駅前食堂

小学校何年生か忘れてしまいましたが、国語の教科書に、今でも忘れられないエッセイが載っていました。

「今でも忘れられない」と書いておきながら、その作品のタイトルも作者の名前さえ忘れてしまっているのですが(笑)

話は単純です。

作者が、ある地方都市に旅かなんかに出て、ふっと駅近くの食堂に入り、メニューをながめながら、何を食べようか思案してしまいます。

「カツ丼にしようかなあ、親子丼にしようかなあ」

作者は注文に来た女の子に聞くとはなしに聞きます。

その少女は、純朴そのものの女の子で、赤い頬に飛びっきりの笑顔を浮かべて、

「カツ丼も親子丼も、どちらも美味しいですよ」と言うのです。

作者は、その清々しい明るい対応に、その日は一日中気分がよかった。という何ということはない。別にオチもない、何でもない話なのですが、私はこの話が妙に心に印象として残り、何十年経っても忘れられないのです。作者が、結局、何を食べたことまでは覚えていません。とにかく、注文を取りにきたお嬢さんが、満面に笑みを浮かべながら「どっちも美味しいですよ」と言ったことだけが、何か、一期一会の奇跡のようで、情景さえ浮かんできてしまうのです。

何で、こんなことを書いたのかと言いますと、つい先日、温泉近い駅で昼食をしようと入ったお店で、同じような体験をしたからです。

私は、ラーメンにしようか、蕎麦にしようか迷ってしまいました。

すると、お店の女性が「中華もお蕎麦もどちらも美味しいですよ」と言うではありませんか!

何か、デジャビュのような体験でした。

恐らく、私と同世代でしょうが、教科書で、このようなエッセイを覚えている方は、作者名と作品を教えてください。その他何でもコメントしてくださいね。

“駅前食堂” への10件の返信

  1. はじめまして!昭和31年生まれの63歳男性です。私もこの「おいしいよ、みんなおいしいよ」印象に残っています。
    作者はたしか、当時(昭和40年前後)ニュースキャスターであった古谷綱正の兄、古谷綱武であったと記憶しております。挿画も地方の駅前の食堂、ほっぺの紅い素朴で純情な従業員の少女が描かれていたのを憶えております。
    東京江東区の区立小学校の国語教科書に載っていました。

  2. 初めまして。夫に、昔の国語教科書にあった小説などの話をしているとき、ふと「おいしいよ…」を思い出し、検索したところ、このブログに。またわずか1か月前、私と同じ思いでrassamさんがコメントされている偶然に驚いているところです。
    セリフははっきり覚えており、まず筆者が「親子丼、おいしい?」と尋ねるのです。すると女の子が「おいしいよ」と答える。さらに「かつ丼、おいしい?」「おいしいよ、みんなおいしいよ」という流れです。テリーさんの記憶どおりです。
    結局、食べたのは親子丼でした。
    授業では、先生が「本当はさほど美味しい店ではなかったのかもしれない」と解説されたんです。あの先生が担任なら、5年生か6年生。1969年か1970年、こちら大阪市です。
    タイトルは「おいしいよ、みんなおいしいよ」だった気がします。作者などはわかりませんが、覚えている方が何人もいらっしゃることで、嬉しくなりました。

    1. まつやまようこ様
      コメントどうも有難う御座います。
      そうでしたか。食べたのは親子丼の方でしたかあ(笑)。凄い記憶力ですね。
      それにしても、12年も前に書いた記事に、ほぼ時を同じくして、立て続けにコメントを頂くとは驚きです。
      何か記憶のマグマが噴火したようです(例えが変ですけど)
      何となく、教科書の「駅前食堂」(仮)にはイラストがあったような気がして、顔のほっぺが赤い、前掛け(古い!)をした少女のイラストだったような感じがします。恐らく記憶違いでしょうが(笑)。
      渓流斎

  3. 12年前の記事へのコメントで恐縮です。
    私もこの話をずっとおぼえていて、誰かこの話のことを知っている人はいないかと検索して、このページにたどり着きました。
    丼物を注文する際はいつも頭の片隅に赤いほっぺの娘さんの姿が浮かんできます(笑)

    神奈川県の小学校で昭和43年頃の記憶です。

    1. rassam様
      12年前の記事へのコメント、洵に有難う御座いました。
      早くしないと、このブログを書いた人はいなくなるところでした(笑)。
      昭和43年の小学生なら同世代ですね。
      確かに、こんなエッセイありましたよね?
      作者と題名までは覚えていらっしゃいませんでしたか?

      もう一つ、忘れられない教科書の話に「巌の顔」がありす。何の取り柄のない少年が、地元の山の巌の顔に似た人が村の英雄になって、村を救うという話を親から聞き、早く英雄に会いたい、と待ち望みます。
      ある日、そんな人が来たというので見に行ったら、軍楽隊が大歓迎しますが、その人は、巌の顔と似ても似つかぬ人物で、ガッカリします。
      結局、巌の顔はだれだったのか?

      1. 「駅前食堂」(仮)の作者と題名は残念ながらわかりません。もう少し調べてみるつもりですが。

        じつは友人と「駅前食堂」について話した折に、「巌の顔」も話題にあがりました。やはりこの2つは印象深かったのでしょう。ちなみにご存知かと思いますが「巌の顔」はナサニエル・ホーソンの短編「巨巌の顔」がオリジナルだそうです。

        中学の国語の時間、「巌の顔」の挿絵に手を加えて変顔にし、友人に見せたら爆笑されて、先生に叱られた思い出があります。

        1. あらま。早速のお返事有難う御座います。
          「巌の顔」は、作者名まで知りませんでしたが、どこか外国の短編だということは知っていました。最後は、主人公の少年が長じて、彼こそが「巌の顔」に似ているということで、彼が村長に選ばれたという話だったと思います。
          もう一つ、作者もタイトルも内容まで殆ど覚えてないのに、印象的だった作品は、小さな日本の港町で、漁に出た船が嵐か何かに巻き込まれて、帰って来られなかった悲しい話もありました。当時(昭和38年から43年)の小学生時代の教科書を再読したくなりました。

  4. 本当ですか?
    テリーさん!

    あなたは偉い。

    やはり、そういう話はあったんですね。

    嬉しくなってしまいました。

  5. Unknown
    私もその文章は覚えています。たしか「おいしいよ。
    みんなおいしいよ」というセリフだったと思います。
    40年ぐらい前の話ですね~。

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