大変失礼致しました、三浦様。ハルビン特務機関に関するご質問

ハルビン学院
 大変失礼致しました。三浦宣秀さんという方から以下のコメントを1月4日に拝受しておきながら、どう間違ったのか、「スパムコメント」の中に分類されていて、危うく消滅するところでした。
 実は、小生、このサイトの「基盤」として使わさせて頂いているWordpressのやり方が全く分かっていないのです(苦笑)。よく見てみると、「これまで65件のスパムコメントを保護しました」とあるではありませんか!
 ごめんなさい。
 「スパムコメント」コーナーをチェックしていなかったので、皆様の重要なコメントが消えてしまっていたのかもしれません。(本物のスパムだったらいいんですけど…)
 いずれにせよ、三浦様からの誠実なコメントには心を打たれました。が、生憎、小生の力では及ばないため、読者の皆様の中でご存知の方がいらっしゃいましたら、是非とも、さらに、コメントを頂きたいのです。
 今度こそ、皆様からのコメントが「消滅」しないように、気を配りますので宜しくお願い申し上げます。
三浦氏のコメントを改めて下記に「復活」させますので、御熟読ください。(色んな方がこの《渓流斎日乗》をお読みになっていただいていることを知り、改めて感謝申し上げます)

2017年10月1日の関東軍情報本部ハルビン陸軍特務機関を拝読いたしました。
私の叔母は軍属として、ハルビン特務機関情報部教育隊に所属していたようです。ハルビン特務機関長は、土居明夫特務機関長(秋草特務機関長の前任)でした。叔母は、21歳でハルビンで殉職したのだと思っています。(勲八等瑞宝章の叙勲となっていたので殉職と思いました。)
死亡年月日は、昭和19年9月20日、身分は陸軍軍属(雇員)です。
叔母の名前は、阿保 信子(あぼ のぶこ)で、私は甥の、三浦(旧姓 阿保) 宣秀(みうら たかよし)てす。父は満鉄に勤めていて、終戦で中国での強制労働後、復員してます。叔母は、私の父の影響で満洲にいき、ハルビン特務機関に採用されています。
ハルビンでの葬儀には、陸軍大臣、教育総監、参謀総長、関東軍司令官、ハルビン特務機関長の立札があります。(当時の葬儀写真あります。)
推測では、教育総監の立札から、情報部教育隊(471部隊)に所属し、日ソ開戦にそなえての諜報活動、宣撫活動において、殉職したのではと思っています。 通知された、死亡状況は戦病死、死亡場所はハルビン第1陸軍病院と記載。)
当時の状況を詳しく知りたいと思って、あらゆる方面に問い合わせいたしましたが不明とのことでした。
なにかヒントになることは、ありませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。

キンドルバーガーは挫折しました

以前より、最近どうも気力が薄れてきました。

以前なら、目が覚めると、「今日は何を書こうか」と次々と書く材料が浮かんできて、取捨選択に苦労したものですが、今は、どうも、ドキドキワクワクするような題材が減ってきました。

裏が見えてしまう、といいますか。政治家も芸能人も、知の巨人と言われる人たちも、皆んな薄っぺらく、いや間違いました(笑)、皆んな、均質化されてしまったお蔭で、幻想もなくなり、同時に期待感も無くなってしまったのです。

ま、成熟したお蔭で、「達観してきた」ということと自分では解釈してますが(笑)。

ところで、鄙びた温泉にでも行って養生したいものですが、諸般の事情でそれも叶わず、ひたすら読書に励んでおりますが、こちらも、何が何でも読破してやるという気力が薄れてきてしまいました。

例えば、1929年の世界大恐慌を詳述した「聖典」とも呼ばれている著名なチャールズ・P・キンドルバーガー著、石崎昭彦・木村一朗訳「大不況下の世界1929ー1939 改訂増補版」(岩波書店、2009年8月27日初版、7668円)に挑戦してみましたが、途中であえなくノックアウト。つまり、挫折してしまいました。

しかし、あまりにも専門的過ぎます。あまりにも難し過ぎます。これでも、「不胎化」といった難しい専門用語はある程度理解できますが、全体的には、お手上げ状態でした。恐らく、経済専門の大学院生でも理解できるかどうか…。

私が「嗚呼、もう駄目だ」と、続きが読めなくなったのは次の箇所です。

…金本位制は金を獲得した諸国が経済を一段と拡大し、金を喪失した国が経済を引き締めることによって自動的に機能するものと想定されていた。しかしながら、1920年代にはこの自動性が解明され始め、中央銀行間調整がその自動性を支援し、あるいはその自動性に代位するために必要とされるにいたった。それは勿論最初の事例ではなかったが、最も顕著な事例の1つであり、第2次世界大戦後マクロ経済政策を調整する見地から行う通貨当局間協議の先例になったということができよう。…

うーん、何度読んでも分からん(笑)。

新聞社が不動産屋に~スマホからの解脱~わが青春に悔なし~京大事件~恒藤恭~東洋文庫

東京・銀座並木通りの旧朝日新聞社跡に建つ高級ホテル

夏目漱石二葉亭四迷石川啄木らも働いた東京・銀座の(昔は滝山町といっていた)旧朝日新聞社跡に何か新しいビルが建ったというので、見に行ってきました。

そしたら吃驚。異国の超高級ブランの衣服と時計とホテルが横並びで、思わず通り過ぎてしまいました。とても中に入る勇気がありませんでした(笑)。以前はプロ野球のセ・リーグとパ・リーグの事務所があったりして入りやすかったのですが、とても足を踏み入れる気さえ起きませんでした。

家主は、朝日新聞社です。若者の新聞離れやら少子高齢化、日本人の教養劣化と記者の質の低下(笑)、そして今は流行のフェイクニュースとやらで、新聞の売れ行きがガタ落ちで、歴史のある大手新聞社のドル箱が、今や、紙から不動産に移っている様を如実に反映しておりました。

 

Italie

今年2018年の抱負のナンバーワンは、以前にも書きました通り、「スマホ中毒」からの解毒(デトックス)です。(笑)

ということで、電車内でスマホでこの《渓流斎日乗》を執筆することを控えることに致しました。更新もalmost毎日ということになります。

昔はメールなんかありませんでしたから、実に牧歌的な時代でした。メールも当初は、パソコン中心で、1週間に2~3回チェックする程度で、それから返信していても許されましたから、本当にいい時代でした。

今やスマホの時代ですから、いつもメールなんかを気にしていなければなりません。

今年は、スマホからの解脱を目標に掲げましたから、メール・チェック等もほどほどにすることにしましたので、返信が遅れてもお許しくだされ。

Italie

お正月休みにテレビで黒澤明監督の「わが青春に悔なし」を初めて観ました。黒澤作品全30作のうち9割は観ておりますが、この作品はどういうわけか、見逃しておりました。

何しろ、私の専門分野(笑)のゾルゲ事件と京大・滝川事件をモチーフに作られた(久板栄二郎脚本)というので、観るのが楽しみでした。

確かに京都大学・八木原教授(大河内伝次郎)の娘幸枝(原節子)をめぐる野毛(藤田進)と糸川(河野秋武)の三角関係のような青春物語でもありますが、究極的には昭和初期の軍国主義の中での言論弾圧とそれに反発する教授や学生、その中での保身や裏切り行為なども描かれています。

大学を卒業して10年、恋のライバル二人の運命は真っ二つに分かれ、糸川はエリート検事になり、野毛は、東京・銀座にある東洋政経研究所の所長として支那問題の権威として雑誌などに長い論文を寄稿したりしています。これが、ゾルゲ事件の尾崎秀実を思わせ、結局「国際諜報事件」の首魁として逮捕されるのです。

何といってもこの映画が凄いのは、敗戦間もない昭和21年の公開作品だということです。まだ占領下ですし、戦前タブーだった京大事件とゾルゲ事件を題材にした映画がよくぞ公開されたものです。

◇京大事件とは

京大事件とは、昭和8年(1933年)鳩山一郎文相が、京都帝国大学法学部の滝川幸辰教授の著書「刑法読本」や講演内容が赤化思想であるとして罷免した事件です。

法学部教授全員が辞表を提出しますが、結局、滝川教授のほか佐々木惣一(戦後、立命館大学総長)末川博(同),恒藤恭(戦後、大阪市立大学長)ら7教授が免官になりました。

この中で、私は法学関係に疎いので恒藤恭教授の名前を近しく感じてしまいます。彼は、旧制一高時代、芥川龍之介の親友で、確か、成績は恒藤が首席、芥川が2席という大秀才だったと記憶しております。

◇石田幹之助と東洋文庫

「京都学派」に詳しい京都にお住まいの京洛先生にお伺いしたら、「芥川の一高時代の友人の中に有名な菊池寛や久米正雄のほかに、石田幹之助という東洋学者がいて、私も学生時代に習ったことがあるんですよ」と仰るではありませんか。これには吃驚。京洛先生は一体、何時代の人なんでしょうか?(笑)

「石田先生は授業中によく、芥川や恒藤らの思い出話をしてましたよ。石田先生は、三菱の岩崎財閥からの支援と要請で今の東洋文庫の基礎をつくった人です。小説の世界と学者の世界は違うんです。芥川の『杜子春』なんかも石田先生が提供した資料を使ったんですよ。何?石田幹之助も東洋文庫も知らない?」

「石田教授の師は、『邪馬台国北九州説』を主張した東京帝大の白鳥蔵吉です。『邪馬台国畿内説』を唱えた京都帝大の内藤湖南と大論争になりました。えっ?それも知らない?嗚呼…嗚呼…」

「君たちはどう生きるか」が100万部のベストセラー〜谷崎〜西郷〜【動画】東京驛舎

今、吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」が漫画化(羽賀翔一)されて、ベストセラー(マガジンハウス)になっているというので、《渓流斎日乗》に書くためだけにわざわざ買って読んでみました。

先日買った時点では「70万部突破」でしたが、今朝の新聞を見たら一面広告で、「100万部突破」の大ベストセラーになっていました。

原作の出版は、支那事変が開始された昭和12年(1937年)と言われてますから、何で、80年も昔の本が漫画とはいえ、急に蘇っってブームになったのか不思議です。

識者の中には「暗い軍国主義の世の中になる時代と、21世紀の『戦前』と共通点があるから」と仰る方もいますが、読んでみれば、コペルニクスやニュートンら科学者が多く登場し、政治家として出てくるのは異国の英雄ナポレオンぐらいです。それより、学園内でのイジメや、貧富の格差、友情と裏切りといった今でも通じる普遍的な若者が抱く悩みや疑問が描かれています。

作者の吉野源三郎は、東京高等師範〜一高〜東京帝大卒という絵に描いたような知的エリートです。戦前、治安維持法で逮捕された経歴があり、戦後、岩波書店の雑誌「世界」を発行し、戦後民主主義を代表する進歩的知識人と言われています。

昔でしたら、話はこれで終わっていましたが、今のようなネット時代では、極左から極右まで色んな方が発言されたり、フェイクニュース、フェイスブックならぬフェイクブックも横行したりして、あまりにもの情報過多で思想信条がグラつき眩暈が起きることでしょう。

「君たちはどう生きるか」は、叔父さんが甥っ子に手紙などで語りかける手法で、人生の先輩として若い人に一つの指針を示す様が描かれています。その中で、自分の信念を持つことの大切さを説くあたりがが印象的でした。

まあ、あまりネット情報に左右されないことが肝心ですよ。

(一昨日からの続き)

日本橋人形町は、文豪谷崎潤一郎生誕の地で、私の大好きな歴史的碑が立っていました。

詳細は上記の写真をお読みください。

昨日から始まったNHKの大河ドラマは「西郷どん」。「七福神めぐり」で日本橋人形町を彷徨いていたら、偶然、魚久本店を通り掛かり、店前に上の写真の通りの「由来」を発見しました。

江戸末期、姫路藩主酒井家の屋敷があり、維新後、参議になった西郷どんが居を構えた、と書いてありますね。

ここだったですか。

最後に「おまけ」は今年のお正月2日の東京驛前風景の動画です。100年もすれば、歴史的価値が出るやもしれません。まさか(笑)。

 

【動画】新年一般参賀に伺候仕り候

大晦日の日、極右超国家主義者の栗林先生から、極左無政府主義者、実は単なる日和見主義者の渓流斎に「果たし状」が舞い込んできました。

「新年一般参賀に伺候仕り候。つきましては、1月2日戌の刻、東京驛舎附近にてお待ち申し上げ候」

一般参賀は昨年もお伺いしましたので、どうしようかと思いつつも、逃げの小五郎では男が廃る、男の恥ということで果たし状を受けることに致しました。

2018年の新年一般参賀 見えない

来年は今上陛下がご退位されるということで、世間の関心がいや増したせいなのか、前年と比べてかなり多い人手に見えました。

宮内庁の発表によると、昨日は平成最多の12万6720人が参賀したそうです。道理で。

大、大、大行列で、実に一時間半並び、確保できた場所も、昨年と比べてかなりかなり遠方で、上部にアップした動画の如く、小旗で前方がほとんど見えない状況でした。

再挑戦

頑張って、再挑戦してみましたが、ほとんど変わりがなく、昨年も大変でしたが、昨年は場所的に如何に恵まれていたのかということが初めて分かりました。

そこで、改めて、下部に昨年、小生が捉えた一般参賀をアップすることに致しました。

2017年の新年一般参賀

栗林先生と小生は、思想信条が全く真逆ですが、歴史好きで、「伝統文化を重んじる」という意味では共通点があります。

何時間も一人でジッと並ぶことは精神的に耐えられませんから、二人で並んでいる間中、小生は一人で、徳川四天王のその後移封された藩のことや、ヴェルサイユ体制のことなど、この《渓流斎日乗》に一度書いた「受けおり」の話などを一方的に喋って、並ぶ苦痛を軽減することができました。

この後、皇居〜千鳥ヶ淵戦没者墓苑〜靖國神社参拝と昨年と全く同じコースを辿り、これまた昨年と同じ神保町のサイゼリヤで、イタリア製ワインのボトルを2人で2本も開けて懇談致しました。

この日は、1万5000歩近くも歩いたので、私は疲労困憊でしたが、栗林先生は日頃から鍛えているので、疲れなど何処を吹く風。

栗林先生は、恩給を受けられているほどの御年ながら、御自宅近くの身躰向上倶楽部で週に7里も泳ぎ倒し、超美人の淑女とは週数回交際されているという噂の超人的身躰機能の持ち主です。羨ましい限りです(笑)。

先生は、今、人生で最も充実しておられるということを、熱く語る政治思想の話とは違って、滔々と話しておられました。

御馳走様でした。

「マネー戦争としての第二次世界大戦 なぜヒトラーはノーベル平和賞候補になったのか」にもかなりの記述あり

◇戦争を始めるのは誰か

先日、「国際金融アナリスト」を自認している浜本君とランチをした時、読了したばかりの渡辺惣樹著「戦争を始めるのは誰か」(文春新書)の受けおりで、「君は知っているかい?今の国際情勢を知るには第一次世界大戦と戦後のヴェルサイユ体制を知らなければならない。あの時、ドイツが如何に天文学的賠償金を押し付けられたことか。あのケインズが卒倒して精神に異常をきたしたほどなんだよ。あのヴェルサイユ体制のお陰で、その後の世界金融恐慌も、第二次世界大戦も起きた遠因になったんだよ。ルーズベルト米大統領は、ニューディール政策を失敗したから、戦争したくてしょうがなかった。チャーチル英首相も戦争によって、大英帝国の権益を守りたかったんだよ。満洲事変だって、世界史的視野で見なければ、本質が分からないんだよ」などと、受けおりの「歴史修正」史観を開陳したのでした。

すると、彼は、国際金融アナリストらしく「そんなこと今頃知ったの?(笑)ヒトラーがズデーテンやポーランドに侵攻したのは、単なる侵略だけではなくて、第一次大戦前のドイツ民族が多く住む元領土の失地回復だったし、ドイツが第一次大戦後にハイパーインフレに襲われて、リヤカーいっぱいにマルク紙幣を積んで行っても、パン1斤しか買えなかった逸話があるくらい。そんな時に賢いユダヤ人だけは、先を見込んでマルク紙幣ではなく他の通貨に代えたり、ダイヤや金などに投資したりしていたので、大儲けした。これが、ドイツではユダヤ人が恨まれて、ヒトラーのホロコーストにも繋がった、という説もあるんだよ」など言うではありませんか。

「随分よく知っているなあ」と私も感心してしまったところ、翌日、彼はある本を貸してくれました。「なあんだ」。彼の説も受けおりでした。この本に全部書いてありました。

それは、武田知弘著「マネー戦争としての第二次世界大戦 なぜヒトラーはノーベル平和賞候補になったのか」(ビジネス社、2015年8月18日初版)という本です。

ヒトラーは「侵略者」であり、「大量虐殺者」だということで歴史的評価は既に決定していますが、今でも、ヒトラーについては振り返る事さえ忌み嫌われ、タブーになっており、ヒトラーに触れただけで「トンデモ本」の範疇に括られてしまいがちです。

◇英米戦勝国史観を否定

しかし、この本は違いますね。著者の武田氏は1967年生まれで、大蔵省に入省しながら退官して作家になった経歴の持ち主らしいですが、かなりの書籍を渉猟し、これまで書かれた英米戦勝国史観を徹底的に洗い流しております。

彼は、戦争について、政治やイデオロギーからではなく、もしくは侵略とか自衛とかいう範疇でもなく、行き着くところの原因は「経済だ」と、元大蔵官僚らしい冷静な目で分析しております。彼は、その辺りを色んな統計を引用して説得力を持たせようとしております。

例によって、換骨奪胎で引用させて頂くとー。

・第二次世界大戦の原因はさまざまあるが、もし最大の原因を一つ挙げろと言われれば、ドイツの経済問題にあると言える。…第一次大戦の敗戦国ドイツは、ヴェルサイユ体制で、植民地は全て取り上げられ、人口の10%を失い、領土の13.5%、農耕地の15%、鉄鉱石の鉱床の75%を失った。この結果、ドイツ鉄鋼生産量は戦前の37.5%まで落ち込んだ。

・英国の経済学者ケインズは、仏ヴェルサイユ講話条約交渉の英国代表として参加したが、あまりにもの理不尽さに精神を病み、帰国後、「平和の経済的帰結」を発表する。この中でケインズは「ドイツの賠償金は実行不可能な額で、…それはいずれ欧州の将来に必ずよくない結果をもたらす。ドイツは近いうちに深刻なインフレに陥るだろう」などと予測、もしくは警告していた。

・ドイツ賠償金については当初、「ドーズ案」により、マルクで支払うことができるように「トランスファー保護規定」が決められていた。それが1929年の「ヤング案」によりこの規定が廃止され、ドイツ経済が破綻する原因となった。これが結局、米国の株式市場暴落をもたらす。

・ナチスは合法的に台頭し、ドイツ国民は選挙でヒトラーを選んだ。ドイツ財界も、ロシア革命が起きて間もない時でもあり、共産党への恐怖と強い警戒感があったため、ナチスを容認した。

・ナチスは、1933年に政権についたが、600万人いた失業者をその3年後に100万人程度に減少させた。36年には、実質国民総生産を28年より15%も上昇させた。

・1930年代は、日米対立の前に日本は英国と熾烈な経済戦争を繰り広げていた。貿易戦争の要因は、これまでの日本の主力輸出品だった生糸や絹に陰りが見え、綿製品だった。世界大恐慌の前の1928年、日本の綿輸出は英国の37%だったのが、1932年には92%となり、33年にはついに英国を追い抜いた。これに対して、英国は輸入規制を行い、特に植民地だったインドへの綿製品への関税は法外になる。インド政庁に働きかけ、英国製品は25%に据え置くが、日本製品には75%もの高関税を課した。このほか、当時の日本の主力輸出製品だった自転車にも高関税を課して日本をいじめた。

・欧米の植民地市場から締め出された格好となった日本は、勢い満洲や中国大陸に向かうことになった。有り体に言えば、満洲国の建国も南満州鉄道の利権争いが発端になっている。

・格差社会が軍部の暴走を招いた。昭和6年の山形県最上郡西小国村の調査では、村内の15歳〜24歳の未婚女性467人のうち23%に当たる110人が家族によって身売りを強いられた。警視庁の調べでは、昭和4年の1年間だけで、東京に売られてきた少女は6130人だった。2.26事件などを起こした青年将校らは農村の荒廃を動機に挙げている。

・昭和2年度の長者番付では1位から8位まで三井、三菱の一族で占めた。三菱財閥三代目総帥の岩崎久彌の年収は430万円。大学出の初任給が50円前後、労働者の日給が1〜2円の頃なので、普通の人の1万倍近い。現在のサラリーマンの平均年収が500万円前後なので、1万倍となると、岩崎は500億円近い年収だったことになる。2004年度の長者番付1位は約30億円。戦前の財閥が如何に金持ちだったことが分かる。(昭和初期は血盟団事件など財閥人へのテロが相次ぐ)

・1923年末、世界の金の4割を米国が保有。その後、第二次大戦まで増え続け、最終的に世界の金の7割を保有するに至る。

・1929年の大恐慌により、米国は、米国への輸入品2万品目の関税を大幅に引き上げる「スムート・ホーリー法」を成立させる。これにより、各国も関税を引き上げ、世界貿易は大きく縮小し、世界経済は混乱、疲弊していく。英国はカナダ、豪州などイギリス連邦以外には高い関税をかける。こうしたブロック経済化により、新興国日本は、中国全土に兵を進め始め、ドイツではナチスが台頭することになる。

・第二次大戦前まで、日本の最大の輸出相手国は米国だった。しかし、1938年に日本が「東亜新秩序」を発表すると、米国は日本に対して強硬策を取ることになり、翌年、米国は日本との通商条約破棄を通告。1941年の日本の仏印侵攻後は、米国は日本に対して「在米資産の凍結」を実行し、横浜正金銀行ニューヨーク支店を破綻に追い込んだ。これは日本の国際貿易が終わることを意味し、この時、日本は「日米開戦」を決断する。


まあ、凄いお話でしたこと!

「三流の維新 一流の江戸」を読んで考えさせられて…

最近、どうゆうわけか、「歴史修正主義」的な著書に巡り合っております。

先日読了した原田伊織著「三流の維新 一流の江戸 『官賊』薩長も知らなかった驚きの『江戸システム』」(ダイヤモンド社・2016年12月8日初版)もそうでした。かなりの「修正主義」が入っておりました。

◇維新の英傑は本当に英雄だったのか?

来年は「明治維新150年」で、NHKの大河ドラマ「西郷どん」が始まるというタイムリーな時期ですが、著者は、維新の英傑と言われた西郷吉之助(隆盛)も大久保一蔵(利通)も桂小五郎(木戸孝允)も、伊藤俊輔(博文)も山縣狂介(有朋)も井上聞多(馨)もコテンパンに批判し、斬りまくります。

残念ながら、あら捜しをすると、「伊達正宗」と誤記したり、「記紀が史実としたら、神武天皇以下、日本開闢初期の天皇は、二百歳、三百歳という長寿の天皇が何人も存在したことになる」などと事実誤認したりしており、同書の質と信頼性を損なってしまう恐れがありますが、本書で展開された著者の主張するある部分は、私も納得し、賛成したいと思っております。

(伊達正宗は、⇒伊達政宗。初代神武天皇は127歳、最長は第十二代景行天皇の147歳で、200歳以上はおりません。この神話の世界の天皇は当時、二毛作で1年に2回年を重ねて勘定していたという説があり、127歳と言っても63.5歳となる、と唱える識者もいる)

◇司馬史観を乗り越えて

われわれは、いわゆる「司馬史観」と呼ばれる作家司馬遼太郎が書いた小説を、フィクションなのに、歴史的事実として捉え過ぎているのではないか、と著者は主張します。例えば、幕末史最大のヒーローである坂本竜馬については、こんなことを書きます。

「我が国最初の株式会社といえば、坂本竜馬の『亀山社中』という全く根拠のない俗説が根深く生きているが、典型的な”死の商人”として幕末日本の殺し合いを演出したグラバー商会の単なる下請けとして薩摩と長州の間を、密輸入した武器を中心とした物品を運んでいただけの亀山社中の実態については、拙著『大西郷という虚像』で述べた通りである」(76ページ)と、司馬先生が怒るほど竜馬をコテンパンに虚仮おろします。

著者によると、築地ホテルの建設や兵庫商会設立など日本で最初の株式会社のシステムを導入したのは、幕僚の小栗上野介忠順(ただまさ)だったといいます。幕末の小説の中では無能扱いされている徳川幕府の官僚の中には、他に岩瀬忠震(ただなり)、川路聖謨(としあきら)ら「一流の」人間が綺羅星の如くいたというのが著者のスタンスです。

◇維新の英傑はテロリストだった!

一方の、明治新政府によって書かれた歴史で「英傑」になっている西郷や大久保や桂や岩倉具視らは、徳川慶喜が「大政奉還」をして、朝廷に恭順の態度を示したにも関わらず、テロで社会に混乱を巻き起こして、暴力革命で政権を奪取した「三流の」テロリストだったと断罪するのです。特に、西郷は「赤報隊」(隊長の相楽総三は、後に「偽官軍」として処刑される)というテロ組織を動かして、江戸市中を攪乱し、幕府を挑発したことになっていますが、来年の大河ドラマは、英雄物語なので、そこまで触れることはないでしょうね。

まあ、この本を読むと、我々が学生時代に習った「江戸時代=封建的=因襲的身分社会=悪」「明治維新=英雄=正義=善」という図式がまるっきり崩れ去ってしまうのです。

【追記】

・江戸時代、世界に先駆けて、幕府は定期的に人口調査をしており、享保6年(1721年)の総人口は3100万人。幕末の総人口は3200万人とほとんど変わっていない。(飢饉や疫病なども影響か)(184ページなど)

・寛政4年(1992年)、長州藩の総人口は約47万7000人、会津藩の総人口は、その4分の1の約11万8000人だった。(191ページなど)(幕末もそれだけの差があって、両者は戦ったのだ)

・16世紀の安土桃山、戦国時代、戦場で略奪された人間は、東南アジアに人身売買された。その数は10万人を超えるという。彼らを東南アジアに運んだのは主にポルトガルの黒船だった。初期の頃は、イエズス会が神の名をかたり、奴隷売買に加担したことが判明している。この事実が、日本人に、時の日本の政権に、ポルトガル人=切支丹の恐ろしさを焼き付けることになった。(227ページなど)

・薩摩長州は、徳川政権を倒すために、天皇を道具として利用したに過ぎない。(95ページ)

・明治政府が行った廃仏棄釈は、醜い仏教文化の殲滅運動で、奈良興福寺では、2000体以上の仏像が破壊されたり、焼かれたりしたことが分かっている。五重塔は25円(一説には10円)で薪にするために売りに出された。我が国四大寺の一つと言われた内山永久寺は、徹底的に破壊され尽くし、今やその痕跡すら見られない。姿を残していないのだ。(96ページ)

石橋正和さんって誰?「白いばら」が閉店とは!

新聞の片隅に出ていた石橋正和さんがどんな人なのか気になりました。

田村正和に似たいい男?それとも、ブリヂストン財閥の親戚の方?

正解は、寿司職人さんのようです。

昨晩、日本の国家最高権力者で、御自身のことを「リベラル」と自称されている安倍首相が、アッキー夫人同伴で大物国会議員夫妻らとディナーに訪れたのがこの東京・銀座のお店だったのです。

「銀座通」を自称する私も知らなかったので、気になって少し調べてみました。

クリスマスイブ

所は銀座三丁目。正式名称は「鮨一 石橋正和」。あの地方別出身のホステスさんを取り揃えて、「貴方のご出身の女性を御指名下さい」と看板に書かれているグランドキャバレー「白いばら」の真向かいにあるそうです。

あたしは、東京生まれの東京育ちなもんで、この店に行ったことはありませんが、京都にお住まいの「地獄耳」の京洛先生から、「『白いばら』はもうすぐ閉店してしまいますよ」という極秘情報を先日聞かされたばかりでした。

こちらも調べてみますと、「白いばら」は何と昭和6年創業。満洲事変があった年ではありませんか!(ちなみに、同じ年に、松屋浅草店と新宿ムーランルージュが開業してます)来年1月10日に87年の歴史の幕を閉じるそうなのです。

何とまあ、歴史と伝統があるキャバレーだったんですね。昭和初期ですから、ミルクホールの流行ったモボモガの時代です。太宰治(青森)や檀一雄(福岡)、坂口安吾(新潟)ら地方出身の無頼派も通ったかもしれません。恐らく、全盛期は昭和30年代、石原裕次郎や浅丘ルリ子を気取ったナウいヤングが、ごゆるりと集ったことでせう(笑)。

あ、石橋正和さんのことでした。この鮨一という店は、ミシュランの星を取ったり、外されたりしたそうで、高いようで、そうでもないようで、美味いという人もいれば、それほどでもないという人もあり、「白いばら」の凄さと比較したら、何かどうでもよくなってしまいましたよ…(笑)。

【書評】「戦争を始めるのは誰か」を読む

万巻の書を読み尽くす博覧強記の栗原先生から、もう半年近い昔の今年7月に勧めて頂いた本2冊をやっと読了しました。

1冊の対談集は、事実の間違いが多いトンデモ本で、茲で取り上げる価値はありませんが、2冊目の渡辺惣樹著「戦争を始めるのは誰か 歴史修正主義の真実」(文春新書、2017年1月20日初版)は、さすが、栗原先生が「知的興奮の渦に巻き込まれる」とご指摘されたように、非常に面白かった。今年1年間で読んだ本の中でも、ベスト3に入ると言ってもいいです。

◇歴史は勝者が書く

私は元来、「歴史修正主義者」に対しては懐疑的、批判的立場を堅持しておりますが、渡辺氏のような「修正」は、大賛成です。

歴史というものは、いつの世でも「勝者」の眼や立場から書かれがちです。渡辺氏の場合、このような勝者からの歴史ではなく、いわば敗者から見た歴史を主張し、正史を修正して描いているのです。

人間はどうしても、物事や歴史を「善か悪か」や「正義か不正義か」の二元論で捉えがちです。それは、究極的には「勝ったか負けたか」の違いで、結局は、勝った者が正義であり、善になるわけです。

勝者によって歴史は書かれ、子どもたちも教育で教えられます。同書に沿って言えば、第一次世界大戦で負けたドイツは悪者で残酷で極悪非道、勝ったフランスや英国やロシアや米国は正しかったという「自明の理」です。

それをひっくり返して見てみると、真逆な真実が浮かび上がります。まさに、コペルニクス的転回です。例えば、この第一次世界大戦。セルビアの首都サラエボでの一発の銃声から始まったのに、ほとんど無関係な英国は、世界中に散らばる「大英帝国」の利権を守りたいがためだけに参戦。そして、ドイツの大西洋ケーブルを切断してドイツからの反論を封じ、米国に参戦してもらいたいために、ドイツの悪辣を非難するプロパガンダを米国に垂れ流します。フランスは単なる(といっては語弊がありますが)40年前に痛い目を遭わされた普仏戦争の復讐戦でしょう。

そして、大西洋を隔てたまさに全く無関係の米国は、欧州に武器を輸出してぼろ儲けして参戦し、JPモルガン銀行などが暗躍して、英国の戦費調達やドイツの莫大な賠償金の手数料の獲得に暗躍します。(その結果、世界の金融の中心地はロンドンのシティーからニューヨークのウォール街に移ります)

第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約で、連合国は、とても返すことができない天文学的数字の賠償金をドイツに課し(交渉の途中で英国代表の経済学者ケインズは、戦勝国ながら、ドイツへのあまりにもの理不尽な金額に精神状態がおかしくなってしまう!)、ドイツ国民の不満はやがて、ヒトラー政権を産む温床となっていくのです。

こんなことは、何処の歴史の教科書にも書かれたことはありませんから、私なんか目から鱗が落ちてしまいました。

Verona

◇経済的側面からのアプローチ

本書が面白いのは、これまでの歴史書には不足しがちだった経済的側面からアプローチしていることです。

著者は、どこのアカデミズムにも属さない民間の近現代史研究家のようですが、東大経済学部を卒業されている経歴から、かなりの経済学知識が豊富です。(ルーズベルト米大統領は、ハーバード大学では歴史学を専攻し、成績は「C+」(平均以下)で経済財政知識がほとんどなかった、と断定してます)

これまでの史書は、ほとんど権力者や大統領が何をしてどうなったのたか、戦争があって、その戦略がどうで、戦死者はどれくらいだったのか、といった記述が多いのですが、渡辺氏の著作では、戦費の調達方法や賠償金の額や物価や失業率など基礎的な経済指標などにも触れているので、読んでいても新鮮で、数字が具体的なので目を見開かせられるんですよね。

◇ニューディール政策は失敗?

例えば、米ルーズベルト大統領によるニューディール政策は、教科書では、テネシー川流域開発など公共事業によって失業者が減り、金融恐慌から立ち直ったと教えられたのですが、本書によると、失業率は、前フーバー政権と変わらず1000万人を超える高止まりで、国民総生産(GNP)もほとんど伸びず、具体的な数字を上げて、「失敗だった」と断定するのです。

もちろん、同書に書かれていることについて全面的に賛成するわけではありませんが、一読の価値があると思いました。

【追記】

著書の最も言いたいことは、最後の「おわりに」の中で集約されています。日本の歴史書のほとんどが日本国内の事情や中国満洲の状況だけを語って、太平洋戦争を読み解こうとしますが、それだけでは日中戦争の原因ぐらいしか分からない。米国が欧州や日中の戦いに非干渉だったら、世界大戦ではなく、局地戦で終わっていたはずだ、と言います。

日本の敗戦の原因を知るには、開戦した原因を知らなければならない。日本の開戦の原因を知るには世界史を知る必要があり、第2次大戦の原因を知らなければならない。その原因を知るには、第1次大戦に敗戦したドイツに天文学的数字の賠償金を押し付けられたヴェルサイユ体制にまで遡らなければならない、と著者は主張するわけです。

第2次世界大戦は1939年9月1日、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって火蓋が切られますが、その根本的な原因は、英国チェンバレン首相の「ポーランド独立保障」と間違ったポーランド外交だったと著書は考えます。ドイツが侵攻したポーランド回廊は、第1次大戦に負けて不当に押し付けられたヴェルサイユ体制で、ドイツ人が多く住む「人工的」に作られた地域だったことも明らかにします。

以下、目に付いたことを箇条書きで引用します。

・ルーズベルト米大統領が非常に好戦的で、なぜあれほど欧州の戦争に参入したかったのか。その原因は複合的だが、ニューディール政策の失敗を隠すために戦争経済を望んだのではないかという説が有力。(316ページなど)

・第2次世界大戦は、ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相がその外交を間違えなければ、極端に言えばこの二人の政治家がいなければ起こらなかった。あの戦いは不必要な戦争だった。(8ページなど)

・ヴェルサイユ体制で、チェコスロヴァキアは世界第10位の工業大国となった。人口約1400万人。その3分の2はチェコ・スロバク民族系だったが、300万人のドイツ系、70万人のハンガリー系、さらに少数のポーランド系を抱え込み、どの国も領土を奪われた恨みの気持ちを持ち続けた。(71ページ)

・英政府の第一次大戦の資金調達を引き受けて巨利を得たのが米JPモルガンだった。30億ドルという天文学的数字の1%をモルガンは手数料とした。買い付け実務に辣腕を振るったのがエドワード・スティティニアス・シニアで、後にルーズベルト、トルーマン両政権で国務長官となったエドワード・スティティニアス・ジュニアの実父。(110ページなど)

・1925年12月2日、世界的な特許を多く保有するドイツを代表する化学会社(BASF、バイエル、アグファなど)が、独占企業体IGファーベン社を設立。英米大手化学会社(英シェル石油、米デュポン、スタンダード石油など)がこれと提携し、米国で禁じられたカルテル法に違反しない形で特許を利用できた。第一次大戦で敗れ、多額の賠償金を課せられたドイツが復興できたのは、このように英米の企業家、金融資本家、国際法務事務所の支援があったからこそ実現できた。(120ページなど)

・1936年に始まったスペイン内戦で、共産主義勢力が西ヨーロッパにも拡大することを恐れたイタリア、ドイツなどが介入した。ソ連からの軍事支援に失敗し、劣勢になった共和国左翼のアサーニャ政権は、政府機能をバルセロナに移した。共和国政府は、バルセロナのカタロニア州やバスク州にも自治権を認めていたので、この地方政府は共和国に協力的だった。(現在にも、カタロニア独立は、脈々と流れている!)1937年11月、英国は、結局、反共和国のフランコ政権を承認した。(182ページなど)

・1937年10月5日、ルーズベルト米大統領は、シカゴで講演し、具体的な名指しは避けたが、日独伊の3国によって世界の和平が乱されている。その是正のために米国は国際政治に積極的に関与しなければならないと訴えた。ルーズベルトは3国を伝染病患者に例えた。これが「隔離演説」と呼ばれる所以だ。(225ページなど)

・ニューディール政策の陰りは1937年8月から12月にかけての数字にはっきり現れた。鉱工業指数は27%低下し、株価も37%値を下げた。11月、12月だけで85万人が職を失った。(229ページなど)

・チャーチルは米国滞在中、ニューヨークで株式投資し、一時、6000ポンド(42万ドル)の利益を出すなどしたが、1929年10月24日の「暗黒の木曜日」で7万5000ドル(今の価値で100万ドル)を損失。ユダヤ系米国人バーナード・バルークが7200ドル(今の10万ドル)を補填したが、借金の肩代わりをしたのは、エコノミスト誌の共同経営者ヘンリー・ストラコッシュだった。彼はオーストリア生まれのユダヤ人で、南アフリカ金鉱山で財をなした大富豪だった。(ストラコッシュはユダヤ人ではないと主張する論文もある)チャーチル家は、父ランドルフの時代からロスチャイルド家と深い交流があり、ユダヤ系の友人が多く、同情的だった。(259ページなど)

・「第2次世界大戦でチェコ人はわずか10万人が戦死しただけだった。一方で英国に救われたはずのポーランドは650万人が死んでいった。裏切られたチェコが幸せだったのか、それとも救われたポーランドが幸せだったのか。(それは言わずもがなではないか)」歴史家A・J・Pテイラー(300ページなど)

トランプ大統領が可視化した米国の日本占領体制

クロード・モネのジヴェルニーの庭 ©️Hina

◇神保太郎氏のメディア批評

社友の真山君から読むように勧められた今月発売の「世界」(岩波書店)2018年1月号の中の神保太郎著「メディア批評」(2)上すべりするトランプ来日報道―は実に面白かったです。

この神保太郎という人は、筆名で、大手新聞社に勤務するジャーナリストらしいのですが、どなたか不明です。月刊「文藝春秋」の名物政治コラムの赤坂太郎と同じように複数のジャーナリストの代表筆名の可能性もあります。

この神保太郎をネットで検索すると、「メディアの内部にいる人間が匿名でメディアを批判するとは如何なものか」と批判する地方新聞記者の方がおりまして、こんな批判をする当人が、面白いことに、どう画策したのか、今年4月から有名大学の教授になった、と自分のブログに誇らしげに書いてありました。

イタリア・ヴェローナ

さて、神保太郎氏は、11月に来日したトランプ米大統領の日本のメディアの報道の仕方を大批判されております。

安倍首相と一緒に、やれ、霞ケ関カンツリー倶楽部でゴルフをしただの、銀座の高級鉄板焼き屋でステーキを食べただのといった報道ばかりで、肝心要のことが抜けているというのです。

でも、ま、神保先生、それこそが覗き見主義のジャーナリズムの本領を発揮した最たるものじゃないでしょうか(笑)。概して、ジャーナリズムは他人の不幸やスキャンダルや戦争(の脅威)で飯を喰っていることはなきにしもあらずですからね。

◇治外法権を飛び歩いたトランプ大統領

本題に入りますと、トランプ大統領の来日は、戦後、日本が独立を回復してから、歴代大統領がやったことがない空前絶後のやり方だったというのです。

まず、米国から大統領専用機で日本の法律が及ばない、つまり治外法権の軍事基地(東京・福生市の横田基地)から入国し、ここから埼玉県の霞ケ関カンツリー倶楽部に飛びます。ゴルフをした後、ここからヘリコプターで六本木ヘリポートに降り立ち、東京都心の地に足を踏みます。この六本木ヘリポートも日本の法律が及ばない米軍施設で、国会や首相官邸は目と鼻の先にあるのです。

ノンフィクション作家の矢部宏治氏によると、これらの飛行経路である「横田空域」は、日米安保条約に基づいた米国支配の象徴とみなされてきたといいます。つまり、首都圏上空に設定されている米軍専用の空域で、日航や全日空さえ(我が国なのに)米軍の許可がないと飛行できないというのです。

永田町には「日本に反米政権ができたら、米国から刺客がやって来て、横田基地からヘリで六本木に飛び、ひと仕事終えたら横田から出ていく。行動の足はつかないので日本の警察は何もできない」という冗談があるんだそうですね。

初めて聞きましたが、おっとろしいブラックジョークです。

◇いまだに米軍占領下の日本?

こんな事実を大手メディアは、新聞もテレビもどこも、あまり報道しなかったのに、「週刊新潮」11月7日号が、「安倍総理はトランプ父娘の靴を舐めたか」の特集の中で、「戦後72年経てなお、我が国が事実上の『51番目の州』であることがそこに存在した」などと報じています。

つまり、今回のトランプ大統領の来日行為は、いまだ日本は米国の支配下、占領下にあることを白日の下に晒し、「可視化」したと言ってもいいのかもしれませんね。