おっとろしい未来地獄絵=「農業は国家なり」なのでは?

 大変ショッキングな番組を見てしまいました。昨年11月に放送されたものですが、見逃していて、たまたま見た再放送番組です。NHKスペシャル「混迷の世紀 第4回 世界フードショック 〜揺らぐ『食』の秩序〜」という番組です。

 ウクライナ戦争はもうすぐ24日で1年となりますが、その影響で世界中の穀物が高騰し、食糧危機に陥っているというドキュメンタリーです。世界第3位の経済大国日本だって、その蚊帳の外にいられるわけがありません。何しろ、日本の食料自給率はわずか38%(2019年、カロリーベース)で、食料の6割以上を輸入に頼っている現実があるからです。昨夏以来、パンやお菓子や冷凍食品など日本の物価が急激に高騰したのも、輸入に全面的に依存している小麦やトウモロコシや油脂などが高騰した影響なのです。

 それが、これまでのやり方のように、札束を積めば輸入できるならまだましな方で、これからは、トランプ流の「自国民ファースト」の時代になり、まず自国民に十分行き届かせた上で、その余った分をやっと輸出に回す。しかも、最も高額の金額を提示した外国だけに輸出する、といった現実を如実に活写していたのです。(昨年5月末から、インドは小麦、インドネシアはパーム油の輸出を禁止し、世界で取引される食料と飼料の17%が影響を受けたといいます=2023年2月23日付朝日新聞朝刊)

 番組では、日本の全農系の穀物会社の副社長が、世界中を回って穀物確保に苦悩するさまが描かれていました。当初は、全農系の穀物商社を米国に設置しておりましたが、米国の農家は、もっと高い売り手先を見込んで、なかなか日本に売りたがらなくなりました。ちなみに、穀物には、人間様が食べる大豆、小麦などだけでなく、家畜が食べる飼料や肥料なども含まれます。

 仕方がないので、副社長はカナダのアルバータ州の穀物会社に飛んでいきますが、そこで見せられたのは、空っぽの穀物倉庫です。その年は干ばつ等で生産量が少なかったせいもありますが、自国で消費されたか、もっと高額の売り手先に既に輸出してしまっていたのです。

 これでは仕方がない。北米が駄目なら、南米に行くしかない。ということで、副社長さんは、今度はブラジルに飛びます。そしたら、何んともまあ、中国最大の穀物・食品企業であるコフコ(中糧集団)という国有企業が既に全ブラジルの農家と大豆やトウモロコシなどの穀物を抑えていて、目下、1500万トンを輸出できる穀物コンビナートを港に建設中だったのです。中国は、ブラジルの穀物企業も買収してコフコの子会社化しておりました。「遅かりし由良助」です。(中国は、既にブラジルに8000億円も投資しているそうです。)

 驚いたことに、コフコは、ブラジルの農家に穀物の種子だけでなく、肥料まで提供し、荒野で作物が育たなかったアマゾンの奥地のマットグロッソ州の土地までも農地に変えていたという場面(地図だけですが)がチラッと出てきたのです。マットグロッソと聞いて、私は飛び上がるほど驚いてしまいました。何という偶然の一致! 目下、レヴィ=ストロース著「悲しき熱帯Ⅱ」(中公クラシックス)を読んでいたからです。この本では、著者が1930年代後半にマットグロッソ州の先住未開人ナンビクワラ族のもとを訪れ、その生態を事細かく描いていたのです。ナンビクワラ族は先住民の中でも最も極貧に近い生活を強いられています。裸で地面の上で寝起きして、作物があまり育たない荒野を移動しながら狩猟採集生活を細々と続けているのです。

 この本で描かれたナンビクワラ族の生態は今から80年以上昔の話ですから、現在、どうなったのか? まさか、絶滅したかもしれないなあ、と私は思いながら、マットグロッソ州とともに記憶の奥に留めていたのです。そして、現地に行かなければ確かめようがありませんが、ナンビクワラ族は今では数十人だけが生存して狩猟採集生活を続けているようで、この番組を見て、もしかしたら、彼らの一部が農家に転じていたかもしれないと勝手に思ったわけです。

 いずれにせよ、13億人の人口を抱える中国共産党の食料戦略は、感服するほど見事ですね。中国の食料自給率は約98%もあるというのに、です。番組では、このような戦略のことを「食料安全保障」という言葉を使っていました。安全保障は、何も軍事や防衛の話だけではなかったのです。人類の最終的、究極的問題は、最後は食料問題に行きつくことになります。過去4000年間、人類の戦争は食料問題がきっかけに起こったという学者もいました。(18世紀の仏革命も、マリー・アントワネットが「パンがなければケーキを食べればいい」という発言に民衆の革命精神に火が付いたという俗説を思い出しましたが、後世の作り話だという説もあります。)

 番組では、飼料が高騰して、日本の酪農家や養鶏農家の皆さんが「これ以上やっていけません」と絶望していて、私も危機が身近に迫っていることを感じました。これで話が終わってしまえば、身も蓋もないことになってしまいますが、番組のキャスターがフランスの経済学者ジャック・アタリ氏に処方箋を聞いていました。アタリ氏は、食料自給率を上げるためにも、日本はもっと農業を社会的にも報酬的にも魅力的にすべきだ、といった趣旨の発言をしておりました。

 ビスマルクは「鉄は国家なり」と言いましたが、今は「農業は国家なり」と言った方が正しいかもしれません。

【追記】

 2023年2月23日付朝日新聞朝刊1面では「餌が消え鶏が消えた 輸入頼るエジプト」という記事を掲載していました。新聞も負けていませんね(笑)。それによると、エジプトでは昨年10月、トウモロコシや大豆の配合飼料の価格が1.8倍も急騰し、多くの養鶏業者が廃業に追い込まれたといいます。エジプトは、世界最大の小麦輸入国で、昨年までその8割をロシアとウクライナから輸入してきたといいます。石油などエネルギー価格も高騰したことから、エジプトの外貨準備高は急減し、まさかですが、デフォルトの危機になりかねません。

 それなのに、日本のテレビは、相変わらず「大食い競争」だの「行列が出来る飲食店」などグルメ番組ばかりやっています。特別に危機感を煽る必要はありませんけど、大丈夫かなあ、と思ってしまいます。

日銀植田新総裁に期待したい

  昨日は、久しぶりに国際経済ジャーナリストのM君と一緒に築地でランチをしました。食事の後、お茶した時に、私が最近凝っている「地球46億年」の歴史の話をしたら、彼は、超大陸パンゲアも、大陸移動説を唱えたアルフレッド・ウェゲナーも、インド亜大陸が北上してユーラシア大陸と激突して、ヒマラヤ山脈が出来た話など、何もかも知っていたので、吃驚してしまいました。

 M君はかなりの読者家ではありますが、経済本に偏っているきらいがあったので、地球史まで会得していたとは感心してしまったわけです。いや、私自身が不勉強に過ぎなかったかもしれませんが(苦笑)。

東久留米「そば処くるみ」天麩羅力蕎麦700円

 さて、今年4月、黒田東彦氏の後任として就任する日本銀行総裁に、経済学者(共立女子大教授、専門はマクロ経済学、金融論)の植田和男氏(71)が指名され、大きな話題になっています。学者出身の総裁トップは戦後初めてらしいですね。

 黒田総裁が10年間も推し進めた「異次元の金融緩和」の副作用の後始末をどうするのか?ー2月15日付毎日新聞朝刊では、これまで、日銀総裁といえば、財務省と日銀出身者が交互にたすき掛けにトップを務めてきたのに、今回は「貧乏くじ」で財務省も日銀も辞退し、「本命が次々と消えていった」舞台裏を活写しておりますね。

 金融緩和の修正を急げば、市場は大混乱してしまうわけです。だから、戦後初の学者出身の総裁が生まれたわけですか…。

 しかし、学者出身の中央銀行総裁は、海外ではそれほど珍しいものではありません。ベン・バーナンキ元FRB(米連邦準備理事会)議長もその後任のジャネット・イエレン前議長(現米財務長官)も、欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ前総裁(イタリア前首相)もインド中銀のラグラム・ラジャン元総裁も学者出身です。このうち、バーナンキ、ドラギ、ラジャンの3氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)出身で、新総裁になる植田氏もMITで経済学博士号を取得しており、3氏とは同窓で意見交換もしている仲だと言われます。

 植田新総裁の経歴はちょっと変わっており、東大理学部数学科出身だそうで、経済学に転向して、MITに留学したというわけです。

 日銀の政策は富裕層だけでなく、庶民の生活も左右しますから、植田新総裁には是非とも適切な舵取りを御願いしたいものです。と、ありきたりの文章で締めくくるのは嫌ですが、私の人智の及ばない話でもありました。

防衛費増額で社会保障費も減額になるのか?

丸亀製麺(本社が丸亀市ではなく、神戸だとは!)天麩羅きつね饂飩1000円

 1月下旬の毎日新聞による世論調査で、岸田内閣の支持率が27%と「危険水域」になっている中、1月23日に第211回通常国会が召集されました。

 比較的穏健な平和主義でハト派と言われる宏池会の岸田首相は、施政方針演説で防衛費増額や原発再稼働を示唆しましたから、もうハト派なんちゅう看板は降ろして、ゴリゴリの保守主流のタカ派で安部派(清和会)の遺髪を継ぐことをはっきり表明すべきだと思いました。

 防衛費増額の財源をどうするかについて、はっきり言わなかったので、「増税か!?」と野次が飛んでいました。そんだけでは足りないので、社会保険料の引き上げまで模索している(毎日新聞、1月24日付朝刊一面)といいますから、私も頭に血が上って、筆を執ることに致しました。

warm

 サラリーマン生活を長く続けると、税金や社会保険料は給料から毎月天引きされるので、その内容や額にほとんど関心を持たない人も多いと思います。私もその一人。税金と社会保険料の区別さえ付いておりませんでした(苦笑)。まさに、ステルス戦略に引っかかっていました。

 財務省によると、税金には、「国税」と「地方税」の2種類があり、国税の代表的なものが、「所得税」「法人税」「消費税」「酒税」「たばこ税」など。地方税は、「住民税」「固定資産税」などです。一方、社会保険とは、「厚生年金保険」「健康保険」「介護保険」「雇用保険」「労災保険」の五つのことで、年金などにも充てられます。

 ということは、ざっくり言えば、増税とは、もう今のところ、もう上げたばかりの消費税は上げられないから、天引きで隠された所得税や住民税辺りから侵攻し、社会保険料引き上げというのは、厚生年金保険料などを露骨に正々堂々と引き上げるということなのでしょう。民間ではなく、お上が決めたこととなると、論駁も反対も出来ず、黙って支払わなければならないことになります。いや、知らずに天引きされていて、いつの間にか随分と多めに引かれていたなあ、と後から気が付くだけなのかもしれません。手遅れですけど。

duck vs dog

 先述の毎日新聞の世論調査では、防衛費増額の財源として増税には反対している国民が68%も占めたといいます(賛成22%、分からない10%)。しかし、それは、矛盾といいますか、無責任でしょう。もし、防衛費増額に賛成するなら増税を甘んじるしかないでしょう。そうでなくても、国債の発行残高が増え続けており、今年度末に初めて1000兆円を突破する見通しと言われてますから、これ以上、国債に頼るのは狂気の沙汰です。子孫にツケを残すという意味でも無責任です。

 防衛費増額とは、電気代、ガス代などの公共料金や物価が目の玉が飛び出るほど値上がりする昨今、増税と同時に、生活保護や障碍者手当などの社会保障費や年金の減額まで甘んじて受け入れることに直結することを肌身に感じて、もう一度考え直すべきだと私は思っております。マスコミが周辺国の脅威を煽り立てているので、少数意見かもしれませんが。

 最近の日本人はあまり歴史の勉強をしないので、分からないかもしれませんが、軍拡競争に明け暮れた末、破滅した戦前の日本を思い起こすべきです。

細部に宿る意外な人脈相関図=平山周吉著「満洲国グランドホテル」

(つづき) 

 やはり、予想通り、平山周吉著「満洲国グランドホテル」(芸術新聞社)にハマって、寝食を忘れるほど読んでおります。昭和時代の初めに中国東北部に13年半存在した今や幻の満洲国を舞台にした大河ドラマです。索引に登場する人物だけでも、953人に上ります。この中で、一番登場回数が多いのが、「満洲国をつくった」石原莞爾で56回、続いて、元大蔵官僚で、満洲国の行政トップである総務長官を務めた星野直樹(「ニキサンスケ」の一人、A級戦犯で終身刑となるも、1953年に釈放)の46回、そして昭和天皇の32回が続いています。

 私は、この本の初版を購入したのですが、発行は「2022年4月20日」になっておりました。それなのに、もう4月30日付の毎日新聞朝刊の書評で、この本が取り上げられています。前例のない異様な速さです。評者は、立花隆氏亡き後、今や天下無敵の「読書人」鹿島茂氏です。結構、辛口な方かと思いきや、この本に関してはかなりのべた褒めなのです。特に、「『ニキサンスケ』といった大物の下で、あるいは後継者として働いた実務官僚たちに焦点を当て、彼らの残した私的資料を解読することで満洲国の別のイメージを鮮明に蘇らせたこと」などを、この本の「功績」とし特筆しています。

 鹿島氏の書評をお読みになれば、誰でもこの本を読みたくなると思います。

 とにかく、約80年前の話が中心ですが、「人間的な、あまりにも人間的な」話のオンパレードです。「ずる賢い」という人間の本質など今と全く同じで変わりません。明があれば闇はあるし、多くの悪党がいれば、ほんの少しの善人もいます。ただ、今まで、満洲に関して、食わず嫌いで、毛嫌いして、植民地の先兵で、中国人を搾取した傀儡政権に過ぎなかったという負のイメージだけで凝り固まった人でも、この本を読めば、随分、印象が変わるのではないかと思います。

 私自身の「歴史観」は、この本の第33回に登場する哈爾濱学院出身で、シベリアに11年間も抑留されたロシア文学者の内村剛介氏の考え方に近いです。彼は昭和58年の雑誌「文藝春秋」誌上で激論を交わします。例えば、満鉄調査部事件で逮捕されたことがある評論家の石堂清倫氏の「満洲は日本の強権的な帝国主義だった」という意見に対して、内村氏は「日本人がすべて悪いという満洲史観には同意できません。昨日は勝者満鉄・関東軍に寄食し、今日は勝者連合軍にとりついて敗者日本を叩くというお利口さんぶりを私は見飽きました。そして心からそれを軽蔑する」と、日本人の変わり身の早さに呆れ果てています。

 そして、「明治11年(1878年)まで満洲におったのは清朝が認めない逃亡者の集団だった。満鉄が南満で治安を回復維持した後に、山東省と直隷省から中国人がどっと入って来る。それで中国人が増えるんであって、それ以前の段階でいうならあそこはノーマンズ・ランド(無主の地)。…あえて言うなら、満洲人と蒙古人と朝鮮人だけが満洲ネーティブとしてナショナルな権利を持っていると思います。(昭和以降はノーマンズ・ランドとは言えなくなったが)、ロシア人も漢民族も日本人も満洲への侵入者であるという点では同位に立つ」と持論を展開します。

銀座「大海」ミックスフライ定食950円

 また、同じ雑誌の同じ激論会で、14歳で吉林で敗戦を迎えた作家の澤地久枝氏が、満洲は「歴史の歪みの原点」で、「日本がよその国に行ってそこに傀儡国家を作ったということだけは否定できない」と糾弾すると、内村氏は「否定できますよ。第一、ソ連も満洲国に領事館を置いて事実上承認してるから、満洲国はソ連にとって傀儡国家ではない」とあっさりと反駁してみせます。そして、「それじゃ、澤地さんに聞きたいけど、歴史というものに決まった道があるのですか? 日本敗戦の事実から逆算して歴史はこうあるべきだという考え、それがあなたの中に初めからあるんじゃないですか?」と根本的な疑問を呈してみせます。

 長い孫引きになってしまいましたが、石堂氏や澤地氏の言っていることは、非の打ち所がないほどの正論です。でも、当時は、そして今でも少数派である内村剛介の反骨精神は、その洞察力の深さで彼らに上回り、実に痛快です。東京裁判で「事後法」による罰則が問題視されたように、人間というものは、後から何でも「後付け」して正当化しようとする動物だからです。内村氏は、その本質を見抜いてみせたのです。

 この本では、鹿島氏が指摘されているように、有名な大物の下で支えた多くの「無名」実務官僚らが登場します。「甘粕の義弟」星子敏雄や型破りの「大蔵官僚」の難波経一、満洲国教育司長などを務め、戦後、池田勇人首相のブレーンになり、世間で忘れられた頃に沢木耕太郎によって発掘された田村敏雄らです。私もよく知らなかったので、「嗚呼、この人とあの人は、そういうつながりがあったのか」と人物相関図が初めて分かりました。 

 難点を言えば、著者独特のクセのある書き方で、引用かっこの後に、初めてそれらしき人物の名前がやっと出てくることがあるので、途中で主語が誰なのか、この人は誰のことなのか分からなくなってくることがあります。が、それは多分私の読解力不足のせいなのかもしれません。

 著者は、マニアックなほど細部に拘って、百科事典のような満洲人脈図を描いております。細かいですが、女優原節子(本名会田昌江)の長兄会田武雄は、東京外語でフランス語を専攻し、弁護士になって満洲の奉天(現瀋陽市)に住んでいましたが、シベリアで戦病死されていたこともこの本で初めて知りました。こういった細部情報は、ネットで検索しても出てきません。ほとんど著者の平山氏が、国会図書館や神保町の古書店で集めた資料を基に書いているからです。そういう意味でも、この本は確かに足で書いた労作です。

思考停止の私と鈴木商店の話=武田晴人著「財閥の時代」

 すぐ、本や社会的事件に影響を受けてしまうのが私の職業病であり、悪い癖です(笑)。

 ロシア軍による非人道的なウクライナ戦争のおかげで、確かに悲観的になってはおりますが、長年の菩薩さまのような修行のおかげで、どういうわけか、精神的には安定しています。最大の秘訣は、若い時のように悩まないようにしたことです。考えないことにしたのです。

 「思考停止じゃん」と批判されようが、それでいいのです。かつては「内なる声を聞け」と自分に言い聞かせていたことがありました。しかし、人間は判断を間違えたり、記憶違いしたりします。それよりか、「ホモ・デウス」のハラリ氏の言う通り、人工知能やアルゴリズムに任せた方が正確で間違いないかもしれません。

 AIを使えば、もう「ランチは何しようか?」「服は何を着ようか?」なんて迷うことはありません。とは言っても、人間の自由とは、何を選ぶか、といった選択権の自由が大半を占めているので、AIに任せてしまえば、自由の放棄であり、人間性の放棄になります。そんなんで良いのか? そもそも、その人間性とは一体何なのかー?

 答えはすぐ出て来ないので、只管、勉強して知識を更新していくしかありませんね。

 ということで、今は読みかけて中断していた本を再開しています。武田晴人著「財閥の時代」(角川ソフィア文庫、2020年3月25日初版)です。この本は国際経済ジャーナリストの友人から薦められたのですが、面白いですね。

 幕末明治の財閥の歴史から筆を起こし、今は昭和初期に入ってきました。財閥といえば、「天下無敵」でプーチンのように向かう所、敵なし、といった感じかと思っていたら、結構、経営者の判断ミスで倒産した財閥もかなり多かったんですね。我々は勝ち残ったものしか見ていませんからね。

 かつては三井物産、三菱商事と並ぶ勢いのあった鈴木商店の倒産はあまりにも有名ですが、豆粕相場に手を出して失敗した古河商事や、三井、大倉組と並ぶ三大商社とも言われた機械関係の商社・高田商会、このほか、久原商事や藤田銀行、そして東京渡辺銀行、中井銀行、左右田銀行といった大手が関東大震災や金融恐慌などの煽りを受けて休業・倒産したことをこの本で知りました。

ムスカリ

 この中で、特に取り上げたいのは、やはり鈴木商店です。御存知ない方もいらっしゃるかもしませんが、この鈴木商店の流れを汲む直系、傍系の大企業が現在でも大活躍しています。安倍元首相も勤務した神戸製鋼、帝人(帝国人造絹糸)、双日(日本商業会社⇒日商岩井)、J-オイルミルズ(豊年製油)、ニップン(日本製粉)、富士フイルム(大日本セルロイド)、IHI(播磨造船所、鳥羽造船所)、サッポロビール(帝国麦酒)、出光興産(帝国石油、旭石油)、太平洋セメント(日本セメント)、東京電力(信越電力)等々です。(カッコ内は鈴木商店時代)

 鈴木商店は、明治初めに鈴木岩治郎・よね夫妻が神戸で開業した輸入砂糖を扱う小さな商店でした。岩治郎が早い時期に亡くなったため、経営は、金子直吉、柳田富士松ら番頭に任されました。日清戦争後に割譲された台湾との取引で、鈴木商店は大飛躍します。目を付けたのは台湾産の樟脳でした。樟脳といえば、私自身は防虫剤ぐらいしか思いつかなかったのですが、調べてみたら、カンフルとも呼ばれ、興奮剤にも使われます。カンフル剤とは樟脳剤のことだったんですね。ほかに、香料や防臭剤、それに火薬やセルロイドの原料にも使われます。用途抜群なので、これで鈴木商店は売上を伸ばしていたのです。

 鈴木商店はその後、製鋼、人絹、電力、オイル等業種を拡大して三井、三菱と肩を並べるほど大成長しました。それが倒産に追い込まれた原因は債務超過でした。番頭の柳田富士松も亡くなり、金子直吉に全ての権限が集中する独裁体制になり、財務管理が行き届かなくなりました。過剰な融資は、台湾銀行から受けていました。台湾銀行は政府系の植民地中央銀行です。関東大震災後、鈴木商店は、台湾銀行を経由した震災手形の割引で大量に政府資金を受けていたことから、「鈴木商店は、政府からの救援で延命している」と批判されるようになりました。

 結局、台湾銀行による新規貸し出しが停止された鈴木商店は、昭和2年4月上旬に閉店に追い込まれました。昭和2年は、片岡直温蔵相の不穏当な発言により、東京渡辺銀行の取り付け騒ぎが起こるなど、昭和金融恐慌が勃発した年でした。

 うーん、またまた衒学的(ペダンチック)な話になってしまいましたね。誰かさんからまた怒られそうです。

【関連記事】

・2022年3月10日付「政商の正体を知りたくなって=武田晴人著「財閥の時代」を読んでます」

非生産的活動の象徴ピラミッドこそ後世に利益を齎したのでは?=スミス「国富論」とハラリ「サピエンス全史」

 読みかけのアダム・スミスの「国富論」を中断して、ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」(河出書房新社)を読んでおりますが、下巻の134ページ辺りから、このアダム・スミスの「国富論」が出てきて、「おー」と思ってしまいました(笑)。

 何と言っても、解説が分かりやすい! 「国富論」は超難解で、どちらかと言えば、つまらない本だと思っていたのですが(失礼!)、それは我々現代人が、当たり前(アプリオリ)だと思っていることが、実は、スミスの時代では非常に画期的で革命的思想だということをハラリ氏が解説してくれて、目から鱗が落ちたのです。

 スミスが「国富論」の中で主張した最も画期的なものは、「自分の利益を増やしたいという人間の利己的衝動が(国家)全体の豊かさの基本になる」といったものです。これは、資本主義社会の思想にまみれた現代人にとっては至極当たり前の話です。しかし、スミスの時代の近世以前の古代の王も中世の貴族もそんな考え方をしたことがなかった、と言うのです。

 まず、中世まで「経済成長」という思想が信じられなかった。古代の王も中世の貴族も、明日も、将来も行方知らずで、全体のパイは限られているので、他国に攻め入って分捕ることしか考えられない。そして、戦利品や余剰収穫物で得た利益をどうするかというと、ピラミッドを建築したり、豪勢な晩餐会を開いたり、大聖堂や大邸宅を建てたり、馬上試合を行ったりして、「非生産的活動」ばかりに従事していた。つまり、領地の生産性を高めたり、小麦の収穫を高める品種を改良したり、新しい市場を開拓したりして、利益を再投資しようとする人はほとんどいなかったというのです。

 それが、大航海時代や植民地獲得時代を経たスミスの近世の時代になると、利益を再投資して、全体のパイを広げて裕福になろうという思想が生まれる。(そう、アダム・スミスによって!)しかも、借金をして将来に返還する「信用」(クレジット)という思想も広く伝播したおかげで、起業や事業拡大ができるようになり、中世では考えられないような「経済成長」が近世に起きた。

 現代のような資本主義が度を過ぎて発展した時代ともなると、現代の王侯貴族に相当する今の資本家たちは、絶えず、株価や原油の先物価格等に目を配って、利益を再投資することしか考えない。非生産的活動に費やす割合は極めて低い、というわけです。

 そうですね。確かに、現代のCEOは絶えず、株主の顔色を伺いながら、M&A(合併・買収)など常に再投資に勤しんでいかなければなりません。非生産的活動といえば、50億円支払って宇宙ロケットに乗って宇宙旅行することしか思いつかない…。(しかも、それは個人の愉しみで終わり、後世に何も残らない。)

 勿論、ハラリ氏はそこまで書いてはいませんが、確かにそうだなあ、と頷けることばかりです。「サピエンス全史」は、人類学書であり、歴史書であり、科学の本であり、経済学書としても読めます。しかも、分かりやすく書かれているので、大変良い本に巡り合ったことを感謝したくなります。

築地「蜂の子」Cランチ(オムライス)1050円

 ただ、私自身はただでは転ばない(笑)ので、ハラリ氏の論考を全面的に盲信しながらこの本を読んでいるわけではありません。これは著者の意図ではないと思いますが、古代の王や中世の貴族らが非生産的活動しか従事してこなかったことについて、著者の書き方が少し批判的に感じたのです。

 しかし、彼らの非生産的活動の象徴であるエジプトのピラミッドやパリやミラノやケルンやバルセロナなどの大聖堂は、現代では「観光資源」となり、世界中の観光客(異教徒でも!)を呼び寄せて、後世の人に莫大な利益を齎しているではありませんか。

 とはいえ、もうアダム・スミスの「国富論」はつまらない、なんて言えません(苦笑)。それどころか、ニュートンの「プリンキピア」やダーウィンの「種の起源」も読まなくてはいけませんね。

政商の正体を知りたくなって=武田晴人著「財閥の時代」を読んでます

 一昨日の渓流斎ブログでは、「今、10冊以上の本を並行して読んでいます。」と、偉そうにぶちかましてみました。一番古いのが、もう数カ月かけてチビチビと読み進めているアダム・スミスの「国富論」上下巻(高哲男訳、講談社学術文庫)です。そして、一番新しいのが一昨日取り上げたユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」上下巻(河出書房新社)です。その間に途中で摘まみ読みしている本が8冊ほどあるのですが、若くもないのに、よくもそんなことが出来るものかと思われることでしょう。

 その通りです。

 聖徳太子じゃありませんからね(苦笑)。途中で何のことが書かれていたか忘れ、目もシバシバでぼやけて、腰も肩も痛い。まさに、「少年老い易く学成り難し」です。でも、何を読んでも、辛い人生経験のお蔭で若い頃に分からなかったことが理解できるようになりました。

築地・海鮮料理「千里浜」

 特に40歳を過ぎた中年の頃から、会社員の私自身は、不遇の部署ばかりに塩漬けにされ、冷や飯ばかり食べさせられてきたので、虐げられた人々の苦悩がよく分かります(苦笑)。当時は悲憤慷慨して、ルサンチマンの塊になってしまいましたが、過ぎてしまえば、塩漬けも冷や飯も、なかなか「おつな味」だったと振り返ることができます。途中で何度もおさらばしたくなりましたが、「命あっての物種」です。何よりも、私を陥れた最低な人間たちは、気の毒にも、ことごとく早く亡くなりました。

 私の若い頃は、それはそれは純真でしたから、「転向」だの「裏切り」だのがとても許せませんでした。それだけでなく、「心変わり」も「日和見主義」も「勝馬に乗る」行為も許せませんでした。でも、沢山の本を読み、歴史上の人物を具に見ていけば、誰もが明日の行方を知ることができず、右往左往しながら、人を裏切ったり、出し抜いたり、洞ヶ峠を決め込んだりして生き残っていきます。

 もうこうなれば、「心変わり」も「日和見主義」も「優柔不断」も、現生人類(ホモ・サピエンス)の性(さが)だとしか言いようがありませんね。

 今はたった一人の戦争好きの暴君が世界中を引っ掻き回している時代です。

 若い頃から、人間とはそういうものなんだということを達観していれば、入院することもなく、あんなに苦悩まみれにならなかったものを、と今では後悔しています。

 本日は、武田晴人著「財閥の時代」(角川ソフィア文庫、2020年3月25日初版)を取り上げます。摘まみ読みしている本群の中の一冊です。この本は、国際経済ジャーナリストの友人から勧められましたが、長年疑問に思っていたことが少し氷解しました。

 長年の疑問とは、昭和初期に「5・15事件」や「2・26事件」などを起こした青年将校たちが、何故、あれほどまで財閥を敵視していたのか、ということでした。血盟団事件では、三井合名会社理事長の団琢磨(元福岡藩士、米MIT卒。日本工業倶楽部初代理事長、作曲家団伊玖磨の祖父)が暗殺されています。昭和初期は立憲政友会と立憲民政党の二大政党制で、政友会は三井と民政党は三菱と密接に結びついていたことはよく知られています。

 昭和4年(1929年)からの世界大恐慌の余波と東北地方での飢饉、政治家の腐敗という時代背景があり、一連の事件をきっかけに政党政治の終焉を迎え、軍事独裁国家に邁進する起因にもなりました。

 この本では、財閥の成り立ちについて、幕末(江戸時代)から筆を起こしてくれています。「政商」といえば、今ではTさんやMさんらのように、政官にべったりくっついていち早く情報をつかんで抜け駆けして甘い汁を吸う、狡猾で薄汚いイメージが強いのですが、もともとはそんな悪いイメージはありませんでした。むしろ、明治新政府は、欧米列強の植民地にならないように、「富国強兵」「殖産興業」政策を進め、そのためにも政商が必要で、逆に育成しようとさえしたというのです。

 明治の初め、人口の7~8割は農村に住み、農業に従事していました。鉱山開発や鉄道など工業がほとんどなく、基本的には、政府が農民から年貢・地租を取り、この税金を原資に近代化のための施策を行うことによって民間にお金が流れていくという、著者が造語した「年貢経済」システムでした。(P31)

 当時はほとんど年貢で苦しんでいる人ばかりなので、預金する余力はなく、都市にいる職人たちは「宵越しの金は持たない」気風なので、銀行に用がありません。結局、税金(地租)は商人たちが無利子で預かることができる土壌があったわけです。

 これがまさに「殖産興業」につながるわけですね。

築地・海鮮料理「千里浜」鯖塩焼き定食850円

 政商には、三井、鴻池、住友、小野組、島田組といった江戸時代以来の豪商と三菱(土佐の岩崎弥太郎)、古河(近江の古河市兵衛=小野組の丁稚奉公からの叩き上げ)、安田(富山の善次郎)、大倉(新発田の喜八郎)、浅野(総一郎)といった明治に入って勃興する新興財閥があります。現在残っている財閥もあれば、途中で淘汰された財閥もあります。

 淘汰された財閥の典型は、討幕派に援助してのし上がった小野組と島田組ですが、明治7年(1874年)、政府が清国との開戦に備えた軍事費調達で、官公預金の抵当を全額に増額したために破産に追い込まれます。その一方で、三井は三野村利左衛門が大蔵卿の大隈重信と掛け合って難局を切り抜けます。三井だけ助かった理由については諸説あるようです。

 元薩摩藩士で後に大阪商法会議所会頭まで務めた五代友厚は、染料業の失敗(この時、政府から借り受けた準備金約69万円の返納率はわずか8%!)と北海道開拓使払い下げ事件などで事業が頓挫し、五代家の事業は現在ほとんど残っていないといいます。 

勝鬨橋 隅田川

 この他にも、住友を救った番頭の広瀬宰平や、毛利家から莫大な借金をし続けた藤田組の話など、色んな話が出てきますが、話を簡略するために、私が一番驚いたことを書きます。この渓流斎ブログでは何度も取り上げておりますが、1881年に「明治14年の政変」が起きて、大隈重信が失脚します。(三菱財閥と縁が深かった大隈はその後、東京専門学校=早稲田大学を作ったり、立憲改進党を作ったりします。改進党は、憲政会となり、昭和初期の民政党の源流ですから、民政党と三菱との縁が続いたということなのでしょう。一方の三井は、伊藤博文らがつくった政友会とくっつくようになりますが、初期はどこの財閥も維新政府とべったりの関係です。)

 大隈失脚後の中枢政権を担ったのが、伊藤博文と井上馨です。その下で大蔵卿を務めた松方正義は日本銀行を設立し、この日本銀行だけを紙幣発行銀行とするのです。これは、西南戦争などで過剰に発行された政府紙幣や国立銀行券を回収し、紙幣価値を安定させようという目論見があったからでした。

 国立銀行の「国立」とは名ばかりで、全国に153行つくられましたが、例えば第一国立銀行は、三井と、小野組が出資して設立し、渋沢栄一が頭取を務めたように、れっきとした民間銀行です。それまで銀行券を発行する特権があったのに、その特権が剥奪されては倒産する国立銀行が多かったわけです。

 歴史は、政治上の人間の動きだけを見ていては何も分からないことを実感しました。経済的基盤や資金源、お金の流れといったことも重要です。ということで、私が今並行して読んでいる本群は、必然的に経済や社会科学関係の本も多くなったわけです。

市場経済は自由競争により「見えざる手」に導かれ効率的生産を実現=アダム・スミス「国富論」上巻読破

 渓流斎ブログ昨年12月3日付で「予想外にも超難解な書=アダム・スミス『国富論』」を書きましたが、やっと高哲男・九州大名誉教授による新訳(講談社学芸文庫)の上巻(727ページ)を読了し、下巻(703ページ)に入りました。上巻を読むのに2カ月かかったということになります。

 もっとも、毎朝通勤電車の中で10ページほど読むのが精一杯でしたから、それぐらい時間がかかるのは当然です。でも、我ながら、途中で投げ出さず、よくぞここまで我慢して読破したものだと感心しています。

 できれば読書会にでも参加して、専門家の皆さんに色んな疑問に応えてもらえれば、読解力も深まることでしょうが、いかんせん、独学ですから仕方ありません。

 それでも、下巻の巻末にある「訳者解説」は非常に役に立ちます。「なあんだ、スミス先生はそういうことを言いたかったのか」と分かります。この訳者解説に触れる前に、アダム・スミスの「国富論」で最も有名なフレーズで人口に膾炙している「見えざる手」を上巻で発見することができました。

 それは上巻653~654ページの「第四編 政治経済学の体系について」の「第二章 自国で生産可能な財貨の外国からの輸入制限について」の中にありました。引用すると以下のように書かれています。

  つまり、すべての個人は、労働の結果として、必然的にそれぞれ社会の年々の収入の可能なかぎり最大にするのである。事実、個々人は、一般的に公共の利益を促進しようと意図しているわけではないし、それをどの程度促進するか、知っているわけでもない。外国産業よりも国内産業の維持を選択することによって、彼は、たんに自分自身の安全を意図しているにすぎず、その生産物が最大の価値を持つような方法でその産業を管理することにより、彼は、自分自身の利益を意図しているのであって、彼はこうするなかで、他の多くの場合と同様に、見えない手に導かれて、彼の意図にはまったく含まれていなかった目的を促進するのである。

 どうですか? これを読んで、即、頭にすっと入って理解できる方は秀才ではないでしょうか? 煩悩凡夫の私は何度か繰り返し読んで、何となくおぼろげに分かったような分からないような感じです。「国富論」はこのような「名文」に溢れているのにも関わらず、古典として長い間、世界中の人類によって読み継がれてきたわけですから、襟を正して読むしかありません。

 そんな秀才になれなかった人たち向けには「訳者解説」が大いに役に立ちます。国富論の初版が出たのは1776年のことです。第六版が出たのが1791年ということですから、まさに、余談ながら、ちょうど天才モーツァルト(1756~91年)が活躍した時期とピッタリ合うのです。訳者の高哲男氏によるとー。

・18世紀末に「国富論」が高く評価された最大の理由は、スミスが重商的な経済政策、保護主義政策(関税や助成金など)を根本的に批判したからだ。

・19世紀になると農業保護政策が放棄され、英国は自由貿易の旗印の下で世界市場を席捲。基本的に「自由放任」「自由競争」の時代となり、自由競争こそが最も効率的で急速な経済発展を可能にすると主張する「国富論」はもう当たり前の話でお役目御免となり、注目されなくなる。

・19世紀末から20世紀になると、慢性的な低賃金と周期的に襲う不況により、労働組合運動や社会主義運動が高まり、理論的支柱として「国富論」が再度注目されるようになる。

・20世紀半ばになると、「市場の効率性」を強調する産業組織論として解釈されるようになる。やがて市場万能主義に利用され、有効需要創出など政府の完全雇用政策は、インフレを引き起こすだけでなく、労働者に与えた既得権に役立つだけだ、という批判が人気を呼ぶ。

・効率性の観点から「規制緩和」や、自由競争の復権を唱えるネオ・リベラリズムが台頭し、スミスの思想は、市場経済は自由競争にしておきさえすれば、神の「見えざる手」に導かれておのずと最大かつ効率的な生産を実現するから、皆ハッピーとなる、という解釈が施される。

 ということで、「めでたし、めでたし」という話になりますが、訳者の高氏は、「これは全く嘘ではないが、それほど単純ではない」と強調しています。

 私自身は、そんな単純ではない複雑な内容を解明したいがために、下巻を読み続けていきたいと思っています。

 【追記】

 カトリーン・マルサル著「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?」(河出書房新社)が最近売れているそうですね。「我々が食事を手に入れられるのは、肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」と論じたスミスは、生涯独身で、母や従姉妹に周りの世話をしてもらっていたと、著者は指摘。私自身は未読ですが、経済学は万能の科学ではないし、何でも(愛さえも)軽量化して我々を統治するな、といった主張に近いようです。

 これでは、スミス先生も形無しですね。

また輸入米に頼るのか?五輪後不況はやって来るのか?

 南太平洋のトンガ諸島で15日に起きた大規模な火山噴火は、通信が遮断されたため、被害状況が断続的にしか入って来ませんが、8万人の方々が被災したと言われています。お見舞い申し上げます。この噴火で、予想外にも日本にも津波が押し寄せ、南米チリなどにも同じように津波が襲来したということですから、グローバルな規模で影響が広がっています。

 この噴火で心配されるのは、噴煙が成層圏にまで到達してしまったため、太陽が遮られ、夏は冷害となって作物が育たなくなるのではないか、という懸念です。

銀座・昭和通り

 これで思い出すのが、1991年6月、フィリピン・ルソン島のピナトゥボ火山の大噴火です。やはり、噴煙が成層圏に達し、数年に渡って滞留し日射量が減少して、世界各地で異常気象が発生しました。1993年の日本の記録的な冷夏もこの噴火が一因とされ、米の不作で、タイなどからの輸出米に頼らざるを得なくなり、大騒ぎになったことをよく覚えています。

 歴史の教訓から学べば、来年辺り、我が国でも冷害が押し寄せ不作になるかもしれません。同時に「穀物地帯」でもある南米や豪州などが不作になれば、食料自給率が37%(2020年度)と極端に低く、穀物は輸入に頼っている日本は大きな痛手を蒙ることでしょう。

 輸入に頼る家畜の飼料が高騰すれば、物価にも響きます。

◇ 「昭和40年不況」

 歴史の教訓として、もう一つ忘れてはいけないことは、1964年の東京五輪閉会後の大不況です。「昭和40年不況」とも「証券不況」とも言われています。64年にサンウェーブと日本特殊鋼(現大同特殊鋼)、65年には山陽特殊製鋼が倒産し、山一證券の取り付け騒ぎなどがありました。私は子どもの頃でしたが、「サンウエーブの流し台 ♫♩」とラジオで盛んにコマーシャルを流していて、よく知っていたので、倒産のニュースには驚いたことをよく覚えています。

 オリンピックの後に不景気が襲ってくるのは、1976年のモントリオール五輪がよく知られ、大学生だった私もよく覚えています。当時「世界初」と謳われた開閉式屋根の巨大競技場の建設費が予算の6倍に跳ね上がり、五輪全体の赤字は約10億ドル(現在の約1兆円)に膨張し、返済するのに税金で30年も掛かったと言われています。当然、モントリオール市民は、窮屈で暗鬱な生活を強いられたわけです。

銀座「高級芋菓子しみず」

 さて、今回の2021年コロナ禍強行開催の東京五輪後はどうなることでしょうか?「今年は寅年、株式投資のチャンスです!」と踊らされている人も大勢いますが、大丈夫なんでしょうか? 歴史の教訓に学べば、今年は不況の年になることになります。でも、歴史は占いや予言ではないので、必ずそうなるという確証はありません。それに、この3年は、新型コロナ禍で、まさに前代未聞の出来事ばかりありました。歴史の教訓に学ぶとすれば、世界で約1億人の死者を出したと言われる100年前のスペイン風邪(1918~1920年)の影響も加味しなければならないことでしょう。

 私は予言者ではありませんが、これら歴史の教訓から推測すれば、新型コロナウイルスは3年目ということで、今年辺りに収束(終息ではない)するのではないかと思っています。日経平均は2万5000円に暴落するのではなく、3万2000円近く上昇し、乱高下して2万9000円ぐらいで「大納会」を迎えるのではないかと想像し、大手企業の倒産もあるのではないかと危惧しています。

 私の予想が外れることを願っていますし、当たるわけないとも思っています。自分の予想に自信があれば、とっくに経済評論家にでもなっていますよ(笑)。

東急ハンズを買収したカインズは凄い=親会社のベイシア・グループはもっと凄い

鎌倉五山第1位 建長寺

 ホームセンター大手の「カインズ」が、生活雑貨の「東急ハンズ」を買収するというニュースには驚かされました。買収額は非公表でしたが、逆かと思いました。東急ハンズがカインズを買収するのかと思いました。

 それだけ、買い物はあまりしない私でさえ、東急ハンズはよく利用したものでした。特に若かった20代や30代の頃、東京・渋谷や池袋サンシャインシティ通り店にはよく行ったものでした。パーティー用グッズまで買ったことを覚えています(笑)。

 一方のカインズは、個人的には名前を聞いたことがある程度で、近くに店舗がないせいか、一度も行ったことがありません。ビバホームとか島忠だったら行ったことはありますが…。ニトリはホームセンターとは言わないのでしょうか? 家具店、インテリア…?我ながら、基本が分かっていませんね(笑)。

 いずれにせよ、売上高の面では、東急ハンズよりもカインズの方が上回るようです。ちょっと、話が脱線しますが、私自身は東急ハンズのファンなので(ロフトや無印良品などよりも)、先日、昼休みに東急ハンズ銀座店に行って来ました。何を買ってもレジでのポリ袋が有料になったので、「マイバッグ」を買いにいこうとしたのです。銀座店は、複数の階に分かれていて、「マイバッグ」が何処の売り場にあるのか分かりません。最初は、旅行用のボストンバッグなどのバッグ売り場に行ったのですが、見つかりません。そこで、係の50歳ぐらいの男の人に聞いたら、ニコリともせず、迷惑そうな顔をして、そのような代物は下の〇階にある、と、かなりつっけんどんな物言いだったのです。

 その、人を馬鹿にしたような態度には、さすがに「それが客に対する言葉遣いか!」とムッとしましたが、喧嘩してもしょうがないので、黙って引き下がりました。が、同時に「そんな態度ばかりしていたら客離れするぞ!」と内心呪ったのでした。まさか、この私の呪いが効いたんじゃないでしょうね?(笑)。多分、売り上げが低迷していたせいか、奥さんに逃げられたせいか、で彼は客に八つ当たりしていたんでしょう。買収されたら、彼は生き残れるのかなあ?結構、偉い人だったりして…(笑)。

銀座「華味鳥」薬膳御膳ランチ1500円

 さて、天下の東急ハンズを買収したカインズは凄いんですが、その親会社のベイシア・グループはもっと凄いことが分かりました。昔なら、図書館に行ったり、登記所で調べたりしてグループ関連会社を調べるのは大変骨が折れる作業でしたが、今はネットのお蔭で瞬時に分かるのです。

 かなり大雑把な言い方ですが、1959年に群馬県伊勢崎市で開店した衣料品の専門店「いせや」が創業の核となり、それが今や、ショッピングセンター、ホームセンター、専門店、物流、外食産業、総合保険サービスなど28社、1914店舗も全国で展開し、2021年2月現在の連結売上高が、1兆271億円にも上る巨大なコングロマリットに成長しているのです。

 特に驚いたのは、専門店には「ワークマン」があったことです。ワークマンは1982年、土木作業衣販売店としてスタートしましたが、街中でも着られるようにファッション性も高めて、今では女性や、お笑い芸人さんたちにも人気商品です。作業着だけあって、「質が良いのに価格が安い」ということで、私の周囲では「ユニクロよりいい」と大評判なのです。中には、ワークマンで頑丈な靴を2500円で買ったりした者もいます。

 専門店には、このほか、家電量販店のベイシア電器や仏具や墓石の「清閑堂」まであります。

◇群馬県発祥の企業は成功する?

 私が注目したいのは、グループ本部を群馬県前橋市に置いていることです。以前、このブログにも書いたことがあるのですが、結構知られていませんが、群馬県というのは全国でも只モノではない県です。「かかあ天下とからっ風」と言われている通り、女性が大変な働き者で(男は国定忠治のような博徒が多い?=笑)、商売の競争が熾烈です。この県で成功すれば、全国展開できるというジンクスがあります。群馬県発祥企業として、ヤマダ電機(前橋市)、ビックカメラ(高崎市)、スバル(太田市、旧中島飛行機)、日清製粉(館林市)、サンヨー食品(前橋市)などが知られています。

 これは、裏を取ったわけではありませんが、自動車販売の全国一位は群馬県で、ドライブスルーの店舗が出来たのは群馬県が最初だという話も聞いたことがあります。

 渓流斎ブログの2021年11月10日付「凄過ぎるベルーナ」と11月16日付「『凄過ぎるベルーナ』は本当に凄かった」 にも書きましたが、意外と知られていない地方発祥の企業が、全国、全世界に多業種展開していたりします。この群馬県発祥の「ベイシア・グループ」もその一つです。私自身、全く知りませんでしたが、確かに凄い!