非道違反運転手を制裁せよ!=世間から舐められている日本の私

太陽島のマトリョーシカを囲んで Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

昨日の答えは…えっ?何の話ですか?

なんて仰らないでつかわさい。昨日のブログの最後の方で、「ジャーナリストの死」を英語で何というか、質問を差し上げていたはずです。

そっか、読んでないなあ(笑)。ま、いいですけんど。

こっから初めて読まれる方でもたいちょうぷでしょう。

-ジャーナリストの死を英語で何と言うか?

答えは、thirty です。えっ? はい、thirty です。「30」です。

新聞の記事の最後の印として、文章の終わりに、―30― と書くそうですね。

そこから来ているそうです。賢明なる読者諸兄姉の皆様はご存知のことと拝察申し上げまするが…。

 木々までもマトリョーシカ Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

今日の新聞各紙一面で、日本を代表する大手広告代理店の社員が昨年、自殺されたことに関して、労災が認められたことがデカデカと報じされています。
当事者は24歳と若い女性の上、写真で拝見すると超がつく美人さん。しかも、最高学府を卒業されているようで、まさしく3拍子揃った前途ある有望な方です。

この間、発売された経済誌で、この大手広告代理店の特集をしておりましたが、この世界のX社は、あらゆるメディアに眼がゆき届き、こういったスキャンダルめいた事案は、表沙汰になる前に封印される、と書いてありましたが、こうして、一面で派手に扱われるとは、威力が落ちたということなのでしょうか?

自ら生命を断たれた彼女は、入社1年目で、ネット広告の仕事を任されて、時間外労働が100時間を超えていたそうですが、暴論と非難されるとは思いますが、メディア関係となりますと、100時間というのは、ありえない滅多にない話ではなく、かなり拘束時間が長いということは異常ではないという側面がある、と聞いたことがあります。

恐らく、彼女には仕事のストレス以外にも何か複層要因があったのかもしれませんが、他人が憶測することは憚れます。本当にお気の毒で哀悼の意を捧げたいと存じます。

 松花江遊覧を終えて Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

楽しみにしていた本日の大遠足会は、雨のため順延となりした。最寄り駅から、レンタル自転車を利用するので、雨ではちょっと楽しみも半減してしまいますから。

余談ですが、最近、私は、どうも世間から舐められているという被害妄想があります。

過去のことは、取り返しがつかないので、最近のことです。

青信号で横断歩道を渡っていると、右折か左折かしてくる横暴な自動車が、こちらに猛スピードで突っ込んでくるのです。歩行者優先のはずでしょ?一瞬、「轢き殺される!」と心臓が止まりそうになります。

こちらが、信号を無視して渡っているのなら許せますが、ちゃんと道路交通法を遵守しているんですからね。私が住むド田舎の自宅近くなら、民度が低いので、仕方ないなあとグッと我慢できても、昨日なんか、オリンピックのメダリストがパレードする都心中の都心の銀座で、轢き殺されそうになりましたからね。

罰当たりの運転手は、悪びれた様子もなく、30センチ手前で嫌々ブレーキを踏みます。

話は変わりますが、映画好きの私です。それが、内幕を暴露されると怖れたのか、日本アカデミー賞協会会員を一方的に馘首されました。

何か規律に違反したとかでしたら、納得いきますが、これでも一応は映画界には、貢献しているんですけどねえ。

やはり、私は世間から舐められている!

またもや無差別殺人事件

 

犯人の菅野昭一という名の男は、33歳にもなるというのに、「親に仕事のことで相談したら、乗ってくれなかったから。無差別に人を殺したいと思って包丁を買った」と供述しているらしいのですが、唖然としてしまいます。彼は、大人になるための通過儀礼も経ず、希望も挫折もなく、ただ単に年だけ重ねただけなのかもしれません。殺された22歳の書店店員アルバイトの斎木愛さんの方が浮かばれません。ご両親、友人はさぞ無念でしょう。

 

この間の秋葉原連続殺傷事件の加藤容疑者といい、何か、このごろの日本人はおかしいですね。

 

非常に幼稚で、短絡的で、すぐ人に責任を転嫁する。昔の殺人者は、救いようのない貧困とか怨恨とか、それなりの重い動機を抱えていたのに、最近では、「周りから相手にされなかったから」とか全く意味不明の、本人も分からないような衝動的な動機が多く、「誰でもよかった」というのが特徴的です。

 

こういう人たちだけでなく、現代人は、自分自身を大切にしていないから、こういう発想になるのではないでしょうか。自分自身を労わらなければ、そして、かけがいのない生命を認識しなければ、他の人のことも尊重できないのではないでしょうか。

 

世間が悪いとか、教育が悪いとか、こういう子供たちを育てた大人が悪いというのは簡単です。今からでも遅くはない。一人一人が、憎悪や怨嗟から解き放たれた世界を築いていかなければならないと思います。ちょっと抽象的な言い方ですが、これから私もこのブログを通して、少しずつ書いていきたいと思っています。

責任者出て来い!

この頃の天気予報がおかしい。
もっと、あからさまに書くことを許して頂けるなら、「全く当たらない」。

ひどい時には、「曇り時々、晴れ。ところによっては雨」なんて予報する。

何これ?こんなの予報になってないじゃん。素人の私にだってできる。

責任者を呼べ!という感じなのですが、結局、天気でさえ、ヒトは予報できないということなんでしょうか。気まぐれな雨雲さんが、雨を降らせるわけですから、そんな自然現象を人間が予想できるわけがないーということなのでしょうか。

まあ、自然現象なら分かるのですが、人為的なことでも誰も責任を取らなくていいという判決が18日にありましたね。これにはひどく憤慨しました。1998年に破綻した旧日本長期信用銀行の元頭取・大野木克信被告らが、最高裁で逆転無罪となったあの「事件」のことです。

経済評論家の中には「大野木さんは、最後の貧乏クジを引いただけで、スケープゴートになったから、かわいそう。不良債権処理の先送りを黙認した旧大蔵省幹部が悪い」と言う人がいましたが、結局、一体誰が責任を取るというのですか?

旧長銀には「国民の血税」と言った方がいい公的資金を約7兆8千億円も投入し、このうち約3兆6千億円も回収できていないんでしょう?それなのに、ハゲタカ・ファンドにダンピングで買い叩かれ、歴代の頭取の中には9000万円とか1億数千万円とか噂される超高額の退職金をもらってトンズラしたというのでしょう?

経済評論家も天気予報以上に当たらない経済空論を振り回す前に、ちゃんと、この事件を総括して庶民に分かりやすく説明する義務があるんじゃないでしょうか?
日本の庶民も、子羊のように大人しく黙っていては駄目だと思います。

ややこしい竹島問題にはあまり触れたくないのですが…

  韓国との間で領有権問題でもつれている竹島(韓国名・独島)が再び騒がしくなりました。

なぜ、今この時期になって、再燃したのかと思ったら、今年は約10年に一度の中学校の学習指導要領の改定の年だからなんですね。今回初めて、先生のアンチョコ本、いやいや学習指導要領解説書に「竹島は日本固有の領土」と間接的に明記されることになり、韓国では逸早く、恐らく普通の日本人以上に速くこのニュースをキャッチして、抗議運動や駐日韓国大使の召還などに踏み切りました。

間接的明記というのも変な日本語ですが、それは同島を実効支配している韓国に配慮したためなのだそうです。今回初めてということは、日本人はこれまで、教科書で「竹島は日本の固有領土」ということを習ってこなかった、と認めたことになります。

同解説書には「北方領土は我が国固有の領土」と明記してから「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である」と、恐る恐る書いています。「先生方の皆さん、教科書会社の皆さん、あとは任せたからよろしく」と読めないことはありません。

現在、竹島を取り上げている日本の教科書は、地理が6冊中1冊。公民が8冊中3冊。この解説書のおかげで、早くも来年度のすべての教科書に竹島のことを取り上げられるという報道もありました。韓国の教科書には既に何十年も昔から「独島は韓国の固有の領土」と明記されているので、韓国国民は、自明の理としています。

竹島は日比谷公園とほぼ同じ広さ(0・21平方キロメートル)の岩だらけの小さな島で、とても人間が住めないのですが、近辺には魚など天然資源が豊富で、面子とナショナリズムの問題もあり、まず、両国の間だけでの問題解決は不可能でしょうね。日本は国際司法裁判所(ICJ)に提訴に同意するよう韓国に求めても、拒否しているので、このまま睨み合いが続くことでしょう。そもそも、ICJに提訴しても、その判事の構成員によっては判決は怪しいものになります。

韓国国内では、日本の国旗を焼いたり、日本大使館に卵を投げつけたりして抗議運動は尋常ではありませんが、米国産牛肉輸入問題などで、支持率が大幅に低迷している李明博大統領による、国内の不満をそらすためのスケープゴートだという見方をする識者もいます。

私自身の意見は、日本人ですから、その立場で、「竹島は日本固有の領土」を教科書に盛り込むことは賛成です。

しかし、福田首相の「お互いの立場はある。しかし、立場は乗り越えて、理解も深めていくということは必要ではないか」いう発言は、日本語としてよく分かりませんね。政治的回避でしょうが。

14日に、丸谷才一氏が「本居宣長より偉い最高の日本語学者」と評価する大野晋氏が亡くなりました。大野氏だったら、どういう風に日本語で表現するか聞きたかったですね。

大分県教員採用汚職事件は何故発覚したのか?

 大分県教員採用汚職事件。事実が次々と明らかになるにつれて、唖然を通り越して、慄然としてしまいます。

自分の子供かわいさだけのために、小学校の校長、教頭ともあろう者が、いや、むしろその地位を利用して県教育委員会の幹部に賄賂を渡して、合格させていた。その代償が300万円から400万円。ここ2年の教員採用試験合格者81人のうち、何と半数の40人も、県議会議員や地元選出の国会議員秘書や校長らの「働きかけ」で、点数を水増しして合格させていたとは…!

本来なら合格していた40人の受験生にどう申し開きできるのでしょうかね?

 

ただ、誰にでも、想像できるのは、これが、わずか、この2年の出来事だけですますことができるかどうかという問題です。もう何年も、何十年も「慣習」として、行われてきたのではないでしょうか?

そして、これが、単に大分県だけに限った問題なのかどうか?教育熱心な福沢諭吉を輩出した大分県だけが特別だったのかー?誰も、そんなことは思わないでしょう。他の県も怪しいと思っているはずです。ただし、これが「パンドラの匣」になって、とんでもないことになってしまうでしょうね。

贈賄側の校長先生自身も、実はその親にお金を払ってもらって裏口から教員になったりしているかもしれません。主任ー教頭ー校長と昇進する度に莫大な裏金を払っていたのかもしれません。疑えばキリがありません。

 

収賄側は当然として金品を受け取っていたのでしょうが、贈賄側は「300万円で永久就職できるのなら、一年で元が取れるから安い買い物だ」と嘯いている者もいるようです。

皮肉に言えば、贈収賄は日本の文化。贈収賄の枠に入れない人間だけが文句を言っているのかもしれません。

それにしても、何十年も「秘密結社」として情報が漏れないように鉄壁の団結を誇ってきた「教育界」なのに、何で今頃になって、情報が漏れて発覚したのでしょうか?

 

私はむしろそちらの方に興味があります。

保険業界の裏

普段、ラジオを聴いていますが、如何せん、「ながら」で聴いて、しっかりメモを取っているわけではないので、細かい所まで、ここに書き写せないのが残念です。とても、重要な情報を発信していたりするのです。

 

例えば、今、大分県で教員採用試験を巡って贈収賄事件が世間を騒がせていますが、教育評論家の尾木直樹氏が、某ラジオに出演して「昔は、そう20年か、30年前は、教頭になるのに60万円、校長になるのに100万円かかっていました」と爆弾発言していたのです。これが事実なら大問題になるはずなのに、あまり話題になりませんね。

 

実はこの尾木先生は、私の高校時代の現代国語の先生でした。とても、小柄の人で、教壇に立っても後ろから見えないほどでした。(嘘です)

 

先生の授業内容なぞ、もうとっくに忘れてしまいましたが、教科書には全く関係ない話ばかり覚えています。例えば、先生は、メキシコの画家シケイロスに相等入れ込んでいて、突然、大きな画集を持ってきて「シケイロスはすごい。シケイロスはすごい」と言うのです。顔に目と鼻も口もないのっぺらぼうの男が勢いよく立ち上がっているような絵とか、何か抵抗運動する民衆の象徴のような壁画の写真を見せながら熱弁を振るっていたことを思い出します。

 

もう一つ、昨晩聴いていたラジオ番組で、「保険業界の真相と裏」みたいな特集をしていました。これまた、単に聞き流していたので、どなたが話していたか名前も忘れましたが、某大手保険会社でセールスを20年間続けた後、フリーで保険代理店をやっている人でした。

その人によると、保険というのは、プリペイドカードを買ってもらうようなものだそうです。しかも、スイカとかパスモのような安いカードではなく、いわばベンツなど最高機種の外車を買ってもらうようなものだというのです。しかも、保険会社は、お金と引き換えに現物を提供するわけではなく、最後まで「納車」しなくてもすんだりする。こんな美味しい商売はない。保険は、博打みたいなもので、保険会社は胴元みたいなもの。会社は損しないカラクリになっている。なるべく沢山のはずれ籤を売れば売るほど儲かるというのです。

「60歳以上でも誰でも入れます。安心、安全」なんて盛んにコマーシャルしている保険なんて、生命保険ではなく、損害保険なのだそうです。保険会社など最初から利益を確保してから、雀の涙ほどのおこぼれを庶民に分け与え、ひどい時には、顧客が請求してこないことをいいことに、保険料を払わなかったりします。そういえば、あれだけの量の宣伝を垂れ流していて、一体誰がコマーシャル料を払うのかと思ったら、最初から天引きされていたんですね。

おっと、ここまで、書いていて、このブログの熱心な読者の方の中で、保険業界に勤めている方もいらっしゃったことを思い出しました。もちろん、反論をお待ちしています。どうか真実を啓蒙してください。

 

そのフリーの保険代理店業者によると、結局、どんな保険に入ったらいいか迷ってしまいますが、一番いいのは、奨める保険会社の人と同じ保険に入るのがいいというのです。「相手の保険証書を見せてもらうことです。こちらは、年収まで情報開示しているわけですからね」と説得力のある御託宣でした。

ちなみに、私は、一昨年に、加入していた大手保険会社の保険が一気に2・5倍近く保険料が値上がったのを契機に解約してしまいました。

それほど深夜営業が必要か?

環境問題を鑑み、自治体によるコンビニの深夜営業規制が広がっている中で、先日、新聞でコンビニのオーナーが実名で投稿していました。大変勇気のある発言だと思いました。

 

そのオーナーによると、深夜12時から早朝6時までの営業は、光熱費や時給1200円のアルバイト人件費で消えてしまい、ほとんどの店は赤字なのに、フランチャイズ契約で、「24時間営業」をせざるをえない。本部は、その人件費や光熱費は負担せず、全体の売上高でロイヤルティーを受け取る仕組みだというのです。

 

おかげで、経営者の健康被害や夫婦すれ違い、過労死、過労自殺、自己破産などが深刻な問題になっているというのです。

 

道理で、本部が、色んな理由を並べて深夜営業規制に反対するはずです。濡れ手に粟、いや失礼、本部は鵜飼の鵜匠みたいなものですからね。枕を高くしてゆっくり眠っている間に何もしなくても勤勉な鵜がせっせと稼いで貢物を持ってきてくれるのですから止められません。いつの時代でも、何でも、胴元が一番儲かるシステムになっているのですよ。

私自身は、昼間でもコンビニはほとんど利用しません。間食もしないし、最近、雑誌も買わなくなったので、特に欲しいものがないせいかもしれません。

ですから、コンビニの深夜営業規制に大賛成!と安易に言うことができます。以前、サッカーの日本代表監督だったトルシエ氏が、日本では24時間営業のコンビニや自動販売機が普及しているため「日本人は恵まれすぎて、我慢することを知らない」と発言していたことを覚えていますが、確かにそう思います。

「死に神」問題について

 

遠く離れた友人から「今話題になっている『死神』問題について、どう思いますか」とメールで聞かれてしまいました。

 

「死神問題」と急に言われても、一瞬、何のことか分かりませんでしたが、「ああ、あの鳩山法務大臣の…」と思い出しました。

このブログは、アメリカに住んでいる友人も読んでいるので、概略を説明すると、朝日新聞が、6月18日付夕刊の名物コラム「素粒子」で、鳩山法相のことを「2カ月間隔でゴーサインを出して新記録達成。またの名を死に神」と批判したことで始まりました。鳩山法相は、就任以来、13人の死刑執行にサインをしています。

これに対して、20日の閣議後の記者会見で、鳩山法相が「大変な問題だ。彼ら(死刑囚)は死に神に連れて行かれたのか。違うだろう。執行された方に対する侮辱で、軽率な記事に抗議したい」と憤りをあらわにしたのです。「私も苦しんだ揚げ句に執行した」などと苦渋の心境も明らかにしています。

 

政敵ながら法相の実兄でもある民主党の鳩山由紀夫幹事長も「弟は死に神ではない」と擁護しています。

死刑問題については、議論が百出して、どちらが正しいかどうかの判断はここではしません。

ただ、今回の場合、どうも朝日新聞の方が言い過ぎ、それ以上に言論暴力だとさえ私は思っています。

朝日新聞は、広報部を通して「鳩山氏や関係者を中傷する意図は全くありません」というコメントを発表していますが、20日付け夕刊の漫画「地球防衛家のヒトビト」でも、漫画家のしりあがり寿氏が、鳩山法相にかつて一世を風靡した漫画の主人公「こまわりくん」の格好をさせて「死刑」と言わせて揶揄しています。

新聞社には、一応、内部チャック機関があるので、そこをすんなり通ったということは、「鳩山法相批判」は朝日新聞の会社としての「論調」なのでしょう。

件のメールを送ってくれた友人の見解は概ねこうです。

「鳩山さんのことよりも、それ以上に、このままでは法治国家がおかしくなりかねないと思われるのです。次の大臣は必ず『死神』という言葉が脳裡をよぎるはずで、実に由々しき問題なんですよ。本当は、鳩山さんは、あの記事を無視すべきだったんだけど、反応してしまった以上、あの記事を覆す何かがないと、いけないと思うのです」(換骨奪胎)

うーん、彼はうまいことを言うなあと思いました。「あの記事を覆す何か」は今、私自身、見つけられませんが、素粒子を書いたK記者は21日付夕刊で、早速「死刑執行の数の多さをチクリと刺したつもりです。…中傷する意図は全くありません。表現方法や技量をもっと磨かねば。」と、一応、反省のポーズを取っています。

私自身、「言論暴力」と書いてしまいましたが、それ以上に心配なことは「言論弾圧」です。確かに、K記者の書いたことは「名誉毀損」に値する重大な問題なので、反省なんという軽い方便ではなく、土下座するほどの謝罪する誠意を示さなければならないと思います。しかし、権力者による弾圧は絶対反対です。

よく、「ペンは剣より強し」と言いますが、ペンなんて、全く無力なんですよ。先の大戦の例を見ても明らかでしょう。「昔の人だから、簡単に大本営の言いなりになった」と思う人がいるかもしれませんが、日本人のエートス(心因性)なんて、江戸時代から、いやはるかもっと昔から変わっていません。やはり「お上さまさま」に従順に唯々諾々と従う子羊の群れに過ぎないのです。

要するに「蟷螂の斧」なんですよ。記者や言論機関の「論調」なんて、時の権力者から見れば、屁みたいなもの(失礼!)で、圧力で簡単につぶせるものなのです。中国やミャンマーや北朝鮮の例を見れば明らかでしょう。

K記者も単に安全地帯にいて「チクリと刺した」つもりでしたが、問題がこれほど広がるとは想像もつかなかったことでしょう。

人間ですから、色んな意見があっていいと思います。これをきっかけに言論機関が一様に萎縮したり、口を塞ぐようになる危険の方をむしろ私は危惧しています。

言論の自由が侵害されると、なかなか元に戻れないからです。

容疑者賛美はおかしい

私は、いわゆるネットの掲示板とかいうものについては、好きになれないので、普段は見たりしないのですが、今回の秋葉原の無差別大量殺戮犯人を賛美したり、神と崇めたりする輩がいるという週刊誌の記事を読んで、ちらっと覗いてみました。

いやあ…本当にいるんですね。加藤容疑者をこれまでの人類で誰も成し遂げなかったことをしたので、神様とか、大明神とか賛美しています。

吐き気Vomiting, disgustingを催します。

それが正直な感想です。

何かおかしい。日本人は病んでいると思いました。

加藤容疑者は氷山の一角で、何万人という潜在者がいるのではないかという疑惑がもたげてきます。最近「殺人予告」がニュースになったりしているので、尚更です。

日本の社会システムの歪みの顕れなのかもしれませんが、殺人者を賛美するような風潮は異常です。声を大にして「おかしい」「それは間違っている」と言います。

ひどいマスコミ人

 困ったものだなあ、と思っています。

先日「呆れた居酒屋タクシー」なるタイトルで、霞ヶ関の高級官僚が、深夜タクシーで特定の運転手と結託して、車内でビールの接待を受けたり、商品券までもらっている実体を、私は批判しましたが、私の知っている某マスコミに務める幹部の男までも、同じように毎回、深夜タクシーを使って、ビールの接待を受けていたという話を聞いてしまいました。

実に嫌なことを聞いてしまいました。

マスコミが、高級官僚を批判する資格はありませんね。

えてして、そういうものです。人はいつも、自分を棚上げにして、他人を批判するものですから。

この男は、埼玉県の飯能という小学生が遠足旅行に行くような所に高級一戸建てを設けたおかげで、都心の会社から自宅までタクシー代を2万5000円以上かけていたそうです。今時、2万5千円もあれば、札幌や沖縄の格安往復チケットが買えますね(笑)。

「呆れた居酒屋タクシー」を書いたところ、さっそく、「のびぃ太」さんなる方から「仕事は終電前に終わらせろ」とのコメントを頂きましたが、まさしく、その通り。早朝に出勤すればいいだけのことです。昼近くになって出勤してくるからいけないのです。毎晩楽にビールを飲んで遠い自宅まで帰りたいから、無理やり残っていたと批判されても仕方ありません。

ひどいマスコミの人がいるものです。信用してはいけませんね。