村の教区の住民台帳が残っていて、それによると、他殺の発生率は、10万人当たり100件もあったといいます。かなり多いです。現代の世界平均では、10万人当たり1人を切るからです。13世紀と言えば、日本は鎌倉時代。ちょうど大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をやっていますが、梶原景時の乱、比企能員の乱、和田義盛の乱…等々、やたらと人が殺される物騒な世界です。そんな13世紀は大した憲法も法律も人権もない無法地帯だったので、世界的にも他殺の発生数が多かったのではないか、と思ってしまった次第です(笑)。

 ちなみに、この本の345ページには、1930年頃の他殺発生数が出て来ます。10万人当たり、英国では0.5件、スウェーデンとスペインで0.9件、フランスとドイツで1.9件、イタリアで2.6件、そして日本では0.7件だったといいます。それに対して、米国は8.8件という飛び抜けた数字です。著者のトッド氏は「アメリカ社会は歴史上ずっと継続して暴力的で、そのことは統計の数値に表れている。」と書くほどです。1930年頃の米国と言えば、アル・カポネらギャングが暗躍した頃なので、殺人事件が多かったのでしょうか。また、トッド氏は「米国社会で一般市民が拳銃やライフを所持するのは、中世ヨーロッパにおけるナイフの日常保持の永続化である。」と書き、米国の矛盾する先進性と野蛮性を指摘していましたが、要するに、日本のような秀吉による「刀狩り」がなかったせいなのでしょう、と私なんか読みながら考えてしまいました。