嗚呼、夢の絶頂から敗戦へ=南満洲鉄道復刻保存会編「特急あじあ号復刻時刻表」(大洋図書)

 先日、拙宅に本が送られてきました。大洋図書というあまり聞いたことがない(失礼!)出版社の封筒に入っていて、差出人は不明。私は昔、文芸記者をやっていたことがあるので、会社だけでなく、自宅にも贈呈本や献本が送られて来ることがありますが、この出版社はあまり御縁がなかった出版社です。

 開封してみたら、その本は、南満洲鉄道復刻保存会編「特急あじあ号復刻時刻表」(2022年10月20日初版、1540円)というグラフ誌でした。「お~!」と歓声を挙げました(笑)。私の趣味というか関心に合った本です。一体、どなたが送ってくださったのか? 封筒には手紙もメモも入っていません。あら不思議。

 ということで、ページを捲ってみたら、思い当たるフシが見つかりました。知己のノンフィクション作家、斎藤充功氏が本文の中で、「『あじあ』を作った男たち」(28ページ)、「満鉄の旅」(54ページ)を執筆し、さらには、写真や資料の提供者としても名を連ねていたのです。「ははあん、斎藤さんが出版社を通じで送ってくださったのかあ」。そこで、斎藤氏に御礼のメールをしたのですが、返事なし。あれ? 御高齢なので、体調でも崩されたのでしょうか? 入院でもされているのかしら? 少し心配になりました。

大洋図書「特急あじあ号復刻時刻表」の14~15ページ

 正直、大洋図書という出版社について無知だったので、調べてみました。ノンフィクションなど硬い書籍を出している一方、漫画や成人向けの愉しそうな本もかなり出している1952年創業の老舗出版でした。出版不況と言われている中、本屋さんに行けば、コミック誌や成人雑誌のコーナーの面積が広いことから、その筋のジャンルが売れどころだということが分かります。あまり聞いたことがない出版社なのに(これまた失礼!)、都心に自社ビルらしきものを構えていることから、かなり羽振りの良い出版社だと想像されます。

 大洋図書の小出英二会長さまにおかれましては、売れなくても(またまた失礼!)、真面目なノンフィクションをどんどん出版してほしいものです。

 真面目な話、この本は歴史的資料価値が高いと断言してもいいです。当時のグラフ誌に掲載されていた貴重な写真や、鉄道マニアならたまらない当時の時刻表まで収録されています。

◇あじあ号とは?

 あじあ号は、昭和9年(1934年)11月1日、大連~新京(現長春)間約701キロを、最高速度130キロ、8時間30分で運転を開始し、「夢の超特急」と呼ばれました。勿論、当時「世界一」の列車です。その後、大連から哈爾濱まで約950キロまで延長して運行しましたが、昭和18年に休止してしまいます。あじあ号は夢の超特急ですから、現代人はディーゼル車か電気鉄道を想像してしまいますが、当時はまだ蒸気機関車だったのです。流線形のパシナ型と呼ばれていました。このパシナ型を設計した旅順工科大学卒の吉野信太郎と時代背景については、この本の「『あじあ』を作った男たち」中で、斎藤充功氏が詳しく書いております。

 日本の近現代史、特に昭和史に興味がある方にとって、好悪は抜きにして「日本の生命線」と言われた満洲問題を抜きにしては語られません。満洲の中でも満鉄のことを抜きにしては、満洲は語られません。満鉄とは、南満洲鉄道の略称で、鉄道会社と言っても間違いないのですが、大連汽船や満洲航空などの運輸交通関係、昭和製鉄所などの工業関係、日満商事などの商社関係、南満洲電気や満洲瓦斯などのインフラ関係、それに満洲日日新聞などのマスコミ関係等の会社も傘下に入れていたコングロマリットだったのです。1937年3月時点で満鉄の関連事業は80社だったといいます。

大洋図書「特急あじあ号復刻時刻表」(当時のまんまの復刻版)

 この本のタイトルになっている通り、巻末には当時発行された「満洲 列車時刻表」(昭和14年11月1日改正など)が復刻再掲されております。驚いたことに、大連から南満州鉄道とシベリア鉄道を経由して巴里(パリ)までの直行便まであったのですね。この時刻表を見る限り、大連を1日に出発するとパリには11日に到着するようなので、何と11日間の旅。東京からパリまで飛行機なら約13時間で行ける現代人から見れば気が遠くなる優雅な旅です(笑)。当時は朝鮮半島も満洲も日本の領土(つまり植民地ですが)だったので、東京から下関や門司でフェリーに乗って、釜山や大連を経て満鉄に乗れましたから、東京駅で「巴里まで、一枚!」と切符を買う富裕層もいたかもしれません。

 ソ連は昭和20年8月9日、日ソ中立条約を一方的に破棄して、満洲に侵攻します。終戦時、国策会社の満鉄の資本金は24億円、従業員約40万人、満鉄の営業路線は1万2500キロ、機関車、貨車、客車の総計は4万6995両。資産総額は、鉄道資産に限っただけでも今日の評価で30兆円はくだらないと言われています。

 その膨大な資産は、今はロシアとなってウクライナに侵攻しているソ連軍によって全て接収されました(34ページ)。現代の若い日本人はこの事実をほとんど知りませんが、世界史的に見ても、稀に見る蛮行です。機関車、貨車、客車は、恐らく、シベリア鉄道でソ連領まで運んだことでしょう。