「城南五山」を探訪すべし

 おはようございます。京洛先生です。

 また、色々、その筋の事を書いていますが、好きですね、ホントに(大笑)。

 古代史の本を読んで、ブログにあれこれ書いたり、「仙人秘水」とかいう高価な天然水を注文したり、そして、今度は、許永中の新刊本まで紹介したり…。これでは新型肺炎にかかる暇はありませんね(笑)。ただ、どれも、これも、表面を撫でただけで中身が「薄い」ですよ。《渓流斎日乗》なら、もっと、味のある、誰も、触らない、知らないことを書かないといけませんね。

 例えば「城南五山」って知ってますか?お城巡りで姫路に行ったり、東京近郊の古城跡をまわっているのですから、都心も歴史探訪しなければいけませんね。

「え!何ですか、それ?『京都五山』ですか?いや『京都三山』なら知ってますが…」と、寝惚けた返事が返ってきそうですね(笑)。

「城南五山」というのは、東京の山手線の目黒駅から五反田駅、大崎駅を経て品川駅に至る地域にある「島津山」「池田山」「花房山」「御殿山」「八ツ山」の五山のことです。

 目黒から品川にかけての小さな山々というか、台地ですね。いわゆる超富裕層が住む高台です。

 江戸時代は大名屋敷などでしたが、明治維新後は帝都の超高級住宅地になりました。ですから、田園調布、成城学園、松濤、白金なんて、新興・新参の、といいますか、一つランクが落ちる高級住宅地になってしまいますよ(笑)。

 まず、江戸時代の「御殿山」は、三代将軍徳川家光のお気に入り。桜の名所で、歴代将軍が鷹狩りの際に休息した「品川御殿」がありました。

池田山」は備前岡山藩の池田家の下屋敷。上皇后・美智子さまの生家もありました。(現在は、ねむの木の庭公園 )

島津山」は仙台伊達藩の下屋敷があった所で、明治になって旧薩摩藩主島津公爵が購入し、 英国風洋館の私邸を建てました。今は「清泉女子大学」になっています。

花房山」は目黒川に面して、播磨の三日月藩の上屋敷がありました。明治、大正期の外交官で日本赤十字社の社長を歴任した花房子爵の別邸があったことからそう呼ばれています。

 そして「八ツ山」は、八つの大名屋敷があったから、という説などがありますが由来は不明です。維新後、伊藤博文邸もありましたが、現在は三菱グループの施設「開東閣」などがあります。

「新型肺炎」に怯えず、貴人が大好きなお城巡りと同様、花見がてら、「仙人秘水」のボトルを携えて、「城南五山」巡りをしては如何でしょうか?京都五山でも鎌倉五山でもありませんからね(笑)。

 この節、都心には超豪華なマンションが乱立していますが、「城南五山」の高級邸宅から見れば、そんなもんは「令和版長屋」の趣でしょう(爆笑)。一見の価値ありですよ。

日本共産党と社会党がソ連から資金援助を受けていた話=名越健郎著「秘密資金の戦後政党史」

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(渓流斎ブログ3月3日付「冷戦期、自民党は米国からお金をもらい、社会党と共産党はソ連からお金をもらっていた」のつづき)

 名越健郎著「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)の前半は、冷戦時代、自民党が米国からたんまりとお金をもらっていた、という話でしたが、後半は、日本共産党と社会党がソ連から資金援助と便宜供与を受けていたという話です。公文書から具体的に書かれています。

 共産党の場合はこうです。

 ソ連共産党による秘密基金に関する「特別ファイル」の全ての記録は確認できなかったが、判明しただけでも、1951年に10万ドル、55年25万ドル、58年に5万ドル、59年に5万ドル、61年に10万ドル、62年に15万ドル、63年に15万ドルーと少なくても7年で計85万ドルが供与された。この期間の85万ドルは、現在の貨幣価値では30億円以上に匹敵すると思われる。(176~177ページ)

 社会党の場合は、1950年代は中国から60年代からソ連から「友好商社方式」と呼ばれる迂回融資の形で、お金をもらっていました。

 原彬久元東京国際大学教授の著した「戦後史のなかの日本社会党」(中公新書)によると、社会党の浅沼稲次郎委員長の「米帝国主義は日中両国人民の共通の敵」(1959年3月の訪中の際)発言を前後して、中国は日本に「友好商社」を設け、これを通じて中国産の漆、食料品等のいわゆる「配慮物資」を流し、この友好商社の利益の一部を社会党の派閥・個人に還流していったことは、周知の事実であるといいます。(236ページ)

 その後、社会党は、資金援助を中国からソ連に切り替えます。そのきっかけは、1961年のソ連ミコヤン副首相の訪日だったといいます。歴史的な中ソ対立の最中、同副首相は、社会党の河上丈太郎委員長に対し、「日本共産党が中国共産党に接近したので、ソ連共産党は社会党との関係を深めたい」と正式に申し入れ、本格化したといいます。これを受けて、64年7月に成田知巳書記長を団長とする第3次訪ソ団がフルシチョフ首相らと会談し、貿易面の全面協力などを含む共同声明を発表します。(242ページなど)

 これによって、優遇された社会党系商社がソ連との貿易で利益を得て、その一部を社会党に還元していくシステムが確立したわけです。(社会党がソ連寄りになったのは、共産党が60年代から「自主独立路線」を提唱してソ連から離れたことや、70年代に「日中両国の共通の敵」だった米国が中国に接近したことが要因になっています)

 著者は「ソ連がチェコスロバキアの自由化運動『プラハの春』を戦車で鎮圧した1968年のチェコ事件は、ソ連型社会主義への失望を高めたが、社会党左派の理論的指導者、向坂逸郎や岩井章総評事務局長らはソ連の行動を公然と擁護した」と書き、暗に、社会党系は、ソ連からお金をもらっているから批判できなかった、ことを示唆しています。

 嗚呼、公開された公文書によると、自民党は少なくとも1964年まで米国からたんまりとお金をもらって、ズブズブの関係。そんな大企業中心の金権政治に嫌気をさして、共産党と社会党にユートピア世界建設の夢を託していた大衆も、見事、裏切られていたわけですね。ソ連から利益供与を受けた党が全権を掌握すれば、日本はソ連の衛星国になっていたことでしょう。

 別に今さらカマトトぶるわけではありませんが、こんなんでは政治不信、と同時に人間不信になってしまいます。

新型コロナウイルスの影響で例年になく少ない=京都・醍醐寺で「五大力尊仁王会」

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こんにちは、京洛先生です。

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 新型肺炎が広がり、この調子では2020年は「東京五輪」ではなく、「新型コロナウイルス」の年として後世に伝えられますね。「まだ、東京五輪は先の話だ」と思っている人が多いでしょうが、開催の最終決定権は国際オリンピック委員会(IOC)ですから、土壇場で何が起こるか分かりませんね。

 またその時は日本のマスコミは右往左往、後付け「講釈」をして、あれこれ誤魔化すのは目に見えます(笑)。

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トランプ大統領ではないですが、誰でも先の見通しは、はっきり分らないのですから、「マスコミは嘘ばかりだ!」と言うのは確かにそうです。米国民が、それを感じて同大統領を誕生させたのです(笑)。

 また、そう思っている人が米国だけでなく世界中で多く存在していて、それを追跡、検証する既存マスコミが皆無なのが現実です。

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 それはさておき、昨日23日(日)は世界遺産「醍醐寺」(京都市伏見区)で、庶民から「五大力さん」と親しまれている「五大力尊仁王会」が開催されたので、行って来ました。そのスナップをお送りします。

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 最近、熱心に仏教の歴史を勉強されている渓流斎さんなら詳しいと思いますが、平安初期、真言宗の僧侶、聖宝(しょうぼう)が開祖した醍醐寺ですが、この「五大力尊仁王会」は不動明王など五大明王(ほかに降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王)の力によって、無病息災、国家、家庭の平和、幸せを祈願する、醍醐寺の最大の行事です。

Copyright par Kyoraque-sensei  迫力ある写真ですね!

 毎年、10万人を超える参拝者が訪れますが、新型肺炎の影響と、中国人など外国人の観光客激減もあって、去年に比べて参拝者は少なかったですね。

そのせいで、混雑せず参拝はスムース、境内もゆっくり歩けて快適でした。

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本堂前の特設舞台での大きな紅白の二段重ねの鏡餅を持ち上げる「持ち上げ力奉納」もやっていましたが、新型肺炎の影響もあり、参加者が例年より少なく鏡餅の持ち上げの最長時間は男性(重さ150キロ)は5分58秒、女性(重さ90キロ)6分40秒でした。

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それにしても、京都でも、どこもかしこも「新型肺炎」の影響が出ていました。

以上 おしまい。

明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

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 新型コロナウイルスの影響で、さらに自粛ムードが広がり、世間では3連休だというのに身動きできない状況です。

 新型コロナウイルスに緊急対応した医師や看護師に対して、「バイ菌」扱いしたり、いじめをしたりする事案が各地で頻発しているらしく、日ごろ、「日本民族は礼儀正しく優秀だ」「日本人は素晴らしい」と歓呼している人も、知らないふりをして声を潜めています。

 さりはさりとて、今から44年前の1976年2月に起きたロッキード事件関係の本を読んでいたら、ロッキード社から秘密工作費21億円を受け取ったとして脱税などで起訴された児玉誉士夫氏の東京都世田谷区の住所が番地まで出ていました。

 たまたまその近くの豪邸にお住まいの深沢令夫人と面識があるので、「散歩のついでに、旧児玉邸が現在どうなっているか調べてください」と探訪要請したところ、快く引き受けてくださいました。

 令夫人のことですから、「写真を撮影するのは憚れました」ということで、残念ながら、現場写真はありませんが、どうやら、現在は高級マンションになっているとのことでした。確か、ロッキード事件発覚後の翌月に、児玉邸にセスナ機が自爆特攻した事件があり、2階の1部が損傷しただけだったので、大豪邸だったのでしょう。やはり、跡の敷地に高級マンションが建つほど広大な敷地だったんですね。

 そんな話を大分にお住まいの物知りの三浦先生に話したところ、「児玉さんの御子息は、何をされたかご存知ですか? 赤坂方面の放送局の重役まで務められましたよ。それより、あの石原莞爾の孫はその放送局の会長までやってますよ。作家の息子とはレベルが違います。世の中の人は何も知らないでしょうけどね」と仰るではありませんか。

 あらま。私も「世の中の人」ですから、何も知りませんでした。調べてみたら、フィクサー児玉誉士夫氏の御子息である児玉守弘氏は、TBSの常務取締役や関連会社の役員を務めた後、日音の相談役になったとか。満州事変を画策した石原莞爾の孫の石原俊爾(としちか)氏はTBSの社長~会長を歴任されてますね。

作家の息子とは、昨年、フジテレビの社長に就任した遠藤周作の御子息遠藤龍之介氏のことでしょうかねえ?

 最後に今日はこれだけは書いておきたい。「桜を見る会」事件のことです。

 報道に接する限り、桜を見る会の招待者は、特別な功績や功労がなくても、安倍首相の後援会の関係者ならフリーパスで、内閣府もチェックせずにそのまま通っていたことが明らかになりました。これでは、国民の税金を首相が「私物化」したことになります。花見会も高級ホテルでの前夜祭も、やりたければ個人のポケットマネーでやれば、納税者から誰も文句は出ないはずです。

 自分の選挙民を優遇すれば、「偉い先生」として、国会議員に当選するのは当たり前です。しかも、脱法的な手段で国民の代表として居座るなら言語道断で、民主主義の危機です。

  明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

 これは、浄土真宗の開祖親鸞が9歳のときに出家する際に読んだ歌とされます。

 飛躍して読めば、今の「桜を見る会」の騒動に一石投げかけるようにも読めます。

 恐らく、時の最高権力者はこの歌のことはご存知のことでしょうが、「驕れる者久しからず」ことを肝に銘じてもらいたいものです。

銀座さとうの「丸メンチカツバーガー」は花丸=「渓流斎日乗15周年記念会」は中止が決定

 何ですかねえ。 新型肺炎の感染拡大を理由 に「今年の東京オリンピックは中止」なんて、ガサネタやデマを流す不逞の輩がいるかと思っていたら、19日にロンドン市長選の主要2候補が、東京大会中止を見込んでロンドンでの代替開催の誘致に名乗りを上げたというんですからね。 「ロンドンでは五輪を2012年にやっていて、施設も残ってるから大丈夫」というわけですが、火事場泥棒的利権の臭いがプンプンしてきます。

 それにしても、ここにきて、マラソンやゴルフなどのスポーツや音楽公演や講習会などのイベントの中止や延期のニュースがボンボン出てきています。一気に自粛ムードが広がり、この期に及んで開催を強行しようものなら、「非国民」扱いされかねません。

 このブログ《渓流斎日乗》を開始したのは2005年3月15日ですが、来月、ちょうど15周年の記念日を迎えます。西方浄土方面から「都内の一流ホテルを貸し切って、何か記念会をやったらどうですか?人が集まらなかったら赤字が出るでしょうが、100万円か200万円程度で済みますから大丈夫ですよ」なぞと他人事のように(笑)薦める方もおられました。

 でも、この御時勢ではねえ。感染拡大に協力したくはないし、「渓流斎ブログ15周年記念会」は、中止せざるを得ませんね。延期ではなく、中止に決めました。

 さて、また当たり障りのないグルメの話。

 東京・吉祥寺の本店では長い長い行列が出来るという国産黒毛和牛専門店「さとう」。お肉だけでなく、コロッケやメンチカツやステーキやカレーなども店で食べられたり販売されたりしています。その2号店が銀座1丁目にあるというので、銀座は私の庭ですから、昼休みに行って来ました。

 お目当ては、銀座店しか売っていないという「丸メンチカツバーガー」。400円と、まあまあの値段ですが、会社の同僚が美味そうに、しかも自慢気に、一つ一つ講釈しながら一人で食べていたので、私も買ってきました。

 まあ何と言いましょうか。確かに旨い。優しい味、といいますか、丁寧に作られた心がこもった味といいましょうか。舶来のチェーン店のハンバーガーのビッグ何とか(390円)より少し高いですが、これなら三つぐらい食べられそうです(笑)。他に、ヒレカツバーガー(500円)、ビーフカツバーガー(600円)などもあります。→「銀座さとう

 つまらない政治家や官僚の醜聞で腹を立てるより、美味いモンを食べて腹を満たした方が、健康にも精神衛生にも良いということであります。

小泉環境相の感染症対策会議すっぽかしは大問題なのでは?=そして「鈴懸」の豆大福

 毎日、新型コロナウイルスのニュースばかりで、嫌になりますね。感染拡大を防ぐために、政府は「不要不急の用は差し控えるように」と命じました。記者から「不要不急とはどんなことですか?」と質問された当局者は、答えに詰まり、「…、あ、その…、何と言いますか、忘年会とか新年会とかです…」と声を絞り出していました。

 そんな折、小泉進次郎環境相が2月16日(日)に開かれた政府の新型コロナウイルス感染症対策本部会議を欠席して、地元での後援会の新年会に出席したというではありませんか。まさに、新年会! 政府の公式発表をお借りすれば、それって「不要不急」と言えるんじゃないですか? つまり、新年会は差し控えるべきじゃないんですか? 国民の緊急の課題よりも、地元後援会を優先するということは、「票集めのため」と勘繰りたくなります。

 しかも、この問題は18日の国会で可視化され、夕方の民放は報道しましたが、天下の国営放送NHKは、その日の夜の7時のニュースで報道しないんですからね。作為を感じます。

 話は変わって、そういう私も既報通り、今月1日に新年会に参加しました。新型コロナウイルスがこんな異様な形で騒がれていない時期で、政府からの禁止命令もありませんでしたからね。

 その席で、大手出版社の名物編集者大河内さんが、興奮しながら、「『鈴懸』の豆大福は美味いですよ。ピカイチですよ。知らなければモグリですよ」と、グルメ自慢するのでした。どうやら、鈴懸とは、博多で創業して90年以上になる和菓子屋さんで、東京には、新宿伊勢丹と日比谷のミッドタウンに出店しているというのです。(福岡以外では他に名古屋に出店し、関西にはないようです)

 あまりにも勧めるので、私は新宿は好きではないので、日比谷のミッドタウンに行ってみました。探しまくったら、地下一階の通路みたいなところに店があり、店名の看板もなく、トレードマークの「鈴」があるだけでした。

 店員に「こちらは鈴懸さんですか?」と聞いても、仏頂面で低い声で「ええ」。豆大福などを買って帰るときに、「店の看板、出していないんですか?」と改めて聞くと、店員は面倒臭そうに「あっち側に書いてますけど」と一言。うーん、大名商売ですねえ。

 ま、いいですけんど、大河内先生が仰る「日本一」の豆大福です。悔しいですが、確かに美味い。て、ゆーか、この味は初めてでした。

 餡は、小豆を何度もさらしたようで、色がピンクっぽくになり、塩が微妙な加減で入って甘さを引き立てています。

 まあ、病みつきになり、また買うかもしれません。嫌味な言い方ですが、「大名商売で頑張ってください」。

【後記】

政府主催の新型コロナウイルス感染症対策本部会議を欠席したのは、小泉環境相だけかと思ったら、最高検検事総長問題を抱える森雅子法相と、高校時代に朝鮮高校の生徒と大格闘し、二度の停学処分を受けたことを自慢にしている萩生田光一文部科学相までもが地元日程を理由に会合を欠席していたことが19日に判明。もう、漫画が漫才の世界ですよ。

民俗学から藝能へのつながり転移=大阪・難波の国立文楽劇場で「みやざき神楽」を開催

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今晩は、浪速先生です。

今日は全国的に雨模様で気温はかなり上がって、もう春の陽気でしたね。

新型肺炎騒ぎは日本列島全体に益々広がり、畿内は和歌山で済生会有田病院の50代の男性医師が感染、同病院及びその周辺は大騒ぎです

日ごろ、どんなことがあっても能天気な日本人も、伝染病となるとマスクや消毒液を買い溜めしたりして、昔のオイルショック時のトイレットペーパー買い占め騒ぎの反省、教訓は全く生かされていません。

そんな日本の国内事情をいち早く察知した米国政府は「こんな危ない日本に米国人を任せられない!」と、米国民救出のため急遽チャ-ター機を日本に派遣しますが、つまり、これは「シンゾウ、アベは信頼できない!」の証拠です。

ところが”安倍親衛隊”の日本のマスコミは、その内実は報じません。こちら大阪も一時に比べ中国人観光客がガタ減りです。道頓堀周辺も一時は中国人で占拠されていましたが、今は人通りが少なく歩きやすくなり、商売人は大変でしょうが、遊びに来る日本人は気持ちが良いと思いますね。

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そんな中、ワタシは2月15日(土)の昼下がり。「無料」ということもあって神話の故郷、宮崎の「みやざき神楽」を大阪・難波の国立文楽劇場の舞台で開催されるというので見てきました。

去年10月、東京の国立能楽堂でも開催されたそうですが、ご存知でしたか?恐らく、知らないままで過ごされたと思いますが、国立能楽堂HPを日頃からチェックしていないとダメですね(笑)。

国の「重要無形民俗文化財」に指定されている日本三大秘境の一つ宮崎県椎葉村で毎年11月~12月に夜通し行われる「椎葉神楽」です。

宮崎から国立文楽劇場に河野俊嗣県知事も駆けつけ、天孫降臨神話の高千穂周辺の神楽のPRの挨拶をしましたが、確かに宮崎県の県央、県南は神楽が盛んだそうです。

この日、同劇場の舞台では「不土野神楽」で椎葉村に太鼓と鈴に合わせて、刀を振って火の神への祈祷、唱教をあげたり、鬼神面(きじんめん)や山の神面をかぶって力強く舞う「神楽」が舞台につくられた神域の中で行われました。

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河野知事は、昨年10月に国立能楽堂での同じ「神楽」公演では、鈴木健二氏(元NHKアナウンサー)から「神楽は舞台でするものではありません。やはり現地で闇夜の中で繰り広げられるのを、直かに接しないと神楽の持つ神秘性や神とのつながりは分かりません」と厳しい指摘があったそうです。しかし、現地に行く機会が容易でない都会人には、罰当たりかもしれませんが、希少な機会です。

貴人も「神楽」の謂れ、歴史、その系統を調べると民俗学から藝能へのつながり転移の視点から、屹度、ご興味を持たれると思います。この日は無料であることもあってか劇場は満員で特に青い目の外国人が目立ちました。

以上

黒川弘務氏の最高検検事総長就任は民主主義の危機

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 東京高検の黒川弘務検事長の定年を延長して、今夏には、検察トップの最高検検事総長に据えようとする安倍政権の目論見は、ついに国会でも追及されました。行政府の長が、司法検察のトップを意のままに動かすことができれば、勝手やりたい放題で、三権分立をうたう憲法違反になりかねませんからね。民主主義の危機です。

 ということで、私自身は検察関係とはこれまで「御縁」がなく、知識が浅かったので、友人に勧められて、山本祐司著「東京地検特捜部」(角川文庫、1985年11月10日初版)を赤線を引きながら読んでいます。これが、めちゃ面白い。人間臭い、人事の派閥抗争が検察庁内部で明治時代からあり、あまりにも人間的な検察官に親しみすら感じてしまいました。

 著者の山本祐司氏(1936~2017)は、元毎日新聞記者で、司法記者クラブに長らく在籍したスペシャリストです。特捜部関係の本は他にも結構あります。「東京地検特捜部」 は、文庫版になる前に現代評論社から1980年に初版が出ており、「古典的名著」と言われ、司法担当記者も、検察官自身も必読の書と言われています。が、文庫版になっても、間違いを散見します。例えば、21ページの「海部は、昭和22年大阪経済大を首席で卒業」は、「神戸経済大(現神戸大)」の間違い。55ページの「塩野のほうは、小原より四歳下」は「三歳下」の間違い。66ページの「ドイツの通信社ロイター電」は「英国の通信社」の間違い。114ページの「一木喜徳郎(いちのきき・とくろう)」は 「一木喜徳郎(いちき・きとくろう)」 の間違い…。いやはや、職業病というか、我ながら嫌な性格ですが、古典なら間違いを訂正して復刻してほしいものです。確かに名著だと思うからです。

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 私は「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」性格なので、どうも物事や歴史を当局や権力者側からというより、虐げられた側の人からの目線で見がちです。中年時代から近現代史に興味を持ち、「大逆事件」やら「2・26事件」やら「ゾルゲ事件」やら歴史的事件を自分なりに勉学してきましたが、そう言えば、「裁かれる側」からの視点ばかりで、検察など「裁く側」の視点に欠けておりました。

  戦前は、平沼騏一郎に代表されるような「公安・思想検察」が幅を利かせていましたが、戦後になって汚職などを摘発する「経済検察」が勢いを盛り返して、両者の間で血みどろの派閥抗争が続いていたことが、この本を読んで初めて知りました。

 経済検事の派閥を代表するのが、その後、司法大臣などを歴任した小原直(1877~1967)で、木内曽益(きうち・つねのり=1896~1976、最高検次長など歴任)~馬場義続(1902~77=元検事総長)に引き継がれます。小原は、大逆事件も担当しましたが、日本製糖汚職事件やシーメンス事件など戦前の大きな疑獄事件はほとんど担当し、その弟子筋の木内と馬場は、東京地検特捜部(東京地方検察庁特別捜査部)の産みの親と言われています。

 一方の公安検察の派閥を代表するのが、平沼騏一郎の引きなどで司法大臣なども務めた塩野季彦(1880~1949)で、その女婿の岸本義広(1897~1965)に引き継がれます。塩野は、日本共産党を壊滅にまで追い込んだ「3・15事件」や「4・16事件」などで実質的に指揮を執りました。

明治終わりに始まった経済検事・小原直と思想検事・塩野季彦との壮絶な覇権争いは、戦後は馬場義続と岸本義広による報復人事合戦による戦いとなり、最後は、経済検察側の勝利になりますが、映画かドラマを見ているような展開でした。

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 戦後まもなく起きた政界と財界との癒着汚職である「昭和電工事件」や犬養健法相による指揮権が発動された「造船疑獄事件」なども検察側からの視点で描かれ、多少、新鮮な感じがしました。「政界の爆弾男」田中彰治衆院議員や、「街の金融王」森脇将光らも登場します。石川達三原作で映画化された「金環食」では、この2人のモデルも登場し、それぞれ三国連太郎と宇野重吉が迫真の演技で強烈な印象を放っていたので、思い出してしまいました。

 先程の指揮権発動というのは言うまでもなく、1954年の造船疑獄事件で、犬養法相が、与党自由党の幹事長佐藤栄作の逮捕を阻止するために、使わざるを得なかった歴史的汚点のような事件のことを指します。 (犬養氏はすぐに法相を辞任し、事件の6年後に、この事件の背後に東京高検検事長だった岸本義広がいたのではないかと仄めかす論文を文芸春秋に発表)

 さて、今現在の話です。

 黒川弘務東京高検検事長を、最高検検事総長に据え置くという安倍政権の目論見は、指揮権発動に他ならないのではないでしょうか。この本を読んで、その思いを強くしました。

縄文人の平均寿命は31歳

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私はよくラヂオを聴きますが、「ながら」なので、いつ何の番組だったのか、朧気なことが最近多くなりました(笑)。結構、部分部分で聴いていなかったことが多く、「まだら聴き」といった感じでしょうか。(まだらボケではありませんよ、くれぐれもお間違いなく)

 で、先日、ある生物学者さんが、面白い話をしてくれたのですが、例によって「まだら聴き」だったもので、ブログにするには、自分で再構築する羽目に陥りました。ということで、生物学者さんのお話の骨子をお借りして、茲で、自分なりに換骨奪胎したいと思います。

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 日本人の平均寿命の話でした。縄文人の平均寿命は、一体何歳だったのか、という話で始まりました。今、学術的に分かっているところでは、31歳だったというのです。食糧事情がままならなかったし、野獣に襲われたり、病原菌に侵されて亡くなるケースが多かったからでしょう。

 その後、ある程度、医学も発達し、衛生も管理され、食糧事情も改善されましたが、それでも日本人の平均寿命は50歳ぐらいで、戦後になっても50歳代だったというのです。500年前の「人生50年」の戦国時代とは違いますよ、昭和に入ってからもです!

 そこで調べてみると、昭和24年(1949年)の時点で、男性56.2歳、女性59.8歳なんですよね。厚労省のデータですが、本当でしょうか?戦争の影響もあったんでしょうが、男性がやっと60歳代に乗るのはその2年後の昭和26年で、60.8歳(女性は64.9歳)。それでも今のように「人生100年時代」と言われる時代から見るとかなり若いですね。

 そう言えば、全く個人的ながら、私の祖父は、父方も母方も明治後半生まれですが、私自身は全く知りません。二人とも両親がまだ十代だった昭和初期に40歳そこそこの若さで亡くなっているからです。

 明治の文豪夏目漱石は49歳で亡くなっていますが、昭和の無頼派坂口安吾も49歳で亡くなっています。昔の人は、密度の濃い人生を送っていたということになりますね。

 逆に言えば、今の人は、随分とのんべんだらりと生きていませんか、ということです。高齢者が増えると、介護問題を始め、年金問題などそれだけ社会的にネガティブな面が増大する側面があるわけです(まどろっこしい言い方ですが)。

 2001年に石原都知事(当時)による「ババア発言」が物議を醸し、裁判沙汰になったことがありますが、ラヂオに出ていた生物学者も、生殖能力を失った生物が生き残ることができるのは動物界では人間ぐらいですよ、などと発言していました。生物にとって、生殖能力の損失は死を意味するわけです。

 それでも、この生物学者は、お婆さんは、孫たちを養育したりするので、生殖能力と同じような役割を果たしている、と「お婆ちゃん効果」を強調していました。となると、その一方で、お爺さんの方はどうなるんでしょうか?

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 この辺りの話になると、「まだら聴き」状態で明確ではないのですが、この生物学者は、プラトンの「饗宴」とホメロスの「イリアス」「オデュッセイア」を例に出して、このような本を書いて、人間にしかできない魂を製作すれば、生物が個体として死んでも、作品は何千年も残るといった話をしていました。「虎は死して皮を残すが、人間は死して名を残す」をといったところでしょうか。

 ま、でも、こういった何千年も人類に読み続けられる名作を書ける人は、1億人に一人どころか、100年に一人ぐらいでしょうけどね。われわれのような凡夫は、高齢になっても自殺するわけにはいかず、他人様に迷惑をかけないよう、ひっそりと老醜を晒しながら生きていくしかないでしょうが…。

 私自身も、昔の人なら亡くなっているおまけの人生を生きています。今さらホメロスにはなれないので、こうしてブログに雑文を書きながら、世を忍んで生きていくつもりです。

日仏会館でデプレシャン監督作品「あの頃エッフェル塔の下で」を観る

日仏会館

 昨年12月に見事厳しい審査を経て(?)、東京・恵比寿にある日仏会館の会員になることができました。そこで開催されるフランスに関する色んな講演会やセミナーやイベントに参加できます(非会員の方もbienvenu)。1月に「ジャポニスム」に関するセミナーがありましたが、仕事が遅くなり、キャンセルせざるを得なくなりました。

 昨晩は会員として初めて参加しました。(そう言えば、2015年1月に日仏会館で開催された「21世紀の資本」のトマ・ピケティの講演を取材したものです。ということは5年ぶりでしたか…早い、早すぎる)

ヘアーサロン・ヤマギシ 月曜休みでした

 その前日に、京洛先生から電話があり、明日、日仏会館に行く予定だと話したところ、「恵比寿ですか…そうですか…懐かしいですね。中華のちょろりに行ったらいいじゃないですか」と仰るではありませんか。

 えっ?何ですか?ちょろり?

「中華屋さんですよ。あたしはよく行きましたよ。恵比寿ビアガーデンの近くでもあります。そこで、よく炒飯と餃子にビールを注文したものですよ」

 いい話を聞きました。京都の京洛如来様は、まだ東京で調布菩薩だった頃、職場が恵比寿にあったことから、恵比寿は自分の庭みたいなものでした。

 「恵比寿駅近くにヤマギシという床屋がありましてね。社長はあの大野で修行した人で、あたしはよく行ったものです。今でも東京に行った時に予約して行きますよ。貴方も行ってみたらどうですか?『京都の京洛から話を聞いて来ました』と言ったら、喜びますよ」

 あれ?それ、もしかしたら、恵比寿商店会から宣伝料のマージンでももらっているんじゃないですかねえ(笑)。

 でも、私も、当日の夕飯はどうしようかと思っていたので、良い店を紹介してもらいました。

 中華「ちょろり」は、日仏会館の目と鼻の先にありました。夕方5時頃入ったら、お客さんはまだ誰もいなく、しばらく一人でした。大衆中華料理屋さんというか、大きなテーブルが7個ぐらいあって、30~40人で満杯になる感じでした。(帰りの夜9時過ぎに店の前を通ったら、超満員でした。夜中の3時までやっているようです)

 京洛先生のお薦め通り、炒飯と餃子とビールを注文。炒飯は、何か、和風で、昔懐かしい味。餃子は野菜がいっぱい入ってました。

 さて、肝心の日仏会館の催しは、「映画と文学」の6回目でした。アルノー・デプレシャン監督作品「あの頃エッフェル塔の下で」(2015年、123分)が上映された後、目白大学の杉原先生による、特に、映画のフラッシュバック技法とマルセル・プルーストとの関係について解説がありました。

アルノー・デプレシャン監督作品「あの頃エッフェル塔の下で」 左は、 ポール役のカンタン・ドルメール、右は エステル役のリー・ロワ・ルコリネ

5年前に日本でも公開されたこの映画は見逃していましたが、なかなか良かったですね。よほどの映画通じゃなきゃデプレシャン監督作品は知らないでしょうが、私も初めて観ました。1960年生まれのデプレシャン監督の青春時代を色濃く反映した作品で、私もほぼ同世代なので、心に染み入りました。満点です。

 デプレシャン監督は、ベルギー国境に近いフランス北東部の田舎町ノール県ルーベ出身で、パリに上京して仏国立高等映画学院で学んだようです。映画の原題はTrois souvenirs de ma jeunesse で、直訳すると「我が青春の三つの物語」となります。主人公のポール・デダリュスは人類学者で外交官ですが、タジキスタンかどこかの旧東側国の税関で捕まり、スパイ容疑で取り調べられるところから物語は始まります。その時、主人公が青春時代の三つの物語をフラッシュバックで思い出すという展開です。

 後で聞いた杉原先生の解説によると、主人公のポール・デダリュスとは、ジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」に登場する作家志望の青年スティーヴン・ディーダラスから拝借したもので、ユリシーズもこの映画も「帰還」がテーマになっているとか。

 主人公のポール(青年時代はカンタン・ドルメール、現在の壮年時代はマチュー・アマルリック)とエステル(リー・ロワ・ルコリネ)との淡い悲恋の物語といえば、それまでですが、恋する若い二人の心の揺れや不安が見事に描かれ、私も身に覚えがあるので懐かしくなりました(笑)。ポール役のドルメールも清々しく格好良かったですが、エステル役のルコリネは、男なら誰でも夢中になるほど魅力的で、強さと弱さを巧みに表現できて、なかなかの演技達者でした。

 そして、何と言ってもプルースト。これでも、学生時代は岩崎力先生の講義に参加して少し齧りました。今でも「失われた時を求めて」 À la recherche du temps perdu の第1章「スワン家の方へ」(1913年) Du côté de chez Swann の最初に出てくる「長い間、私はまだ早い時間から床に就いた」の《 Longtemps, je me suis couché de bonne heure 》は今でも諳んじることができます。岩崎先生には、マルグレット・ユルスナールやヴァレリー・ラルボーらも教えてもらいましたが、名前を聞いただけで異様に懐かしい。何の役にも立ちませんが(笑)。

 デプレシャン監督には、「魂を救え!」(1992年)や「そして僕は恋をする」(1996年)、「クリスマス・ストーリー」(2008年)などがありますが、登場人物に関連性があり、一種のシリーズ物語になっているようです。バルザックに「人間喜劇」、エミール・ゾラには「ルーゴン・マッカール叢書」などがありますが、フランス人は作品は違っても、続きものになる、こういう関連シリーズ物語が好きなんですね。

 映画では、主人公は人類学者になる人ですから本をよく読み、レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」などを読んでいる場面も出てきました。私は、青春時代にフランスに首をつっこんでしまったので、この先、死ぬまで関わることでしょうから、日仏会館のイベントにはなるべく参加していくつもりです。お会いしたら声を掛けてください(笑)。