PCR検査に初めて挑戦=果たしてその結果は?

  東京・銀座のど真ん中、ということは銀座4丁目交差点近くのビル1階で、臨時に無料の「PCR検査所」が設けられていたので、初めて挑戦してみました。

 実は、そんな会場があるとは知らず、たまたま朝の通勤の際に通り掛かって発見したのでした。私は会社にはいつも早めに(30分前とか1時間前とか)に到着しているので、時間的に余裕があったのです。外で立っていた若い係りの人に「時間はどれくらいかかりますか?」と聞いたところ、「10分か15分ぐらいです」と応えてくれたので、思い切ってやってみることにしました。

 まあ、早起きは三文の得、といったところでしょうか。

東京・銀座4丁目交差点付近のビルで、臨時のPCR無料検査を実施

 でも、「無料検査」ということで、少し、不安になりました。主催者が「東京都」になっているのがチラッと見えたからでした。私は都民ではないので、都民税を支払っていませんからね(でも、地元ではしっかりと納税しておりまする)。しかし、もう一つの主催者は「内閣府」であり、私は日本国民であり、都心の銀座の職場に通勤しているわけですから、通用するのではないか、と開き直りました。

 それでも、受付の人から、色々と細かく聞かれ、何で検査したいのか理由まで聞かれ(後で記入)、「会社の同じフロアで感染者が何人も出たからです」と答えると、先方はやっと納得して、了承してくれました。

◇さて結果は?

 やり方は、細いプラスチックの容器に唾液を入れるだけですが、なかなか一定量が貯まりません。最初に係の人に「これでいいですか?」と見せたら、「まだ、足りませんよ」と言われ、再挑戦してやっと認めてもらいました。やはり、15分は掛かったでしょうか。

 で、どうなったのか? 実は検査を受けたのは昨日の朝9時ごろのことでした。もし結果が悪かったらどうしよう、と内心怖れていたのです。こんなことブログなんかに書かなければよかった、と後悔したかもしれません。いずれにせよ、検査を受けて陽性だった人は必ず保健所に届けることが義務付けられ、署名もさせられました。

 で、結果はどうだったのか?

 うーん、いやにタメますねえ(笑)。

 実は、たった今、主催者から、メールで返答があったのです。

 結果は「陰性」! 特に熱もないし、咳も出ないので、大船に乗った気持ちではありましたが、実は内心、ビクビクしていたのです。

 これで一安心ですが、これからも早寝早起き、うがい手洗い、消毒、三密回避、栄養のある食事摂取、適度な運動等は続けていこうと思ってます。

 他人様に御迷惑をお掛けしたくありませんからね。

いざ「竹葉亭」へ=ポイント乞食、老舗鰻屋に走る

 本日は、通勤途中、朝っぱらから原付バイクに乗った若いおまりさんから追い駆けられて叱られました。詳細は省きますが、嫌なことがあったので、通勤定期を買ったりして溜まっていたJRのスイカのビューカードに付いたポイントを今朝、駅にある「ビューアルッテ」で交換してきました。数千ポイント溜まっていたので、そのまま数千円分使えることができます。

 さて、どうしようか。差し当たって、今欲しいものは特にありません。いや、あるんですけど、それは、ジョン・レノンがはめていたパテック・フィリップの高級腕時計で、それは数千円ではなく、数千万円もするので、買えるわけありません(笑)。

 そこで、本日は高級ランチに行くことにしました。今、喉から手が出そうで出ない高級ランチと言えば、ここしばらく御無沙汰の鰻です。そして、鰻といえば、銀座界隈で食すとなると築地の「竹葉亭」に決まってます。竹葉亭は銀座5丁目にもありますが、やはり、本店の築地の方が落ち着いて食すことができます。

築地「竹葉亭」鰻お丼B 3520円

 このコロナ禍による不景気のご時世だというのに、店内はほぼ満杯で、少し待たされました。

 こっちはポイントで稼いだ余剰金があるので、大船に乗ったつもりで、「 鰻お丼」のAではなく、少し高いBを注文しました。

 さすが、幕末創業の竹葉亭。文句なしのお味でした。

 さて、お隣の席は、初老の紳士と三十路そこそこの若い女性で、何となく怪しい関係に見えるカップルでした。耳を塞ぐわけにはいかず、二人の会話は丸聞こえでした。

 どうやら初老の紳士は、スパイ映画007の大ファンらしく、全部観ているとか。何故なら、第1作「007 /ドクター・ノオ」が公開された年(1962年)に生まれているからだ、と紳士は若い女性に呟いていました。隣に諜報員がいるというのに、そんなことまで喋っていいんですかねえ。59歳か…これで、彼の年齢が分かってしまった(笑)。

 そして、007の大ファンのため、彼の愛用腕時計は、スイスの「オメガ」だと言いつつ、若い女性に自分の腕時計を見せびらかしていました。「まあ、凄い!」と女性が黄色い金切り声をあげたことは言うまでもありません。

 紳士のお仕事はどうもファッション関係のようで、青山にある高級ブランドB店の店長に今度紹介するよ、電話しとくよ、と何度も言ってました。恐らく、店長の口利きで割安で商品が買えるんでしょう。再び、若い女性は黄色い金切り声でした。

築地「吉兆」工事中?

 また、さて、ですが、以前にもこのブログで書いたことがあるのですが、新橋、築地界隈は、明治時代から高級料亭が林立しています。「吉兆」、「松山」、「米村」、「金田中」(新橋演舞場)、「新喜楽」(芥川・直木賞の選考委員会が開かれますが、実はここは「築地梁山泊」の異名を取った大隈重信邸でした)、「ふぐ料亭わのふ」(かつての料亭「石蕗(つわ)」)、「花蝶」(1968年の日通事件の舞台になった)等々です。

 この中でも代表的な高級料亭は「東京 吉兆」ですが、久しぶりに近くを通ったら、何と今、工事中でした。しかし、「建築計画」の看板をチラッと見たのですが、吉兆の「き」の字も書かれていませんでした。

 「おかしいなあ」と思いつつ、会社に戻ってパソコンで調べたところ、どうも、あの「吉兆」がコロナ禍のあおりを受けて、今年1月で「休業」してしまったらしいのです。どうも事実上の「閉店」らしいのです。よく分かりませんが。

 世知辛い世の中になって、政治家さんたちが料亭で密室政治をやってくれなくなったからでしょうか…。残念といいますか、良きにつけ悪しきにつけ、日本の伝統文化がなくなったようで、何か哀しいものがあります。

 

ルソーの一族は時計職人だった=銀座・高級腕時計店巡り

 このブログでは、これまで、「銀座ランチ」とか、「銀座・明治新聞街」とか、「銀座・地方物産店巡り」など色々と「銀座企画」をやって来ましたが、少し、飽きてきたので(笑)、他のものをやろうと考えてみました。

 代替案はすぐ見つかりました。「銀座・高級腕時計店巡り」です。銀座を歩いていると、やたらと高級腕時計の販売店が目立つのです。もしかして、飲食店に次ぐぐらい多いかもしれません。

 何と言っても、銀座のシンボルは、4丁目の服部時計店=セイコーですからね。世界各国から、特にスイスの高級腕時計店が銀座に集まって来るのも頷けます。何しろ、高級腕時計は安くても数十万円、パテック・フィリップともなると数千万円もする代物ですから、「信用」が肝心です。消費者は、銀座に出店しているから安心して買うのです。その点、銀座に画廊が集中しているのと同じ論理です。やはり、偽物はつかませられたらたまりませんからね。

銀座SIX「シチズン」

 最初に取り上げるのは、日本に敬意を表してシチズンです。銀座SIXにあります。

 1918年創業。関東大震災の翌24年にシチズンの前身・尚工舎時計研究所によって懐中時計が販売され、30年にシチズン時計株式会社が創立されたとのこと。シチズンの命名者は、当時、東京市長だった後藤新平です。この人、色んなところで登場しますね。本社が、今でも、私も土地勘がある西東京市田無町にあるというのがいいですねえ。

銀座SIX「アーノルド&サン」1764年創業

 このシチズンの隣りにあるのが「アーノルド&サン 1764」です。恐らく、シチズンと販売契約を提携していると思われます。英国の時計職人ジョン・アーノルド(1736~99年)に敬意を表して、その名前を冠していますが、スイスの時計店です。1764年とは、アーノルドが国王ジョージ三世に小さな2度打ち時計を塔載した指輪を献上した年なんだそうです。

銀座6丁目「IWCシャフハウゼン」1868年

 私の得意な「みゆき通り」を歩いても、何軒か、高級腕時計店を見かけます。

 上の写真の 「IWCシャフハウゼン」 は、確か、以前はここに風月堂の喫茶店があったと思います。風月堂ビルのままですし、よく、取材でも使ったので間違いありません。

 今や、スイスの高級腕時計店にリースしているということなのでしょう。IWCとは「インターナショナル・ウォッチ・カンパニー」とのこと。スイスでもドイツ語圏のシャフハウゼンが本拠地に1868年創業。パイロット・ウオッチが世界的にも有名で売れ筋のようです。安くても50万円ちょっとなので、あたしには関係ないですが。

銀座5丁目 ブランド時計販売店「エバンス」1987年創業

 みゆき通り、銀座5丁目でよく見かける「エバンス」はブランド名かと思ったら、販売店の名前のようでした。ロレックスやウブロなど高級腕時計を扱っているので、勿論、お店の中には入りずらいのです(笑)。

銀座5丁目 総代理店「シェルマン」フィリップ・デュフォー、ハブリング・ツー、クドケなど個性豊かなと時計を販売

 この 「シェルマン」 も時計のブランド名かと思っていたら、高級腕時計の総代理店名でした。(水曜日は休みのようでした)

 この店の前は、通勤でしょっちゅう通るので、馴染みになっていますが、店に入ったことはありません(笑)。日本ではあまり知られていない 「フィリップ・デュフォー」「ハブリング・ツー」「クドケ」など個性豊かなスイスの高級腕時計を販売しているようです。

銀座5丁目「センチュリー」1966年創業

 本日最後は「センチュリー」です。 1966年に創業されたサファイアを使った高級時計ブランドですが、恐らく、日本人でも知る人ぞ知るブランドだと思います。(この店も水曜日は休みでした。契約が水で流れると禁忌している日本の不動産屋さんが、水曜日を定休日にするみたいですね)

 このビルが建つ前の、取り壊された古いビルから知っていましたが、銀座にこんな立派なビルを建ててしまうことができる高級腕時計会社というものは、「儲け率」が高いのではないかと下衆の勘繰りをしてしまいました。

 「だから、何なのだ」と言われそうですが、スイスの時計というのは、草創期の17~18世紀では、今で言う超ハイテク機器だったことでしょう。世界中の王侯貴族が買い求めたと言われ、それは今でもあまり変わりありませんね。

 あの自由思想主義者のジャン・ジャック・ルソーはスイスの仏語圏のジュネーブ生まれで、ルソーの父イザークを始め、ルソー家は代々、時計職人だったことは有名です。ルソー家は、いわばエリートだったのです。

「銀座で最も評価が高い」とネットで評判のとんかつ屋さん(あえて名前は秘す)。目立たない地下にあり、やっと探し当てて、少し並んで、ロースかつランチ定食(1200円)を食しましたが、ちょっと脂身が多くて、小生の口にはちょっと…。大いに期待していたので、ネットの評判も当てにならないなあ(笑)

 このルソーの話もまた、「それがどうした」と言われそうですね。

 「いいじゃないか。だって、ブログだもん」と言い返すしかありません(笑)。

(本当は、「ベル&ロス」という1992年、パリで、カルロス・A・ロシロとブルーノ・ベラミッシュにより共同創業された異様に格好良い高級腕時計(銀座4丁目に今年5月に旗艦店がオープン)を御紹介しようと思って、今日行ってみたら、お店は改装中でした。残念)

鳥取県と岡山県との関係は?=「鳥取県産 紅ずわい蟹重」を味わう

I’m stuck.

 ちょっと、行き詰ってしまったので、新企画を考えました。誰も傷つかない、のんべんだらりと、まったりとした企画が良いに決まってます(笑)。

 東京・銀座周辺には、全国道府県が、郷土の名産を集めたアンテナショップを構えているのは皆さん御案内の通りです。そこでは、結構、地元料理を出すショップもあり、2階にレストランなんかがあったりします。そうだ!新企画「郷土料理巡り」はどうだろう? ーなあんだ、結局、「銀座ランチ」と同じじゃないか!(笑)。まあ、台湾、ロシア、タイ、ヴェトナム、インドネシア…と世界各国料理巡りもそろそろ飽きてきたので、愛国心を燃やして、全国各地の郷土料理にチェレンジしてみますか…。

 ということで、早速、昨日は、下調べも何もせずに、銀座1丁目にある「銀座の金沢」に出掛けてみました。そしたら、残念ながら、緊急事態宣言のため、食堂は休業でした。しかし、後で調べてみたら、加賀前田藩の本格的な郷土料理を提供するお店らしく、ランチ会席4200円でした。

 恐らく、銀座周辺で、最も客入りが良いアンテナショップは、有楽町の駅前「交通会館」にある「北海道どさんこプラザ」だと思います。私もよく利用しますが、残念ながら、ここにはレストランがありません。アイスクリームを食べることができるぐらいです。

 銀座5丁目にある「銀座熊本館」には、2階に「ASOBI・Bar」と呼ばれるレストランというより、食堂コーナーのようなeatery があり、いつぞや、そこで「真鯛の漬け丼」(1000円)を食したことがありました。驚くほど風変りではなく、まあ、「こんなものか」といった感じでしたが。

とっとり・おかやま新橋館・ももてなし家「鳥取県産 紅ずわい蟹重」1680円

 本日は、新橋駅銀座口の目の前にある「とっとり・おかやま新橋館」に行って来ました。この2階にあるレストラン「ももてなし家」が提供するランチ 「鳥取県産 紅ずわい蟹重」(1680円 )を是が非でも食してみたかったからでした。値段は二の次です(笑)。

 その前に、鳥取県と岡山県が何で、一緒になってアンテナショップを出しているのか、御存知ですよね? えっ? 知らない? 駄目ですねえ。もう少し、歴史を勉強しなければ…。両県は「親戚」だからです。えっ?これでも分からない?

 話が長くなるので、手短にしますと、江戸時代、鳥取藩も岡山藩も、池田氏が代々藩主を務める従兄弟、縁戚関係だったのです。キーパースンは池田輝政です。あの姫路城(国宝)を改築した初代播磨姫路藩主として知られます。

 輝政は、もともと、父池田恒興以来、織田信長と豊臣秀吉に仕えた重臣でしたが、徳川家康の娘督姫を娶ったり、石田三成と不仲だったりしたこともあり、関ケ原の戦いでは、家康方の東軍に付き、論功行賞で、15万石の三河吉田城から52万石の播磨へ加増転封されます。 

 鳥取藩には、恒興の三男で輝政の弟に当たる長吉が6万石の城主となりますが、その後、鳥取藩主には輝政の孫光政が継ぎます。

 一方、岡山(藩)は、関ケ原の前は、西軍の宇喜多秀家が治めていましたが、敗れたため八丈島に島流し。代わって初代藩主に就いたのが、西軍を裏切って東軍に勝利を齎した小早川秀秋です。しかし、「大谷刑部の祟り」とも言われ、わずか2年で病死。代わって、31.5万石の岡山藩主となったのが池田輝政の二男忠継でした。続いて三男忠雄が就きます。しかし、忠雄亡き後、三代目の家督を継いだ光仲(輝政の孫)は、この時わずか3歳で、山陽の要衝である岡山藩を治めるには荷が重いと幕府は判断し、寛永9年(1632年)、鳥取藩主の光政を岡山藩主とし、幼い光仲を鳥取藩主としたのです。つまり、池田氏同士で国替えをしたわけですが、光仲の子孫は「鳥取池田家」と呼ばれ、明治維新まで鳥取藩主を務め、光政の子孫は「池田家宗家」と呼ばれ、明治まで岡山藩主を務めたわけです。

とっとり・おかやま新橋館・ももてなし家「鳥取県産 紅ずわい蟹重」1680円

 やっぱり、長くなってしまいましたが、これで、鳥取と岡山の関係がお分かりになったと思います。

 ああ、そう言えば、郷土料理の新企画の話でした。

  とっとり・おかやま新橋館の2階「ももてなし家」で食したランチ「鳥取県産 紅ずわい蟹重」は、御飯が少なかった、というのが第一感想です(笑)。知らなかったのですが、ズワイガニは、鳥取県が 全国で一番水揚げ高が多いらしいのですが、旬は、秋から冬にかけてということなので、真夏は、身が小ぶりの感じがしました。

 でも、大変美味しゅう御座いました。

 メニューを見たら、岡山名産の「白桃のパフェ」があり、注文しようとしましたが、値段が 「鳥取県産 紅ずわい蟹重」 と同じ1680円。うーん、さすがに諦めました(笑)。

 1階の売り場には、岡山名産の美味しそうな大振りな葡萄もありましたが、一房5000円也。いつか、迷わずに買えるご身分になりたいものです。

ワクチン狂詩曲第108番=そして銀座・諸国民芸品店「たくみ」へ

 Covid-19ワクチン2回目を巡って、最近、私の周囲では色んな話を聞きます。勿論、「何ともなかった」という人もいますが、よくない話が多いのです。

築地「天辰」のっけ定食 1200円

 例えば、会社の同僚のA氏は、先週土曜日に2回目のモデルナを接種したのですが、その日の夜に39度近い高熱が出てダウン。日曜日も熱が引かず、月曜日も体調が良くなかったので、会社を休んだほどでした(火曜日に回復)。

 健康自慢のB氏の場合、2回目のファイザーで、それほど重くはなかったのですが、翌日は酷い倦怠感に襲われて、何もやる気が起きなかったといいます。

 Cさんもファイザー2回目で、打って4~5時間後に腕が痛くなり、12時間後の翌日には39度近い熱が出て、1日では下がらず、解熱剤カロナールを飲んで、やっと抑えたとか。「やっぱり、体内に衝撃あるワクチンなんだね」と知らせてくれました。

銀座「デリー」よくばりカレーランチ1120円

 何か、モデルナもファイザーも関係なく、副反応があるようです。私も今週土曜日の24日に2回目のモデルナを打つので、髷を切って、白装束を着て会場に向かうつもりです(笑)。

 とはいえ、私の住む地方自治体では、国家から配給されるモデルナ・ワクチンの供給が途絶え、26日以降の接種を延期するなんて言っております。私の場合もどうなるか分かりませんが、延期された人たちにとっては、「えーー、怒るでよおーー」でしょうねえ。

銀座に異様な雲?いえいえ飛行機雲でした

 さて、銀座に民芸運動の作品を販売する「たくみ」というお店が8丁目にあることを知り、昼休みに初めて足を運んで覗いてみました。

 民芸運動の中心人物、柳宗悦については、白樺派の人ぐらいで、ほとんど知らなかったのですが、昨年、彼の著作「南無阿弥陀仏」(岩波文庫)を読んで、初めて浄土思想とは何たるものかを理解することができ、人生の恩人と感じるようになり、彼の民芸運動について再度、関心を持たざるを得なくなったわけです。

 銀座には「のれん会」があって、一番有名なのは、「銀座百点」という小冊子を出している「銀座百店会」です。逆に言いますと、この小冊子ばかり読んでいると、「銀座百店会」に加盟していない銀座の名店を知らないことになります。

 民芸のお店「たくみ」を私が知ったのは、「銀座15番街」という小冊子からでした。「銀座百店会」に加盟していないか、加盟できないお店の「のれん会」だと思われます。と思って、HPを見たら、銀座15番街とは、「昭和41 年(1966年)、銀座7 丁目・8 丁目の店舗が中心となり会を発足させた」とのことでした。

銀座・民芸品店「たくみ」

 猛暑の中、早速、この「たくみ」に行って参りましたが、私も大好きな河井寛次郎先生の焼き物が一点、鍵のかかったガラスケースに入っておりまして、値段も100万円也でした。

 ムフフフフ、手が出ないことはないのですが、さすがに「即断即決」とはいかず、何も買わずにすごすごと帰って来ました。

 ただ、会津の民芸品「赤べこ」が、私がネットで買ったものより安く売っていたので、「なあんだ。ここで買えばよかった」と、地団駄も踏んできましたよ。

靴の中敷きを巡る哲学的考察

 いつも堅い話題ですと、読者離れが、人流のように拡大するのではないかと思い、本日は日常茶飯事のお話をー。(それにしても、霞ケ関辺りが率先して、マスコミも頻繁に使うようになった「人流拡大」というのは凄い言葉ですね。コロナ禍がなければ、意味不明です。今年の流行語大賞になるのではないでしょうか?)

 本日は、靴のお話です。というか、靴の中敷きのお話です。

 例のフィンランド製のスニーカー「カルフ」(実は、フィンランド生まれの中国製だった!)を購入したら、実に履き心地が良かったので、もう一足購入した話を随分前にこのブログに書いたことがあります。最初に買ったブラックは、確かにエアクッションが効いて、実に足取りも軽く歩けるのですが、二足目に買ったブルーのカルフは、どうもエアクッションの具合がブラックと比べて悪く、同じ製品なのに、色が違うと「こうも違うものか」と違和感を覚えていました。

D社の靴の中敷き 何と!こちらが裏だったとは!

 そこで、ある人から薦められて、靴の中敷きを替えてみることにしました。結構、有名なメーカーらしく、1足分、ドラッグストアで2200円ぐらいで買えました。

 そして、どうにか装着して歩いてみましたが、右足はどうにか歩けるのですが、左足がきつくて、痛くて、痛くて、200メートルも歩けず、自宅に戻ってしまいました。

 たかが、中敷きとはいえ、微妙な差があって、なかなか難しい。説明書には、スニーカーでも使えると書いてありました。せっかく購入したのですが、処分するしかないかなあ、と思っていました。。。

 さてさて、話は変わって、東京・銀座を歩いていたら、上の写真の看板を見つけました。

 「コロナワクチン接種券、ご提示でドリンク1杯 又は シェリー(10年熟成)とレーズンのアイスクリームをサービス!!」と書かれていますね。

 「商魂逞しい」というか、「背に腹は代えられない」といった感じでしょうか。品の良さでは全国一の銀座ですから、このような看板を掲げるのは、この店舗ぐらいかもしれません。(テイクアウト以外、用もないのに、この店に電話しちゃ駄目ですよ!=笑)

 私もいつか行ってみようかしら?ー恐らく、64歳以下にもワクチン接種券が行き渡って、あと数カ月でこの看板も消えることでしょう。「ジャーナリスティックな風物詩」というか、案外、「歴史的アーカイブ」になるような貴重写真になるかもしれません(笑)。

【追記】1

 靴の中敷きですが、どうもおかしいと思ったら、裏と表を逆にして靴の中に入れてました!道理で窮屈だったことか!

 正しく挿入したら、クッションが効いて少し歩きやすくなりました。靴の中敷きメーカーさん、大変失礼致しました。

【追記】2

中敷きだけで5000円以上する靴もあるそうです。同じ靴なのに、値段が千差万別なのは、「その秘密は中敷きの値段の違いにあり」と言う人もいます。そして、中敷きが1ミリ違っても履き心地が違うと断言する人もいます。いやあ、単なる靴の中敷きなのに、実に奥が深い❗️

 

私には相応しくなかった(?)銀座・資生堂パーラー

 4月1日はエイプリルフールで、嘘を付いても良い日なんですが、私はへそ曲がりなもんで、今日ぐらい真面目に真実を語ることに致します。

 とは言っても、語るべき真実がない! …ことはないのですが、いつもいつも悲惨なニュースや、しかつめらしい話題ばかりですので、本日は新機軸を打ち出さなければなりません。

 何と言っても、本日は新年度のスタートの日です。これから、コロナ禍で入学式、入社式は盛大に行われませんが、とにかく、新学期、新社会人生活がスタートします。

銀座7丁目

 さあ、新機軸、新機軸…。と考えましたが、またしても、単なるブログですから、そんなもんありません。まあ、仕方ないです。最近、話題もマンネリになったせいか、読者離れが進んでいます。それは、アクセス数を見ればすぐ分かります。このブログは、ソーシャルネットにもアップしていますけど、ほとんど効果がないみたいですね。もうアップするのはやめようかしら(苦笑)。

 となると、マンネリ批判を覚悟で、いつもの渓流斎節をベンベンと唸るしかありません。どうせ、同じことです。読んでくださる皆さんは、相変わらず読んでくださるわけですから、まあ、続く限り、続けてみましょう。

ということで、伝統を重んじ、過去記事を踏襲して、本日も銀座のランチ巡りです(笑)。

銀座・資生堂パーラー

 えー、また、銀座のランチですか!? と言われても、本日は特別です。まさに、清水の舞台から飛び降りる覚悟で挑戦したのですから。

 時代は昭和初期。銀座はモボ、モガが最新ファッションに身を包んで青春を謳歌して闊歩していた時代です。昭和5年には世界恐慌の煽りを受けて「昭和恐慌」となり、翌昭和6年には満洲事変が始まり、昭和7年は、五・一五事件、昭和11年は、二・二六事件と軍国主義まっしぐらになりますが、まだ米軍による空爆があったわけでもなし、庶民には庶民の、富裕層には富裕層のそれぞれの生活と楽しみがありました。

 いやあ、前置きが長いですね、我ながら(笑)。とくにかく、私は昭和初期という時代が大好きです。当時の銀座の風俗を描いた小説や映画などに必ず出てくるのが、「資生堂パーラー」です。私も、一生に一度でいいから行ってみたい、と若い頃から思っていたのですが、実現できず、やっと老境に入ったこの年で実現することができたのです。

カレーだけでなく、オムライスにも付くらっきょう等

 銀座の資生堂パーラーは、創業1902年(明治35年)。おお、日英同盟を結んだ年ですね。最初は、ソーダ―水やアイスクリームを製造販売していましたが、1928年(昭和3年)に本格的に西洋料理のレストランを開業します。

 まあ、本日は、食事をするだけでなく、そこに集う富裕層の人間観察をするのが主目的でした。何しろ、ビーフカレーライスが3300円、ミートクロケットが2860円、コースともなると、Aランチコースで7150円、Bランチコースで1万0780円というお値段ですからね。普通の人は入れませんよ。

オムライス 2860円

 他のレストランとどこが違うのかー? 本日の探訪の最大の課題でした。私が注文したのは、この店の名物と言われるオムライスでしたが、こちらも2860円。勿論、こんな高いオムライスを食したのは生まれて初めてでした。

 どこが違うかと言えば、卵の弾力が全く違いましたね。注文してから15分ぐらい待たされましたが、恐らく、卵を3~4個使っていると思われます。中の鶏肉、キノコ入りライスもマイルドで、洗練された味でした。

 周囲を見ると如何にも富裕層といった「客質」でした。隣りは4歳ぐらいの女の子を連れた30代ぐらいの若い夫婦でしたが、特に奥方様は、成瀬巳喜男か小津安二郎の映画に出てきそうな上流階級の雰囲気を醸し出しておりました。

 向こうのテーブルは、超一流企業に勤めていそうな20代後半から30代初めといった感じの若いスーツ姿の男性3人とその大学かどこかの恩師に見える70代の男性がビールを片手に談笑しています。えっ?そんな若い時分から、もう資生堂パーラーですか…。羨ましいわけではありませんが、これから残りの人生、何を楽しみに生きていくのかしら?

 私はと言えば、「証拠写真」を撮らなければならない、と必死になっていたら、ジャケットの右袖口にトマトソースを付けてしまっていたらしく、真っ白のテーブルクロスを汚してしまいました。

 私が隠れるようにして、ナプキンで袖口を拭いていたら、お店の人に見つかってしまい、代わりのおしぼりまで運んでくれました。

 いい年こいて、何やってんですか! 駄目ですねえ。こんな高級レストランは、悔しいですが、私の御誂え向きではなかったのかもしれません。

厚労省官僚が深夜宴会した銀座の居酒屋=監視社会の賜物か?

 銀座6丁目

 最近、ブログを書くネタがなくて困っています。以前ですと、西国方面から阿弥陀如来さまのような方が写真と一緒に玉稿まで送ってくださり、年中行事の風物詩の記事を添えることができたのですが、昨年6月からそれもプッツリ切れてしまいました。

 その代わりに帝都の高級住宅街にお住まいの釈正道老師が「暗号」を送ってくださるようになりました。「放送なら基準?違反かな」という見出しでいきなり次の文章が追い込みで始まります

タップリのCM量で、本文の写真か糊口のタネか分からないというあくどい商法かな。銀座周辺の昼メシ情報で活路を見出したかな、と安心していたら、元の木阿弥で、独り善がりの映画、書籍などのウンチクブログに戻ったのは、悲しい限りです。非行少年が、真の道を歩めないのと同様です。悟りの道を求める釈正道が、改心のお手伝いをしましょう。

 これを「暗号」と呼ばずに何と呼ぶことができるのでしょうか? 諜報機関の方々には、是非、この暗号を解読してもらいたいものです。

 まあ、あっしは非行少年みたいなもんなんでしょう。それなら、釈正道老師のお導きで是非とも改心しなければいけませんね。

 さて、厚生労働省老健局の職員23人が過日、東京・銀座の居酒屋で深夜まで送別会を開催したことで、主催した老健局の課長が更迭を含めた懲戒処分、田村厚労相まで閣僚給与2カ月分を自主返納する事態にまで発展しました。

 正直、ここまで厳しい「判定」が下されるとは思いませんでしたが、他にニュースがないので、マッチポンプのテレビがこの話題で大騒ぎしてましたし、引っ込みがつかなくなったということなんでしょう。ただ、コロナ禍で夜の宴会は私自身も自粛していますし、率先垂範して国民に綱紀粛正を求める側のお役人さんが、深夜まで浮かれて騒いでいては、示しがつかないことは確かです。

 実は、個人的には、厚労省の処分よりも、「東京・銀座の居酒屋」が何処なのか気になってしょうがありませんでした。知らなければ、銀座を縄張りにしている渓流斎としては、「銀座博士」の称号を返納しなければなりませんからね(笑)。

 そしたら、意外にも簡単に見つかりました。恐ろしい世の中になったものです。偶然なのか、張り込みなのか、東洋経済の記者が「3月25日0時近くにようやく居酒屋を出て帰路に向かう厚労省官僚たち」の証拠写真まで撮っているではあーりませんか!

 こわ~。ジョージ・オーウェル「1984」の世界です。

 現場は、会社から歩いてすぐの所ですから、すぐ分かりました。

 ちなみに、ビルの名前であるLa Paix(ラペ)とは、フランス語で、「平和」という意味です。渓流斎の野郎にまで写真を撮られて、このビルは平和を乱され、いい迷惑だったかもしれません。

 でも、23人の団体客を受け入れて深夜までやっている薩摩料理の店ということですから、美味しそうですし、楽しめそうです。いつか機会があれば、御一緒しませんか?(笑)。

 

銀座で出会った有名人=梶原一騎さんと乙武洋匡さんは強烈な印象でした

Jardin de Karatsu Copyright par Y Tamano

「私の銀座物語」…なんて書いても、誰も興味も関心もないことでしょうから、別に読んで頂かなくて結構で御座いますが、ブログ主宰者の特権でこのまま勝手ながら続けさせて頂きます(笑)。

 最も古い記憶は子供の頃に連れて行ってもらった時に見た森永製菓の地球儀ネオン(銀座5丁目不二越ビル、1953~83年)か、不二家のネオンか…、それとも単にテレビか映画で見ただけか、その辺は曖昧です(笑)。銀座通りはまだ都電が走っていたことを覚えていますが、1967年12月に廃止されてしまったということですから、私は当時小学生だったので記憶に間違いない。多分、不二家でアイスクリームかケーキを食べさせてもらったと思います。

銀座で最も好きなお店の一つ、文房具の「伊東屋」さん ここでお買い物

 親から銀座に連れて行ってもらったのは、地下鉄ではなく国鉄だったということを覚えているのは、当時有楽町駅のホームから毎日新聞社が見えたからです。窓の奥で働いている人さえ見えました。毎日新聞本社は1966年に有楽町から今の一ツ橋のパレスサイドビルに移転したということですから、これも間違いない。ということは、森永や不二家のネオンの思い出は、東京五輪が開催された1964年とか翌65年頃の話だったかもしれません。

 一人で行くようになったのは高校生ぐらいからで、当然、まだお酒は飲んではいけませんから、行くとしたら、本屋さんでした。晴海通りの5丁目、今、高級ブランド「ボッテガ・ヴェネタ」がある辺りに「近藤書店」という本屋さんがあり、その3階に「イエナ書店」という洋書専門店がありました。あまり、買えませんでしたが、当時の海外の最先端の文化情報を吸収しているつもりでした。今は銀座も本屋さんはほとんど消滅してしまったので本当に残念です。もう取返しがつかないでしょう。

 そう、今やなくなってしまったお店は本屋さんだけではありません。20代~40代の頃によく通った銀座6丁目の交詢社ビルに「ピルゼン」(1951~2001年)というビアホールがありました。ビルの建て替えを機に閉店してしまったと聞きます。ピルゼンは、チェコのビールだと聞いたことがありましたが、そもそも現在、世界で飲まれているビールの80%を占め、ビールの代名詞とも言えるピルスナービールは、ドイツではなく、このチェコのピルゼン(プルゼニ)という街で誕生したというのです。ここで、おつまみとして食べたニシンの酢漬けが懐かしい。もう1軒、この旧交詢社ビルには「サン・スーシー」(1929~2001年頃)というバーがありました。文豪谷崎潤一郎が名付け親と言われ、フランス語のsans souciは、「憂いがない」「心配ない」といった意味です。

 大抵、酔っぱらって行ったので、場所を覚えていなくて調べ直したら、どうやら「ピルゼン」と同じ旧交詢社ビルだったことが分かり、吃驚。案外狭い範囲で飲んでいたことになります。もう誰と一緒に行ったのかあまり覚えておらず、当然、何を熱く語っていたかも覚えていません。ビールの泡と一緒に消えました。嗚呼。これも残念。

「伊東屋」の近くでランチ店を探していたら、結局「煉瓦亭」になってしまいました。7年ぶりでした。

 なくなった話ばかりではつまらないので、話題を変えますと、銀座ですから、歩いていると色んな有名人に出くわします。何と言っても、一番の強烈な印象を放っていたのが、「巨人の星」や「あしたのジョー」などで知られる漫画原作者の梶原一騎(1936~87年)さんでした(歴史上の人物とはいえ、とても呼び捨てできません!)。確か、1985年春頃、狭いみゆき通りの歩道ですれ違いそうになったのですが、梶原一騎さんは、実弟で空手家の真樹日佐夫(1940~2012年)さんをボディガードのように引き連れて、二人とも上下純白の高級スーツに黒っぽいネクタイなしのシャツを着こんで、肩を切って歩いてこっちに向かって来ました。梶原さんは薄いサングラスをかけ、その筋の人ではないかと思われるような威圧感。私? 曲がりたくもないのに、直前の並木通りを右折して逃げましたよ(笑)。

 他に、今はどうされているのか、3年ほど前に沢尻エリカさんと出くわしたことがありますが、大人の対応で、何も知らない、何も見ないふりを致しました。彼女はどこか危なげな症状に見えたのはこちらの錯覚だったと思いますが、数人の取り巻きさんに囲まれていました。落語家の三遊亭好楽さんは、両手に花(女性です)を抱えて、横断歩道を歩いてました。随分背が小さい人だなあという印象でした。また、名前が出てきませんが(笑)、ちょんまげを結った国会議員がいたじゃありませんか。彼もホステスさんに拉致されるように高級クラブに消えていったことを覚えています。

元祖ポークカツ(2000円)とライス(300円)煉瓦亭は明治28(1895)年創業。三代目が7年前に引退して、今の御主人は四代目。昔は1500円ぐらいだったと思うんだけどなあ。この値段ですから、釈正道老師にもお薦めです

 最後に一人挙げるとしたら乙武洋匡さんでしょうかね。今年1月某日の夕方でしたが、あの特殊な自動運転車いすに乗られて、アシスタントらしき妙齢の女性と談笑しながら「歩いて」おられました。乙武さんは2016年3月、不倫騒動とかを週刊新潮で報じられ、あれから相当苦労されたようでした。まさか銀座で本物と出会うとは本当に吃驚してしまいました。餓鬼ではないので、追いかけたりしませんでしたが、思わず振り返ってしまいました。何か宝くじに当たったような気分でした(笑)。

 まあ、実につまらない「私の銀座物語」を最後までお付き合い下さり、誠に有難う御座いました。本当は、ジャーナリストとして有名人さんとは多くお会いしてきましたが、銀座はプライベートで、仕事以外でお見かけしたという話でした。失礼をば仕りました。

中国大陸料理で「倍返し」=銀座「天龍」の餃子はデカい

 先日、このブログで、可哀想な台湾のために少しでもお役に立ちたい、という思いで、台湾料理店「銀座 金魚」に足を運んだ話を書いたところ、早速、ある筋から「分かっているだろうな」と低い声で囁かれました。

 そこで、本日は中国大陸の料理に「倍返し」ということで探した挙句、銀座「天龍」に行くことに致しました。餃子では「日本一」と評判のあの有名店です。昭和24年創業、ということですから、東京でいえば老舗と言えるかもしれません。

 私も以前に何回か行ったことがありますが、今ある場所に移る前の1階にあった頃です。現在は、地下鉄有楽町線「銀座1丁目」駅に直結したビルの4階にありました。

 さすが人気店ですから、コロナ禍とはいえ、少し待たされました。

「銀座 天龍」の餃子ライス・ランチ1250円

 訪れるのは6~7年ぶりですから、すっかり味も作法も忘れておりました。迷った末、焼き餃子(8個入り、1150円)と銀座のラーメン(980円)を頼んだところ、お店の人が「多いですよ。餃子とライスで十分だと思いますよお」と言うので、作法に従うことにしました。

 細かい話ですが、餃子と別にライスを注文すると、ライス小だと200円、ライス大だと300円でした。でも、ランチの「餃子ライス」だと1250円。つまり、ライス分は100円で済んでしまうのです。

 少し待って運ばれてきた餃子を見て、ビックリ。「デカっ!」と声が出るくらいでした。

このデカさ!

 8個入りですから、食べても食べても減りません。たい焼きじゃありませんが、尻尾までお肉がパンパンに入っていました。お店の人が正解でした。これに、ラーメンでは、お腹ぱんぱんになるところでした。「孤独のグルメ」の井之頭五郎さんのように、そんなに沢山食べられませんよ。腹八分目で十分。勿体ないことに、餃子2個も残している先客さんもいました。

 結局、台湾料理を食べたお蔭で、文字通り、「倍返し」で、中国大陸料理を食べることになりました。何か、予言やお告げに従って生きているようで、自分でも怖いです。