羊セラピー

今日は、ワインで有名な北海道池田町にある「スピナーズファーム」へ羊さんを見に行きました。ここには、コリデール、ハンプシャー、シェットランドなど親羊30匹、子羊が20匹もいるのです。

オーナーの田中さんに話を聞いたところ、羊の平均寿命は14歳くらい。メスは5歳から8歳にかけて1年に2匹くらい子供を産むそうです。つまり1匹の羊は生涯に10匹くらい子供を産むということでしょうか。すごいのは、絶対に自分の子供以外に自分の乳を与えないことです。他の子供が乳を飲もうと近づくと、角や体で追い払います。ですから、子羊は尻尾を振って、自分の体臭を撒き散らしながら母親の乳を吸います。「あなたの子供ですから、どうぞ蹴らないでくださいね」と言っている感じでした。

ジンギスカンになる食用の羊はサフォークと呼ばれる種類ですが、ここで飼っている羊は、ほとんどが羊毛用の羊です。体全体が黒かったり、顔だけ黒くてボディはクリーム色だったり、角が3つも生えていたり、乳牛のように「ブチ」だったり(ヤコブと呼ばれてます)、本当に1匹として、同じ顔がいません。羊は世界で何と3000種類以上あるそうですから無理もありません。見ているだけでも本当に飽きません。

羊の原産は英国が多いので、暑さには弱いが、寒さに強い。だから、冬場の寒い時にマイナス25度にもなる池田町でも平気なんだそうです。見るからに羊さんはセーターを10枚くら着込んでいる感じですからね。

ここの羊の殆どが羊毛用と最初に書きましたが、そのうち半分近くは内地の病院に「出荷」するそうです。病院?-そう、いわゆるアニマル・セラピーと呼ばれるもので、羊さんを飼う事によって、心が癒される心理療法です。それは確かに効果覿面だと思います。卵を一回り縮小した感じの大きな薄いグリーンの眼。その眼を良く見ると、瞳は丸ではなくて太い横棒なんですね。本来、羊は怖がりなので、あまり人間には近づきませんが、「スピナーズファーム」の羊の何匹かはとても人間に慣れているので、餌を与えなくても、撫でてあげると、犬のように尻尾を振ります。それがとてもかわいい。

六本木ヒルズ辺りでマネーゲームに明け暮れている連中には、この素晴らしさは理解できないだろうなあ。

平原綾香との浅からぬ縁

公開日時: 2005年4月1日

◎平原綾香とは浅からぬ縁あり!

本当に腰が抜けるほど驚いてしまった。その理由は追々明かしますので、このまま読み続けてください。
一昨年12月に「Jupiter」でデビューした平原綾香の歌声は実に衝撃的でした。何回も聴いているので、初めて耳にしたのは、いつだったのか忘れてしまいましたが、「何という才能。これは本物だ!」と思わず声をあげてしまったほどです。ホルストの有名な組曲「惑星」を編曲したものなので曲はすでにスタンダードなのですが、詞がいい。「私たちは誰もひとりじゃない」という箇所にはどんなに励まされたことか。

とにかくすっかり心酔してしまい、それから、まだ20歳という若い歌手の才能と歌唱力に注目してきたのです。そんなある日、彼女はFM放送の番組にゲスト出演していました。13歳からアルトサックスを吹いていたこと、お父さんもお祖父さんもサックス奏者だったことを話していました。

その時です。腰の辺りにビリビリと電流が走ったのは。「もしかして」。慌てて彼女のホームページを検索すると、「父はサックス奏者の平原まこと」と書いてあったのです。
「なんだ、平原さんの娘さんだったのか」と納得したわけです。平原さんはスタジオミュージシャンとして活躍する知る人ぞ知る存在。昨年プロ生活30年を迎えた彼とは、7年ほど前に彼が初のアルバム「月の癒し」出した時にインタビューし、すっかり意気投合し、毎年、年賀状をやり取りする仲だったのです。

昨年、彼からもらった年賀状を改めて読み返すと「綾香です。昨年Jupiterでデビューしました」と書いてあるではありませんか。すっかり忘れていました。「灯台下暗し」とはこのことかと思った次第です。(了)

ロバート・ジョンソン

公開日時: 2005年3月31日 

◎カレーにブルースはよく似合う
=ロバート・ジョンソンは渋い大人の味だ!=

帯広市東1条南5丁目にある「東印度会社」という名前のカレー屋さんは、恐らく帯広一、いや北海道で一番美味しいと思う。
ここのマスターの村井さんが、大の音楽好き。大正時代に作られた古い土蔵を改装したこの店では、色んなジャンルの音楽をかけているが、私が食事に行く夜の時間帯は決まってブルースが掛けられている。マスターの一番のお気に入りだ。ここでライトニング・ホプキンスやバディ・ガイといった数々のブルースマンの名盤を教えてもらい、聴かせてもらっている。

でも、ロバート・ジョンソンはあまりにも有名すぎて解説もいらないかもしれない。私も以前からその存在は耳にしていた。ローリング・ストーンズやエリック・クラプトンらが大変影響を受けていて、クリーム時代のクラプトンが取り上げた「クロスロード」やストーンズの名盤「レット・イット・ブリード」に収められた「ラブ・イン・ヴェイン」は彼の作品だということは知っていた。しかし、実は、オリジナルを聴くのは今回が初めてだった。

CD「コンプリート ロバート・ジョンソン」にはジョンソンが残した全29曲が収録されている。わずか?そう、彼は全盛期の27歳の時、毒殺されたのだ。女にだらしのなかったジョンソンは、旅の先々でちょっかいを出し、関係を持った女性の夫にミシシッピの酒場で毒入りのバーボンを飲まされたという。1938年のことだった。それでも、音楽面で後世に与えた影響は甚大だ。

何しろストーンズのキースが若い頃、ジョンソンの曲を初めて聴いた時、彼以外にもう一人がギターを弾いていると思っていたというし、クラプトンは全てジョンソンの曲をカバーしたアルバムを最近発表するぐらい心酔している。その超人的なギターテクニックも「悪魔に魂を売って身に着けた」という伝説の持ち主。初めは随分シンプルに聴こえるが、そのうちに、ジョンソンの魂の叫びが耳に付いて離れなくなる。カレーのように辛酸をなめた大人の味。そう、意外にもカレーにブルースはお似合いだ。(了)

エディット・ピアフを知っていますか?

公開日時: 2005年3月30日

今の若い人は「愛の讃歌」も「バラ色の人生」も知らないどころか、エディット・ピアフの名前すら知らない人が多いという。ピアフは1963年、今から42年も前に47歳の若さで生涯を閉じている。もう歴史上の存在といっていいのかもしれない。

そういう私も、若い頃はピアフはあまり好きではなかった。と言うより、あまり関心がなかった。正直、理解できなかった。それもそのはず。世間知らずのお坊ちゃんには彼女の苦悩が理解できるわけがない。世間にもまれて己の成熟を待つしかない。

ピアフは1915年、大道芸人の娘として生まれ、育児を放棄した両親に代わって、祖母に育てられ、3歳で失明し、6歳で視力を取り戻し、7歳で街頭で歌を歌い始め、17歳で娘を出産し、その娘も2歳半で脳膜炎で亡くし…、キリがないの端折るが、32歳でボクサーと激しい恋に落ち、彼はミドル級の世界チャンピオンになるが、その栄光の絶頂で飛行機事故で死亡…。人はこれらを不幸と呼ぶが、ピアフに限って、その不幸の数は枚挙に暇が無い。歌手として大成功した幸運の代償にしてはあまりにも大きすぎる。

シモーヌ・ベルトー著『愛の讃歌ーエディット・ピアフの生涯』によると、彼女は1951年から1963年にかけて、自動車事故4回、自殺未遂1回、麻薬中毒療法4回、睡眠療法1回、肝臓病の昏睡3回、狂気の発作1回、アル中の発作2回、手術7回、気管支肺炎2回、肺水腫1回を経験したという。何ですか、この有様は!

神様は、その人が耐え切れないほどの苦悩や不幸は与えないと言われるが、彼女ならずとも「これは、あんまりではありませんか」と、天を怨みたくなってしまう。

ピアフの生涯を思えば…。どんな辛いことがあっても乗り切れそうな気持ちになれる。

ふるさと銀河線

「ふるさと銀河線」何とロマンティックな名前なんでしょう。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を連想させてくれます。
でも「ふるさと銀河線」は童話の世界ではありません。北海道の北見市と池田市を結ぶ営業140キロ、駅数が33ある、いわゆる第3セクターの鉄道で、正式名称は「北海道ちほく高原鉄道株式会社」。社長は、神田孝次北見市長が「兼務」しています。(この「兼務」が後から需要な意味を持ってきます)

その「ふるさと銀河線」が来年3月いっぱいで廃線が決まりました。理由は簡単明瞭。累積赤字です。今年度も経常損失が3億3千万円以上が見込まれています。1990年に年間約103万人いた利用者もこの年をピークに坂道から転がり落ちるように減少し、今年度はその半分以下の45万人しか利用しなかったようです。沿線人口の減少と自家用車利用の増加が最大の原因です。

資本主義の原理からいえば、廃線も仕方がないのかもしれません。でも、悲しい話です。絶滅稀種と同じで一度廃止されれば、二度と復活することはないでしょう。「ふるさと銀河線」の存廃問題については、2年も前から沿線自治体の首長ら関係者による協議会を北見市内のホテルで12回も開催して話し合ってきました。沿線住民も傍聴人として参加してきました。

この問題について深く取材してきた地元十勝新聞社の岩城由彦記者は「会場にはいつも、黒塗りの公用車が並ぶ。存続を願う住民が運賃収入に貢献しようと、仕事などの都合をつけながら『1駅でも2駅でも』と列車に揺られて傍聴に通ったのと対照的だった」と皮肉っています。さらに、経営コンサルタントの「会社経営が、首長の仕事の片手間でできるわけがない」というコメントを引き出して、怒りさえ滲ませています。

私も「ふるさと銀河線」には2度、乗ったことがあります。わずか1両の単線で、平日の昼間ということで、私以外の乗客は一人しかいませんでした。仕事で利用したので、のどかな旅情を味わうことはできませんでしたが、窓外の景色を眺めながら、何となく心が洗われる気分を感じることができました。

それにしても傍観者は無力です。廃線となる来年3月には、全国の鉄道マニアが駆けつけて「廃止するにはもったいない」と声を上げている姿が想像できます。傍観者は無責任でもあるのです。

カエターノ・ヴェローゾ

公開日時: 2005年3月28日

◎日曜日はサウダージな世界に浸ろう
=カエターノ・ヴェローゾを知らなかった私=

北海道帯広市にある地元紙「十勝毎日新聞」の栗田記者から「日曜日の昼下がりに聴くのでしたら、ピッタリですよ」と言って薦められたのがカエターノ・ヴェローゾの「ドミンゴ」というCDでした。どこか1960年代のフラワームーブメントの世代を思わせるカバージャケット。それもそのはず、このCDは1967年に発表されていたのでした。
栗田記者はまだ20代後半だというのに、やたらとジャズやワールドミュージックに詳しい。何しろ私と音楽談義をしても一歩も引けをとらないからだ(笑)。
「渓流斎先生、カエターノ・ヴェローゾも知らないなんてもぐりですよ」。ありゃあ、一本取られた。ということで、インターネット通して密かに買い求めてしまいました。
調べてみると、カエターノはMPB(ブラジル・ポピュラー音楽)の第一人者で、トロピカリズモの創始者。まあ、簡単に言えば、同郷のバイア州出身のジョアン・ジルベルトに憧れて音楽を始め、ボサノヴァにロックを取り入れた革命児らしい。今年、63歳になるからあのポール・マッカートニーと同い年。音楽活動暦も40年にも及ぶ。
正直、知らなかったですね、彼のこと。日本のマスコミも欧米偏重だったからブラジル音楽といえば、「セルジオ・メンデスとブラジル66」ぐらいだったのです。
このCD。私もやはり文句なしにお奨めです。ジャケットの中央のカエターノの右隣が当時22歳のガル・コスタ。彼女のヴォーカルがまたいい。カエターノのメランコリックでサウダージ(哀愁)な世界によく似合う。カエターノの抑制の効いた囁くような声もしびれる。驚くことに、この時、まだ25歳の若さだ。
このCDの1曲目の「コラサォン・ヴァガブンド」がカエターノの芸歴で最も重要な曲の1つらしいが、私のように最初は何の偏見も持たず、聞き流したらどうでしょうか。好きな1曲が必ず見つかるはずです。それにしても栗田記者は何で「日曜の昼下がり」なんて言ったのだろう。そうかあ、タイトル曲の「ドミンゴ」が「日曜日」という意味だったのですね。

ボツにされた原稿

以下は、先日、ボツになった原稿です。「何故こんなものが…」と思われる方もいらっしゃるのではないかと思い、掲載することにしました。これが、取材も執筆も編集も発表の場も「自己責任」で行えるブログの特典かもしれません。

◎自動車の燃費向上機器を発明
=帯広大谷短大生の財田直哉さん=
北海道帯広市に住む短大生が、自動車の燃費を向上させる機器を発明して、特許を申請。インターネットでも販売を始めたところ全国から問い合わせが殺到している。
この学生は、帯広大谷短期大学二年生の財田直哉(たからだ・なおや)さん(二〇)。 大学での専攻は「日本語日本文学科」で、全く専門外だが、中学時代からパソコンに熱中し、学生企業家としてホームページなどを製作するパソコンスクールを自宅で開業。機械いじりが得意で三月に卒業後はそのまま企業家として独立する。図書館に通い詰めて燃費向上機器を独学で開発した財田さんは「これほど全国から問い合わせがあるとは思わなかった。環境にもやさしく、燃費代が節約できます」と話している。
財田さんが開発した機器は「メガコンパクト」と命名された。縦5㌢、横7・5㌢、厚さ3㌢のプラスチックのケースにコンデンサー、ヒューズなどが入っている。運転席のたばこ用電源ソケットにプラグを差し込むだけで機器が作動するため、機械が苦手な女性や年配の人にも簡単に装着できる。
この機器を接続するとコンデンサーで蓄電されて電流が増幅され、安定的な電気の供給が可能になる。アクセルを踏んだり、エアコンや音響機器を使用したりする際もバッテリーへの負担が軽く済み、燃費の向上につながる。財田さん自身が高速道路で同じスピードと距離で実験したところ、ガソリン1㍑当たり10㌔だった走行距離が12㌔に向上したという。「僕自身は年間、2万㌔くらい走行しますが、ガソリン代が年間3万円以上浮きました。二酸化炭素などの排出も減少し、環境にもやさしい」と財田さん。当初はエンジンルームのバッテリーに直接接続する機器を開発したが、「プラスとマイナスを間違えてしまう。機械を触るのが怖い」という要望に応え、今年一月に新製品として開発に成功した。
バッテリーに直接接続する類似品は、1万円から2万円で市販されているが、簡単に取り付けられる「メガコンパクト」は3980円から発売。財田さんの手作りで年間約1万個の製作を目標としている。
問い合わせは、帯広市の雑貨店「タジーマジー」 フリーダイヤル0120-241332。http://www.rakuten.co.jp/tussie-mussie/ (了)

アメリカ追随の不思議

日頃から、日本は何故、アメリカの植民地のように、米国に右へ倣えしているのかと感じています。「それは当たり前でしょう。日米安保条約のおかげで、日本はアメリカの核の傘の下で戦後、ぬくぬくと繁栄できたのですから」と多くの方は指摘されることでしょう。まあ、それは一理あります。でも、最近はあまりにも露骨なことが多すぎるので、子供のように何度も疑問を提示したくなるのです。「戦後60年も経つのに、何で日本は、アメリカの言うことばかり聞いて、アメリカの真似ばかりしなければならないのか」

例えば、郵政民営化。これは、郵便や宅急便の配達事業の問題ではなくて、低金利のおかげで集まった郵便貯金と簡易保険の合わせて350兆円という莫大な日本人庶民のなけなしのお金を、「規制緩和」して、貯金なんてしないアメリカ人が目を付けたということではないだろうか。ハゲタカファンドが欲しくて欲しくて堪らなくて、日本政府に圧力をかけているという図式なのでしょう。

一体、誰がシナリオを書いているのかなあ、と思ったら、ちゃんとインターネットでそのシナリオは公開されていたのですね。それは「年次改革要望書」と呼ばれ、在日米国大使館の公式サイト(http://japan.usembassy.gov)に日本語でも掲載されています。
ノンフィクション作家の関岡英之氏に教えられました。関岡氏によると、米国の要求事項は、日本の担当省庁に振り分けて検討され、審議会にかけられ、関連法や制度が改正され、着実に実現されてきたというのです。
最近、最高経営責任者(CEO)や法科大学院といった米国のモデルがグローバルスタンダードの名の下で日本中に跋扈しているのも、このシナリオが遠因しているようです。
ご興味のある方は、在日米国大使館の公式サイトを覗いてみてください。参考文献は、関岡英之著「拒否できない日本」(文春新書)。 

夏川りみ讃

公開日時: 2005年3月23日 

確かにブログを毎日書き続けることは大変ですね。
本日は再び、過去に書いた音楽エッセイで誤魔化します。

◎南国の潮の香りにあこがれて
=北国には夏川りみの歌声が似合う=

私は目下、北海道に住んでいます。4月に入っても本当に寒いですよ、こちらは。人間、特に私のような天邪鬼は正反対なものに憧れるようで、雪深い中、毎日毎日、南国の椰子の木陰と潮の香りを渇望しているわけです。そんな時、ラジオから流れる夏川りみちゃんの澄んだ歌声とゆったりとした三線(さんしん)の音色が、故郷でもないのに、一度だけ行ったことがある沖縄への「望郷の念」を掻き立てるのです。

迷わず、徒歩10分のCDショップに駆け込みました。目指すは彼女の最新アルバム「沖縄の風」。やはり期待を裏切りませんでした。これまで何度もCD化されている「涙そうそう」(ついに100万枚突破!)と「童神」も収められているので初めて買う人にはお得かもしれません。この2曲は何度聴いても飽きないし、本当に名曲ですね。世界に誇ってもいいくらいです。

石垣島出身の夏川りみは、子供の時に「のど自慢大会」で優勝するなど「天才歌手」として誉れ高かったのですが、何と一度「星美里」の芸名でデビューして全く売れず、一旦、歌手を廃業していたんですね。

「涙そうそう」は、同じ石垣島出身のビギンが、森山良子のために作った曲で、森山は22歳の時に死別した兄のことを詞にしたそうです。この曲をりみちゃんがビギンから「もらった」というエピソードは彼女のファンの人なら誰でも知っているでしょうが、私は正直知らなかったなあ。何しろ「なみだそうそう」と読んでいたくらいですから。本当は「なだそうそう」。沖縄の方言で「涙ぽろぽろ」という意味だそうです。あ、これも彼女のファンにとっては常識でしたね。

されどNHK

今日、3月22日は、NHKが(ラジオ)放送を始めて、ちょうど80周年だそうです。
そんなおめでたい年なのに、皮肉にも、昨年来の職員の不祥事で、大規模な受信料不払い運動に発展し、今のNHKは恐らく創業以来最大のピンチと言っていいでしょう。
海老ジョンイルを引き継いで新しくNHKの会長になった橋本元一さんは、小生、その昔、NHKの記者クラブに詰めていた頃、衛星放送の仕組みなどについて事細かく教授してもらい、大変お世話になった人なので、「頑張ってほしい」と陰では応援をしているのですが、何せ、技術畑出身の人なので、会長のような政治的な、俗人的な、野蛮的な、人間の欲望がとぐろを巻いているような重職には、絶対に向かない人で、何であの橋元(はしげん)さん(皆そう、親しみを込めて言ってました)が、会長なんかになってしまったのだろうか、と今でも不思議でしょうがありません。
と、書くのは今日の趣旨ではありませんでした。
私は正直、あまりテレビを見ません。むしろ、ラジオ党と言っていいでしょう。音楽好きというのが、1つの理由ですが、ラジオは、何かしながら、できるからです。食事をしながら、体操をしながら、勉強しながら…。そういえば、昔は「ながら族」と言われたことがあります。(これは死語?)とにかく、テレビだど、画面を見なければならず、思考もストップしがちで、想像力も退化する気がします。何にしろ、面白くなければテレビではないらしいので、ついつい見てしまいます。そして、後からすごい後悔が押し寄せてきます。「時間を奪われてしまった!」モモの心境です。
今日、ラジオで面白い話を耳にしました。NHKの80周年記念の特集の中で、ゲストに脚本家の早坂暁さんが登場しました。彼はこんなことを言うのです。
「今はやりの『オレオレ詐欺』なんか、ラジオを聴いて、しっかり耳の訓練をしていれば騙されないはずです。恐らく犯人は、刑事役にしろ、テレビドラマの口調を真似たと思います。それは、無駄な言葉が一切ない。しかし、本物の刑事は、台詞を読むように無駄な言葉がないような話し方はしないはずです。むしろ、無駄だらけです。『ところで、あの件はどうだったでしょうかねえ』といった感じで、本筋には全く関係ない話を急にしたりします。余分な無駄のない話に騙されるということは、やはりテレビの影響ではないでしょうか」
そこで早坂さんは、ラジオドラマの復権を主張するのです。
私は、さすが、鋭い点を衝くなあと感心しました。