田中森一著「反転」

  奈良にて

公開日時: 2007年7月24日

 元敏腕検事で、弁護士に転じてからは闇社会の人間に通じて悪名を轟かせた田中森一氏の書いた「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」(幻冬舎)には、圧倒されました。幻冬舎らしく、新聞で恥ずかしくなるくらい派手な広告を打っていたので、ちょっと、引いてしまったのですが、読んでよかったです。

 その内容は、あまりにも凄まじくて、脳天にハンマーを降ろされたような衝撃を受けました。これから、裁判員制度が始まることですし、国民の一人として、この本を読むことには意義があると思います。

 私は、この本を読んだ後の感想は、鉱脈を探り当てたような感じでした。「やったあー」という感じです。

第一、「ここまで書いても大丈夫なのだろうか」と、心配になりました。 もっとも、田中氏自身は、石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で東京地検に逮捕、起訴されて、現在最高裁に上告中の身なのです。つまり、被告人なわけです。この本では、自分の無実と潔白を主張する弁明が盛り込まれていますので、全面的に信用できないかもしれません。しかし、ここまで裏も表も洗いざらい、自分の非も含めて、白日の下にさらした自叙伝というのはこれまでなかったのではないでしょうか。

 彼に貼られたレッテルは「ヤメ検の悪徳弁護士」でした。何しろ、彼が関わった「黒い人脈」も、暴力団山口組5代目組長の渡辺芳則氏、同若頭の宅見勝氏をはじめ、イトマン事件で主役を張った伊藤寿永光、許永中の両氏、仕手筋「コスモポリタン」総帥の池田保次氏…といった裏社会の大物ばかりなのです。また、彼は自民党清和会(現町村派)の顧問弁護士も務め、現総理の父親である安倍晋太郎氏や竹下登氏ら政界の重鎮と深いつながりを持ったのです。安倍氏は、いろんな所から接待を受けたり、「五えんやグループ」の総帥、中岡信栄氏が定宿にしていた東京のホテル・オークラのスイートルームで、牛乳風呂に入ることが大好きだったことなども暴露されています。

 田中氏は戦時中に、長崎県平戸の貧しい漁村の長男として生まれました。8人きょうだいの4番目です。上の三人は姉で、最初の男の子ということで、父親は漁業の跡継ぎとして大いに期待します。もちろん、「猟師に学問なんかいらない」という考えの持ち主です。一度、田中氏は中学生の時に、出版社をだまくらかして参考書を手に入れます。お金が全くない極貧の家庭に育ったので、「平戸の中学教師ですが、参考のために一冊見本を送ってください」と東京の出版社に手紙を書いて、うまく手に入れたのです。しかし、その参考書も父親に見つかって、便所に捨てられてしまうのです。

 それでも、母親の後押しもあり、苦学して定時制高校から岡山大学に進学し、在学中に司法試験に一発で合格します。見事、検事となり、撚糸工連事件や平和相互銀行事件、三菱重工CB事件などを手掛けて、敏腕検事の名をほしいままにした後、弁護士に転進します。時はあたかもバブル全盛の時代に入り、1カ月に1千万円以上の顧問料を得て、7億円でヘリコプターまで購入し、「空飛ぶ弁護士」と、やっかみ半分で渾名されます。怪しげなバブル紳士と付き合い、個人的な株取引で40億円もの巨万の富を手にし、東京の銀座や大阪キタの新地などで桁違いの豪遊をする一方、バブル崩壊でほぼ同額の財産を無くしてしまうのです。

 その間、暴力団関係者の弁護で名をあげて評判を呼び、挙句の果ては、古巣の検察からにらまれ、田中氏からみれば、根も葉もない詐欺の容疑をでっち上げられて、逮捕されてしまうのです

 自分の潔白を信じていた田中氏は、かつて被疑者から恐れられていた鬼検事の面影はどこにもなく、子供のように泣きじゃくり、中村天風の自己啓発の著書に、まるで神や仏にすがるようにのめりこんでいったことを、赤裸々に告白しているのです。思わず同情してしまいました。

 しかし、この本のハイライトは、何と言っても彼自身が検事として、また弁護士として、実際にかかわった事件の経緯と背景が実名入りで詳述されていることでしょう。イトマン事件、光進事件、リクルート事件など戦後の重大経済事件の裏事情まで踏み込んで暴かれています。当人しか知らないことなので当たり前かもしれませんが、読んでいて、私は何度も何度も唖然としましたね。「こんなこと書いてしまって、大丈夫なんだろうか?」

(つづく)

“田中森一著「反転」” への1件の返信

  1. Unknown
    田中先生が今年2月赤落ちになり現在滋賀刑務所に服役をしております。二度目の逮捕以来、大阪拘置所で受刑生活しなが再度詐欺罪での刑事裁判中の身である中、先生と書簡のやり取りをいたしておりましたが、業務上横領がなぜ詐欺になるのかとの疑問は、先生を始め周囲の方の一致した意見でもありました。先生からの手紙は宅下げで一度面会にいらした弁護士先生に委ねられそこから私の所に先生直筆の手紙がまいりました。しかし今年2月赤落ちまえの最後の手紙は、清書されており収監前の慌しさと緊張感が伝わってまいりました。どなたも先生に手紙は出せます。著書の感想を添えて書かれれば先生の励みになるはずです。因みに私は女です。練馬区のTMから聞いたといえば先生は誰の事だか判ります。

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