「不経済波及効果」(私の造語)

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新型コロナの感染は収束せず、5月末まで緊急事態宣言が延長されました。

 一番困っているのは、小さな商店主でしょう。中でも飲食店、遊戯店、居酒屋、バー、クラブ…。いや、百貨店も、街の惣菜屋さんも、玩具店も、本屋さんも、大っぴろげに営業できるスーパー以外はどこもかしこも営業自粛で困っています。

 何処かの国のように確実に休業補償でもしてくれれば、何の心配もないのですが。

上の写真は、東京・銀座の歌舞伎座の横にある小さな商店街にあるイタリア料理店の看板です。

今日、昼休みにランチをしに行く途中で見つけました。

2020年の春は、東京五輪を控え、世界中からの観光客で溢れ、店はてんやわんやで、予約で順番待ちになるはずだった…。しかし、現実はあまりにも過酷。雇用を失った彼らは何処に行って、これから何をしていくのでしょうか?

 ランチは、いつも行く昼はランチ定食をやっている馴染みの居酒屋のW。若い、とは言っても40歳前後のご主人は「今月いっぱいなら、ギリギリ何とかって感じですかねえ。家賃や電気ガス水道代もありますが、精神的な疲れの方が大きいですね。我々だけでなく、銀座の酒屋さんは、バー、クラブなどの業務用相手に商売してるので、今は売上が激減して危ないところもあるみたいですよ」と、そっと教えてくれました。

「不経済波及効果」といったところでしょうか。

ものの判断は時によって移り変わる

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昨年の今頃の に、この渓流斎ブログに書いた「村上春樹が初めて語る自身の父親」記事に対して、1年経った昨日になって、sohzohさんという方から以下のコメントを頂きました。

「安養寺」違いもそうですが、父親の名前も15ページに記載されています。正しい記載をお願いします。

 上のコメントは何を意味するのか、昨年の記事をリンクしていますので、そちらをご参照して頂くとしまして、正直、「何で今ごろになって?」という感慨に襲われました。でも、その理由はすぐ推測できました。先月4月末に村上春樹氏の「猫を棄てる」が単行本として発行され、ベストセラーの1位になっていることを新聞の書評欄で読んだからです。さすが「国民的作家」です。私のブログの「人気記事」の上位にも、この関連記事が急に多く読まれるようになりました。恐らく、検索して引っ掛かって、たまたま目にしたのでしょう。

 コメントして頂いたsohzohさんにしても、「父親の名前も15ページに記載されています」と書かれているように、単行本を読んで、そのページを書かれたのでしょう。なぜなら、月刊文藝春秋」に連載時は240~267ページに掲載されていたからです。何を言いたいのかと言いますと、雑誌連載を単行本化するに当たって、著者は、必ず、加筆修正するということです。私はまだ単行本の方を読んでいないので、断定できませんが、単行本化するに当たって、名前を入れた可能性があるかもしれないということです。(勿論、小生が見落としていた可能性の方が大きいでしょうが)

 そして、さらに、何を言いたいのかと言いますと、ブログは、その日の感情で書いているだけで、しばしば筆が走り過ぎて、友達をなくすこともあり(Oh! No)、年月が経てば、時代も価値観も変わるだろうし、自分自身の思想信条も変化するということです。

緊急事態宣言下の金曜日夜の東京・有楽町駅前

 何でこんなことを書いたかと言いますと、(そして、私のような無名の「無用の人間」の言動など何の頭の足しにならないと自覚した上で言いますと)、ある有名になった作家が、20年前に作家デビューする前に「若気の至り」で書いたことが、20年も経って非難され、ついに謝罪に追い込まれたという新聞記事を読んだからでした。

 デジタル記事は恐ろしいですね。活字は劣化しませんし、他人のミスは、自己の欲求不満の吐け口として拡散されます。この渓流斎ブログも、2005年に始めましたが、15年前に書いた記事を批判されても、…というか、ボロボロに叩かれても、「はあ?」と思うしかないし、もっと謙虚になれ、と言われれば、「そういう貴方は?お互いさまでしょ」と言いたくもなります。こんなことを書いては炎上しますね(苦笑)。勿論、明らかな間違いは、安倍首相のように躊躇なく速やかに訂正致しますが。

 でも、フェイスブックにしろ、ツイッターにしろ、SNSは、個人情報を収集して、選挙キャンペーンに利用したり、製品の売り込み手段に使ったりしている実態の新聞記事を読んだりすると、正直、嫌になりますね。Facebookなんぞやめたくなります。ある個人が、あるニュースを何分間かけて読んだか、とか、いやらしい画像や動画を何分見たかまで収集して、その人の趣味趣向、性癖を分析しているようです。監視社会丸出しですね。

さて、話は変わって、今読んでいる立花隆著「天皇と東大」(文春文庫)は、やっと第2巻「激突と右翼と左翼」に入りました。第1巻が幕末から明治、大正初期の話だとすると、第2巻は大正から昭和初期の話です。やはり、立花氏は凄いですね。この本を書くために生まれてきたんじゃないかと思えるぐらい、精魂を傾けています。

 第2巻のことを書く前に、第1巻で興味深かったことを追記しておきます。

・日本の大学の歴史を語る上で最も欠かせない人物である山川健次郎は、会津白虎隊の生き残りだった。日露戦争を煽った戸水寛人教授事件で明治38年に東京帝大総長を辞任すると、5年半は官職につかなかった。明治44年に九州帝国大学が設立されると、その総長になり、その2年後の大正2年(1913年)に東京帝大総長としてカムバック。さらに翌年には京都帝大総長を併任することとなり、一人で三帝大の総長を歴任するという空前絶後のキャリアを積む。その間に、京大沢柳事件、東大森戸事件などが起きる。

・大正8年、大学令の施行で、東京帝大は、それまでの法科大学、理科大学などの分科制から学部制となり、この年になって初めて経済学部が創設された。そのため、当初は、先行する慶應義塾や東京高商(一橋大学)にはとてもかなわなかった。官吏養成学校だった東大もこの頃からようやく民間企業に卒業生が入るようになった。…実は、明治10年にできた東大では、経済学は、当初は、文学部で教えられていた。明治12年に、文学部第1科が「哲学政治学及理財学科」となり、ここで初めて経済学の授業が行われた。文学部第2科は「和漢文学科」で、政治学や経済学は文学部の片隅に仮住まいしていたかのように見えるが、実態はその逆で、文学部の本流が政治学、経済学の側にあった。最初に経済学を教えたのは「日本美術の父」と言われる米人フェノロサだった。

・東大経済学部の蔵書は、関東大震災でほとんど焼失してしまったが、その中で、最も重要な蔵書である「アダム・スミス文庫」を外に持ち出して救ったのが、永峰という60歳ぐらいの名物小使いさんだった。この文庫は「経済学の父」アダム・スミスの蔵書で、国際連盟事務局の副総裁になって東大を休職していた新渡戸稲造がロンドンの古書店で買い付けて、東大に寄贈していたもので、これを受け取った高野岩三郎教授が「貴重本」として保管し、イザというとき最初に持ち出せと命じていたものだった。

・東大の森戸辰男助教授が、経済学部機関誌「経済学研究」に「クロポトキンの社会思想研究」を書いて森戸事件(1920年)を引き起こすに至ったそもそもの発端は、大逆事件(1910年)だった。当時、第一高等学校生だった森戸は、徳富蘆花による講演「謀叛論」を聴講して多大な影響を受ける。その要旨は「ものの判断というものは、時によって移り変わる。現在、例えば『逆徒』と呼ばれようとも、新しい時代になれば、別の判断が下されるということがあり得る。従って、幸徳秋水氏らの(大逆)事件についても、私たちは冷静に考えなければならない。思想は時代と深い関係がある。若い人々は常に新しいものを求めて、たえず『謀叛』しなければならない。…吉田松陰は、徳川幕府により逆賊として死刑に処せられたが、現代では神として祀られているではないか。そのように世の中は変わるものである。そして、それにつれて正義とか忠誠とかも、その基準とか内容が変わっていくものである」

ムフフ、今日初めに書いたことに戻りましたね。私が今日言いたいことを、全て徳富蘆花氏が代弁してくれました。

新型コロナの真相が分からないのに煽動している人たち

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新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言は、1カ月ほど延長されるようです。仕方ないですね。経済活動より人の命の方が大切ですから。

 でも、「コロナ以前」と「コロナ以後」では、世界は激変することでしょうね。一番激変するのは雇用形態です。大手企業の大半は、自宅待機でテレワークなんぞをやってますが、出社する人間は、コロナ以前と比べ、半分以下でも済んでしまったことが分かってしまったのです。余剰人員であることがバレてしまったんですね。

 旅行は、所詮、メーテルリンクの「青い鳥」探しですが、国内の鄙びた温泉に行こうが、海外の秘境に行こうが、「ここでない何処か」も「どこでもない此処」も何処に行っても同じで変わらないことがバレてしまったのです。

 世界中の人間が、グローバリズムという世界経済システムに組み込まれていて、都市封鎖をして経済活動を止めたら、どうなってしまうのかバレてしまったのです。そして、その阿漕な搾取構造もバレてしまったのです。

 飲んで浮かれて騒がなくても、生き延びることができることがバレてしまったのです。

健康重視のためフィンランドのスポーツシューズ「カルフ」買っちゃいました(笑)

 全ての話題とニュースが「コロナ漬け」になり、それが3カ月以上も続くと、さすがに、人々の苛立ちが募るようです。中には「武漢ウイルスは人工的につくられた」とか、「ワクチンの独占販売権を握った製薬会社の陰謀だ」とか、「陰謀論」が噴出し出しました。でも、私自身は、正直、あまり与したくありませんね。恐らく、真相は10年後か、20年後か、かなり年月が経たないと分からないと思っているからです。

 今、「日本人の必読書」として立花隆著「天皇と東大」第1巻(文春文庫)を私が一生懸命に読んでいることは、世間の皆様にバレていることでしょうが、この中で、「戸水寛人教授の『日露戦争継続論』」という章があります。戸水教授というのは、東京帝国大学法科大学教授のことで、当時の日本の知性を代表する頭脳明晰な人物と言えます。そんな人が、取り付かれたように狂信的な超国家主義者となり、戦争前は、盛んに「ロシアと戦争すべきだ」と新聞や雑誌に投稿し、帝大の七博士と連名で、元老の山縣有朋らに建白書を送り付け、戦争になれば、満洲はおろか、バイカル湖まで占領しろ、と煽り、戦争が終結し、講和条約締結(ポーツマス)の際には、「もっと戦争を継続しろ。何で勝ったのに賠償金が取れないんだ。樺太の半分なんてとんでもない。戦病死した10万人に何と言えばいいのか」と煽動し、何も知らない一般市民を日比谷焼き討ち事件を起こすように煽動し尽くした人でした。

 後世の人間から見たら、日本最高の知性が、何とも誇大妄想是に極まり、ピエロのような間抜け(失礼!)に思えますが、実は、当時は、日露戦争の実態を軍事機密として政府が公表しなかったので、日本はほとんど兵力も武器弾薬も尽き、負け戦寸前で、続行すれば、ナポレオンのモスクワ攻防の二の舞になるところだったことを臣民(東京帝大の教授陣も含めて)は誰も知らなかったのが真相だったのです。(このことは、講和条約を仲介した米国のセオドア・ルーズベルト大統領は情報機関を通じて、先に熟知していました!)

 そして、さらに驚くべきことに、この真相が初めて日本国民に明らかにされたのが、「機密日露戦史」(原書房)の形で公刊された戦後の1966年以降だったというのです。日露戦争は、1904(明治37)年から翌年にかけてのことですから、何と、60年以上も経って初めて真相が明るみに出たということになります。

 ということは、現在、テレビやメディアで、侃侃諤諤と医療専門家もコメンテーターと称する人間も、あることないことしゃべったりしていますが、これまた失礼ですが、真相が分からないのに主張している可能性があります。もしかして、60年も経てば、今回の新型コロナウイルスは、大手製薬会社の陰謀だったという証拠が出てくるかもしれませんが、少なくとも、渦中の今は、真相も分からない人間が、推測で物を言ったり、書いたりしているのではないのでしょうか。

◇偽情報には振り回されないこと

 100年前のスペイン風邪流行時とは違い、現在は、情報量は膨大です。しかし、その情報も玉石混交で、フェイクニュースがかなり混じっています。今の段階は、冷静になって、あまり情報に振り回されることなく、歴史的教訓にも学ぶべきではないでしょうか。

 少なくとも、私自身はそう確信しています。

新型コロナでなければニュースではない

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 右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても、「新型コロナ」一色で、新型コロナに関連しないものはニュースではない、という勢いです。

 美談がたくさんある一方、「パチンコ店に押し寄せる県外ナンバーの車」「人が来ないように伐採されてしまった満開のチューリップや藤の花」「看護師の子どもの通園を拒否する保育園」「『感染者が出た』とデマを流して飲食店を閉店させた輩」…ちょっと耳を塞ぎたくなるような心無いニュースも聞かされます。日本人ってこんな民族じゃなかったのになあ…。

 経済関連は良い事一つもなし、といった感じで、ソフトバンクグループは30日に、2020年3月期の連結純損失(赤字)が9000億円に拡大するとの見通しを発表しました。9000億円ですよ。今年度の一般会計予算で鹿児島県が約8400億円、長野県が約9400億円などと言われますが、どれくらいの規模なのか分かります。(もっとも、ソフトバンクの有利子負債は桁違いにも15兆円もあります)

 当然ながら、1929年以来の世界大恐慌が予想されています。それなのに、本日(4月30日)なんか、世界主要国の株式は値上がりしてるんですよね。NYダウは532ドル高、東京の日経平均の終値は、3月6日以来約1カ月半ぶりに2万円台を回復しました。どうやら、エボラ出血熱用に使われている抗ウイルス薬「レムデシビル」が新型コロナにも効くんじゃないかと、治験で好成績が確認されたことが原因らしいですね。

 こんなチグハグな状況だから、危機意識の全くない命知らずの人間が暴走したり、公共心もない行動を平気でやる輩が出てくるのです。

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 その一方で、どうも、新型コロナに関しては、世界中の人々が「見えない恐怖」に怯えていると思います。もし、新型コロナウイルスの色が肉眼で見えたり、臭いがしたりしたら、そして、何よりも「死に至る病」ではなかったら、これほど大騒動にならなかったことでしょう。「感染経路が分からない」というのが一番厄介です。

 識者によれば、日本では最初の武漢ウイルスは3月半ばに収束したものの、変異したウイルスが欧州に蔓延し、その変異ウイルスが日本に入ってきて、3月末からの拡散につながったようです。

 となると、また色々と変異して強くなれば、夏場に収束しても、また今冬、来年もと第2波、第3波が来ることを覚悟しなければなりません。来年の東京五輪開催も怪しくなってきました。日本だけの問題じゃないですからね。

 これは、100年前のスペイン風邪流行(1918~1920年)の教訓が教えてくれます。3年かかったわけです。全世界で患者数約6億人で、2,000万から4,000万人が死亡したとされています。100年前も都市封鎖や学校休校、商店閉鎖などの措置が取られたようですが、犠牲者の多さには茫然とします。

 100年前も「自宅待機」が半ば強制されたでしょうが、今と比べれば本当に大変で、今の100倍以上の忍耐を強いられてことでしょう。今のようにテレビもなければ、インターネットもなく、ネットフリックで映画を見たり、SNSで顔を合わせて通話したり、zoomで社内会議したりもできませんからね。

 昔の人は偉かった。

女優岡江久美子さんも新型コロナで=【動画】緊急事態宣言下の銀座はゴーストタウン

 女優の岡江久美子さんが23日早朝、新型コロナウイルスで亡くなったというニュースが同日午後に飛び込んできました。

 行年63歳。まだお若いですが、乳がんの手術をされた後で免疫力が弱まっていたようです。

 岡江さんは長年、TBSテレビの朝の生番組の司会役として出演されていたので、第一報はTBSでした。ご主人の俳優大和田獏さんとおしどり夫婦としても知られていました。御冥福をお祈り申し上げます。

若い人の中には、まだ危機感がなく、今度のゴールデンウィークには海や山に、そして何よりも他府県のパチンコ店へ繰り出そうと計画しているようですが、やはり、この期に及んで、ですから、自粛すべきですね。そうでなければ、為政者は、要請ではなく、もっときつい強制に変更しかねませんよ。

東京・銀座・東映映画館周辺 Copyright par keiryusai

 東京・銀座の盛り場は夕方からの書き入れ時も、ご覧のように、まるでゴーストタウンです。

 映画館も休業で、人通りも殆どなし。現実なのに、まるで映画を見るようです。皮肉ですね。この動画も、恐らく、【アーカイブ映像】として、歴史に残るかもしれません。

東京渡辺銀行のルーツはお江戸日本橋の鮮魚商「明石屋」だったとは

 本日は1週間ぶりに都心の会社に出勤。例の「ギックリ脚」で、歩くと右太ももと右膝の後ろ辺りが痛く、ヤバイと思いましたが、何とか会社に辿り着きました。

 脚をいたわりつつ、軽く足を引きずって歩いていると、どんどん追い越されます。小さな子どもより遅いかもしれません。気が付きませんでしたが、世の中には杖をついてゆっくり歩いている人がこんなにいたとは! 彼らのスピードで歩いてみて、初めて存在が分かりました。駄目ですね、ヒトは。

 先週は外出禁止令で自宅に引きこもっていたら、パソコンのやり過ぎで、相当ギガを食ってしまいました。私の場合は、N社のモバイルWi-Fiを契約しているのですが、毎月3GB程度(何と月額968円)で済んでいたのですが、1週間で既に5GBも使用してしまいました。仕方ないので、1GBを追加(550円)し、来月は、10GBに変更(月額2508円)しました。容量は毎月変更することができ、使わなかったGBはそのまま翌月に持ち越されますので、まあまあの値段かな、と思っています。

明治元年(1868年)創業。152年の歴史を本日20日で閉じた東京・東銀座の歌舞伎座前にある弁当・仕出し屋「木挽町 弁松」。雨の中、マスコミが押しかけてました

 ところで、このブログの「コメント」欄まで御覧になっている方はいらっしゃらないと思いますが、最近、大論争になっています(笑)。いや、大袈裟でした。この《渓流斎日乗》は、相当、悔しいけど、私より遥かに頭脳明晰な方々が読者でいらしゃるので、コメントも非常に丁寧で、ハイブローなのです。

 当該ブログ記事は、小生が2017年5月31日に書いた「東京渡辺銀行が破綻しました」です。タイトルは、記事を引用しますと「東京渡辺銀行は、昭和金融恐慌の引き金となったそれこそ由緒ある銀行でした。実際は優良経営だったのに、何を血迷ったのか、片岡直温大蔵大臣が、昭和2年(1927年)3月14日の衆院予算委員会で、『渡辺銀行がとうとう破綻を致しました。誠に遺憾です』などと発言し、預金者の取り付け騒ぎが起きて、本当に破綻してしまったのです。」から取ったものでした。

 そして、この渡辺財閥の御曹司が著名な歌舞伎評論家の渡辺保氏で、「歌舞伎は庶民の物見遊山ではなく、財閥の御曹司でなければ観られないような高価な芸術だったわけです。」と私は結論づけていたのです。

 これに対して、本人が書いたことも忘れてしまっている3年も経った今年4月16日に旗森さんという恐らく小生とは面識がないと思われる方から「歌舞伎見物が財閥御曹司でなければ見られなかった、というのは過大評価です。渡辺氏自身、自分が歌舞伎を見始めたころは家も小市民生活だったと書いていますし、事実、私事にわたって恐縮ですが同年の私もサラリーマン家庭で育った芝居好きです。歌舞伎座でも下町の人々は旦那から若者まで幅広く、『今でも』見ることができます。かぶきは市民が育てた舞台芸術です。玉稿は楽しませていただいていますが折角のことですので投稿しました」とのコメントが御座いました。いやあ、こんなに熟読して頂き、誠に有難いことです。

 これに対して、私は「江戸時代の歌舞伎も決して庶民の娯楽ではなく、最上席は、今の金額に換算しても2~3万円で、今とほとんど変わらなかったいいます。大奥が忍びで繰り出した江島生島事件があったように、これでお取りつぶしなる山村座を含む江戸四座は、かなり敷居が高かったと思います。つまり、お上が許した櫓座の大歌舞伎以外に小芝居があっちこっちにあり、庶民はそちらに行ったことでしょう。」などと反論しています。生意気ですね。

 これを書いた時点では出典を明記しませんでしたが、本箱を探したら片隅にありました!山本博文監修「江戸の銭勘定」(洋泉社、2017年)という本でした。それによると、歌舞伎の一枡席は銀12匁5分(3万7500円)から35匁(10万5000円)。庶民の大衆席は100文(3000円)。「大向こう」と呼ばれる2階の立見席なら10文(300円)程度で見られたそうです。むふふふ、小生も旗森氏も正しかったわけで、「痛み分け」といった感じでしょうか。小生も、学生時代歌舞伎座の3階の「一幕見席」で2000円ぐらいで見た記憶がありますが、もう少し安かったかもしれません。(現在の歌舞伎座の1等席は1万8000円)

 話はこれで終わりではなく、京洛先生の門下生を自称するAsウーノさんという方から、実に濃厚な情報が寄せられました。「歌舞伎と東京渡邊銀行・破綻では、『ぼつちやんと紙手巾』という拙稿短編(未完^_^)を書く際、暖簾分け横浜渡邊銀行の末裔渡邊俊郎氏より、初代頭取富太郎の長男和太郎についてご教示あり。和太郎は不遇とされるロンドン時代の夏目金之助に可愛がられた若者で、下宿を世話し酒を呑み雑煮を喰らい、帰国後も和太郎が早世するまで漱石と愉快な親交を結んだ由。
 東京渡邊銀行ルーツはお江戸日本橋の鮮魚商明石屋にあり、吉原花魁の如く永らく歌舞伎座は高嶺の花、大衆化した今とは大分赴きを異にしてたようですね。」などと大変ディープな情報を御教授して頂きました。

 いやはや、東京渡辺銀行のルーツが日本橋の鮮魚商だったとか、暖簾分けに横浜渡辺銀行があったことなど知りませんでした。勉強になりますね。(既に、コメントをお読みの方はダブってます。これでは木戸銭返せ!と怒鳴られそうですね=苦笑)

文学とは実学である

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新型コロナウイルス感染拡大の経済対策として、日本の国家政府は、国民1人に10万円と1世帯にマスク2枚を支給してくれるそうです。まだ届いてませんが、有難いことです。

 でも、素直に喜んでいいものやら。マスク2枚で466億円、国民1人10万円で12兆6000億円もかかるそうです。誰が立て替えてくれるのかと思ったら、新聞には「国費」と書いてましたから、結局、税金なんですね。まさか、大黒様の打ち出の小槌で、パッと現金が魔法のように現れてくれるものでもなし。

 何か、お腹の空いたタコが自分の脚を食べて、どうにか生き延びようとしているように見えます。

 うまい! これが文学です。何か、言葉に表せないモヤモヤしている感情を何とか、文字化するのが文学だとしたら、ここ数十年、厄介ものにされている大学の文学部とやらも、こういった緊急事態に何かと役に立つというものです。

 というのも、昨晩聴いたラジオで、作家の高橋源一郎さんが、現代詩作家の荒川洋治の随筆を朗読し、その中で、「文学とは実学だ。文学は、法律や医学や経済学と同じように、実社会に役立つものだ」といった趣旨のことを、孫引きの曾孫引きではありますが、強調していたからでした。(「ながら」でラジオを聴いていたので、荒川氏の本のタイトルを失念。荒川氏は何と、芸術院会員だったんですね!どうも失礼致しました)

 確かに、ここ数年、私自身も、文学の中でも小説やフィクションは、別に読まなくても良い、世の中に直接役立たないものだという思考に偏っておりました。そのため、ここ数年は、ノンフィクションか歴史書か経済書関係の本ばかり読んで来ました。

 しかし、疫病が世界中に蔓延し、アルベール・カミュの「ペスト」などの小説(結局、カミュが創作したフィクションですよ!)が改めて注目されている昨今を冷静に見つめてみると、文学の効用を見直したくなります。

Camus “La Peste”

 今、世界中で感染拡大を防止するために、経済封鎖するか、人の生命を優先するか、の究極的な二者択一を迫られています。変な言い方ですが、今、緊急事態の世の中で、実学として役に立っているのは経済学と医学ということになります。

 とはいえ、医学も経済学も万能ではありません。医学には医療過誤や副作用や、今騒がれている医療崩壊もあります。経済学も、ソ連型計画経済は歴史的にみても失敗に終わり、資本主義は、1%の富裕層に富が集中するシステム化に陥っています。

 その点、文学の弊害や副作用は、それほど劇薬ではないので、大したものではない一方、個人の生き方を変えたり、見直したりする力があります。下世話な言い方をすれば、小説を読んでもお金にはなりませんが、ヒトとしての生きる素養と指針を学ぶことができる、ということではないでしょうか。ボディーブローのようにジワジワと効いて、読んだ人の血や肉になるということです。

 昨晩はそんなことを考えていました。

コデマリ、モッコウバラ、ツルニチニチソウ=新型コロナより花の名前を覚えたい

コデマリ

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令されて、テレワークや自宅待機などで家での閉じこもりを余儀なくされている人が多くなったせいなのか、この《渓流斎日乗》ブログのアクセスも増えているようです。しかも、少しご無沙汰してしまった友人とか、多分、面識のない方からもコメントが届くようになり、望外の喜びを感じます。

 本当に有難う御座います。

モッコウバラ

 このブログをお読み続けてくださっている方にはご案内の通り、小生も、この1週間は自宅待機の状態になっています。そして、もう一つ、皆さまご案内の通り、先週の8日(水)にギックリ腰といいますか、ギックリ脚をやってしまい、歩行困難になってしまったので、休養を取る良い機会になりました。

 ギックリ脚といっても、やはり、腰骨と股関節が摩耗してしまったらしく、膝から太ももにかけて痛みが走り、びっこになります。しかも、今の新型コロナウイルスのように、治ったと思ってバカにすると第2派が襲ってきます。

 スマホの万歩計によると、先週の9日(木)と10日(金)は都心まで通勤しましたから、9000歩近く歩いています。その無理がたたったのか、11日(土)は少し歩いただけで急に脚が痛くなり、1219歩。それから12日(日)から14日(火)までいずれも2000歩も歩けず。今日の15日(水)は、恐る恐る歩いてやっと6224歩を記録しました。

ツルニチニチソウ

 その間、腰痛運動をやったり、腰に効く光線を浴びたり、リハビリに専念しました。

 ギックリ脚も馬鹿にできませんね。本当に「健康なれたら、死んでも構わない」と思いましたよ(笑)。

 さて、今日アップした写真は、散歩がてらに目を楽しませてくれた花々です。キャプションにも書きましたが、表紙写真は「コデマリ」。白い小さな小さな可憐な花を咲かせてくれます。本文最初の黄色い花は「モッコウバラ」。よく豪邸の庭先に見かけていたのですが、名前は、今回初めて知りました(苦笑)。

 そして、二番目の紫の花が「ツルニチニチソウ」。ちょっと写真の写し方が、我ながら下手ですね。まあ、他人様の庭先に咲いているのを、散歩の途中に盗み撮りしたので、プロ写真家のように照明をかけたり、アングルを工夫したりする暇はありませんでした。

 植物たちは、新型コロナウイルスに感染しないからいいですね(笑)。何よりも、孤独の散策者の目を和ませてくれます。

 毎日、ニュースを見ていると、感染者や死者の数や、休業補償や失業保険や政治家の悪口や医療崩壊の話ばかりやっているので、暗い気持ちになります。

 「現実逃避」かもしれませんが、いいじゃないですか。この際、せめて身近に咲いている花の名前を覚えたいと思っています。

1970年の「レット・イット・ビー」から半世紀も経つとは…

 YouTubeで「うちで踊ろう」を公開したミュージシャン星野源のサイトに、日本の最高指導者の安倍晋三首相がコラボ投稿して、自宅自粛要請を呼び掛けたことに対して、喧々諤々の論争になっています。

 安倍首相は自宅の居間で、愛犬とじゃれたり、珈琲を飲んだりしてくつろいでいるブルジョワ生活をあからさまにしてしまったせいか、派遣切りに遭った人とか、店舗休業を余儀なくされたりした人たちから、「何を呑気なことやってるんだ。そんな暇があったら、休業補償の問題を即刻解決してもらいたい」といった切実な投稿のほか、「国会議員ら特権階級は減給されることなく満額振り込まれるから羨ましい」といった皮肉な意見が殺到したようです。

 安倍さんに期待し過ぎるからいけないんですね。モリカケ問題をあやふやにし、財務省の現場職員が自殺してもまるで他人事。公金の私的流用の疑いが濃厚な「桜を見る会」を結局、なかったことにした安倍さんですからね。最初から、そういう人だと肝に銘じていれば、「裏切られた」なんて思わないはずです。

 それより、この星野源のサイトを、先週8日に逸早く教えてくれたのが、高校時代のバンド仲間の神林君でした。そんな政治的な話ではなく、全く音楽的な話で、曲のコードが普通のメジャー、マイナーではないので、「あの変なコードをコピーできるかい?」と投げかけてきたのでした。我々が、バンドをやっていた初期の頃、ロックの楽譜などほとんど発売されていなかったので、レコードが擦り切れるほど何回も何百回も聴いて、音を取ったものでした。その点、彼には「絶対音階」があるので、仲間が驚愕するほど簡単にコピーしてしまうのでした。

 ということで、早速聴いてみたら、その「うちで踊ろう」は、ボサノヴァ風と言えばボサノヴァ風で、バリバリにブルーノートとかマイナーペンタトニックのようなジャズコードをふんだんに使っていました。記号で書けば、例えば、CとかCmとかではなく、C7(♭9,13)といった複雑なコードです(笑)。

 ギター片手にそんなことをしていたら、久しぶりに自分の音楽遍歴を思い出してしまいました。全く個人的などうしようもない話ですから、ご興味のない方は、ここで左様なら(笑)。

◇◇◇

 ざっくり言いますと、子どもの頃は歌謡曲や演歌なども聴いてましたが、10代の多感な時代に入ると俄然、ロックです。それが20代まで続きます。ビートルズ(解散後のソロも含めて)、ローリングストーンズ、レッド・ツェッペリン、クイーン、エリック・クラプトンなどはほぼ全てのアルバムを買い揃えました。

 30代に入ると、一変してクラシック音楽オンリーです。特に、モーツァルトのCD全集を40万円ぐらいかけて買い揃えたほか、グレン・グールドにはまってからバッハ、ベートーベン、ブラームス(交響曲第1番は10種類近く)を中心に聴き、ショパンもルビンシュタインによる全集、ポリーニ、ホロヴィッツ、ポゴレリッチ、キーシン、ブーニンらの演奏に耳を傾けました。ドビュッシーは卒論のテーマだったので、改めて、偏屈なミケランジェリのピアノに惚れ、歌劇「ペリアスとメリザンド」まで買い、そして何と言っても、のめり込んだのが20代の時に最も感激したワグナーです。フルトベングラーよりもクレンペラーが好きでしたね。当時ブームだったマーラーもチャイコフスキーもスメタナも堪能し、バルトーク、ストランビンスキー、シェーンベルク辺りまではカバーしました。現代音楽はグバイドーリア、アルボ・ペルトらも聴きましたが、苦手でしたね。武満徹は例外ですが。

 40代になると、今度はジャズです。若い頃は「爺の音楽」として敬遠していましたが、もしかしたら、今は、ロックやクラシックよりも一番リラックスできて好きかもしれません。グレン・ミラーやベニー・グッドマンなんかは既に聴いてましたが、ジャズにはまったきっかけは、ビル・エヴァンスでした。彼のアルバムをほとんど買い占めて、セロニアス・モンク、バド・パウエル、ウィントン・ケリー、トミー・フラナガン、オスカー・ピーターソン、ジョージ・シアリングなどピアノばかし聴いてました。ラッパは、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイビス、アート・ペッパーら王道ばかりでしたが、オーネット・コールマンと晩年のマイルスあたりの前衛的になるとついていけなくなりました。

 ウエス・モンゴメリーにはまってからは、ジャズは好んでギターばかりです。ハーブ・エリス、バーニー・ケッセル、ケニー・バレル、タル・ファローらがお気に入りで今でも聴いてます。ヴォーカルは、ヘレン・メリルを端緒に、やはり、ビリー・ホリデイ、ナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルドの正統派でしょうが、以前にブログで書いた通り、ジュリー・ロンドンはしびれますね(笑)。

 50代になると、主にボサノヴァが中心で、シャンソンやカンツォーネもよく聴くようになりました。ボサノヴァのアントニオ・カルロス・ジョビンはレノン・マッカートニーに引けを取らない20世紀が生んだ世界最高の作曲家だと思ってます。シャンソンは、何と言ってもセルジュ・ゲンズブールです。エディット・ピアフもシャルル・トロネもいいですが、フランソワーズ・アルディ、シルビー・バルタン、イブ・モンタンというミーハー志向。カンツォーネはジリオラ・チンクエッティと極めてオーソドックスなポップスですが好んで聴きました。

◇「14歳の法則」を発見

 今は、昔のCDを引っ張り出して色んなジャンルの曲を聴いています。正直、今流行のラップにはついていけません。分かったことは、人間は、14歳の時に聴いた音楽がその後の人生を決定づけることでした。大袈裟な言い方ですが、人生で最も多感な14歳前後に聴いた音楽が、その人の「懐メロ」になるということです。14歳と言えば中学生ですから、お小遣いも少なく、そんなにレコードなんて買えません。私の場合は、「ミュージック・ライフ」などの音楽雑誌を買って、レコードのジャケット写真を何度も何度も穴があくほど眺めて「欲しいなあ、お金があったらなあ」と思っていました。それが、長じて金銭的に余裕ができると、その反動で、昔買えなかったCDレコードを次々と買い集めることになってしまったのです。

 個人的ながら、私の場合は、写真でアップした通り、S&G「明日に架ける橋」、サンタナ「天の守護神」、CSN&N「デジャ・ヴ」、CCR「コスモズ・ファクトリー」、EL&P「展覧会の絵」、フェイセズ「馬の耳に念仏」、ジャニス・ジョプリン「パール」などです。いずれも1970年か71年に発売されたものだったことが後になって分かり、この「14歳の法則」を新発見したのです(大袈裟ですが、商標登録申請中=冗談です)。記憶していた耳が自然と当時流行った音楽を求めたのでしょう。嗚呼、当時聴いていたシカゴ、BS&T、チェイス、クリスティー、カーリー・サイモン、ジェームズ・テーラー、カーペンターズなんかも本当に懐かしい。

 1970年は、4月にビートルズか解散し、最後のLP「レット・イット・ビー」が発売され、映画も公開された年でした。私は、朝早くから夜遅くまで、3本も4本も、この同じ映画「レット・イット・ビー」を新宿の武蔵野館で何回も見続けたものでした。当時は、入れ替え制ではありませんでしたからね。よく飽きなかったものです(笑)。

 あれから半世紀もの年月が過ぎてしまったとは、とても信じられません。振り返ると、邦楽はほとんど聴かず、洋楽ばかり聴いていたことになります。

 この私が発見した「14歳の法則」、きっと貴方にも当てはまると思いますよ!

人類は100年前の「スペイン風邪」の教訓から何も学ばなかったのか?

 今日は日曜日なのにほとんど外出せず、自宅で自粛しておりました。

 午前中に家のお掃除とトイレ風呂掃除をやったぐらいでしょうか。気分的に爽快とまではなかなかいきません。午後は疲れて、久しぶりに昼寝しました。

 こうして毎日が無為に過ぎていきます。

 新型コロナウイルスの世界的な蔓延は相変わらずです。そんな中、今、アルフレッド・クロスビー著「史上最悪のインフルエンザー忘れられたパンデミック」(みすず書房、2009年1月8日)が再注目されているようです。

第一次大戦末期の1918〜19年に世界的に大流行した「スペイン風邪」のことを扱った本で、小生は未読ですが、結局、人類は100年前の世界的インフルエンザの蔓延を忘れ、歴史的教訓を何を学ばなかった、という内容のようです。

 確かに、現代人でスペイン風邪のことを知っている人は多くはないでしょう。小生はこのブログで取り上げたことがありますが、このインフルエンザの死亡者は2500万人とも1億人とも言われ、日本人の死者も36万人とも45万人とも言われています。犠牲者の中には、フランスの詩人アポリネールやオーストリアの画家クリムト、それに日本では劇作家の島村抱月や、東京駅舎などを設計した著名な建築家辰野金吾らが含まれていたことを書きました。

 このインフルエンザは、スペイン風邪と言われましたが、感染源は米国でした。最初に発生したのがデトロイトともシカゴとも言われ色んな説があります。第1次世界大戦に参戦した米国人兵士が欧州にもたらしたといいます。世界各国が感染の実態を隠す中、スペインが率先して情報公開したため、そう命名されたと言われています。欧州から帰国した米兵が再び米国内で感染の輪を広げたといいます。第2波ですね。

 トランプ米大統領は、今回の新型コロナウイルスのことを「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼ぶべだと主張しましたが、正論ではあります。ただし、その前に100年前の「スペイン風邪」のことを「アメリカ風邪」と修正しなければならなくなりますね。

 どういうわけか、当時を代表する人気作家だったヘミングウェイもフィッツジェラルドも「スペイン風邪」のことを書いていないそうです。特に、ヘミングウェイは、この疫病で恋人をなくしたというのにです。不思議というか、不可解ですね。

 アメリカ風邪なのに、スペイン風邪としたのは、アングロサクソンや米国が日頃からスペイン人を貶めるために画策したからという陰謀説があります。米国人がインディアンを虐殺したことよりも、スペイン人がインカ帝国、アステカ帝国を征服して地元民を大量虐殺した方が酷いといった類の主張です。英米人よりスペイン人の方が残酷かどうか分かりませんが、私は、とにかく、このような陰謀説には与しません。

2020年4月9日(木)午後5時半ごろ。銀座ソニービル跡公園は人影があまりにも少ない

 でも、今は100年ぶりにパンデミックが襲ってきたことは事実です。

 最近、米FRBは、1918年のスペイン風邪について、論文を発表しています。それによると、この影響により、全米で製造業の生産活動が18%押し下げたものの、収束後の19年は、都市によって経済復旧度合いが違ったといいます。流行より10日早く衛生介入(学校や教会などの閉鎖)の策を講じた都市では、収束後に雇用者数が5%増加。平均より50日間長く策を続けた都市は6.5%増といずれも急回復。製造業生産も5~7%増加したといいます。(日経新聞より)

 これに対して、「銃・病原菌・鉄」などで知られる人類生態学者ジャレド・ダイアモンドUCLA教授は、読売新聞(10日付)のインタビューに「私の住むロサンゼルス市は3月初めに非常事態宣言し、学校、飲食店の閉鎖、外出自粛要請などの対策を講じました。それでも感染が広がっています」と応えています。

 うーん、実に悩ましい話です。「封鎖」は即効薬ではないかもしれませんが、結果的には有効策だと信じるしかないようです。そして、100年前の「スペイン風邪」の教訓を学び直すべきです。