祝ジョン・レノン誕生日 if he was still alive80歳

 今日10月9日は、元ビートルズのジョン・レノンの誕生日です。生きていたら80歳。暗殺されたのが40歳の時でしたから、没後40年という節目の年になります。

 ということは、現在、45歳以上ぐらいじゃなければ、ジョン・レノンの現役時代を知らないということになりますか。えっ?教科書に載っていたから知っている? 英リヴァプールはジョン・レノン空港だから知っている? そうですか、そうですか。もう彼はすっかり歴史上の人物になりましたね。

 このブログに何度もジョン・レノンのことを書くのは、私の人生で最も影響を受けた人物の一人だからです。ミュージシャンとしてだけなく、英政府からMBE勲章を受けながら返還したり、反戦運動家(ジョン・シンクレアら)や黒人の人権運動家(アンジェラ・デイビスら)を支援したりして米CIAからマークされるほどの活動家だったからです。

 当時私は中学生か高校生だったので、お蔭で「お上にたてつく」ことを覚えてしまい、長じてもその習慣が身に着いてしまいました。ジョン・レノンを知らなければ、上司に反抗することなく、長い物に巻かれて今頃大出世して、世界を動かすインフルエンサーになっていたかもしれません(笑)。

 結局、左遷ばかりされて、インフルエンサーになれず、この40年間はインフルエンザに罹ってばかりいました(笑)。

 40年というのは、あっという間でしたね。ジョン・レノンが暗殺されたとき、40歳というのはかなりのおじさんにみえましたが、今では人生の半分以下でまだまだ若い。青年に近いと言ってもいいぐらいです。

 思えば、ジョンがビートルズとして活動したのは満21歳から28歳まで(1962年10月5日にデビュー、69年8月の「アビイ・ロード」のレコーディングまで)のたったの7年間ほどでした。早熟の天才だったと言えるでしょう。彼のつくった曲で好きな曲はあまりにも沢山ありますが、「ラバーソウル」の「ガール」と「ホワイトアルバム」の「ハッピネス・イズ・ウオームガン」と「イマジン」の「ギミー・サム・トゥルース」と「ダブルファンタジー」の「ウーマン」は外せないと思っています。

 ジョン・レノンが生まれたのは1940年ですから第2次世界大戦の真っ只中でした。セカンド・ネームのウィンストンは、チャーチル首相から取られたことが有名ですが、小野洋子と結婚した際、ジョン・オノ・レノンに改名したことも有名です。幼い時に、船員だった父親アルフレッドから離れて伯母のミミ夫婦に育てられ、産みの母親ジュリアは内縁関係の2人の男性との間に3人の娘をもうけ、ジョンが17歳の時に交通事故死するなど家庭的に恵まれなかったトラウマが結局、曲づくりや彼のその後の人生に反映されていました。

 巷では商魂たくましく、ジョン・レノン生誕80周年記念 ニューベストアルバム「ギミ・サム・トゥルース.」(ユニバーサ)が今日から発売されたようですね。CD2枚とブルーレイ付きのデラックス版で9350円ですか…。私ですか? いえ、もう買いませんよ。彼のCDはもう既に全て持っていますし、DVDも何枚かありますからね。

 ジョン以外のポール・マッカートニーやジョージ・ハリスンやリンゴ・スターは日本公演で見たことがありますが(リンゴだけは記者会見で同席したことがあります)、ジョンは早いうちに亡くなってしまったので、「会う」ことができず、本当に残念無念でした。

 ですから、1966年のビートルズの来日コンサートを見たという林さんや、70年代後半にジョンとヨーコを東京のホテル・オークラの近くの路地で歩いているところをすれ違ったという栗原さんには、何を差し置いても密かに尊敬しています。

ポイント乞食と見事な「迂回政策」

 昨日は「トリキの錬金術」だの「鳥貴族マラソン」だのといった聞き慣れない言葉がネットを中心にあっという間に広まりました。

 何の話かと思いましたら、10月1日から始まった「Go to Eat」キャンペーンで、予約サイトを利用して飲食店を予約することで、ディナー時間帯は一律1000円分のポイントが付与される特典がありました。居酒屋チェーンの「鳥貴族」は1品327円という格安が売りだったことから、予約客が1品だけ注文してその差額の673円分のポイントを獲得する「錬金術師」が続出したというのです。ランチだと500円分ですが、それでも173円分のポイントが儲かるわけです。

 これは法に違反した商行為ではないので監督官庁も黙認していましたが、さすがに鳥貴族側も本日辺りからコース料理注文者のみにポイント付与するなどして変更したようです。

 この話は、昨日も書くことができたのですが、影響力が強い渓流斎ブログのことですから(爆笑)、真似されると困ると思い、控えておりました。もう変更されて、前述のような錬金術が使えないのでこうして安心して書くことにしたわけです。ちなみに、私自身は一度も「鳥貴族」に行ったことはありません。

 「トリキの錬金術」によるポイントの荒稼ぎは違法行為ではないですが、やはり、倫理的な面では「いかがなものか」となります。ネット上でも「ポイント乞食」なる批判が溢れていました。

 でも、こんなネットで予約してポイントを付与するような「迂回政策」といいますか、アナログ世代にとっては大変面倒なシステムにわざわざしたのは、裏に作為があるようです。やはり、この渓流斎ブログ9月17日付「菅新首相の背後に『ぐるなび』と京浜急行電鉄があり」で書いた通り、ということでしょうかね。再録すると、こう書きましたー。

 …例えば、菅氏が先頭に立って推進している最大469億円の予算がついた「Go toイート」というキャンペーン。その背後にはグルメ情報サイト「ぐるなび」の滝久雄会長が控えているようです。1996年から2012年にかけて、滝会長の広告代理店「NKB」から菅氏の政治団体「自由民主党神奈川県第2選挙区支部」と「横浜政経懇話会」に対して、計280万円献金し、ポスター制作費58万8000円請け負ったことが収支報告書に書かれているといいます。

 NKBは、滝久雄会長の御尊父の滝冨士太郎氏が創業した交通文化事業社が母体になった会社で、最初は地下鉄のベンチの広告から始めたといいます。まさに「たたきあげの苦労人」という共通点があるんでしょうか?

 ーということで、この面倒臭い「迂回政策」というのは「ぐるなび」に一部「蒸留水」が還元されるということなのでしょう。しかも、この蒸留水は、真水ではなく、黄金色に輝いています。

【追記】

 8日付東京新聞によると、「ぐるなび」「食べログ」など大手10サイトは、夕食なら200円程度の「手数料」を店から徴収しているといいます。

 政府は8日、夕食1000円未満、ランチ500円未満はポイント還元しない方針を発表しました。

稲庭うどん・秋田郷土料理店「銀座 佐藤養助」=菅首相と柿崎首相補佐官が御会食

 菅首相は、「首相の一日」を見る限り、朝、昼、晩のご飯はほとんど高級ホテルで召し上がっておられます。赤坂の議員宿舎では、どうも、奥方様と一緒に住んでいらっしゃらないんじゃないかと思われます。余計な推測ですが。

 食事はいつもホテルなのに、10月1日(木)夜は珍しく東京・銀座の稲庭うどん・秋田郷土料理店「銀座 佐藤養助」で会食されておりました。御相伴に与っていたのが、あの注目の共同通信・元論説副委員長から首相補佐官に御栄進されたばかりの柿崎明二氏と園田修光参院議員です。柿崎氏は菅首相と同郷の秋田県出身でしたね。

 それで秋田郷土料理店ですか。彼の首相補佐官就任祝いを兼ねていたのかもしれません。10月1日付の人事でしたから間違いないでしょう。

 場所が銀座ということでしたら、私もそこにランチに行かざるを得ません、ということで、本日行って参りました。

 お店は、泰明小学校近くと言えば見つけやすいかもしれません。斜め向かいにラーメンの「はしご」があります。私も何度も傍を通ったことがありますが、入店するのは今回が初めてでした。

 注文したのは、かけうどんの次に安い「二味せいろ」です。それでも1300円。天ぷらせいろになると2200円でした。残念、手が届きませんでした。そしたら、お隣の若い女性が平気で注文して食べておられました。

 麺に独特のコシがあり、実に美味い。一口食べただけで絶品さが分かりました。それだけの値段の価値があるお店でした(笑)。「八代目 佐藤養助」の創業は、万延元年。この年は、桜田門外の変があった年でしたね。まあ、凄い歴史です。

 秋田県湯沢市に総本店があり、同県内に10店舗、このほか、東京と福岡や、海外では香港とソウルに出店しているようです。

 うどんでこれだけ美味いのですから、秋田郷土料理なら大いに期待できます。その夜は、柿崎氏もさぞやご満悦だったことでしょう。

 帰り、お勘定を払うときに、早速、取材しました。「この店はお二階もあるんですか?先週、菅総理大臣がお見えになったようですね」

 「そうなんですよ。新聞に載っちゃいましたからね。先週の木曜日でしたか、飛び込みで来られて、SPが20人もいらしたんですよ」。あらま、僕みたいな密偵にそこまでしゃべっちゃっていいんでしょうか(笑)。しかも、ちゃんと、20人、本当に一人ずつ数えたのかしら? それにしても、日本の最高権力者が予約なしで来られたとは驚き。

 「(菅首相は)官房長官時代からよく御利用して頂いてますからね」

 あ、そういうことでしたか。菅首相にとって、ツーカーで話が通じる馴染みのお店だったんですね。

 最近の渓流斎ブログは、銀座のランチの話ばかりですが、本日は内容が濃いので、大目に見て頂けることでしょう(笑)。

竹中平蔵氏の「月7万円ベーシックインカム」論と銀座のカレー

 本日発売の「週刊ポスト」誌は「年金消滅!健康保険も失業保険も廃止になる! 菅首相と竹中平蔵ブレーンがブチ上げた『月7万円ベーシックインカム』の企み」とやれば、若者向きの「週刊プレイボーイ」まで、「パソナ竹中平蔵さんを歴代首相はなぜこんなに寵愛するのか?『月7万円ベーシックインカム&年金廃止』提案で騒然、菅首相も就任2日後にご会食!」なんてやってますね。

 中身を読んでいないので詳細は分かりませんけど、またもや、あの東洋大教授、実はパソナ会長、オリックス社外取締役、SBIホールディングス社外取締役…の竹中平蔵氏(69)が世間を騒がしています。

 竹中氏が「月7万円ベーシックインカム」の持論を展開した最初が「週刊エコノミスト」誌(毎日新聞出版)6月2日号だったといわれています。彼はインタビューで、「例えば、月に5万円を国民全員に差し上げたらどうか。その代わりマイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう。これはベーシックインカムといえる。実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる」と発言されております。

 それが、9月23日に放送されたBSーTBS番組「報道1930」では、「国民全員に毎月7万円を支給したうえで、マイナンバーと銀行口座をひも付けて所得を把握し、一定以上の高所得者には給付後に返納させる『所得制限付きのベーシックインカム』」を改めて発言しました。

 おお、5万円から7万円に上がった!と喜んでいる場合じゃありません(笑)。家賃やら公共料金、携帯代など払って月7万円なんてとても暮らしていけません。敏感な市民からは、ツイッターに<#竹中平蔵は月7万円で暮らしてみろ>というハッシュタグ付けて書き込みが始まってます。

タンドリーチキン・カレー 1020円

ま、あまり愉快ではない話はこの辺にして、本日は本格的なインドカレーが食べたくて、ランチは銀座の「デリー」に久しぶりに行って来ました。

 神保町を特集したテレビ番組を見ていたら、「共栄堂」「ボンディ」「カヴィアル」「仙臺」…と美味しそうなカレー屋さんが出てきて、食べたくてしょうがなくなってしまったのです。昼休みは、時間がないので神保町まで行けず残念!

 そう言えば、もう30年も昔、文芸記者だった頃、週に2~3回は神保町に通ったものです。書評用の本を買ったり、岩波書店や小学館などの出版社に行って取材したり、です。その時、よくランチに行ったのが、東京堂近くの「キッチン南海」でした。それが、今年のコロナで閉店になってしまった、ということでショックでしたが、最近、また近くで再開したというのでいつか行ってみようかな、と思っています。

 カレーの話でした(「キッチン南海」もカツカレーが旨かった)。この銀座「デリー」も会社が日比谷にあった30年前によく行ったものでした。今回、30年ぶりぐらいに行ったのですが、ビルが建て替わって店もスタッフも全く新しくなっていて、「スープカレー」屋さんだったこともすっかり忘れていました。でも、「30年前もスープカレーだったかなあ」と今でも疑っていますが(笑)。

 この店、ランチは銀座にしては手頃な値段で、スパイスも本格的ですから、話のタネとして一度は行ってみる価値があるかもしれません。でも、やはり、カレーなら、安くて美味しい神保町がいいなあ。

 

南北戦争と和製英語の話=松岡將著「ドライビング・アメリカ」から

 9月28日渓流斎ブログで「英語翻訳は難しい」とのタイトルで、日本人にとって英語学習が如何に大変であることを書いたところ、満洲研究家の松岡將氏から30年ほど前に書かれた自著「ドライビング・アメリカ」(日本貿易振興会ジェトロ出版・1992年2月24日初版)を送って頂きました(他にも理由があるのですが割愛)。

 書かれたものが30年以上前なので、当時は通用していても、今ではPC(ポリティカルコレクト)でアウトになってしまう表現(例えば「女子供」とか)や今では死語になった「マルキン」「マルビ」といった言葉も出てきますが(笑)、今読んでも不変の話が多く出てきますので、勉強になりました。

 それにしても、当時はインターネットもパソコンも普及しておらず、原稿は、頭と手書きで書いたものですから感服致します。

 松岡氏は農林省に入省しますが、1972年から76年にかけて外務省に出向し、米国の在ワシントン日本国大使館に勤務します。その間の1975年は、昭和天皇皇后両陛下の訪米という最大のイベントに遭遇し、大使館地下に直通電話を何本も引いて緊密連絡の指令塔になったり、シカゴ農場ご訪問の担当で下見検分に行って分刻みの日程をつくったりしたといいます。その辺りは「住んでみたアメリカ」(サイマル出版会、1981年)に詳しく、この「ドライビング・アメリカ」では、ジェトロの理事になり、天皇陛下が訪問したシカゴのバルツ農場を15年ぶりに再訪したことなども書かれています。

 本書では米国人には常識であっても日本人の多くが知らなかった米国史が出てきます。例えば、米大陸最初の英国人による植民は、日本でもあまりにも有名なメイフラワー号ではなく、これに先立つこと13年前の1607年4月のスーザンコンスタント号、ゴッドスピード号、ディスカバリー号の3隻によってその第1歩が印されたことを挙げています。

◇知られざる南北戦争

 また、松岡氏一家4人が住んだ米ワシントン郊外のヴァージニア州が南北戦争の激戦地だったことから、所縁の地を訪れたりします。南部連合が首府としたヴァージニア州リッチモンドと北部連合の首府が置かれたワシントンとの距離はわずか150キロで、今なら車で2時間だという距離には驚かされました。

 そして、この本を読んで初めて知りましたが、南北戦争は一人の農夫ウィルマー・マクリーンの自宅で始まり、また同じマクリーンの自宅で終わったという歴史的偶然が描かれています。簡略すると、1861年7月、ワシントンから南西約20キロ離れたブルランという所で、前線巡察中の南軍の将軍と参謀が、マクリーンの自宅で昼食中に、北軍の砲弾が飛来し、炸裂したのが南北両軍による戦闘開始のきっかけとなります。

 マクリーンは戦火を逃れるためにブルランを離れ、ヴァージニア州のアポマトックス村に農場を買い、移住して数年間は平和に暮らしますが、1865年4月9日、道を歩いていたところ、南軍のマーシャルと名乗る若い大佐から呼び止められ、「リー将軍がグラント将軍と会見するふさわしい場所はないか」と尋ねられます。マクリーンは最初は、近くの使われていない裁判所庁舎に連れて行きますが、マーシャル大佐は気に入らず、そこで、マクリーンは彼を自宅に連れて行くと、大佐はその広間が気に入り、両将軍の会見の場になったといいます。

 ということで、旅順要塞陥落で乃木将軍とステッセル将軍が会見した「弾丸あとも著しく、崩れ残れる民屋」旅順の水師営と違い、アポマトックスのマクリーン・ハウスは何の変哲もない家で、観光客も少なく、奥さんから「なあに、この広間。普通の家とちっとも変わらないじゃないの」とまで言われた逸話まで書いてしまっています。

 日本人で、南北戦争に興味がある人はそれほど多くありませんが、米国史にとっては欠かせない一大事件です。色々と諸説ありますが、この南北戦争では、グラント将軍率いる北軍の死者は約36万人で、リー将軍率いる南軍の死者は約28万8000人で合計64万8000人。第2次世界大戦の米軍の死者が31万8000人といわれていますから、如何に犠牲者が多かったかが分かります。

◇英語翻訳は難しい

 この本の後半では、この記事の最初に書いた「英語翻訳は難しい」例が沢山出てきます。「英語は簡単すぎるから難しいのではないか」という著者の結論は、私と全く同じなので吃驚してしまいました。

 今からもう60年以上も昔ですが、日本、米、カナダ、ソ連の4カ国がワシントンで「北太平洋のオットセイの保存に関する暫定条約」の交渉が行われた際、日本代表団の一人がオットセイが英語から出た言葉だと思い込んで、何度も「オットセイ」と発音を変えたりして発言したのに全く通じなかったという笑えない逸話も紹介しています。(この話はオチがあり、仕方なくオットセイの絵を描いたら、相手から「何だ、鳩か」と言われたとか)

 和製英語になっている単語が、当たり前ながら米国では全く通用しないことも本人の体験談として書かれています。全てに答えが書いていなかったので、老婆心ながら小生が英単語付で御紹介するとー。

自動車のハンドル⇒wheel (be behind the wheel で運転する)

パンク⇒ flat tire(punctureなら通じます)

バックミラー⇒ a rearview mirror

エンスト⇒ engine stall (stopは使わない)

ガソリンスタンド⇒ gas station(standじゃない)

取り敢えずこの辺で。

東証は大丈夫なのか?=そして「学問の自由」の侵害に物申す

銀座・能登輪島 

 昨日10月1日、東京証券取引所のシステム障害で前代未聞の「終日、全銘柄の売買停止」の事態となり、関係者は泡を食ったことでしょう。1日3兆円もの取引があるとは、知らなかったなあ…。

 何しろ、東証に参加している7割が外国人投資家だということですから、世界的な大事件になってしまったわけです。でも、単純計算すると、日本人はわずか3割しかやっていないということでしょうか。じゃ、ほとんどの皆さんには関係ない話でしたね(笑)。

 私が興味を持ったのは翌日の新聞紙面はどうなるか、ということでした。何しろ「終日停止」は初めてのことです。まさか白紙の紙面を出すわけにはいかないはず、どうなるのかなあ、と思いましたら、2日の日経朝刊紙面は上の写真の通り、「-」が並びました。(朝日、毎日、東京は株価欄は掲載せず、読売、産経はデータなしで掲載)

 2日はシステムも回復して、通常通り取引が再開されたということで、やれやれです。「バックアップ」が機能しなかったということが今回最大の問題点だったでしょうね。

 ◇◇◇

 さて、菅義偉首相が1日、「日本学術会議」(政策提言を行う国の特別機関)が新会員として推薦した法律・歴史学者ら6人の任命を拒否していた問題が発覚し、本当に唖然としました。政府は、その理由を開示することを頑なに拒否しましたが、任命拒否された6人は安全保障関連法や特定秘密保護法などで政府の方針に異論を唱えていた学者ばかりです。任命拒否は、憲法が保障する「学問の自由」の否定につながり、「ついにここまで来たか」との意を強くしました。

 任命拒否された一部の学者をご紹介すると、特定秘密保護法について、「民主主義の基盤そのものを危うくしかねない」と批判した東京大社会科学研究所教授の宇野重規教授(政治思想史)、長年、改憲や特定秘密保護法などに反対してきた東京大大学院人文社会系研究科で日本近現代史の大御所・加藤陽子教授、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法案について、参院の参考人質疑で、「戦後最悪の治安立法となる」と批判した立命館大大学院法務研究科の松宮孝明教授(刑事法)らです。

 随分あからさまですねえ。6人全員、菅氏から見れば、いわば国家権力に歯向かった人ばかりです。でも、ここは、民主主義国家日本ですよ。中国や香港や北朝鮮やベラルーシやロシアの話じゃないんですからね。これでは、「彼らには人権がない」なんて批判すらできませんよ。このままでは「表現の自由」まで脅かされかねません。

 2日になっても、加藤勝信官房長官は「任命権者である首相が日本学術会議法に基づいて任命を行った」と繰り返すのみで、任命拒否を見直す考えはないことを改めて強調しました。

 菅政権になってまだ間もないですが、こういう風潮では「この道はいつか来た道…」になりかねません。安倍前首相が後ろで糸を引いているのか、菅首相自身がしたたかに独裁しているのか、今の時点ではまだ推し量ることはできません。でも、黙っていたら、菅首相に同調することになるので、私は断固、任命拒否の撤回を求めます。

「図書カード」拝受と宗教騒動のお話

 NHK出版から自宅に封書が届きました。「面妖な、何用か?」と思いながら開けてみたら、「図書カード」(500円分)が入っていました。やったー、です。

 クイズに当選したわけではなく、NHKラジオの語学テキストの投稿コーナーに投書したことで抽選で当たったようです。思えば、語学学習はもう半世紀以上、NHKラジオで学習してきました。一番最初が中学校1年生の時の「基礎英語」(サラブレッドの綴りがthoroughbredだと知り、カルチャーショックを受けたことを覚えています)、中2で「続基礎英語」、中3から「英会話」…そして今でも聴き続けている杉田敏先生の「実践ビジネス英語」は「やさしいビジネス英語」から聴いているので30年以上経つと思います。あと、大学生から「まいにちフランス語」も聴き続けています。

 「実践ビジネス英語」はかなりのハイレベルで、NHKラジオ英語講座では最高レベルです。2年前から義理の息子になった米国人に試しに使ってみると、「そんな言葉知りません。チェック!」と言って、スマホで検索します。そして「本当に知らなかった」と白状するのです。凄い快感になりますが(笑)、英語を母国語にする人さえ知らないというのでは、日本人が知らないのも当然ですね。そんなことを投書したのです。まさか、これが当たるとは!(投書は誌面上では非公開にしたので、今回が初公開です)

湯島「吟」しめ鯖と盛り合わせ

 さて、一昨日夜、この渓流斎ブログのサイト管理運営でお世話になっているIT技師長のM氏と湯島の「吟」で、本当に久しぶりに一献を傾けました。この「吟」は、高校時代の後輩さんがやっているお店ですが、コロナ禍で経営が大変になりました。そこで、いわゆるクラウドファンディングで資金集めをしていたので、私も些少ながら寄付に応じたのです。おかげで、半年間、飲み代は半額になりました。

 M氏は主に関東・首都圏の寺社仏閣の縁起をまとめた公式サイト「猫の足あと」を主宰運営しているので、現代の宗教界の裏話に通じています。彼と会うと、そういった話が聞けるのが楽しみです。宗教学者は宗派の宗旨や歴史については詳しいでしょうが、宗教界のゴタゴタや最新情報に精通しているのは、やはり宗教ジャーナリストになるからです(笑)。

 例えば浄土真宗です。彼は、寺院から宗旨を変更した旨のメールを時折受け取るといいますが、一番多いのが真宗大谷派(東本願寺)から浄土真宗本願寺派(西本願寺)、もしくは浄土真宗東本願寺派への宗派替えだというのです。浄土真宗東本願寺派というのは、かつて真宗大谷派の東京別院(浅草御廟)だったのですが、いわゆる「お東騒動」で真宗大谷派から離脱しました。その流れで、全国のかなりの寺院が浄土真宗東本願寺派へ宗派替えしているというのです。(ちなみに、浄土真宗には本願寺派以外に高田派など合わせて十派あります)

 へー、知らなかったですね。騒動の経緯などご興味のある方は検索すれば色々と出てきます。そうこうすると、いつの間にか、貴方も宗教ジャーナリストですね。

 浄土真宗系の寺院は今最も布教活動に熱心で、わずか3カ月の講習だけで僧侶の資格が取れる即席コースを設け、新寺を量産しているというのです。これまでどんな宗派も、僧侶になるためには短くても2年間以上の講習と修行等が必要とされていたので、M氏も「いかがなものか」と眉を顰めておりました。

 話は変わって、「日蓮聖人門下連合会」11教団(あの国柱会もあります)の一つ、顕本法華宗です。総本山は京都の妙満寺で、全国に約200の末寺がありますが、そのうち150の末寺が千葉県内にあるというのです。千葉で顕本法華宗が盛んなのは、その宗派の僧侶が、土気城主の酒井氏を帰依させ、領地七里四方の寺院を法華宗にさせるという荒技を行ったからでした。(七里法華の根本霊場)

 顕本法華宗は包括宗教団体なので、末寺は総本山に上納金のような布施を納めなければなりません。こういう制度は顕本法華宗に限らず、ほとんどの宗派、宗教に通じますが、彼の考えでは「関西に基盤も作れず、実質千葉県の末寺に頼っているのだから、布教活動の都合上、実質本山を千葉に設けるべきではないか」というのです。顕本法華宗の開祖日什大正師(1314~1393)の出身地である会津には、妙法寺(会津若松市)のわずか一カ寺しかないそうです。

 上納金というと、暴力団組織のように聞こえますが、実は、逆に、ヤクザの方が、寺のピラミッド制と末寺から本山への布施制度を真似したといいます。これには酔いが醒めました。

 このような総本山に上納金を納める包括宗教団体を嫌がって、最近では「単立」の宗教団体が増えているそうです。総本山から離れるには、お東騒動のように、自分たちで本山として独立するか、一本独鈷で行くかのどちらかを選ぶことになります。

 これは、寺院だけではなく、神社でも増えているというのです。神社本庁へ志納金が支払えないという理由のほか、神社本庁の運営に反対して離脱するというのもあるそうです。あの明治神宮でさえ、一時「単立」になったことがあったというので、驚いてしまいました。

 宗教は過去の遺物ではありませんから、絶えず進化して信者、門徒を獲得する布教活動(=経済活動)をしないとつぶれてしまいます。

 M氏によると、関東地方の旧武蔵国足立郡、埼玉郡をはじめとした荒川沿いに真言宗の寺院が現在でも多くあるのは、江戸幕府が河川改修、新田開発を積極的に行い、水田農村が飛躍的に増えたので、農村仏教である真言宗が飛躍的に増えたからだといいます。
 一方、山間部は鎌倉幕府の庇護を受けた臨済宗系の寺院が比較的多かったのですが、曹洞宗に宗派替したところも多く、その上、明治維新になって、庇護者である大名・旗本がいなくなってしまい、その経済基盤が崩壊して、寺院の数が減る要因になったといいます。

 ただ、曹洞宗の場合は、明治維新後に、本山の一つである「総持寺」を能登(現在、総持寺祖院として残されている)から神奈川県の鶴見市へ移転させ、これが結果的に功を奏し、関東の曹洞宗はその立場を維持できたのではないか、というのがM氏の見立てでした。

 如是我聞。盃を傾けながら、という罰当たりの行いをしながらでしたが、私自身は大変興味深く拝聴しました。

初のブラジル料理、そして共同通信出身が首相補佐官になるとは!

銀座ブラジル料理「バッカーナ」のステーキ・ランチ1320円

 このブログを熱心にお読み頂いているAさんから「『銀座のランチ』を楽しみにしています」とのメールを頂き、「他の記事はつまらんのかなあ」と内心、しょげつつ本日もまずは銀座のランチの話題をー。

 コロナ禍で海外旅行ができないので、せめて世界各国の料理を銀座で食べ歩きしている、という話をいつぞや書きましたが、昨日はブラジル料理に挑戦してみました。多分、私自身、ブラジル料理は今回生まれて初めて食したかもしれません。

 とはいっても、ランチメニューにあったのは「ステーキ・ランチ」のみでした。150グラムと300グラムがあり、私は勿論、150グラムの方を選びました。ステーキですからね、残念ながらブラジルらしい独特の料理とはいえませんでした。サラダ・バーがあり、選び放題、食べ放題でした。レタスのほか、トマトやブロッコリーやコーンやピクルスやポテトサラダまであり、それに加え、カレーまでありました。御代わり自由。空腹の時にこの店を選べば良いかもしれません。

ステーキ・ランチ 左上がビーフカレー、それにブラジルのマテ茶

 でも、カレーはお米が外米なのかちょっと…という感じで、カレールーも少し甘ったるくて、正直いただけませんでした。肉も堅かったなあ…。これは個人的感想で、超有名店にケチをつける意図は全くありません、ということを断っておきます。

◇共同通信出身が首相補佐官に

 さて、昨日29日の閣議で、共同通信社・前編集局論説副委員長の柿崎明二氏(59)を10月1日付で首相補佐官に起用するというニュースが飛び込んできました。加藤勝信官房長官は「政治・行政分野の報道活動に従事するなど幅広い知識と経験を有しており、適任だと首相が判断した」と起用の理由を説明しましたが、「いかがなものか」です。

 柿崎氏は菅義偉首相と同じ秋田県出身ということが決め手になったようです。地元紙の秋田魁新報(電子版)も「メディア出身者が国会議員を経ずに首相補佐官に起用されるのは初めてだ」と、おらが故郷出身者が出世して手放しの喜びようですが、何か引っ掛かりますね。

 そもそも、メディアというものは、権力を批判してこそ存在意義と価値があるものです。権力者側に立つのではなく、虐げられた弱者の立場に立って物事を俯瞰して考えてこそ、メディアです。たとえそれが青臭い書生論で、建前に過ぎないと言われようが。

 となると、メディアから国家権力の中枢に潜り込むということは、監視され取り締まられる側から、一挙に監視し取り締まる側になるということで、180度違うコペルニクス的転回と言えるのです。これまでさんざん政府や政権を批判してきたのに、持論や思想信条や宗旨まで変えて、まさに変節したことになります。

 私自身は政治部記者をやったこともないし、柿崎氏を知っているわけではなく、共同通信には何人かの友人・知人がおり、個人的な恨みもやっかみも何もないのですが、寅さんのように「それをやっちゃあ、おしめえよ」と言いたくなります。

 私はテレビのワイドショーの一部は不愉快になるので見ないようにしていますが、コメンテーターとして出演した柿崎氏は、いつもは体制べったり派で安倍政権の代弁者と言われた時事通信社出身の田崎史郎氏とは正反対の意見を述べていたのに、最近は、田崎氏に同調して政権寄りの発言が増えてきたと聞きます。まさに、官邸入りを見越していた、と批判されても仕方ありませんね。

 こんなこと書いても、何の足しにもなりませんが、菅政権の政策に少なからず影響を与える首相補佐官は、共同出身だということを国民は一時も忘れてはいけません。

 

「首相動静」熟読のお薦め

 菅義偉首相の一日(動静)を見てみると、出張の日を除いて、普段は朝6時半ころにはお住まいの東京・赤坂議員宿舎を出て、官邸内を散歩して、永田町のザ・キャピトルホテル東急内のレストラン「ORIGAMI」や虎ノ門の「The Okura Tokyo」ホテル内のレストラン「オーキッド」などで朝食を取ってから、執務に入ることが多いようです。菅首相は「朝型人間」なんですね。

 朝食は,お一人や秘書官と取ることもあれば、何と竹中平蔵東洋大教授とも密談されることもあります。夜は、麻生太郎首相(当時)とは違って、あまり高級料亭で会食されることはないようです。目を引いたのは、9月28日 西大井の迎賓施設「志高荘」で似鳥昭雄ニトリホールディングス会長らと会食したことでしょうか。この志髙荘というのはあまり聞いたことがないので、調べてみました。

 志高荘は、「日経不動産マーケット情報」誌によると、ニトリが2017年に、東芝の迎賓館「東芝会館」を買い取ったもので、敷地面積は6422平方メートル。2階建ての和風邸宅は、1941年に日本コロムビアの三保幹太郎社長(当時)の私邸として建築され、1953年に東芝に譲渡されたといいます。ニトリの買収価格は不明ですが、地元不動産業者によると、土地だけで35億円は下らないといいます。

 へー、面白いですね。当時、上場二部落ちしてしまった東芝に対して、ニトリは31期連続増収増益を記録し、飛ぶ鳥を落とす勢いの家具チェーンでしたからね。何か、「平家物語」の諸行無常…の文句が思い浮かびます。

 ついでながら、日本コロムビアの三保幹太郎社長が気になって調べたら、広島県出身で日本産業=日産コンツェルンを創業した鮎川義介(満洲の二キ三スケの一人)の懐刀と言われた人で、満州重工業開発の理事を務めた方だったんですね。まあ、戦前の富裕層は桁違いです。この三保幹太郎の子息が慶応大学を出てジャズミュージシャンになった三保敬太郎(1934~86)です。彼がラジオでDJをやっていた番組を昔よく聴いたことがあります。レーサーでもあり、事故死したレーサー福沢幸雄(1943~69、福沢諭吉の曾孫で、歌手小川知子との恋仲が週刊誌に書きたてられたことを覚えています)とは慶応幼稚舎以来の親友だったんですね。酒に酔って階段から転落したことが原因で51歳の若さで亡くなっていたことまでは知りませんでした。

 首相動静から飛躍して色々と調べていくと、発展して、色んな興味深い事が出てくるものです。我ら国民の代表で最高権力者である首相の動向を毎日、熟読すれば、思わぬことまで色々と出てきます。是非、お読みになることをお薦めします。

 何? 新聞取ってない? 嗚呼…、何をか言わんや…

英語翻訳は難しい=深い悩みに苛まれて生き抜くしかない

 昨日、携帯のiPhoneのソフトウェア・アップデートを行ったところ、普段なら30分ぐらいで終わるのに今回は、iOS14.01にバージョンアップしたせいか、1時間半も掛かってしまいました。

 バージョンアップしたら、最初の画面まで変わり、これまで見かけないアプリも勝手にインストールされていました。それは、「翻訳」アプリで、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語など10カ国語の翻訳ができます。

 ちょっと、試してみたら、まあまあ、なかなかの出来でした。人工知能(AI)か、ビッグデータか知りませんが、昔と比べてかなり精度が上がっていました。でも、英語和訳は、私はかなり難しいと思っています。中学生でも分かる簡単な英語でも、真逆な意味になることがあるからです。

 例えば、No kidding.  普通なら、「まさか」とか「冗談でしょ?」という意味なのですが、最近では「全くその通りです」と肯定の意味で使われているのです。

 もう一つ、Tell me about it.  普通なら「それについて私に教えてください」という意味なのですが、「もう分かったからいい加減にしてくれ」という使い方もあるのです。真逆ですね。

 You’re so beautiful. も素直に取ってもいいのですが、会話の中で、発音や身振りを交えれば、かなりの正反対の真逆のニュアンスを皮肉を込めて意味することすらできます。これはAIではまだできないでしょうね。

 何と言っても、英語の難しさは、単語の少なさにあると思います。日本語の「私」は、僕、俺、乃公、吾人、あっし、てまえ、おいどん、わし、あたい、自分…まあ、いっぽいありますが、英語なら「I」だけです。ということは、Iには、僕から自分までさまざまな「私」を含んでいることになります。AI翻訳機はそのうち、そこまで微妙なニュアンスを翻訳できるようになるかもしれませんが、もう少し時間が掛かると思います。

 さて、話は変わりますが、最近、ボケーと生きていたら、このブログのサイトから広告が消えていたことに昨日、気が付きました。IT技師長のM氏に調べてもらったら、8月9日あたりに「テーマ」をアップデートした際、PHPが書き換えられて広告がなくなってしまったというのです。昨日すぐ復活してもらいましたが、1か月半無駄にしてしまいました。

 この渓流斎ブログは2017年9月15日、gooブログから独立して、新しく自分のサイトを開設して以来、皆さまにとって目障りな広告をリンクすることにしました。これは、サーバー代とドメイン代の足しにするもので、皆さまのご理解とご協力を賜りたいと存じます(笑)。宜しくお願い申し上げます(広告をクリックして頂くと0.1円から0.5円ぐらいの収入が入ってくるようです。自分でクリックしたら違反となり、チャラになってしまうようです)。

 また話が変わりますが、このブログに、個人的ながら「最近心配事が絶えない」と書いてしまいましたが、どなた様からも御下問がないので正直に打ち明けたいと思います。まず、先月から高齢の母親が入院したこと、その前に高校時代の旧い友人が軽微ではない病気で、週に3回通院するようになってしまったことでした。まだありまして、小学校時代の旧い旧い友人が脚を骨折し、3カ月の入院を余儀なくされており、大学時代の旧い友人もホームヘルパーなしでは普通の生活をするのに困難を来すようになっていることでした。周囲の親しい人たちが次々と不自由な生活を強いられているのに、私は、持病以外は至って健康で(変な表現)、いまだに田舎から都心まで電車通勤して仕事を続けることができ、たまーには夜の街でお酒を呑んだりして、少し後ろめたい気分にもなっているのです。

 さらに、最近、三浦春馬さん、竹内結子さんといった端から見れば売れっ子で経済的には何ら不自由のないと思われる私より若い有名俳優が自殺してしまうので、衝撃を受けてしまいます。コロナ禍で仕事がなくなって生活に困っている無名の舞台俳優がそれこそ何千、何万人もいるというのに、です。もしかして、売れているとか経済的に恵まれいるとはいっても、本人の悩みは深く、そんなものでは満たされないのかもしれませんが。

 「生老病死」というのは、仏教思想から人間の理(ことわり)だということは頭では分かってはいますが、どうも心配事は軽減することなくまとわりつき、思想も哲学も宗教も「救い」にはならないのではないか、と私は詰ったりしたくなります。「お前には修行が足りないからだ」と言われそうですが、勉強すればするほど悩みは深くなります。

 電車に乗れば、老若男女、スマホの画面に熱中していて、何をやっているかと思えば、ゲームをやっています。ゲームが悪いという意味ではないのですが、車内で私のように仏教書や哲学書を読んでいる人間はこの何十年もお目にかかったことがありません。

 私も書物を棄てて、ゲームに熱中すれば救われるのでしょうか?ーいや、そうは思いませんね。やはり、心配事や深い悩みに苛まれながら、重い十字架を背負うようにして、毎日、歩み続けていくしかないことでしょう。仏教的な諦念かもしれませんが、与えられた生命を全うして生き抜くしかないでしょう。やはり、自殺は御法度です。