セラピーとケアについて Therapy and mental health care

 別に隠す必要はないのですが、ここ2~3年もずっと気が重い状態が続いております。

 いえいえ、病気ではありません。しかも、心が風邪を引いたといったような、自覚できる軽症でもありません。何となく、スッキリしない、張り合いがないという状態が続いている、といった程度です。

 そんな折、いつぞやこのブログでもご紹介したことがあるスマホのアプリで過去のラジオ放送が聴けるNHKの「らじる・らじる」の「聴き逃し」サービスの「日曜カルチャー」という番組で大変興味深いお話に巡り会うことができました。臨床心理士の東畑開人氏の「心と向き合う?」という講演でした。

 実はこの放送を聴くのは先週に続いて二度目です。(実は、私は、聴き逃しサービスは毎週日曜日にアイロンを掛けながら聴いております=笑)先週、聴いていて、講師の方は39歳というまだお若い方なのですが、誰が聴いているのか分からないのに、自分より年下の学生に向かってため口のような感じで喋っていたので、どうもなあと思いながら、メモも取らずに聞き流していたのでした。そしたら、後半で実に素晴らしい眼から鱗が落ちるようなことを仰っていたので、もう一度確かめたくて、今度はしっかりメモを取りながら聴くことにしたのでした。アイロンを掛けながらの離れ業でしたが(笑)。

「つきじ文化人」大山鶏南蛮蕎麦1100円

 私が一番感心したのは、セラピーとケアの違いについてでした。私は今まで、セラピーとは治療のことですから、てっきりセラピーの方がケア(世話)より優ると思い込んでおりましたが、東畑先生は「ケアが先で、セラピーはその後だ」と強調されるのです。

 簡単に端折って言いますと、まずケアとは「相手を傷つけないこと」です。「相手のニーズを満たしてあげる」ということです。それには具体的な行動が伴います。例えば、お皿を洗うとか、雨が降っていたら駅まで傘を届けてあげるとかです。大震災で被災した方々にいくら臨床心理士がカウンセリングしてセラピー(治療)しても限界がありました。その前に、食事や毛布などの暖房や敷居をつくってプライバシーを保護してあげるとか、物質的な環境を整えることが先決だったというのです。

 その一方で、セラピーとは「傷つきと向き合うこと」だと言います。心が傷ついて痛いけど、乗り越えていこう、というのがセラピーの治療です。ということは、その半面、自己責任論となり、しんどい面もあります。

 例えば、学業成績悪い時、子どもたちに「もっと勉強しなさい」というのがセラピーの考え方です。一方、ケアは、問題は本人ではなく周囲にあるのではないかという発想なので、教え方が悪いという捉え方が出来ます。そこで、勉強が出来る環境を整えることがケアになります。例えば、参考書を買うとか、塾を探すとか、30分でもいいから親が勉強に付き合うとかいったようなことです。

 竹中平蔵さんが大好きな「新自由主義」は、市場に任せておけば正しい方向にいくというので、自己責任論と言いますか、セラピー的自立心を促す考え方です。しかし、その前にケアがなく、いきなり最初から競争社会に放り込まれてしまうと、大抵の人はつぶれてしまうか、負けてしまいます。もしくは燃え尽きてしまいます。

 つまり、ケアが出来て、初めてセラピーが考えられる、と東畑氏は力説するのです。

 ヒトは心と向き合う時、大抵は自分が悪いと思います。自分が一番攻めやすいからです。しかし、案外、周囲の方が悪い場合があります。例えば、就職活動がうまく行かず、落ちてばかりいれば、大抵の人は自分の態度や成績が悪いといった考えに陥りますが、実は、本当は景気が悪いという理由だったりするのです。

 このほか、もっともっと興味深いことを東畑氏は話されていましたので、スマホをお持ちなら是非お聴きになったら如何でしょうか?今なら間に合うと思います。

 私も気の重さの原因が、これまで自分ばかり攻めていた私自身にではなく、周りにあったことを気づかさせてもらいました。

古い教科書は全て書き換えられるはず=田近英一監修、小林直樹著「文系のためのめっちゃやさしい地球46億年」

 先日来、このブログで何度も、小生が人類学や進化論にはまってしまったことを取り上げさせて頂いております。人類学や進化論が行き着く先は、生物学であり、生命論であり、地球物理学であり、宇宙論となります。まさに、「我々は何処から来て 何処へ行くのか」というアポリアに答えてくれます。

 今読んでいる田近英一東大大学院教授監修、小林直樹著「文系のためのめっちゃやさしい地球46億年」(ニュートンプレス、2022年6月20日初版、1650円)は確かにめっちゃ面白くて、読了してしまうのが勿体ないぐらいなのです。書かれていることは、理系の人にとっては基本中の基本で常識なのかもしれませんが、私のような文系人間にとっては初めて知る専門用語ばかりです。しかも、私は年配の人間ですので、私が学生時代に習った地球史なんて全く役に立ちません。教科書も新しく書き換えられていることでしょう。何と言っても、21世紀になって人類の化石のゲノムが解読されるようになって古生人類学が飛躍的に進歩したわけですから、20世紀に学生時代を送った今は40歳代以上の方の多くも知らないことばかりだと思われ、この本を読めば吃驚することでしょう。

 大変失礼ながら聞いたことがない出版社ですから、何処でこの本を見つけたかと言いますと、久しぶりに浦和にある須原屋書店に行き、地下にある人類学・進化論のコーナーで発見したのです。やはり、アナログの店舗に行けば、セレンディピティ、つまり思わぬ好運に恵まれるものです(笑)。須原屋は、江戸時代、最大手の版元だった浅草の須原屋茂兵衛(蔦屋重三郎のライバルだった)の流れを汲み、明治9(1876)年に浦和宿に貸店舗として創業されました。ということは創業147年という老舗です。出版不況でつぶれてほしくないので、足を運んだわけでした。

移転した銀座「天国」で初ランチ。天婦羅定食ランチ1600円

 さて、「地球46億年」ですが、何が面白いかって言ったら…、いやあ、皆さんも是非とも手に取ってくださいな(笑)。大きな活字で、ヘタウマのイラストが入り、ちょっとお子ちゃま向けの書き方なので、人前で読むのは恥ずかしいかもしれませんけど、恐らく、知らないこと(人)ばかり出て来ると思いますよ。シアノバクテリア、ストロマトライト、スタンリー・ミラー、アノマロカリス、ダンクルオステウス、超大陸パンゲア、アルフレッド・ウェゲナー、P/T境界大量絶滅イベント(2億5200万年前、生物の90%以上が大量絶滅)…等々ですが、これら全て御存知でしたら、この本を読む必要はありませんが(笑)。

 でも私のような文系人間にとってはほとんどが初耳です。しかも、私の学生時代は「氷河期」と習ったのに、今では「全球凍結」なんてシャレた言い方になっています。ちなみに、全球凍結は、過去に少なくとも3回あったらしく、最初が約23億年前のマクガニン氷河期、次が約7億年前のスターチアン氷河時代、今のところ最後が約6億年前のマリノアン氷河時代です。ということは、あと何億年?かしたら、地球はまた氷河期、いや全球凍結になるのでしょうね、きっと。勿論、そうなれば人類も確実に滅亡します、残念ながら。

 まさに、レヴィ=ストロース言うところの「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」(「悲しき熱帯」)です。

 現在、地球温暖化が叫ばれ、温暖効果ガスとして二酸化炭素(の排出)が悪玉の親分のように毎日取り上げられていますが、逆に、全球凍結になれば、回復するにはこの二酸化炭素が何よりも必要なことがこの本で初めて知りました。また、38億年前に生命が誕生し、27億年前に出現した二酸化炭素と太陽光で光合成を始めたシアノバクテリアのお蔭で、酸素が生まれ、その酸素をエネルギーとして多種多様な微生物(まだバクテリアの段階ですが)が生まれたという話には、ロマンを感じましたね。色々な偶然が重なって、生物が進化していく過程は、必然ではなく、まさに奇跡と言って良いでしょう。

銀座

 このような地球46億年の歴史は、聖徳太子が教科書から消えて厩戸皇子となったとか、鎌倉幕府成立が1192年ではなく、1185年に教科書が書き換えられたというレベルなんかの話ではありません。私の学生時代の教科書が全く通用しないぐらい全面的に書き換えられたと言って良いでしょう。

 そんな新しい知識がこの本には分かりやすく網羅されているわけですから、こうして開かれた新知識に接しないなんて勿体ないですよ!何歳になっても勉強しなきゃ(笑)。

 そうそう、忘れるところでしたが、何で地球46億年で、宇宙誕生138億年なのか、その関連性が分からず疑問に思っていたら、138億の3分の1=46億という数式から出されたらしいですね。これも、この本で初めて知り、ちょっとスッキリしました。

つづく

BS11「偉人・素顔履歴書」の番組プレゼントに当選してしまいました!

  ありゃまあ~。写真の通り、BS11「偉人・素顔履歴書」の番組プレゼントに当選してしまいました。「平安人物伝 安倍晴明」(ポプラ社、2019年10月初版、1100円)が贈られて来ました。

 「偉人・素顔履歴書」は、毎回歴史上の偉人を一人取り上げ、歴史家の加来耕三先生が解説してくれる面白い番組で、私も毎回見ております。加来耕三先生とはもう20年近く昔に、帯広での講演会に講師として列席して頂いた際、前夜に、一緒に飲んだことがありますが、多分覚えていらっしゃらないでしょうね(笑)。

 いえいえ、何も自慢話として書きたかったわけではありません。むしろ、逆です。怖いんです。気持ち悪いんです。何故なら、私は子どもの時分から、くじ運や博打運が非常に悪く、高額商品なんぞ当たったためしがありません。当たらないから博打は今では全くやりません。昔やっていた時でも、宝くじなら、その最高の当選額は1万円(元手は回収できず)。競馬もサッパリ駄目で、配当金を貰ったという記憶がないほどです。パチンコ・スロットは随分、一方的に授業料を払いました。麻雀なんかは、学生時代からルールも覚えず、一度もやったことはありません。

 博打の才能があれば、その筋の人になっていたかもしれませんよ(笑)。

 そんな人間ですから、テレビやラジオや雑誌の懸賞に当選することなど稀です。覚えているのは、中学生の頃、聴いていたラジオの音楽番組でリクエスト曲を葉書に書いて応募したところ、ジャニス・ジョプリンのシングル・レコード「クライ・ベイビー」が当選したことぐらいです。

 それが、ここ1~2年になって、急に当選するようになったのです。このブログでも何度か書きましたが、雑誌「歴史人」の読者プレゼントでは、倉本一宏ほか著「新説 戦乱の日本史」(SB新書)や展覧会の入場券など5~6回も当選したのです。でも、今回のように、テレビのような視聴者の多い番組プレゼントに当選することは初めてのことなので、怖いと言いますか、気持ち悪いという感覚は皆様にも感じて頂ければ幸いです。

 もっとも、当選した品は、大変失礼ながら、数千円以内で高額ではないので、有難く、自分の運にも感謝して拝受させてもらうことにしています。確かに、くじや博打は、「運」に作用されるものです。そんな非科学的な運について深く考える良い機会になりました。

顧客名簿が世界経済を左右している?=CATVと契約して随分節約できた友人のお話

 昨晩、旧い友人のAさんから久しぶりに電話が掛かってきました。2年ぶりぐらいでしょうか。特段の急用ではなく、世間話程度でしたが、彼には長いブランクを感じさせない話術がありました(笑)。

 Aさんとは、あることがきっかけで長い間、没交渉が続いておりました(笑)。ただ、わだかまりがあったのは私だけで、先方は何も気が付いていなかったかもしれません(笑)。Aさんは尋常ならざる多くの友人の持ち主で、私はワンオブゼムに過ぎませんからね。長いブランクがあったにも関わらず、かつての友情関係が何事もなかったかのようにリセットされたことは不思議でした。

銀座

 そんなAさんの話で面白かったことは、昨年、自宅でケーブルテレビと契約した話でした。今は、本当に凄い時代ですね。Aさんが加入したケーブルテレビJ:COMの親会社は、住友商事とKDDIなので、何と一緒に携帯電話(auのスマホ)まで契約できるというのです。しかも、それだけではありません。auの電気とガスまで契約できるというのです。

 Aさんは、佐賀県で一人暮らしですが、このケーブルテレビと契約したおかげで、テレビとスマホと電気とガス代、それにパソコンのWi-Fi代も合わせて、月に1万5000円程度で済んでしまったというから驚きです。今時、電気代の高騰で一人暮らしでも月1万円近くなりますからね。それに、それまではソフトバンクのスマホとWi-Fiの使用料だけで月に1万1000円も支払っていましたからかなりの割安です。

 テレビは4Kも見られる50インチの超大型テレビに買い替えたそうです。凄いですねえ(笑)。ケーブルテレビは有料チャンネルとは契約していませんが、それでも、基本料金だけで、CNNを含めかなり多くのチャンネルが見られるそうです。しかも衛星ではなく有線なので、以前は衛星だと天気が悪いと画面がブレたりしましたが、有線だと安定しているといいます。

 それで、テレビは何を見ているかと言いますと、何とユーチューブなんだそうです。今のユーチューブは、お笑いから資料的価値の高いドキュメンタリーまで何でも見られます。「地上波のテレビは今はつまらないでしょ? ユーチューブでも、50インチの大型テレビですから、スマホとは迫力が違います」とAさんは仰います。

 それで、ユーチューブで何を見ているかと尋ねると、Aさんは、戦中生まれの高齢者ですから、映画は溝口健二や成瀬巳喜男ら昭和初期の映画も楽しんでいるそうです。ロックやジャズ、クラシックなどはそれほど好きではないので見ていないようですが、歌舞伎や文楽を始めとした演劇にはうるさい(笑)。「吉本新喜劇は、松竹新喜劇と比べればやはり劣りますなあ。吉本は音楽が酷い。松竹は、歌舞伎を興行しているだけあって、ちゃんと『地がた』を使っていますからね。やはり藤山寛美はピカイチですよ」と鋭く批評されるのです。

◇個人情報のダダ洩れには気を付けるべし

 話はこれだけでは終わりません。世界や日本でも、もう30年以上も前から金融自由化が始まり、銀行や証券や保険などに異業種が参入するようになりました。電気会社のソニーが銀行や保険を始めるようになったのもその一例です。通信会社のKDDI=auや通販の楽天などが電気やガス事業も始めたのもその一環でしょう。

 「多角経営」と言えば聞こえが良いですが、それだけ世の中が世知辛くなったということでしょう。何もかもに手を出さないと企業は生き残れなくなった時代になったわけです。新聞業界も本業では赤字が続いてますから、不動産業にシフトしているくらいですからね。また、百貨店も家電量販店も、ファッションブランド店も、どこもかしこもカードをつくって、顧客の「囲い込み」に必死です。もうカード会社みたいなもんです。

 結局、顧客名簿が世界経済を左右しているということになります。グーグルもヤフーも、フェイスブックもツイッターも、タダで仕入れた顧客名簿の個人情報が生命線です。今、話題になっているマニラから日本に護送されている特殊詐欺強盗グループも、そういった個人情報を巧みに入手して犯罪を行っていたわけですから、気が抜けない毎日ですよ。

作曲家村井邦彦氏と中村吉右衛門とは親友だったとは=日経「私の履歴書」

  私は音楽好きなので、今、日本経済新聞で連載中の「私の履歴書」の作曲家「村井邦彦さんの巻」を毎日楽しみに読んでおります。昨年12月の指揮者の「リッカルド・ムーティの巻」も大変興味深かったでしたね。特にムーティ若き頃、バーリ音楽院で同校の校長を務めていたニーノ・ロータと出会い、指揮を習ったことがあったことが書かれていて本当に驚きました。ニーノ・ロータは私も大好きな「太陽がいっぱい」などの映画音楽も多く作曲した人だったことは、以前このブログにも書きました。色んな人との繋がりがあり、人との御縁が成功の道に導かれることを垣間見た感じでした。

 扨て、今月の村井邦彦さん(1945~)ですが、この方も素晴らしい友人に恵まれたお蔭で大家となったことが読んでいて分かりました。大変失礼ながら、村井さんについて、私自身は、歌謡曲の作曲家というお名前程度で詳しく知りませんでした。

 歌謡曲は今では全く聴かなくなりましたが、小中学生の頃はよく聴いていたものでした。そしたら、村井邦彦氏の代表作が、ちょうどその頃に私が聴いていたヒット曲とドンピシャリ合っていたのです。テンプターズの「エメラルドの伝説」、ピーターの「夜と朝の間に」、赤い鳥「翼をください」、辺見マリ「経験」、トワエモア「虹と雪のバラード」(1972年札幌冬季五輪のテーマ)等々、みーんな、村井氏の作曲だったのです。「え?あれも?」「これも?」てな感じです。

 しかも、調べてみたら、村井邦彦氏がそれらのヒット曲を量産していたのは、まだ20歳代前半の若造(失礼!)だったのです。またまた、「しかも」と書きますが、大学は慶応の法学部と畑違いで、正式な音楽教育を受けていないような感じなのです。どこで、作曲なんか学んだのか? 色んな疑問を持ちながら読んでいくと、毎日面白い逸話にぶつかります。

銀座

 特に、2月5日(日)に掲載された連載5回目「吉右衛門こと波野君 生涯の仲」には吃驚してしまいました。村井氏は、一昨年に亡くなった歌舞伎俳優二代目中村吉右衛門こと波野久信さん(1944~2021年)とは暁星学園(フランス語必修のカトリック系中高一貫男子校)の同級生で、しかも、彼とその兄昭暁(てるあき=二代目松本白鸚)氏の3人でジャズ・トリオのバンドを組んだことがあったというのです。白鸚さんがドラム、吉右衛門がベース、村井氏は独学でマスターしたピアノだったといいます。ラジオの文化放送で演奏がオンエアされたこともあったといいますから、まさに「へー、知らなかったあ」です。村井氏と吉右衛門は生涯、家族ぐるみの付き合いだったそうです。

 私自身はかつて、歌舞伎の取材で吉右衛門丈には大変お世話になったことがあり(そして大好きな役者でした)、実兄の松本幸四郎丈(当時)とはあまり仲が良くなく、「二人は共演はしない」という噂を聞いていたので、まさに、驚いてしまったわけです。

 村井邦彦氏は、中学生時代からヌーベルバーグ映画とモダンジャズに魅せられ、「スイングジャーナル」誌を定期購読し、高校1年の時、同誌に載っていた「ジャズ演奏 生徒募集」の広告を見て応募し、そこでサックスの吉本栄さんから譜面の読み方などを学び、またそこで知り合った慶応高校生からの誘いで、慶応の「ライト・ミュージック・ソサイエティ」(ジュニア版)というジャズオーケストラに参加するようになり、音楽の基礎をみっちり学んだたようでした。

 やはり、村井氏も人との出会いと御縁で、運が開けていった感じです。(この先を読むのが楽しみです。)

「パタゴニア」買っちゃいました=そして「世に盗人の種は尽きまじ」

 私は「有言実行」の人ですから、早速、写真の通り、パタゴニアのジャケットと帽子を購入しました。

 と、書いても、初めてこのブログをお読みの方は何のことかさっぱり分からないと思いますが、渓流斎ブログの先月1月30日に書いた記事「自社株を環境保護団体に寄付した創業者=パタゴニアのシュイナードさん」をお読み頂くと分かります。

 アウトドア用品「パタゴニア」の創業者シュイナードさん(84)が、自分と家族が持つ自社株3900億円相当を環境保護団体に寄付したという話でした。このまま地球環境が破壊されれば、地球は死んでしまいます。そんな死んだ星では、何もできない。せめて、パタゴニアは200年は続く企業になってほしい、という願いを込めて環境団体に寄付したのでした。そんな創業者の理念に私も共鳴し、いつか、今まで買ったことがないパタゴニアの商品を買うつもり、と書いたのでした。

 実は、緊急を要するほど欲しいものはなかったのですが、東京の丸の内にある直営店で帽子を買い、地元のスポーツ用品店で、ジャケットを買いました。いずれもリサイクルした再生衣料らしいですが、価格は、何と、ユニクロさんの4倍以上もしました。でも、ユニクロさんの名誉のために言えば、ユニクロ製品は、防寒面など質的には劣るわけではないと思います。素人の感想ですが、むしろ、ユニクロが安過ぎるのかもしれません。それとも、パタゴニアが高過ぎるのかも?

 商店で、パタゴニアの製品を買うに当たって、お店の人に東京新聞の記事を読んで、御社の企業理念に感銘したから、と私が説明しても、誰も東京新聞の記事を読んでいないんですよね。最近の若い人は新聞読みませんからね。ガッカリしました(苦笑)。

銀座

 ところで、例のフィリピンの入管施設に拘束されているルフィを首魁とする特殊詐欺グループは、わずかここ数年で60億円以上も稼いでいたという報道に接して本当に魂消ました。強盗に入られて殺されてしまっては、防ぎようはありませんが、オレオレ詐欺とか、還付金詐欺などに多くの人がどうして簡単に引っ掛かってしまうのか不思議です。

 特に、還付金なんて、わざわざ、お上がご丁寧にも電話を掛けて教えてくださるわけがないのですよ! 例えば、確定申告の本を何冊も買い込んで死ぬほど勉強して、苦労して、苦労して、面倒臭い申告をして、初めて還付金なるものを勝ち取ることが出来るものなんです。世の中甘くない。そんな簡単に、うまい儲け話や1年で2倍になる投資話などあるわけがないんです。

 そもそも、そんな簡単に儲かる話なんかを、見ず知らずの赤の他人に教えるわけがないでしょう? 元本保証の高利率の定期預金でさえ、ほとんど宣伝せず、小さい字で、そっと書かれているものなのです。売れない商品ほど派手に広告宣伝すると思って間違いないのです。広告で笑顔を振りまくタレントさんは、決して弁償してくれませんよ。騙される方も悪いのです。

 そんなこと、冷静になればすぐ分かるのですが、高齢になると判断力がだんだん鈍って来ます。詐欺集団もそんな弱みを心得て付け込んで来ますからタチが悪いたらありしゃしない。マニラの特殊詐欺集団は遠隔操作をしているだけなので、自分の手は血で汚していないので、罪悪感が薄いようです。騙した金で看守を買収して施設から抜け出して、高級ホテルのカジノで一晩で1000万円も2000万円も浪費している、などという報道までありましたから唖然としてしまいました。

 「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」と言った石川五右衛門も、これほどまで人間があくどくなるとは想像もつかなかったのではないでしょうか。

個人情報ながら、確定申告の体験記

 もし、貴方がこのブログの相当熱心な御愛読者でしたら、昨日の記事には唖然とされたことでしょう。お昼頃にアップしたのですが、夜になって、後半部分は全て削除してしまったからです。ちょっと、プライベートなことを書いておりました。

 何で削除したかといいますと、昨今、ルフィとかいう親玉を中心とした、とてもおっとろしい特殊詐欺集団がいて、フィリピンの入管施設からスマホを使って闇サイトを開設して、遠隔操作で、強盗・殺人なんでもござれの指令を出しているというニュースに接したからでした。主犯格の4人はもうすぐ日本に強制送還されるようですが、何と言っても不可解なことは、入管施設だというのに、カネさえあれば何でもやりたい放題だという実態です。フィリピンでは公務員の給与が安いため、賄賂が横行しているそうで、地獄の沙汰も金次第みたいですね。

 そして、何と言っても怖ろしいことは、特殊詐欺集団の情報収集力です。何処に、誰が住んでいて、老人の独り暮らしで資産家なら万々歳です。指示された相手は、追い詰められて困り果てた人間ですから、手段を選ばず、強盗だろうが殺人だろうがお構いなしです。一体どうやってそんな情報を仕入れることが出来るのか?ー探偵、密偵、総会屋、トップ屋、情報ゴロ、元警察、元銀行・保険・証券など金融マン、元マスコミ人も怪しい…。そんな人間を媒介したヒューミントだけでなく、今では、新聞雑誌など公開情報によるオシントを使う手口もあることでしょう。

 特に、今やネットの世界では怪しい情報に溢れています。スマホなら位置情報でカモが何処にいるのか瞬時に分かりますし、もしかしたら、こんなちっぽけなブログでも、悪用されているかもしれません。うかつに個人情報は書けませんよね。

新富町

 てなことで、ブログではなるべく、個人情報は書きたくないのですが、この渓流斎ブログは「個人事業主」として、広告を入れて配信しているため、確定申告していることだけは皆様にもお伝えしなくてはならないと思いました。

 本日は、会社を休んで、地元の税務署にまで、その確定申告に行って参りました。記録が残る限り(笑)、3年連続です。強い北風が吹き荒れる中、自転車で行きましたが、体力が衰えたせいか、なかなか前に進んでくれません。

 とにかく、会場に着いて、無事済ますことができましたが、年々、やり方が変わっているので、驚くばかりでした。2年前は、初めに用紙に手書きで書いて、パソコンに入力する形でした。それが、昨年は、パソコンが全て撤去されて、手書きした上で、自分のスマホに入力する形になりました。そしたら、今年は、何と、手書きがなくなりました!いきなり、そのまま、スマホに金額等を入力していくのです。そのスマホに入力する前に、昨年でしたら、電子申告e-TAXの16桁の利用者識別番号とパスワードを入れるだけでよかったのに、今年は、マイナンバーカードをスマホで読み取る手続きが必要になっていたのです。読み取りリーダーはいらず、スマホに「マイナポータル」アプリをダウンロードしておけば、スマホをカードの上に置いて簡単に読み取ることが出来ます。

 全ての入力が終われば、昨年でしたら、「印刷」にかけて、書類になった紙を係りの人に提出していましたが、今年はその印刷がなくなっていたのです。「送信」ボタンを押して完了です。まさに、ペーパーレスです! えっ?これで大丈夫かいな?てな感じでした。

 これなら自宅でも出来そうで、国税庁も自宅でスマホによる登録と提出を推奨しておりますが、やはり、途中で色々と分からないことが沢山出てくるんですよ、これが。私も、会場の係りの人に何度も何度も聞いて、手取り足取り教えてもらいました。やはり、自宅で一人でやっていたら、分からなくなるとパニクってしまいますから、会場で係りの人から教えてもらいながら申告するのが一番です。また来年も、LINEで予約して会場まで足を運ぶことにしました。

 年々、だんだん、申告のやり方が簡略化されていますから、来年の確定申告はどう変わるのか、今から楽しみですね(笑)。

【追記】2023.2.7

 「女性セブン」などによると、資産家の情報を売る「闇の名簿屋」なるものが存在して、奴らは情報をどうやって収集するかと言うと、中古品の買い取り業者から資産状況や金庫の在り処などを把握し、引っ越しやリフォーム業者から部屋の間取りなどをキャッチするようです。高額商品が当たるからといって、安易にアンケートに応えたりすると情報がダダ洩れになることでしょう。とにかく、騙されないよう気を付けるしかありません。

友情について

  杉田敏先生(と勝手に呼ばせて頂きますが)の「現代ビジネス英語」は、NHKラジオ講座は終了してしまいましたが、引き続き、季刊で、ネットやアプリで聴ける講座が続いています。私も2021年春号からずっと聴き続けておりますが、これ以上の教材はないと思うぐらいいつも感心しながら勉強しております。

 今、ネットで聴いているのは、Lesson14「Let’s talk to strangers」の巻ですが、この中で、新型コロナのパンデミックで、友人と会う機会がなくなり、友人関係を解消する話まで出て来ます。例えば、こんなフレーズです。

 During lockdown, I let go of a couple of friendships that had been withering on the vine, as it were.

この文章を辞書なしで理解出来る日本人は相当レベルが高い人です。正直、私はさっぱり分かりませんでした。イディオムを知っていれば簡単で、let go of ~ は、「手放す」「解消する」といった意味。withering on the vine は「葡萄の木の上でしおれていく」ということから、「だんだん薄れていく」という意味です。ということは、

 私は、ロックダウン期間中は、だんだん関係が薄れていった何人かの友人たちとは連絡を取らなくなりました。

 といった意味でしょう。ズバリ、「絶交しました」と訳していいかもしれませんが、ちょっときつくなるとはいえ、意味は同じです。つまり、SNSで友達が100人いようが、100万人いようが、真の友はそれほどいるもんじゃない、ということです。こんなフレーズも出て来ます。

 One friend in a lifetime is much; two are many; three are hardly possible.

 米国の歴史家・作家のヘンリー・アダムズ(1838~1918年)の言葉らしいですが、「生涯で一人の友人を持てれば十分だ。二人は多い。三人はありえない」といった意味です。

 実は、私自身も昨年、パンデミックのせいではありませんが、withering on the vine した何人かの友人たちとlet go of した事件があったので、驚愕してしまったのです。まるで、杉田先生に見透かされた感じだったからです。杉田先生は予言者ではないか、と思ったぐらいです。

 何でその友人との関係が崩れたのか、恐らく、その友人はこのブログを見ているので、ここでは理由は書きませんが、またさらに複雑なことが起きて、いい加減に嫌になりました(笑)。そんな苦い経験と同じようなことが、テキストの文章の中に発見して、またまた驚愕してしまいました。

 I found myself resetting my friendship button. I realized that I don’t need to be around chronic complainers and naysayers. I was tired of dealing with people for whom something is always wrong, out of place, or not up to their impossibly high standards. They suck up your energy. I want to maintain a positive attitude.

 この文章なら皆さんも辞書なしでお分かりでしょうから、翻訳しませんが、まるで私の気持ちを少し代弁してくださっているようで、本当に驚愕してしまったわけです。杉田先生は千里眼です。

東久留米市

思わず同情したくなる超人的牢破り=斎藤充功著「日本の脱獄王 白鳥由栄の生涯」

 皆様も御存知のノンフィクション作家、斎藤充功氏から出版社を通じて、本が拙宅に送られてきました。出版社は神田神保町にある論創社。事前に何の御連絡もなかったので、何事かと思ったら、「謹呈 著者」のしおりが一枚だけ入っておりましたので、有難く拝読させて頂きました。

 「日本の脱獄王 白鳥由栄の生涯」という本です。2023年2月1日初版となっておりますが、昨日(1月30日)の時点で既に読了しました(笑)。斎藤充功氏には「日本のスパイ王 – 陸軍中野学校の創設者・秋草俊少将の真実」(GAKKEN)という名著がありますけど、「日本の王」というタイトルが著者の大好物のようです(笑)。

 脱獄王といえば、4回も牢破りをした傑物が昭和初期にいて、私も昔、吉村昭(1927~2006年)の小説「破獄」(岩波書店、1983年初版)を読んで驚嘆したことがあります。小説では、主人公の名前は佐久間清太郎となっておりましたが、斎藤氏の本は、「日本の脱獄王 白鳥由栄の生涯」です。あれっ?どゆこと? これは、実在の人物の本名は、白鳥由栄で、吉村昭は、この白鳥をモデルに小説にしたものでした。(実は、斎藤氏のこの作品が書籍化されるのは、これが3度目です。最初に1985年に祥伝社から出版され、続いて、1999年に幻冬舎アウトロー文庫となり、そして今回です。)

 吉村作品と斎藤作品との違いは、フィクションかノンフィクションの違いにありました。その点について、御年81歳になられる斎藤充功氏が面白い逸話をメールで知らせてくれました。

 吉村作品は小説なので主人公は創作です。拙著は吉村作品(岩波書店)と、ほぼ同じ時期に刊行され、当時「小説」と「ノンフィクション」の違いが話題になった作品です。吉村さんとはこの作品が御縁になって、それ以来、交流が続きました。小生の作品の中で関心を持って頂いたのは「登戸研究所と中野学校」でした。ご本人も中野学校に関心大でしたが、残念ながら、「小説」は未完に終わりました。
 生前、吉村さんの井之頭公園の自宅で数十回会い、「小説」と「ノンフィクション」の違いについて大いに語りあった思い出があります。斎藤(※一部字句を改めております)

 へー、そうだったんですか。実に興味深いお話です。これも、小生が直接、著者の斎藤氏と面識があるからこそ得られた情報ですね。

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 さて、本書はとにかく読んで頂くしかありません。私もこの本を読むと、途中で喉がからからに乾いたり、狭いじめじめした薄暗い独房の中に閉じ込められて、閉所恐怖症になったような感覚に襲われました。

 脱獄王・白鳥由栄は1907年、青森県生まれ。33年に青森市内で強盗殺人の罪を犯すなど逮捕され、青森刑務所に留置。36年、ここを脱獄(1回目、28歳)。3日後に逮捕され、37年、宮城刑務所に移監。この後、東京の小菅刑務所を経て、41年に秋田刑務所に移監。翌年、ここも脱獄(2回目、34歳)。3カ月かけて東京・小菅に戻り、「待遇改善」を訴えて自首。43年、極寒の網走刑務所に移監。翌年、また、何とここも脱獄(3回目、37歳)。2年間、敗戦も知らず、山中の洞窟などで生活し、北海道砂川町で再び殺人を犯し逮捕。47年、札幌刑務所に移監。翌年、やれやれ、ここも脱獄(4回目、39歳)。翌年、札幌市内で逮捕され、48年、GHQの命令により、東京・府中刑務所に移監。61年、模範囚として仮出獄。79年、三井記念病院で心筋梗塞のため死去、行年71歳。

 ざっと、簡単に白鳥の略歴を並べました。これだけでは、白鳥は、殺人などの大罪を犯した極悪非道人で手の付けられない悪党と思われがちですが、本書を読むと、殺人の中でもやむにやまれぬ正当防衛的な情状酌量の余地があり、脱獄したのも、手錠や足枷を付けられ最低の食事しか与えられない待遇最悪の奴隷以下の独房生活の境遇をどうしても改善させたいという欲求が動機の一つにあり、白鳥の人間性に同情したくなります。

 著者の斎藤充功氏は、人一倍、この白鳥由栄に興味を持ち、4年以上、本人を探しまくり、1977年11月、御徒町にある三井記念病院に入院していた白鳥にやっと会うことが出来ます。それから、彼は何度も取材を続け、抜群に記憶力に優れた白鳥から脱獄の方法や脱走経路、逃亡先の生活などを聴きまくり、白鳥だけでなく、当時の刑務官や弁護士らも探し当てて取材し、まとめたのがこの労作だったのです。1977年といえば、著者の斎藤充功氏はまだ30歳代の若さです。怖いもの知らずで突撃取材したのでしょう。ノンフィクションというより、歴史的証言とも言うべきルポルタージュといった方が相応しいです。

自社株を環境保護団体に寄付した創業者=パタゴニアのシュイナードさん

 本日は下世話なファッションの話をー。

 年を取ると、どうもファッションに関心がなくなり、着るものに関しては無頓着になってしまうものです。今さら、モテるわけでもなく、仕事もなくなれば、「着た切り雀」になることでしょう。

 私もその一人でした(過去形)。固有名詞を出しては申し訳ないですが、近年は、ほとんどユニクロで間に合わせておりました。下着からワイシャツ、ダウンジャケットに至るまでです。ユニクロの柳井さんに対して、こんなに貢献している人は他にいないぐらいです(笑)。

 それが、あるきっかけで、もうユニクロは卒業させてもらうことにしたのです。はっきり書きますが、XLの大きさにしても、下着のトランクスのゴムがきつく、布の質がイマイチなのか、装着感が、ゴワゴワして少し擦れる感じなのです。そこで、天下の伊勢丹で売っている某社の高級トランクスに代えたところ、値段は倍以上でしたが、ゴムは全然きつくなく、履いていても擦れる感じ全くなく、実に爽快だったのです。

 お金は、死んであの世に持っていけるわけではありませんから、ケチケチ過ごすことが馬鹿らしくなってきました。下着だけでなく、もう少し、ちゃんとした衣類を着よう、と思ったわけです。人は90%見かけで判断しますからね。でも、いい加減年を取ると、相応しいファッション・ブランドがなかなか見つかりません。

 昔は、つまり若い頃は、「ポパイ」や「ホットドッグ・プレス」なんかを買って、当時全盛期だったテニスのビヨルン・ボルグが着用していたフィラや、ジョン・マッケンローが着ていたセルジオ・タッキーニなどを無理して買って、よく着ていたものでした。それらは、昔は、かなり高級ブランドでしたが、今では、そこら辺のスーパーでも売っているぐらい、格が落ちてしまいました。高級ブランドのジヴァンシーが、トイレのスリッパまで作るようになったのと同じ路線です。

 何の話でしたっけ? そうそう、シニア向けのブランドと言えば、有名なパパスとかありますが、あまりにもあからさまで「爺むさい」感じがするので、仕方なく、昔よく買っていたラコステのポロシャツやズボンで間に合わせることにしました(価格はユニクロの2.5倍以上)。この他、1877年にノルウェーで創業された老舗のヘリー・ハンセンというブランドが、漁師向けで防寒に優れて耐久性もあり、品質が良いという噂を聞いて、リュックサックやダウンジャケットなども取り揃えました。

 それでも、何か物足りないような、引っ掛かるような感覚がありました。私は電車通勤をして、会社のある銀座の街中を歩いておりますが、車内や街行く人のファッションのブランドを眺めてみると、男性も女性も圧倒的にノースフェイス THE NORTH FACEが多いですね。今は冬なので、そのノースフェイスのダウンを着ている人ばかり見かけます。私はへそ曲がりですから、(全く恨みはありませんけど)皆が着ているノースフェイスだけは恥ずかしくて着られません。

東銀座

 そんな折、本日のことですが、東京新聞が朝刊1面トップで、「米アウトドア用品『パタゴニア』創業者 自社株ほぼすべて環境団体に 地球を救う経営を」と題した記事を掲載しておりました。何と1面トップですよ! ウクライナ戦争でもなく、昨今の物価高の話でもなく、防衛費増額問題の話でもなく、ファッション業界の創業者の話です。

 最初、大変失礼ながら、「また売名行為かぁ?」と読む気がしなかったのですが、読んでいくと、こんな素晴らしい経営者はいないと確信しました。創業者のイボン・シュイナードさん(84)は、もともとロッククライマーで、登山用具の鍛冶屋だった経験も生かして1973年に「パタゴニア」(本社=米加州ベンチュラ)を設立します。現在、世界で1300億円以上の売上高を誇る企業に成長させました。しかし、もともとは職人さんですから、金儲けには大して関心がなかったようです。自身と家族が保有する約3900億円もの自社株を環境保護団体に寄付してしまったのです。その理由は、気候変動の危機感があり、「死んだ星では何もできない」ことを悟ったからだといいます。シュイナードさん御自身、パタゴニアという会社をこれから先、200年は続けてもらいたいという希望があるからこそ、どうすれば良いか考えた末、環境保護団体に寄付を決めたというのです。

 いやあ、なかなか出来ないことです。しかも、大富豪らしからず、社長さんなのにお抱え運転手はおらず、飛行機はエコノミークラス。同じ家に50年以上妻と一緒に住み、携帯電話も通話以外使わない。ほぼ毎日、中古で買った日本車スバル・アウトバックを自ら運転して出勤しているというのです。

 しかも、2011年の感謝祭翌日の大規模セールで、「自社商品を買わないよう」キャンペーンを張ったといいます。「そのジャケットは本当に必要なのか。必要で買ってくれるなら永久に保証する。不具合が出たら修理する。体形が変わって着られなくなったら、買ってくれる別の人を探す。使い古されて完全に使えなくなったら送り返してほしいというメッセージだった」とシュイナードさんは振り返ります。勿論、地球環境問題に配慮した考え方です。

 この記事を読んで、私は、いっぺんにシュイナードさんと、彼の理念が反映されているパタゴニアのファンになってしまいました。パタゴニアは登山用品専門かと思っておりましたら、検索してみたら、街中でも着られるジャケットやパンツ(私の世代ではズボンと言います)やダウンや帽子など品数多く揃っておりました。

 今まで一度も買ったことがありませんが、これからは、シニアでも着られる(と思われる)パタゴニアの衣類を少しずつ買い揃えてみようかなあ、と思っております。(あくまでも、これは宣伝記事ではありません。我利我利亡者が蔓延るビジネスの世界で、シュイナードさんの理念と行動に感動した話でした)