ミトラ神を巡る攻防=弥勒菩薩が貶められあんまりだあ

 清水健二著「英語は『語源×世界史』を知ると面白い」(青春出版社)を相変わらず読んでいます。

 前回(7月31日)、この本を渓流斎ブログで取り上げた際、ちょっとケチを付けてしまいましたが、訂正します。なかなかよく出来たためになる本です。英語の語源と世界史を同時に学ぶことが出来るので、一石二鳥、一石三鳥です。

 「言葉は世につれ、世は言葉につれ」なんて私しか言ってませんけど、言葉は歴史的出来事の影響に事欠きません。この本を読むと、英語が特に影響を受けたものは、順不同で挙げてみますと、古代ギリシャ神話、ローマ神話、古典哲学、医学、天文学、キリスト教、イスラム教、人種と民族、十字軍、ルネサンス辺りで、この本でも章に分けて解説しております。

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 私自身、かなり知っているつもりでしたが、この本で初めて知ることも多く、勉強になります。その中の一つが「ミトラ教」です。キリスト教が入る前の古代ローマは多神教で、ミトラ教もその一つでした。これは、古代インドや古代イランの太陽神ミスラ信仰やアケメネス朝ペルシャのゾロアスター教の流れを汲む密教宗教がローマの神々と融合されたもので、歴代ローマ皇帝も信奉者だったといいます。自らを太陽神ミトラになぞらえて皇帝崇拝の思想を強める狙いがあったといいます。

 このミトラmitra は、サンスクリット語で「軽量者」の意味で、歳月を測ることから「太陽神」となります。また、人間関係を量ることから「友情の神」「契約の神」などとされるといいます。このミトラの語源から阿弥陀(アミターバ amitabha とアミターユス amitayus)が出来て、阿弥陀仏とは、「測り知れない命や光の仏陀=覚りを開いた人=」を意味することになります。

 ミトラ mitra は、インド・ヨーロッパ語に入ると「量る、測る」という意味のme となり、この派生語から、metronome(メトロノーム)、 diameter(直径)、 thermometer(温度計)、 symmetry(左右対称)、 asymmetry(左右非対称)、 pedometer(歩数計)などが生まれました。

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 ここまでがこの本に書かれていることですが、ミトラと言えば、以前読んだ植木雅俊氏がサンスクリット語から現代語に翻訳した「法華経」(角川文庫)を思い出します。ミトラ神は仏教にも取り入れられ、マイトレーヤ菩薩になったというのです。マイトレーヤ菩薩とは、釈迦入滅後、56億7000万年後に仏陀として現れる弥勒菩薩のことです。でも、「法華経」では、文殊菩薩が語るところによれば、この弥勒菩薩は名声ばかり追い求める怠け者だったとしているのです。何ともまあ手厳しい。弥勒菩薩は京都・太秦の広隆寺の半跏思惟像が大変有名で、あの有難い弥勒菩薩が、そこまで貶められてしまうとは! この部分について、翻訳者の植木氏は「イランのミトラ神を仏教に取り入れて考え出されたマイトラーヤ菩薩を待望する当時の風潮に対する皮肉と言えよう」と解説しています。

 こうして見ていくと、インド・ヨーロッパ語族というくらいですから、古代の世界は現代人が想像する以上に、欧州とペルシャとインドとの交流が盛んだったということが分かります。ただし、宗教に関しては、お互いにかなり影響を受けながらも、欧州人とイラン人とインド人とで反目し合っていたということなのでしょう。

(つづく)