相補的なものの見方

ラオコーン

相補的なものの見方とは、量子物理学者のニールス・ボーアの言葉から来ていると、芥川賞作家で、僧侶の玄侑宗久氏が書いています。(1月30日付東京新聞)

微小な量子の振る舞いが「粒子」に見えたり、「波動」に見えたりすることは、相対立することではなく、お互いに相補って全体像を見ていくことだというのです。

難しい言葉をはしょって、簡単に要約すると、実験は、観察者の使う器具の性能や観察者自身の思惑にも左右されるので、世の中に客観的な観察などというものはないというのです。

玄侑氏は「現実に即して云えば、どんなモノサシも絶対化してはいけないということではないか」と結論づけています。

仏教が、死について、病を治す力を象徴する「薬師如来」に任せてばかりいては苦しいので、極楽浄土を願う「阿弥陀如来」を作ったのも、空海が発想した「金剛界曼荼羅」と「胎蔵界曼荼羅」を並置したのも、相補性を尊重しているからではないか、と玄侑氏は言います。ちなみに、金剛界は、ダイヤモンド(金剛)のように輝く真理を求める意志で、胎蔵界は、母親の胎内のように現状を温かく容認する態度だといいます。

国家というモノサシ、学力というモノサシ、老人や福祉というモノサシ…。現代は、あまりにも一つのモノサシで測り過ぎているのではないか。演繹的な見方と帰納的な見方の両方が必要ではないかと同氏は力説しています。演繹的とは、普遍的なことから、特殊なことを導き出すこと。その逆に、帰納的とは、それぞれの具体的なことから、普遍的な法則を導き出すことです。

「物事に絶対はない」という考え方は賛成です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも、唯一の絶対神を信仰する宗教です。日本人のように草花や路傍の石にも神が宿るというアニミズムとは、相容れません。山や日の出に向かって、頭を垂れて祈る日本人の姿は、一神教の人々から見て不思議に思われることでしょうね。

しかし、相補的なものの見方は、一神教の世界からでは発想できません。明らかに東洋思想の影響が見られますが、西洋の科学者であるボーアが「発見」したというのも面白いです。

儒教

ポンペイ

儒教の「儒」は、白川静博士によると、旁の上の「雨」は雨、その下の「而」は、顎鬚を表し、シャーマンだというのです。人偏は「人」を表しますから、シャーマンが雨乞いをしている姿を表しています。シャーマンとは、天上の神、魂などと、地上の人間とをつなぐ能力を持つ祈祷師のことです。

孔子(紀元前551-449年)は、魯国の昌平郷(中国山東省曲阜県)出身。父孔?(こうこつ)は下級武士、母顔徴在(がんちょうざい)は、祈祷や葬儀などを行う宗教集団「儒」の出身と推定されています。孔子は正式な結婚の子ではなく、三歳の頃に父親は亡くなり、母親に育てられたといわれます。

母親が宗教集団「儒」の出身であったという史実からも、儒教は、孔子が始めたものではなく、孔子が生まれるはるか以前からあったようです。仏壇に位牌を祀るのも、仏教ではなくて、儒教の風習だそうです。

ですから、儒教は道徳であって宗教ではないという説は間違いで、儒教の重要文献には、葬式や死者に対する儀礼の話が多く出てくるようです。

面白いことに、お釈迦さまが入滅したのは、紀元前477年頃と言われていますから、孔子とほぼ同時代人だということが分かります。

子曰く、学びて時に之を習う。

亦悦ばしからずや。

朋 遠方より来たるあり。

亦楽しからずや。

人 知らずして怒らず。

亦君子ならずや。

 

 

『獄中記』

 フィレンツェ

 

今年に入って、密かに読み続けている本があります。一日、数ページ読んでは、「箸休め」のように、本を置いて、ゆっくり感動に浸って、また翌日読むといった蝸牛のようなペースで読み進んでいます。一気に読んでしまうのがもったいないのです。

 

本の大海の中から、ようやく必要なものを見つけ出したような感覚です。もしかしたら、大変な名著で、この先、何十年も読み継がれる本なのかもしれません。読みながらも、偶然、鉱脈に当たったという手応えを感じています。

 

前置きが長くなりましたが、この本は、佐藤優著『獄中記』(岩波書店)です。佐藤氏に関しては、「恫喝悪党」鈴木宗男代議士と手を組んで、個人的に外務省を操ってきた影の人物というマスコミを通じた認識しかなかったのですが、二年前に彼の著作である『国家の罠ー外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を読んでから、その認識は百八十度変わりました。鈴木宗男氏とは、北海道で直接、何度かお会いして、その政治的情熱に触れることができ、以前の偏見を拭い去ることができました。

 

『国家の罠』では、国家に忠誠を尽くした一人の外務省の役人が、時の政権の政策転換の生贄として、国策として、罪状をでっちあげられたーというのが佐藤氏らの主張でしたが、その理論的根拠となる、いわゆる理論武装の種本のような著書がこの『獄中記』に当たります。

 

ヘーゲル『精神現象学』、ハーバーマス『公共性の構造転換』、カール・バルト『キリスト教倫理』…その旺盛な読書量には圧倒されます。しかも、ドイツ語、ラテン語、ロシア語、フランス語、チェコ語、ギリシャ語、アラム語…と語学の勉強に余念ありません。どういうわけか、数学のⅡ、Ⅲ、A、B、Cまで勉学まで励んでいます。獄中にありながら、国家の税金で三度の食事を与えられ、静かな環境で勉強に集中できるので、こんな有り難いことはないと感謝の言葉さえ、何度も書き連ねています。

 

大杉栄やドストエフスキーも驚愕するほどの勉強量です。

 

仮出所した後の佐藤氏の著作活動には目を瞠るものがありますが、こういう「基礎」があったからといことが、初めてこの本で分かったのです。

 

恐らく、この本は「公表」を前提に書かれたか、「公表」するに当たって、かなり、個人的な感慨部分は割愛されたように思います。何しろ、普通の囚人だったら、書きそうな、塀の外にいる家族や親しい人に対する恋慕の情や懐かしさや後悔や希望など、少なからず吐露すべき心情があるものですが、この記録には一切出てきません。半分ほどは、弁護士への手紙が収録されていますが、只管、裁判に勝つため、理論武装のための思索ノートに徹した感があります。

 

かといって、非人間的な側面は感じられません。読者に共感を拒絶していないため、読者もまるで著者と同じように独房に入って、一緒に思索を重ねているような錯覚さえ起こさせてくるのです。

 

ここで、二、三箇所、抜書きしてみます。

 

「拘置所の中にいると、入ってくる情報が極端に少ないので、思い煩わされることも少なくなります。現下の状況では、拘置所の中にいた方が心理的負担が少ないと思います。以前、インド仏教思想でナーガルジュナ(龍樹)の学説すなわち中観思想を勉強したときのことを思い出します。この学説によると、苦しみとか悩みというのは、人間が情報に反応して、様々な意識を抱くゆえに生じるということになります。余計な情報が入ってこなければ、思い煩うことも少なくなるわけです」(31ページ)

 

「プロテスタントから見れば、ルター、カルバンは英雄ですが、カトリックから見れば極悪人です。鈴木宗男先生にしても、二〇〇二年一月末までは外務省にとっては『守護天使』でした。今では『悪魔』です。」(88ページ)

 

「キリスト教神学では『何事にも時がある。時が満ちて初めて、次に進むことができる』という時間概念があります。今はじたばたしても仕方ありません。『時が満ちる』のを待って、ひたすら潜在力を付けることが賢明と考えています。他人を憎んだり、人間としての優しさを忘れ、自己中心的になるのではなく、あくまでも人間として崩れずに『時が満ちる』のを待ちます」(114ページ)

ラジオは脳にきく

ミケランジェロ「ダビデ像」(フィレンツェ)

「ラジオは脳にきく」(東洋経済新報社)などの著書もある和歌山県立医科大学教授で付属病院長の板倉徹氏の話を聞きました。大変面白かったです。

人間の脳の細胞は150億個あるのですが、生まれた時が最大で、年を取ると減る一方で、退化してしまうそうです。鍛えない脳細胞はどんどんなくなってしまうというのです。だから、名ピアニストとはいえ、毎日数時間の練習は疎かにできません。1ヶ月でもさぼったりすると「タダの人」になってしまうからです。脳細胞だけでなくても、人間、やはり歩かないと、退化して歩けなくなっていきます。人の名前が出てこないのも脳の老化の一つです。私も、学生以来、数学の勉強をしていないので、微分も積分も忘れてしまいました。

・左脳は、「言語」活動や「計算」などを掌る

・右脳は、音楽を聴いたり、楽器を演奏したり、絵を描いたり、芸術活動を掌る

日本人は、どうも、左脳ばかり使いすぎなんだそうです。左脳は、いつも「頑張らないと」と、気を張っている。右脳だと「まあ、程々に」と、リラックスする。生真面目な日本人の心因性が如実に現れていますね。

板倉教授によると、脳を鍛えるために、ラジオを聴きながら、洗濯や掃除をしたりする「ながら」が効果があるそうです。それだけ、脳に負担がかかるからです。例えば、人間、アルツハイマーに罹ったりすると、靴を履きながら、自分の生年月日を言ったり、同時に二つのことをすることができないというのです。

テレビをボーと見て、受身のことだけしていては、ボケにつながります。その点、ラジオは色々と想像したり、思い出したりするので、ボケ防止になります。

例えば、「富士山」なら、テレビだとそのものが写って、イメージが固定化されますが、ラジオで「富士山」と聞けば、自分が登った富士山や、銭湯で見た富士山の絵や、写真で見た富士山や、新幹線の窓から見た富士山を思い出したりして、それだけ脳が活発化するのだというのです。

私は、最近、ほとんどテレビは見ません。この話もラジオ(TBS)で聞きました。

藤原新也『黄泉の犬』

Hi!

久しぶりに読み応えのある書物に接しました数時間で一気に読んでしまいました。

藤原新也著『黄泉の犬』(文藝春秋)です。表紙は、彼を一躍有名にした野犬が人間の死体に群がって食いついている写真です。あの「人間は犬に食われるほど自由だ」というコピーで物議を醸したあの写真です。

オウム真理教の麻原彰晃こと松本智津夫のルーツを辿る旅から始まりますが、同書の根幹は、若き藤原新也がなぜ日本を飛び出してインドを放浪することになったのか、その理由と背景と心情と精神的心因性を初めて披瀝しており、藤原新也という世に言う写真家・作家とは何者だったのかを解明する一種の集大成になっています。

「印度放浪」「東京漂流」「メメント・モリ」「乳の海」「アメリカ」「平成幸福音頭」、そして最新作の「渋谷」と曲がりなりにも彼の著作と20年以上付き合ってきた読者の一人として、この本を読んで、「藤原さんとはそういう人だったのか」と初めて分かったような気にさせてくれました。

表紙になった人間を食う犬は、中洲でたった一人だけで撮影したもので、一旦、引きさがった野犬が、仲間を引き連れて、まるでヤクザの出入りのように、藤原氏を襲いに戻ってきた話など初めてこの本で知りました。結局、九死に一生を得て、こうして今、彼は生きているのですから、どうやって難から逃れたのか、ぜひ同書を読んでみてください。

同書には、実は、私も登場します。44ページから45ページにかけてです。具体的な会社や名前は出てきませんが、確かに私というか、私が所属していた組織のことを書いています。もう12年前の話ですが、彼はもちろん、非難以上に断罪しています。私としては、原稿を依頼した当事者だったので、何とも言いにくいのですが、彼の言い分は当然の話で、原稿をボツにした組織の不甲斐なさを感じたものです。(でも、いつか、この話は書くだろうなあ、という予感があったので驚きませんでした。)

私の人生で最も影響を受けたビートルズも断罪しています。ちょっと引用しますと「西欧人は植民地の時代以来アジア、アフリカ、南太平洋、南米といった地域の有色人種を支配してきた。しかし近代においてその合理思想に破綻をきたしはじめて以降、有色人種地域に対する無知と蔑視が、逆に思い入れ過剰な期待感へと裏返って、自らの世界に欠落する非合理性や神秘性をそれらの地域に求めるという逆転現象が起こった。(中略)その最たる象徴がビートルズだった。…」

よく知られているように、ビートルズ、特にジョージ・ハリスンを中心にジョン・レノンもポール・マッカートニーもインド宗教に一時期衷心となり、聖者マハリシ・マヘシュ・ヨギに帰依したことがあります。(後にジョンは「セクシー・セディー」でマハリシを批判)

このマハリシがいたのが、インドの聖地と呼ばれるリシケシュという所ですが、実は、ここは貧乏人を全く相手にせず、最も通俗的な所で、エセ宗教家と金満未亡人ら俗物の集まる所だというのです。藤原氏もマハリシのことを「インド風の屁理屈をこねて白人の女を見るやそのケツを追い回すセックス狂坊主であったことがのちに発覚する」とまで書いています。ビートルズは、60年代末から70年代にかけて、欧米で瞑想ブームの魁になっていたわけですが、同時期にインドを放浪していた藤原氏は随分いかがわしい宗教もどきのペテン師を見てきたことを暴露しています。

インド放浪で実体験した者として、藤原氏は

「たとえば路上に人の屍がころがり、乞食たちがむせかえるような臭いを発散させ、舌にヒリつくようなメシを喰らい、重度の象皮病やハンセン病巻患者が路上で手をさし出し、人の屍を喰う野犬が徘徊し、熱球のような太陽に頭頂を直射され、盗人にかっ攫われ、細菌に腸を占拠され、洪水に足をとられ、旱魃に渇き、砂漠のトゲに脛の血をしたたらせる、そんな、あるいはこの世界の中で最もファンタジーから遠い、”現実原則”のむき出しのこの地に、現実回避型の青年たちが大挙して訪れるというこの奇妙。」

と経験者でしか書けないことを独特の文体で表記しています。

とにかく、「ほとんどメモをとらない」という藤原氏の驚きべき記憶力には脱帽しました。

惜しむらくは、65ページの「潮汗」は「潮汁」の校正ミスだと思います。大出版社の校閲力の衰えという由々しき事態ではないでしょうか。

それでも、この本は、お奨めです !

「細木数子 魔女の履歴書」

ヴェニス

 

溝口敦著「細木数子 魔女の履歴書」を読了しました。「週刊現代」連載時にチラチラ読んでいたのですが、こうしてまとめて読んでみると、複雑な思いにかられます。なぜなら、彼女の出演するテレビ番組は相変わらず高視聴率を獲得し、マスコミもスポンサーもそして、騙されたフリをしている視聴者も皆グルだからです。

 

お笑いやヴァラエティーとして「他人事」として笑って見ているのなら、まだ許されているでしょうが、この本には、そんなことでは済まされない驚愕の事実がこれでもか、これでもか、といった調子で書かれています。

 

著者が断罪する「女ヤクザ」細木氏の商法が暴かれています。

 

①テレビ出演料(フジテレビ系「幸せって何だっけ」、TBS系「ズバリ言うわよ」など)約4億円

 

②占い本印税(「六星占術」累計6500万部など)約4億円

 

③携帯アクセス代(「六星占術」会員約100万人)約12億円

 

④講演・勉強会、鑑定、墓石・仏壇販売マージン等で約4億円

 

合計年収約24億円!

 

信じる人も信じない人も「たかが占い」ということで、「人畜無害」で済めば許されるでしょうが、細木氏に限って、その影響力は絶大です。テレビで有名になって、占い本を買わせて、鑑定や講演会で「先祖を大事にしなければ、地獄に堕ちるぞ」と脅迫して、墓石や仏壇を買わせるどこかの宗教団体の「霊感商法」みたいなカラクリが暴かれているのです。細木氏は、若い頃、暴力団「小金井一家」8代目総長で二率会会長代行の堀尾昌志氏と30年間内縁関係にあったなど、裏社会に精通しており、その「恐喝」ぶりは筋金入りだと暴露されています。

 

そもそも、「六星占術」自体が、神・真理星占学会会長の神熙玲(じんきれい)氏(本名小林真津子)の「六大天冲殺」の資料をパクッたものであるという事実が本書で初めて明らかにされています。

 

借金を抱えて困っていた歌手の島倉千代子は、まだまだ「金のなる木」であることを察知して、細木氏は彼女に取り入って、マネジャー役を買って出て、結局、9億5千万円もの大金を手にしていった話なども圧巻です。

 

まあ、ほとんどの日本国民はこの本を読むことはなく、細木氏を「先生」と崇めて、本を買い、仏壇を買い、墓石を買っていくことでしょうね。

 

テレビの高視聴率がそれを証明しています。

「国家と宗教」

ミラノ

 

保坂俊司著「国家と宗教」(光文社新書)を読みました。

この本は、タイトル通り、「国家」と「宗教」という壮大なテーマを比較宗教学などを駆使して歴史的に分析しています。門外漢にも分かりやすく、「キリスト教と政治」「仏教と政治」など四つの章に分けて解説され、とても深い省察と考えるヒントを与えてくれてくれました。

 

 著者の保坂俊司氏は、「インド仏教はなぜ亡んだのか」などの著作がある麗澤大学教授で専攻はインド思想です。彼は、キリスト教、イスラム教、仏教などを比較し、非暴力を唱える仏教の持つ思想が、21世紀の世界に不可欠な思想である、と力説しているのです。なぜなら「仏教のみが世界宗教の中で、武力を伴わずに世界に平和裡に伝播された宗教だから」ということが根拠になっています。

 

そして「宗教の違いで互いに争い合う現状において、それを緩和する発想として縁起や空の思想を政治哲学や社会哲学として展開することは、大いに意味のあることである」と、政治理念としての仏教の重要性を強調しています。しかも、その理念を世界に広めるのに「最適なのが日本人である」とまで言っているのです。

 

 ここまで、政治と宗教の密接な関係に踏み込んで論陣を張った著作を読んだのは初めてです。著者は、戦後教育を受けた現代日本人は、宗教と政治は分離しなければならないという「政教分離原理主義」思想に神経質なほど凝り固まっている。しかし、世界を見渡すと、例えばイスラム世界では、政教一元の政治思想が大原則であり、イスラム的政治制度を国教として導入している国は国連加盟国中の20%にもなるというのです。

 

米国でも、「政教分離主義」が原則です。しかし、これは、政府や公権力が特定の宗教や宗派を優遇しないという意味で、政府などが宗教に一切関わらないという意味ではないのです。

だから、「選ばれた民の意思は神の意思」といったキリスト教的思想が広く形成され、ブッシュ大統領の「アメリカの戦いは正義の戦い」などという発言がごく普通に発せられるというのです。

つまり「十字軍」の歴史感覚が現代でもまかり通っているわけです。そもそも、日本人も60年少し前までは、自らの国を「現御神(あきつみかみ=天皇)が治める神の国」と称して、宗教と国家の結びつきを疑う人がどれほどいたでしょうか、と著者は疑問を投げ掛けています。

 

日本の明治新政府が廃物毀釈を断行し、国家神道を主軸に据えた背景に「土着のものが優れ、外来のものが劣る」という思考があり、仏教を排除してヒンドゥー教を第一としたインドの「廃仏思想」に通じると、著者は喝破しています。

 

日本では、本地垂迹説が自然と受け入れらて、神仏習合していた奈良から江戸時代にかけての方が、明治以降より、戦争が少なかったという著者の指摘にも思わず、うならされました。

 

明治以降の戦争で、国家神道が日本の宗教として利用されて、死さえ恐れさせない狂信的な若者たちを生み出してきたことは、現在、イラクやアフガニスタンやニューヨークやロンドンなどで自爆テロを敢行して死さえ恐れず、むしろ英雄視される風潮と宗教観に相通じるのではないか、と考える人間は私だけではないと思います。

「大人のための東京散歩案内」

ローマ

たまたま書店で見かけた「大人のための東京散歩案内」(洋泉社新書)が面白くて、一気に読んでしまいました。

著者は「下流社会」がベストセラーになって話題になった三浦展さん。この人、どこかの大学の先生かと思っていたら、情報誌の編集長や総研の主任研究員を務めていた人だったのですね。いわゆるリサーチャーです。

ですから、かなりの「調べ魔」らしく、私も知らなかったことが列記されて参考になりました。東京散歩でも、普通の人が取り上げるような銀座や六本木や青山などは出てきません。本郷、小石川、本所、深川、高円寺、それに赤羽など渋い所ばかりです。

東京は、江戸からの歴史から見て、明治維新、関東大震災、そして太平洋戦争と3度の大変革期を経て、今に至っているわけですが、想像力を逞しくすれば、そこはかとなく過去の遺影が残っているものです。江戸の古地図と見比べてみても、道路が江戸時代とほとんど変わっていなかったりするんですね。

今は陸地でも、昔は海や川や湿地帯(かなり多かったようです)を埋め立てた土地が多く、辛うじて名前が残っていたりします。知らなかったのですが、小石川もやはり川の名前です。「椎名町から流れてくる谷端川の下流の名称で、大塚駅の南東の三業地を通り、小石川植物園を抜けて東京ドームのあたりまで流れ、最後は神田川に合流する」

この三業地ですが、意味が分かりますか?私はすぐに答えられませんでした。調べてみると、「料亭」「芸者の置屋」「待合」の三種の業を指します。現在、東京では花柳界がほぼ絶滅してしまったので、私自身は体験できなかったのですが、東京の至る所にあったようです。東京を歩いていて、「何でこんな所に、たくさん料理屋が並んでいるんだろう」と感じたら、まず三業地でしょう。この間、行った北品川の「金時」もそんな雰囲気でした。よく分かりませんが、三業地は、吉原や向島、四谷、池袋、尾久(阿部定事件の舞台)、千住、渋谷などの「赤線地帯」とは違うと思います。この本には、大塚三業地のほか、白山三業地、神楽坂の牛込三業地などが出てきます。どなたか詳しい方教えてください。

同書には、関東大震災の被災者のために建設された同潤会アパートや、目白、阿佐ヶ谷などの文化住宅などが登場します。老朽化しているので早晩取り壊されてしまうのでしょうが、これらの古い建築物を見るだけでも散歩が楽しくなります。

貧乏な画家や詩人たちが集まった「池袋モンパルナス」は知っていましたが、上野は国立の芸術大学があることから「モンマルトル」といっていたそうですね。御茶ノ水は「カルチェ・ラタン」。昔の人はパリへのあこがれが強かったのでしょう。

赤羽団地の広大な敷地は、陸軍の被服本廠(軍服製造工場)の跡地だったことを本書を読んで初めて知りました。高円寺は古着店の街、西荻窪はアンティークの街で文化人(日本一の編集者の藤原書店http://www.fujiwara-shoten.co.jp/index_2.htmlの藤原良雄も在住、と三浦さんは書いてます。今年、ノーベル文学賞を受賞したトルコ人作家オルハン・パムクの作品「わたしの名は紅」の翻訳を、どこの出版社も引き受けなかったのに、先見の明を持った藤原書店だけが引き受けた、ということが話題になりましたね)が多く住む街だそうです。

「純喫茶」というのは、女給を置く「新興喫茶店」(今では死語ですなあ)と区別して名称されたことなど、色々と勉強になりました。

早速、この本を片手に散歩に出かけます。どうせ、暇ですから。

 

「イエスの王朝」

 

ジェイムズ・D・テイバー著、伏見威蕃・黒川由美訳『イエスの王朝 一族の秘められた歴史』(ソフトバンク クリエイティブ)を読んでいます。まだ、途中ですが、本当に驚くべき「真実」ばかりで、久しぶりにラインを引きながら読んでいます。これまで、私が知り得ていた知識を遥かかなたにまで超えて、「コペルニクス的転回」と言ってもいいほど画期的なので、まさしく驚きの連続です。

 

まず、著者のテイバー氏は、ノース・カロライナ大学宗教学研究所所長で、キリスト教に関する研究の権威なので、同書もノンフィクションの歴史書として売り出している以上、信用するに値するということを前提にしなければなりません。

 

私はキリスト教徒ではありませんが、若い頃から「聖書」を少しずつ読み続けてきました。

 

特に「心の貧しい人は幸いである」「悪人に手向かってはならない。誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬を打ちなさい」「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」「明日のことまで思い悩むな…その日の苦労は、その日だけで十分である」といった「山上の説教」は、今でも私の規範に影響を受けています。

 

この本で、テイバー氏は、宗教家としてのイエスではなく、あくまでも歴史上に実際に生きた「人間イエス」を分析しています。実際、30歳までのイエスについては殆ど分かっていないのですが、テイバー氏は、東奔西走して30年間かけて、あらゆる資料を渉猟して、以下のような驚きべきことを明らかにしています。

 

●マリアは、ヨセフと結婚する前に、誰か他の男性と関係を持ってイエスを身篭った。つまり、マリアは未婚で私生児を身篭ったティーンエイジャーだった。(まるで、エリック・クラプトンのお母さんみたいですね)しかし、夫となったヨセフは、その子供を父親として認知した。(イエスの「処女降誕」を主張しているのは、マタイ・ルカ福音書のみで、新約聖書のほかの部分には全くない。マタイ・ルカの福音書はあくまでもイエスを神格化するために、「処女懐胎」の思想を生み出した)

 

●マリアが関係したイエスの父親は、ローマ軍の兵士だった。(ギリシャの思想家ケルススが178年頃書いた『真理の言葉』)。イエスの父親は、ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラという名前で40年間、ローマ軍の兵士として務め、61歳でドイツで亡くなり、墓が1859年にドイツのビンガーブリュックで見つかっている)

 

●イエスには、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの腹違いの弟四人とマリア、サロメの腹違いの妹二人がいた。(マルコ福音書)みんなマリアの子であるが、イエスとは父親が異なるー父親はヨセフもしくはその兄弟のクロパと思われる。ユダヤの戒律により、夫が亡くなった時にその兄弟が跡継ぎとなることが決まっていた。クロパは正式な名前ではなく「呼び名」の可能性が高く、クロパはギリシャ語形で(聖書の中で)何度も登場するアルファイである。イエスの磔に立ち会い、埋葬に加わった女性三人は、①マグダラのマリア②イエスの母マリア③イエスの妹サロメである。

 

(ここで「腹違い」と書かれているが、原文か翻訳の間違いであろう。イエスも兄弟姉妹もすべて母親がマリアなら、イエスと「父親違い」が正しいだろう)

 

●マリアもヨセフも先祖を遡るとソロモンやダビデらイスラエルの王に辿ることができる。つまり、イエスも正統な王家として、王位継承を求めていたのではないか。(つまり、斟酌されるのは、イエスの行動は宗教家としてではなく、政治運動だったのではないか。そのために、反政府勢力として殺害されたのではないか。弟たちもこの「政治運動」に使徒として参加し)イエスとシモンが磔刑、ヤコブが石打ちの刑というふうに、五人のマリアの息子のうち三人がむごたらしい死を迎えた。(迎えた、ではなく遂げた、という訳の方がいいと思う)

 

「マルコによる福音書」では、12使徒は、①ペテロと名付けられたシモン②猟師ゼベダイの子ヤコブ(大ヤコブ)③ヤコブの兄弟ヨハネ④アンデレ⑤フィリポ⑥バルトロマイ⑦マタイ⑧トマス⑨アルファイの子ヤコブ(小ヤコブ)⑩タダイ⑪熱心党のシモン⑫イスカリオテのユダであることが書かれています。12使徒の12は必ずしも12人ではなく、イスラエルの部族の総称という説もありますが、イエスの異父弟のヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの四人が12使徒だとしたら、ヤコブは⑨のアルファイの子ヤコブ、⑩のタダイは、ヨセかユダの別名、シモンは⑪の熱心党のシモンのことでしょう。

 

(私がこれまで読んだ文献には、そこまで書かれていなかったのいつも隔靴掻痒の感がありました。①のペテロは「ペテロの否認」のペテロで、初代ローマ法王のペテロのことでしょう。⑫のユダはもちろん銀貨30枚でイエスを裏切ったユダのこと。「ユダによる福音書」が最近出版され、これまで違った解釈が生まれているので読まなければと思っています)

 

「イエスの王朝」には熱心党については、詳しく書かれていました。紀元6年以降、「ガリラヤのユダ」と呼ばれる過激分子が、統治者交代の隙に乗じて反乱を起こしたが、このユダが、熱心党(ゼロテ派)と呼ばれるユダヤ国粋主義者の一党を打ち立てた人物だそうです。

 

これらは、2000年も前の大昔の出来事で、現代人と関係ないと思ってはいけません。現代のパレスチナ問題もイスラエルによるレバノン侵攻も、2000年も3000年も前から続いている紛争の延長と見ると、よく分かるからです。

 

恐らく「イエスの王朝」は、宗教家からみれば、冒涜書になるかもしれませんが、私のような異教徒が歴史書として読むと、本当に、興奮してしまいます。聖書と新約時代の地図を参照しながら、ゆっくりゆっくり読んでいるので、読了は先のことでしょうが、また、折に触れて紹介したいと思います。