山崎朋子さんとの久しぶりの会食

銀座「和らん」

昨晩、ノンフィクション作家の山崎朋子さんと東京・銀座の夜は敷居がチト高い日本料理店「和らん」で久しぶりに懇談しました。以前は年に数回お会いしておりましたが、小生、2年前に黄泉の国に散歩に行っている間、音信不通となってしまいました。

それが一昨日、急に、3年ぶりに電話がかかってきまして、その翌日、私の勤務する会社近くの歯医者さんに行く用事があるのでお会いしましょう、ということになって、急きょ再会したわけです。

銀座「和らん」

特段の急用はなかったのですが、2年前の2015年1月に山崎さんのご主人である児童文化研究家の上笙一郎さんが急逝されたことで、改めて面と向かってお悔やみのお言葉を述べておきました。

思い起こせばもう四半世紀近いお付き合いで、小生が初めて山崎さんとお会いしたのはまだ30歳代の頃でしたから、月日の経つのは誠に早いものです。

ニューヨークにお住まいのお嬢様のことなど、お互いのちょっとプライベートなことまでお伺いしたり応えたりしたので、茲ではちょっと書けませんなあ(笑)。

銀座「和らん」

山崎朋子先生の代表作は「サンダカン八番娼館」ですが、1974年に熊井啓監督によって映画化されました。元からゆきさん役が田中絹江、山崎さん役が栗原小巻でしたが、元からゆきさん役に、杉村春子の師であった新劇女優の田村秋子が、役を志願していたという隠れたエピソードを聞きました。

また、山崎さん役も栗原小巻ではなく、若くして急逝した太地喜和子も候補に挙がっていたという逸話も聞いてしまいました。

山崎さんは、世代的に携帯のスマホどころか、パソコンもしないので、「ネットのことは何も知らない」と仰っておりました。そこで小生が「山崎さんは有名人ですから、色んなこと書かれてますよ。写真もたくさん掲載されてます」とご教授したところ、「でも、本人が了解していないのに、そんなことしていいのかしら…」と困惑顔でした。

確かに、写真の肖像権、著作権などがありますから、どうなってるんでしょうかね?

山崎朋子さんは美人ですから、若い頃、女優やモデルもやっていて、その頃のポートレート写真がありますが、撮影者が何と、木村伊兵衛さんだったという、これまた知られざる逸話に驚いてしまいました。