保険業界の裏

普段、ラジオを聴いていますが、如何せん、「ながら」で聴いて、しっかりメモを取っているわけではないので、細かい所まで、ここに書き写せないのが残念です。とても、重要な情報を発信していたりするのです。

 

例えば、今、大分県で教員採用試験を巡って贈収賄事件が世間を騒がせていますが、教育評論家の尾木直樹氏が、某ラジオに出演して「昔は、そう20年か、30年前は、教頭になるのに60万円、校長になるのに100万円かかっていました」と爆弾発言していたのです。これが事実なら大問題になるはずなのに、あまり話題になりませんね。

 

実はこの尾木先生は、私の高校時代の現代国語の先生でした。とても、小柄の人で、教壇に立っても後ろから見えないほどでした。(嘘です)

 

先生の授業内容なぞ、もうとっくに忘れてしまいましたが、教科書には全く関係ない話ばかり覚えています。例えば、先生は、メキシコの画家シケイロスに相等入れ込んでいて、突然、大きな画集を持ってきて「シケイロスはすごい。シケイロスはすごい」と言うのです。顔に目と鼻も口もないのっぺらぼうの男が勢いよく立ち上がっているような絵とか、何か抵抗運動する民衆の象徴のような壁画の写真を見せながら熱弁を振るっていたことを思い出します。

 

もう一つ、昨晩聴いていたラジオ番組で、「保険業界の真相と裏」みたいな特集をしていました。これまた、単に聞き流していたので、どなたが話していたか名前も忘れましたが、某大手保険会社でセールスを20年間続けた後、フリーで保険代理店をやっている人でした。

その人によると、保険というのは、プリペイドカードを買ってもらうようなものだそうです。しかも、スイカとかパスモのような安いカードではなく、いわばベンツなど最高機種の外車を買ってもらうようなものだというのです。しかも、保険会社は、お金と引き換えに現物を提供するわけではなく、最後まで「納車」しなくてもすんだりする。こんな美味しい商売はない。保険は、博打みたいなもので、保険会社は胴元みたいなもの。会社は損しないカラクリになっている。なるべく沢山のはずれ籤を売れば売るほど儲かるというのです。

「60歳以上でも誰でも入れます。安心、安全」なんて盛んにコマーシャルしている保険なんて、生命保険ではなく、損害保険なのだそうです。保険会社など最初から利益を確保してから、雀の涙ほどのおこぼれを庶民に分け与え、ひどい時には、顧客が請求してこないことをいいことに、保険料を払わなかったりします。そういえば、あれだけの量の宣伝を垂れ流していて、一体誰がコマーシャル料を払うのかと思ったら、最初から天引きされていたんですね。

おっと、ここまで、書いていて、このブログの熱心な読者の方の中で、保険業界に勤めている方もいらっしゃったことを思い出しました。もちろん、反論をお待ちしています。どうか真実を啓蒙してください。

 

そのフリーの保険代理店業者によると、結局、どんな保険に入ったらいいか迷ってしまいますが、一番いいのは、奨める保険会社の人と同じ保険に入るのがいいというのです。「相手の保険証書を見せてもらうことです。こちらは、年収まで情報開示しているわけですからね」と説得力のある御託宣でした。

ちなみに、私は、一昨年に、加入していた大手保険会社の保険が一気に2・5倍近く保険料が値上がったのを契機に解約してしまいました。

それほど深夜営業が必要か?

環境問題を鑑み、自治体によるコンビニの深夜営業規制が広がっている中で、先日、新聞でコンビニのオーナーが実名で投稿していました。大変勇気のある発言だと思いました。

 

そのオーナーによると、深夜12時から早朝6時までの営業は、光熱費や時給1200円のアルバイト人件費で消えてしまい、ほとんどの店は赤字なのに、フランチャイズ契約で、「24時間営業」をせざるをえない。本部は、その人件費や光熱費は負担せず、全体の売上高でロイヤルティーを受け取る仕組みだというのです。

 

おかげで、経営者の健康被害や夫婦すれ違い、過労死、過労自殺、自己破産などが深刻な問題になっているというのです。

 

道理で、本部が、色んな理由を並べて深夜営業規制に反対するはずです。濡れ手に粟、いや失礼、本部は鵜飼の鵜匠みたいなものですからね。枕を高くしてゆっくり眠っている間に何もしなくても勤勉な鵜がせっせと稼いで貢物を持ってきてくれるのですから止められません。いつの時代でも、何でも、胴元が一番儲かるシステムになっているのですよ。

私自身は、昼間でもコンビニはほとんど利用しません。間食もしないし、最近、雑誌も買わなくなったので、特に欲しいものがないせいかもしれません。

ですから、コンビニの深夜営業規制に大賛成!と安易に言うことができます。以前、サッカーの日本代表監督だったトルシエ氏が、日本では24時間営業のコンビニや自動販売機が普及しているため「日本人は恵まれすぎて、我慢することを知らない」と発言していたことを覚えていますが、確かにそう思います。

「死に神」問題について

 

遠く離れた友人から「今話題になっている『死神』問題について、どう思いますか」とメールで聞かれてしまいました。

 

「死神問題」と急に言われても、一瞬、何のことか分かりませんでしたが、「ああ、あの鳩山法務大臣の…」と思い出しました。

このブログは、アメリカに住んでいる友人も読んでいるので、概略を説明すると、朝日新聞が、6月18日付夕刊の名物コラム「素粒子」で、鳩山法相のことを「2カ月間隔でゴーサインを出して新記録達成。またの名を死に神」と批判したことで始まりました。鳩山法相は、就任以来、13人の死刑執行にサインをしています。

これに対して、20日の閣議後の記者会見で、鳩山法相が「大変な問題だ。彼ら(死刑囚)は死に神に連れて行かれたのか。違うだろう。執行された方に対する侮辱で、軽率な記事に抗議したい」と憤りをあらわにしたのです。「私も苦しんだ揚げ句に執行した」などと苦渋の心境も明らかにしています。

 

政敵ながら法相の実兄でもある民主党の鳩山由紀夫幹事長も「弟は死に神ではない」と擁護しています。

死刑問題については、議論が百出して、どちらが正しいかどうかの判断はここではしません。

ただ、今回の場合、どうも朝日新聞の方が言い過ぎ、それ以上に言論暴力だとさえ私は思っています。

朝日新聞は、広報部を通して「鳩山氏や関係者を中傷する意図は全くありません」というコメントを発表していますが、20日付け夕刊の漫画「地球防衛家のヒトビト」でも、漫画家のしりあがり寿氏が、鳩山法相にかつて一世を風靡した漫画の主人公「こまわりくん」の格好をさせて「死刑」と言わせて揶揄しています。

新聞社には、一応、内部チャック機関があるので、そこをすんなり通ったということは、「鳩山法相批判」は朝日新聞の会社としての「論調」なのでしょう。

件のメールを送ってくれた友人の見解は概ねこうです。

「鳩山さんのことよりも、それ以上に、このままでは法治国家がおかしくなりかねないと思われるのです。次の大臣は必ず『死神』という言葉が脳裡をよぎるはずで、実に由々しき問題なんですよ。本当は、鳩山さんは、あの記事を無視すべきだったんだけど、反応してしまった以上、あの記事を覆す何かがないと、いけないと思うのです」(換骨奪胎)

うーん、彼はうまいことを言うなあと思いました。「あの記事を覆す何か」は今、私自身、見つけられませんが、素粒子を書いたK記者は21日付夕刊で、早速「死刑執行の数の多さをチクリと刺したつもりです。…中傷する意図は全くありません。表現方法や技量をもっと磨かねば。」と、一応、反省のポーズを取っています。

私自身、「言論暴力」と書いてしまいましたが、それ以上に心配なことは「言論弾圧」です。確かに、K記者の書いたことは「名誉毀損」に値する重大な問題なので、反省なんという軽い方便ではなく、土下座するほどの謝罪する誠意を示さなければならないと思います。しかし、権力者による弾圧は絶対反対です。

よく、「ペンは剣より強し」と言いますが、ペンなんて、全く無力なんですよ。先の大戦の例を見ても明らかでしょう。「昔の人だから、簡単に大本営の言いなりになった」と思う人がいるかもしれませんが、日本人のエートス(心因性)なんて、江戸時代から、いやはるかもっと昔から変わっていません。やはり「お上さまさま」に従順に唯々諾々と従う子羊の群れに過ぎないのです。

要するに「蟷螂の斧」なんですよ。記者や言論機関の「論調」なんて、時の権力者から見れば、屁みたいなもの(失礼!)で、圧力で簡単につぶせるものなのです。中国やミャンマーや北朝鮮の例を見れば明らかでしょう。

K記者も単に安全地帯にいて「チクリと刺した」つもりでしたが、問題がこれほど広がるとは想像もつかなかったことでしょう。

人間ですから、色んな意見があっていいと思います。これをきっかけに言論機関が一様に萎縮したり、口を塞ぐようになる危険の方をむしろ私は危惧しています。

言論の自由が侵害されると、なかなか元に戻れないからです。

容疑者賛美はおかしい

私は、いわゆるネットの掲示板とかいうものについては、好きになれないので、普段は見たりしないのですが、今回の秋葉原の無差別大量殺戮犯人を賛美したり、神と崇めたりする輩がいるという週刊誌の記事を読んで、ちらっと覗いてみました。

いやあ…本当にいるんですね。加藤容疑者をこれまでの人類で誰も成し遂げなかったことをしたので、神様とか、大明神とか賛美しています。

吐き気Vomiting, disgustingを催します。

それが正直な感想です。

何かおかしい。日本人は病んでいると思いました。

加藤容疑者は氷山の一角で、何万人という潜在者がいるのではないかという疑惑がもたげてきます。最近「殺人予告」がニュースになったりしているので、尚更です。

日本の社会システムの歪みの顕れなのかもしれませんが、殺人者を賛美するような風潮は異常です。声を大にして「おかしい」「それは間違っている」と言います。

ひどいマスコミ人

 困ったものだなあ、と思っています。

先日「呆れた居酒屋タクシー」なるタイトルで、霞ヶ関の高級官僚が、深夜タクシーで特定の運転手と結託して、車内でビールの接待を受けたり、商品券までもらっている実体を、私は批判しましたが、私の知っている某マスコミに務める幹部の男までも、同じように毎回、深夜タクシーを使って、ビールの接待を受けていたという話を聞いてしまいました。

実に嫌なことを聞いてしまいました。

マスコミが、高級官僚を批判する資格はありませんね。

えてして、そういうものです。人はいつも、自分を棚上げにして、他人を批判するものですから。

この男は、埼玉県の飯能という小学生が遠足旅行に行くような所に高級一戸建てを設けたおかげで、都心の会社から自宅までタクシー代を2万5000円以上かけていたそうです。今時、2万5千円もあれば、札幌や沖縄の格安往復チケットが買えますね(笑)。

「呆れた居酒屋タクシー」を書いたところ、さっそく、「のびぃ太」さんなる方から「仕事は終電前に終わらせろ」とのコメントを頂きましたが、まさしく、その通り。早朝に出勤すればいいだけのことです。昼近くになって出勤してくるからいけないのです。毎晩楽にビールを飲んで遠い自宅まで帰りたいから、無理やり残っていたと批判されても仕方ありません。

ひどいマスコミの人がいるものです。信用してはいけませんね。

「10年連続3万人」を考える

  警察庁の発表http://www.npa.go.jp/toukei/index.htmによると、昨年1年間の全国の自殺者は、前年比2・9%増の3万3093人で、10年連続3万人を超えました。

10年間で30万人。沖縄県の那覇市ほどの住民全員がいなくなってしまった計算になります。

交通事故死は、年間1万人くらいかと思っていたのですが、年々減少傾向にあり、一昨年の平成18年で、6352人http://www.npa.go.jp/toukei/koutuu1/shisha.htmにまで、減っていたのですね。

以上、統計の数字は、ネットで簡単に検索できるようになりました。最近、ネットの掲示板に「殺人予告」するような唐変木が増えてきましたが、これまで、一部の関係者にしか公開されていなかった資料が簡単に手に入るようになったことは、ネットのいい点 upside です。

自殺者統計は、今年からその原因・動機まで、かなり詳しく公表されることになりました。

やはり、健康問題を抱えての自殺(14、684人)が一番多く、そのうち、鬱病が原因が最多(6060人)だったということが分かりました。性別では、男性が2 3 , 4 7 8 人で全体の7 0・. 9 % 。男は弱いんですね。

新聞では、働き盛りの30歳代が過去最多になったということで、大きな活字で見出しになっていましたが、年齢別では、やはり、6 0 歳以上が一番多くて(12、107 人)で全体の3 6・. 6 % 。次いで5 0 歳代(7046人)、4 0 歳代(5096人)、3 0 歳代( 4767 人) の順となっていました。

年間3万人が自殺しているということは、毎日80人以上の人が早まったことをしていることになります。

正直、私自身、若い頃から自殺については何度も考えたことがありますし、それも1つの方便だと考えたこともありますが、今では、どんな苦難に遭っても自殺はしないことを心に決めています。

人間は非常にか弱い動物です。死ぬことは驚くほど簡単にできます。

しかし、何もしなくても、ただ生きているだけで、時間は瞬く間に過ぎて、自死を選ばなくても、死はやってくるのです。

自殺する人の多くは鬱病に罹って、正常な判断ができなくなったことが要因の一つだということが今回分かりました。

今逆境にいる人にとって、その状態が長いトンネルかもしれませんが、事態は必ずに変化しますし、今の境遇が未来永劫続くわけがないということを肝に銘じなければなりません。

秋葉原で無差別殺人を犯した容疑者も閉塞感を感じて将来に夢も希望も持てずに犯行に走ったのでしょう。しかし、どんなことがあっても、人間、夢と希望を持たなければ生きていけません。犯人は「夢のあるやつには、俺の気持ちは分かるまい」とネットに書き込んだそうですが、それでも、若者なら大志を抱くべきです。人生を悟るにはまだ早すぎます。

 

私自身は、教育者でも、コメンテーターでも、官僚でもないので、いい知恵が浮かばないのですが、日本のような恵まれた国で、10年連続3万人もの自殺者を輩出する社会は異常としか言いようがありません。

 

自殺は自分に対する殺人にほかありません。もう少し、自分自身を客観的に見るなり、自分を解放したりして、いい意味で日々のストレスを発散するのもひとつの回避法かもしれません。

あまり、いい言葉が見つかりませんが、今、自殺を考えている人は、もう少し、留まったら違った道が開けることを信じてほしいと思っています。

落ち込みます 土浦無差別殺傷事件

 

春爛漫。 桜の咲くいい季節となりました。でも、私の場合、花粉症がひどく、頭がボーとして気分がすぐれません。

 

茨城県土浦市では、23日に無差別殺傷事件が殺傷しましたね。JR常磐線の荒川沖駅構内で、8人もの警察官が張り込んでいながら、次々と8人も殺傷したのです。

 

金川真大(かながわ・まさひろ)容疑者(24)はその後の調べで、「1月ぐらいから、誰でもいいから人を殺したいと思っていた」と自供したそうです。サバイバルナイフをネットで購入した。本当は家族や小学校を急襲するつもりだったという報道もありました。まさに、狂人の発言をしています。通り魔ですから身を守る術もありません。

 

こういう事件が起きると全国で連鎖反応のように、刺傷事件が起きます。実際発生しました。本当に嫌になります。気分が落ち込みます。

チベット動乱の原因は中国政府にあり

 3月14日から激化しているチベット動乱については、非常に関心を持っています。

が、ますます、よく分からない「事件」になってきました。芥川龍之介の「藪の中」です。

 

チベット亡命政府は、デモによる死者は百人の可能性もーと言っているのに、中国国営新華社通信は「13人」と主張しています。

 

インド北部のダラムサラに亡命中のダライ・ラマ14世は、中国政府が「ダライ一派の策動だ」と決め付けていることに対して、「完全に誤りだ」と真っ向から否定して「国際機関やメディアがチベットに行って何が起きているか調べてほしい」と呼びかけました。

 

これに対して、中国の温家宝首相は「ダライ集団が組織的に策動している十分な証拠がある」と断定し、国際的に北京五輪をボイコットさせるのが目的だと糾弾しています。

 

どっちか本当なんですかね?

 

この際、中国共産党政権は、一切合切、何が起きているのか、国際機関とメディアに公開したらどうでしょうか?

 

気になったのは、中国政府は、一切の国際機関やメディアの立ち入りを拒否していることです。おまけに、ユーチューブで、チベット関係の映像が中国国内に流れないような措置を取ったということが、今日のニュースで報道されました。また、日本人やドイツ人など、帰国した観光客に緘口令を引いています。戦車がデモ隊に発砲したかどうかについては「答えられない」というのです。

 

何か隠したいことがあるのではないかと勘ぐりたくなります。

 

ワシントンで、ブリュッセルで、世界各国でもデモが起きています。平和なのは日本ぐらいではないでしょうか。

そもそも、中国政府は、13億人の人民による投票で選ばれた代表者が政権についているわけではありません。共産党独裁の中、権力をたらい回しして、5年おきの会議で、党幹部の若い世代に禅譲しているに過ぎません。これでは、党員でなければ人にあらずです。

 

こういう国家が国連の常任理事国であり、日本も国家として認定して国交を締結していますから、チベット問題に関して、ただ眺めていることしかできないのかもしれません。ロシア政府のように、中国政府を全面的に指示した常任理事国もあります。

 

しかし、今回の、中国政府によるチベット民族のデモに対する武力鎮圧は間違っていると思います。

こういうことを書くと、このサイトも閉鎖されるかもしれませんが、はっきり書きました。

新銀行東京は、もう引き際では

 

北海道に住んでいた頃、街ではシャッター商店が目立ちました。張り紙には「60年間のご愛顧を感謝致します」などと書かれていて、胸が痛かったことを思い出します。

 

今、東京の街を歩くと至る所で建築ラッシュで、マンションやファッションビルが次々に建てられています。「東京は景気がいいんだなあ」と羨ましくなります。

で、今日は、その金持ち東京の「新銀行東京」の話です。都が出資した1千億円のほとんどが貸し倒れや赤字の累積で失ったので、400億円の追加出資しようというのです。2005年の開業からわずか3年で、17人の役員が辞任したという報道もあります。

これでは、銀行の体をなしていないと素人の私なんか思ってしまうのですが、石原都知事は「私は、シーザーやアレクサンダー大王ではない。独断だけで組織が動くものではない」と自らの責任を棚上げしているようです。では、一体、誰が責任を取るんですかね?

 

石原知事は、経営陣に責任を押し付けていますが、「創設しよう」と言い出したのは石原氏ですし、これだけ、赤字を累積してしまったからには、潔く、撤退することが筋ではないかと思います。

 

私は都民ではないので、あまり文句をつけられないのですが、都民の皆さんはご自分の税金の使い道にもう少し目を配った方がいいのではないかと、おせっかいな感情が湧いてきます。

 

新銀行東京が、軌道に乗って、1千億円の不良債権を回収できて、なおも収益を生み出すということなら話は別ですが、どうやらその話は夢のまた夢のようです。

経済に詳しいどなたか、うまく解説して頂けたら有り難いです。

27年なんて、あっという間です

「三浦和義事件」はまだ、尾を引いていますね。サイパンからロスへ移送するか、しないかという審理で、数週間もかかるという話ですから、とてつもないことです。

 

「日本の最高裁で無罪が確定しているのに、逮捕するとは何事か。一事不再理の原則に反する」と弁護団は怒っていますが、日本でも、1967年に在日米軍の裁判で無罪とされた米兵を改めて日本で裁判しても憲法違反にならないという判断を最高裁が判断したことがあるようです。

 

異常なケースではなかったのですね。

 

この27年前に起きた事件について、周囲にいる若い人に聞いたら「知らない」という人もいるのです。ビックリしてしまいました。もっとも、その人はドリフターズでさえ知らないというのですから…。あと、「三浦和義逮捕される」というニュースを聞いたある人が、「(サッカーの)カズさん逮捕されちゃったの?」と叫んだといいます。これにも驚きました(笑)。

あれだけ、大騒ぎした事件は、これまでの私自身の記憶にないくらいなので、「三浦事件を知らないなんて!」と世代間ショックを感じてしまいました。当時もうバリバリの社会人でしたから。

そこで、ちょっと、戦後27年はいつだったのか、数えてみました。1972年です。当時の私はロック少年で、政治的社会的事件にはほとんど関心がなく、ビートルズからツエッペリン、ELP、イエス、GFR、グラム・ロック…と聴きまくって毎日を過していました。浅間山荘事件には衝撃を受けましたが。

1972年。あの悲惨な太平洋戦争を「経験」した人は、30代以上で、10代で軍隊経験をした人でもまだ40代半ばだったでしょうから、つい昨日の出来事だったことでしょうね。少年の私は、戦争は遠い時代の出来事で、正直ほとんど、実感として湧きませんでした。街には戦争の傷跡はほとんど残っていませんでした。

ですから、27年前の三浦事件を知らないという若い世代の気持ちも、これでやっと分かったです。

「とにかく、時間の経つのは速い。人生なんてあっという間に終わってしまう」という感を強くしました。