頑張れ、毎日新聞!

 

 

 

現在、ノーベル文学賞に一番近いと言われる作家の村上春樹氏が、毎日新聞の単独インタビューに応じていました。(5月12日付朝刊)

 

村上氏はマスコミ嫌いで知られ、テレビはおろか、滅多に新聞や雑誌などマスコミのインタビューには応じません。たとえ応じたとしても、「メールの質問に答える程度」と聞いたことがあります。

内容は、主に最近、彼が翻訳したサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」やカポーティの「ティファニーで朝食を」など「世界文学」についてで、「日本語の文体は変化するので翻訳の賞味期限は50年。だから新訳を出した」などと明解に答えています。

村上氏といえば、ほかにスコット・フィッツジェラルドやレイモンド・チャンドラーなどの翻訳があり、アメリカ文学にしか興味がない人だと思ったのですが、「個人的に偉大と考える作家を一人だけ選べと言われたら、ドストエフスキー」と断言していました。作品として特に「カラマーゾフの兄弟」を挙げています。

これは、意外でしたが、私としては嬉しくなってしまいました。サリンジャーも、チャンドラーも作家として尊敬していますが、やはり、私も一人だけ選べと言われれば、ドストエフスキーと答えるでしょうから。

ただ、彼がタイトルをそのままカタカナにするのは、残念ですね。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、野崎孝氏には「ライ麦畑でつかまえて」という名訳があります。

最近、洋画の邦題もそのまま意味もなくカタカナにしてしまう風潮がありますが、村上氏はその時流に乗ったのでしょうか? それにしても村上氏はなぜ、世界一の発行部数を誇る読売でも、インテリさんの好きな朝日でも、財界人御用達の日経でも、「物を言う新聞」産経でも、バランス感覚の取れた熱烈な読者がいる東京新聞ではなく、毎日新聞の単独インタビューに応じたのでしょうか?

恐らく、彼が毎日新聞の愛読者なのだからでしょうね。

その毎日に残念なニュースがありました。北海道での夕刊発行を8月末で廃止するというのです。日本ABC協会の調査では、同紙の北海道での発行部数は、朝刊6万8千部、夕刊1万4千部で、夕刊はこの一年で実に4千部も減少しているそうです。

私も北海道の帯広に住んでいましたから分かりますが、周囲に全国紙を取っている人はほとんどいませんでした。地元の十勝毎日新聞と北海道新聞でシェア90%という感じでした。全国ニュースはテレビやネットで済んでしまうのです。

なぜ、地元紙を購読するのかー。最大の理由は、地元の人たちの「訃報」が詳細に載っているからだそうです。「訃報」は直接聞きづらいし、かといって知らないと困るわけです。やはり、皆さん「世間体」を気にしながら生きているということなのですね。

あ、毎日新聞の話でした。日本は独裁国家ではないので、私は、「メディアというものは多ければ多いほどいい」というスタンスです。しかし、新聞ほど生産性が低く、金食い虫で、経営を軌道に乗せることに矛盾と戦い続けなければならない企業はありません。しっかり、淘汰されます。

ですから、毎日新聞には頑張ってほしいですね。特に日曜日の書評(日本のメディアでナンバーワンだと思います)と夕刊の文化欄の愛読者なので、宜しく御願いします。

記事に見せかけた宣伝の氾濫

 

 

 

ユーチューブで最近大人気のサイトにジーンズを逸早く履きこなす動画があるそうです。正直、私は見たことがありませんが、5月5日にアップされ、口コミというか、ネットで噂が広がり、数日で100万件以上もアクセスがあったそうです。

 

しかし、その後、その動画を投稿したのが、世界的なジーンズ・メーカーだったことが判明しました。何てことはない。宣伝だったんですね。

以前も、サングラスを顔で受けるサイトがユーチューブで人気だったそうですが、これも、世界的なサングラス・メーカーがスポンサーとしてからんでいたようです。

先日も、「人体に有害な紫外線は、都会では路上からの照り返しもあり、日傘だけでは十分に防御できない。やはり、サングラスやUVカットのコンタクトをすると良い」という記事が載り、私も「そうなのかあ!サングラスでも買おうかなあ」と関心を持って読みました。すると、よく読むと、「科学的調査」に当たったのは金沢医科大学だったのですが、それは、UVカットのコンタクトを販売する世界的な企業の委嘱を受けてのものだったのです。

以上は、先ほど、ラジオを聴いていたら、日経ビジネス発行人の酒井綱一郎氏が指摘していました。

なーんだあ、これも宣伝だったの?

いわゆる記事を隠れ蓑にした宣伝の「記事稿」じゃないですか。

「すべての記事は、宣伝であり、お金がからんでいる」といった趣旨のことを喝破したのは作家の山本夏彦氏です。どんな記事でも、給料というお金をもらっている記者が書いたものであり、どこかでお金とつながっています。

最近のネット情報やブログでさえ、どこかでビジネスに誘導されるようになってきましたね。あからさまなら、分かりやすいのですが、「科学」や「報道」を隠れ蓑にされると、宣伝と区別がつかず騙されてしまいます。

気をつけましょう。

OCWの時代

 根津神社

大学の講義をネットで配信するOCW(オープンコースウエア)というのが、今、日本でも盛んになっているという記事を読みました。

OCMは、2001年に米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)が始めたものらしいのですが、私も、昨年か一昨年に、NHKラジオの杉田敏先生の英語講座「ビジネス英会話」で初めて知りました。学生は、講義に直接出なくても、ネット配信された講義をiPodなどにダウンロードして、お風呂に入りながら見たりしているというのです。

「大変な時代になったもんだ」と関心したものです。

今日、どんなものか、アクセスしてみました。慶応大学、東工大、京都大、MIT…とざっと見てみたのですが、学籍がなくても誰でもいつでも講義ビデオを簡単に見ることができるんですね。講義資料も非常に充実しています。京大は何とユーチューブを使っていました。

中には、「人気アクセスランキング」なるものもありました。今は、何でもランキング時代なんですね。売り子さん(教授)も、お客さん(学生)から採点される時代なので、先生もウカウカしてられません。

私が学生時代は、昭和のバンカラ時代の最期の生き残り世代みたいなものでした。学生は、ほとんど、真面目に講義に出席することなく、雀荘やパチンコ屋や映画館にしけこんだり、「文学修行」と称して、下宿に籠もって本を読んだり、酒を飲んで暴れたりしていました。

先生も先生で、シメタもんで、雨が降ったらどういうわけか「休講」する名物教授がいて、学生も阿吽の呼吸でした。

でも、今は時代が変わったようですね。真面目な女子大生が増え、授業には欠かさず出席し、一言も漏らさないように講義をメモに取り、逆に不真面目な先生には、肩叩きもあるようです。

それで、OCWですが、今後ますます色んな大学に拡大していくことでしょうね。私のようなまだまだ知的好奇心がある市井の民にとっては朗報ですが、残された時間が若い人ほどないので、溜息も出てきます。

ネットの将来を監視する

昨晩は、きこしめしたまま書いてしまったので、今、読み返すと、全くひどい文章だなあ、と思ってます。でも、恥さらしついでに、そのまま、削除しないでおきます。

梅田望夫著「ウエッブ時代をゆく」(ちくま新書)は電車の中で、2日で読んでしまいました。それだけ、通勤時間が長いということかもしれません(笑)。

面白かった所を引用します。

インテルを世界一の半導体企業に育てたアンディ・グローブは、1956年、20歳のときに、ハンガリー動乱に関わり、祖国を脱出して難民としてアメリカに渡ってきた人です。彼は、医療費から大学の奨学金まであらゆる面で援助してくれたアメリカに感激し、猛勉強して「自立の精神」で逞しく成長し、機会を与えてくれたアメリカに対して強烈な愛国心を持つようになったといいます。

その彼の座右の銘が、
“ Only the Paranoid survive.”
病的なまでに心配性な人だけが生き残れる。
です。

肝に銘じておきます。

ネットで不特定多数の群集に自分の意見を発することによるメリットとデメリットを熟知している著者の梅田氏は、こう言います。

「一般的に、リアルな世界で満足度が高い人ほどネットには関心を持たない。リアル世界で満足度が低い人ほどネットの可能性に興奮している。」

著者は、志さえ持てば、ネットで「生計を立てる」術を身に着けることができると、力説しています。そのためにも、見知らぬ人にでも信頼関係を構築して、グローブの言う「病的なまでに心配性」を持って、自助努力で、自らの道を切り開いていく必要があるようです。

私は、ネットは単なる「方便」だと思ってきたので、そのテクノロジーに関しては、恥ずかしながら、全く熟知しないままできてしまいました。本書によれば、今後、世界の主要図書館の蔵書が、スキャンされて、ネットで公開される時代が来るそうです。大変な時代になるんですね。

この本には全く書かれていませんが、その、世界中の文化遺産をスキャンして公開する世界最大の検索会社が、その画像と動画を「著作権」として独り占めして、世界を支配するのではないか、と私は危惧しております。(現に、日本の国宝の一部もそういう状態になっているという噂を聞いたことがあります。)

ですから、私は彼ほど、楽観主義にはなれませんが、この世界的潮流に遅れない程度に、後ろからゆっくりと付いていくしかないと、思っています。もちろん、監視しながら、です!

まだ続く「デスパレートな妻たち」のこと

公開日時: 2008年5月7日 @ 19:30

「デスパレートな妻たち」は、女性の視点で描かれています。我々、男性から見ると、ドキッとしたり、「なるほど」と感心したりします。

この番組を見ていると、急に、北海道の佐橋さんのことを思い出してしまいました。もう、全く音信不通になってしまい、今、どうしているのか、さっぱり分かりませんが、彼女の言っていたことが、寸鉄釘を刺すが如く、今でも「警句」として、私の頭の片隅に残っています。

佐橋さんは、市井の「軍事問題研究家」で、もう著者もタイトルも忘れてしまいましたが、古本屋で、「こんな本を見つけました」と言って、見せてくれた本がありました。その本は、世界史に残る、例えば、アレキサンダー大王とペルシャ軍とのイッソスの戦いとか、ローマ軍とカルタゴ軍との戦いとか、ナポレオン戦争などにおける戦陣や戦略が詳述された本でした。非常に頭の回転が速い人で、教養の幅が広く、私が何を言っても、「それはこういうことでしょう?」と即座に答える一家言の持ち主でした。怒られるかもしれませんが、男勝りの人でした。

彼女はこんなことを言ってました…

●実は、女は男より強いから、小さい頃から「女の子らしくしないさい」って、牙をむきださないように育てられているんですよ。

ふーん、そういうことだったんですか。納得。

●女には二つのタイプがあります。一つは、子供を産んで、社会的役割を果たしたら、さっさと旦那に見切りをつけて、子供だけにかかりっきりになるタイプ。もう一つは、それでも、旦那にかかわる人。でも、後者に限って、他の男性にも優しい浮気性のタイプなんですよ。

ふーん、なるほどねえ…。

●女の人は、その場で癒やされない限り、いつまでもその恨みを覚えています。「大変だったねえ」とか「僕が悪かったよ」と、一言でもあれば、救われるのです。

そうですか…。

●男の人って、誰でもいいから、褒められたいんでしょう?だから、水商売の女の人がいるバーに行ったりするんでしょ?

言葉がありません…。

こういった感じです。

今こうして振り返ってみると、人と人との出会いは「一期一会」です。これまで、一体、何人の人と出会って、別れたのか、数えていませんが、私の場合、普通の人とは違って、恐らく何万人という桁外れの数になるかもしれません。

佐橋さんとは、もう二度と会うことはないでしょう。半永久的とかいうのは、ないんだなあ、と思いました。なぜ、彼女のことを思い出したかと言えば、当時、一人も知っている人も友人もいなく、縁も所縁もない所に放り出されて、不慣れな仕事をしなればならなかった孤独の魂を癒やしてくれたからです。

●今、あなたは大変な環境におかれているのかもしれませんが、人生は、結局、プラスマイナスゼロなんですよ。

どんなに辛くて悲しいことがあっても、一日のうちに数時間でも、一年のうち、数ヶ月でも楽しいことがあるはずなのです。

人生は、たとえどんな職業に就こうが、どんな立場にいようが、どんな逆境にいようが、結局、プラスマイナスゼロなんですよ。

「デスパレートな妻たち」2

公開日時: 2008年5月6日 @ 10:54

昨日の「デスパレートの妻たち」には反応(コメント)があったので、意外でした。やはり、コアなファンの方がいらっしゃるんですね。

ですから、あまり悪口を書くと怒られてしまうでしょうけど、やはり、作り物のドラマだなあ、と思ってしまいました。いただけないのは、殺人事件です。話を面白くするために、そういうシーンが必要なんでしょうけど、好みじゃないですね。普段のニュースでたくさんです。ティーンエイジャーが麻薬を吸ったり、育児ノイローゼ気味の主婦が薬物中毒になるあたりは、リアリティがありましたが…。

でも、文句を言いながらも、見続けてしまうでしょうね。早速、昨日書いたawesome もあるシーンで出てきました。やはり、「恐ろしい」という意味では使われず、awesome news 素晴らしいニュースという意味で使われていました。

まだまだ、正直、字幕を見ないとスムーズに聞き取れず、たとえ聞き取れたとしても、意味が分からず苦戦しています。例えば、ground を動詞形に使うとどういう意味か分かりますか?

「外出禁止にする」という意味なのです。難しいcurfew なら知っているのに、簡単な単語のground を知らないなんて、恥ずかしい限りです。

恥ずかしいといえば、shame よりも  humiliating の方が多く使われていました。

それにしても、今のDVDはすごいですね。簡単に字幕が出てくるんですから。今の学生さんは恵まれていますね。ただし、昔の人より果たして賢くなったんでしょうかね?

東大生協食堂は穴場です

 根津の躑躅は見ごろです…

 

 

 

 

 

今やゴールデンウイークの真っ只中です。皆さん、どこか旅行に行かれていることでしょうね。

 

そう言えば、最近、旅行に行ってませんねえ。(はとバスには乗りましたが、あれは半分修行でした)。大好きな温泉にも行ってません。うーん、残念。

ただ、今年のGWは、「飛び石」のため、旅行代理店によると、例年と比べ観光客は20%近くダウンしているそうです。北京五輪の年なので、本来なら中国旅行が増えてもよさそうなのですが、やはり「毒ギョーザ」と「チベット問題」が尾を引いているようです。それに、年金や後期高齢者医療問題も全く関係ないこともないように思えます。庶民は正直なんでんす。

 

「アリとキリギリス」ですよ。将来の不安を考えると、そう遊んでばかりいられないという感覚が先走るのではないでしょうか。

そんな中、典型的なエコノミーな会合に出席しました。大の大人、それも男ばかり6人も集まったのです。宇宙工学博士、大手マスコミ元記者でノンフィクション作家、元大手商社マン、元出版社重役、大手マスコミ研究所の主任研究員と私という面々。肩書きだけを見ると厳しいのですが、現役を引退された方も多く、既に角が取れた好々爺といった感じの人が多かったのです。

会合場所は、何と本郷の東京大学構内にある三四郎池に近い生協食堂「メトロ」。ここは、結構穴場ですよ。ランチだけでなく、夜も8時くらいまで営業しており、「怪しい人物」でなければ、大学関係者でなくても入ることができます。もっとも、今回集まった面々の半分は、ここの大学の御出身で、盛んに「懐かしい。ここにこんな建物はなかったなあ」なんておっしゃっておりましたが。

 

夜はビールも注文できるのです。定食やおつまみを取って、ビールも取っても、千円でおつりがくるのです。何と安あがりでしょう。究極の「溜まり場」です。

 

昔、旅行でパリのカフェ「ロトンド」やローマの「アンティコ・カフェ・グレコ」やウイーンの「チェントラル」など、芸術家や学者がたむろしたカフェによく出かけて感慨に耽ったものですが、確か、これらの店は観光客向けでコーヒー一杯でも法外にも千円くらい取られたと思います。

 

それを考えると、生協メトロは穴場です。将来の大学者、大芸術家を輩出するかどうか別にしても、庶民が安心して行ける所です。

ネット性善説

公開日時: 2008年4月29日 @ 11:03
日本では、出会い系サイトを悪用して殺人事件にまで発展したり、違法ドラッグが売買されたりして、毎日のようにネットの闇の部分が報道されるので、ネガティブなイメージがどうも先行するのですが、先進国アメリカでは、性善説に基づいたネット社会が充実しているようです。

いわゆる会員限定のソーシャルネットワークなのですが、誰でも簡単に登録できます。プロフィールは実名で住所も年齢も書きます。それどころか、自分の写真を掲載し、学歴、政治、宗教、思想信条を書く欄まであります。匿名はいないようです。学校の卒業生同士が結び付くこと(おっ!学閥ですね)もあるので、学歴詐称もないようです。

ここまで書いてしまって悪用されないのか、と心配なのですが、もともと、ハーバード大学で教授と学生間で始まったらしく、登録会員も学歴が高く、大人が多いという話です。性善説です。

早速、私も登録してみました。友達が友達を呼ぶという感じで、まだよく分からないのですが、友達と認められた人だけが、相手のプロフィールを読めるようです。

全世界で5000万人が登録しているらしく、中には、このネットで知り合った友人の家を泊まり歩いて、世界中を旅する若者もいるとか。

まさに性善説です。

私は外国人の友人は一人もいないので、このサイトの中の検索エンジンで、戯れにエリック・クラプトンを検索したら、出てきたんですよね。

ビックリしてしまいました。

写真はギターを抱えた本人のものなので、本物かもしれませんが、熱狂的なファンが本人に成り済ますこともできます。よく分かりません。何せ、世界一のスーパースターがネットで友人を募集したりするのでしょうかねえ?偽物でも構わないので、話の種として、彼の友人登録をしてみました。

私と同姓同名の日本人も数人、既に登録しておりました。

今後、どうなっていくのか、後日談があれば次の機会に。

究極の悩みは人間関係

ある業界のS氏に「あなたは、人間関係が下手だねえ」とはっきり言われてしまいました。

私は、組織に所属しながら、人にゴマすることもできないものですから、そのおかげで、鬱々と日の当たらない窓際を歩いているものですから、そのあまりにもの世渡りの下手さぶりに彼は愛想を尽かしたのでしょう。

「あなたはオカシイよ。世間知らずで、生き方がヌルいよ」。そこまで言われたのですが、彼の言わんとすることはよく分かります。プロ野球・楽天の野村監督が「どうでもいいと思っている人間にはブツブツ言わない」と言っておりましたが、彼にもそれに近いものがあります。彼が私のことをどうでもいいと思っているのなら、相手にしないで、無視することでしょうから。

1時間近く「説教」を浴びましたが、「心配」の裏返しだと勝手に解釈しました。こんなことを私が言ったら、彼は怒ると思いますが…。

さて、どういうタイミングかなのか知りませんが、今日は偶々、電車の中で、五木寛之著「人間の関係」(ポプラ社)を読み終わったばかりでした。

五木寛之という功なり名を遂げた大作家が、あからさまに自らの欝経験や、人間関係について告白しております。驚くほど率直です。

少し換骨奪胎しますが、こんなことを書いています。

●誰かを信用して、たとえ裏切られたとしても、それをうらんだりすることはない。一生懸命相手を愛し、尽くしたことで、自分が何かを得たのだ、と思うしかないのではないか。

●ホンネを人に見せるというのは、やはり甘えだろうと思います。人は死ぬまで、いや、死んでのちも正しく理解されるものではないのです。

●人に大きな恩を与えることは、実に危険なことだ。恩返しをしないで恩知らずと言われることを恐れるあまり、恩を受けた人は恩人がこの世からいなくなることを望むようになるからだ。(セネカ)

引用はこれぐらいにしましょう。

人は有名だろうが、無名だろうが、男だろうが、女だろうが、老いも若きも、特に、人間関係で悩みながら、生きていくものだと、痛感いたしました。

医療制度改悪を知らないと大変なことに

 

 

 

日本の国家予算について、霞ヶ関方面で禄を食んでいらっしゃるさる方が、大変分かりやすく説明されておられました。

 

まず、日本の国家予算は年間80兆円。

このうち

1、20兆円が国債の償還(つまり、過去の借金の返済)

2、20兆円が地方交付税(地方自治体の財源)

3、20兆円が社会保障(医療費、ほうっておくと年間1兆円規模で増えていく)

4、20兆円が公共事業、防衛費、警察官や学校の先生の給料など…

なるほど、そういうシステムになっていたのですね。

そこで、今日問題にしたいのは、3番の医療費です。4月から後期高齢者医療制度がスタートし、保険料が年金から天引きされ、大きな問題になっていますが、それどころではない話が着々と進んでいるのです。

何しろ、制度が複雑すぎているので、庶民には分かりにくいように、分かりにくいように進めているきらいがあります。私も経済ジャーナリストの荻原博子氏の記事によって、初めて知りました。

しかし、いずれも「痛みを伴うが改革は進めていかなければならない」と絶叫した小泉政権の下で圧倒的多数で合法的に採択されたものだったのです。私は当時、北海道に住んでいて、経済的に疲弊し、たくさんのシャッター商店を見てきたので、「地方切捨て」の行政に怒りをもってみつめていたのですが、こんな無謀な策略をめぐらしていたとは気がつきませんでした。

その医療費ですが、75歳以上の後期高齢者だけが対象者ではなかったんですね。70歳から74歳までの前期高齢者と言われる人たちも医療機関での窓口負担が来年4月から1割から2割に引き上げられるのです。本当は今年から引き上げる予定だったのですが、「選挙に影響がある」といって、時の自民・公明党政権は翌年に引き伸ばす「温情政策」を施したというのです。(なお、70歳以上でも夫婦世帯で520万円以上という現役並みの所得がある人は、2006年から2割から3割負担に引き上げられています)

とはいえ、これは子供だましの話で、この1年間凍結した負担分1460億円は、いずれ、国民に増税か保険料アップとしてちゃっかり「還元」されるというのですから、呆れてしまいます。

高齢者でも、収入があればいいですよ。年金問題がこれだけガタガタしていて、年金を納めてきたのに、名前が消えてしまった人たちがいるのに、ちゃっかり、保険料だけは天引きするという話ではないですか。全くひどい話です。

怖ろしいことに、年金支給も現行の65歳から68歳ぐらいに引き伸ばそうと、厚生労働省は画策しているというのです。定年が伸びるのかもしれませんが、日本の国家は老人に「霞でも食ってろ」という言うつもりなのでしょうか。

何じゃあ、これ!?という話ですよね。

2007年には所得税と住民税の定率減税が全廃され、今後、介護保険料の引き上げも目論まれているといのですから、若い人とて、先の話ではありません。

「明日は我が身」どころか、「今日から我が身」です。