カズオ・イシグロさんノーベル文学賞受賞おめでとう御座います!

Milano

村上秋樹です。

何でやねん。今年こそ、ワシが獲るちゅう話だったはずやねん。どないなっとるんねん?

石黒一雄?おお、よお、知ってるわい。じゃが、ワシより五つも年下やんけ。ノーベル文学賞なんて、5年早い。

第一、世界的にワシの方が顔売れとるでえ。知名度もワシの方が上や。

じゃが、向こうはブッカー賞だもんな。「日の名残り」、本は読んどらんけど、映画は見たで。いがったなあ。内容忘れたけんど。アンソニー・パーキンス。ヒッチコックの「サイコ」にも出とったなあ…えっ?ちゃうの?アンソニー・ホプキンス?早く言ってよ。危うく恥かくところやった。

しかし、彼のプライバシーは謎に包まれとるでえ。長崎に生まれて、5歳でエゲレスに渡って、エゲレスで教育を受けて、エゲレス語でモノを考えてたから、日本語忘れてしもうた。で、エゲレス人になったわけや。

ワシの親父は、高校教師やったけど、向こうの親父はんの鎮雄はんは海洋学者らしいな。英国政府から招聘されたらしい。お爺さんの昌明はんも凄い。上海の東亜同文書院を出て、伊藤忠商事天津支店に勤務したことがあるらしい。ワシは、昌明はんの方に興味あるなあ。尾崎秀実や里見甫や川島芳子なんかと接点ないかなあ。

石黒はんのノーベル文学賞授賞理由は「偉大な感情の力を持つ小説で、我々の世界とのつながりの感覚が不確かなものでしかないという、底知れない淵を明らかにした」というわけの分からない説明やったけど、やはり、近代稀に見る作家や。

代表作「充たされざる者」「わたしたちが孤児だったころ」「わたしを離さないで」は名作やで。読む価値ありや。

※※※※※

この人誰なんでしょうかね?

ま、い、か。

昨日、gooブログ、楽天ブログ、FC2ブログと、これまで渡り歩いた全てのブログを閉鎖しまして、このオフィシャルサイト「渓流斎日乗」を《世界最小メディア》と自称して始めました。

今後とも皆様の御支援、御鞭撻を賜わります。宜しくお願い申し上げる次第で御座います。

渓流斎 独白

バルザックはノンフィクション作家だった

伊太利亜フィレンツェ

月末になると、データ通信量が不足して、たちまち、「ギガ漂流人」と成り果てます。

ギガ漂流人とは、契約しているデータ通信量が不足しているため、外部のWiFiを求めて彷徨い歩く誠にブザマな、人様には見せられない状態のことです(笑)。

貧乏なので、家では、使い放題の光通信と契約していないからです。

まず、パソコン用では、モバイルワンのWiFiのルーターを契約していまして、今月は3GBで1188円。これは、動画の映画1本観ただけで、2週間ほどで使い果たして、その後、パソコンでブログに写真さえアップできなくなりました。酷すぎる…。

iPHONEとiPAD用は、auで1カ月3GBを契約したところ、これまた3週間も持たず、使い切ってしまい、新たに1GBを1000円で追加購入したほどです。

伊太利亜フィレンツェ

そこで、最近は大抵のレストランやコーヒーショップでは専用WiFi回線を引いていくれているので、昼休みなんかにそこに行って、使わせてもらい、昨日なんかは、築地のタリーズで、コーヒー代320円で30分も粘って、アプリのアップデートをさせてもらいました(笑)。

そう言えば、2013年にベトナムのホーチミンに旅行した際、日系の上島珈琲が経営しているコーヒーショップを見つけ、そこで、WiFiのパスワードを教えてもらって、使わせてもらったことを思い出しましたね。

伊太利亜フィレンツェ

遅ればせながら、今、バルザックの「ゴリオ爺さん」を小説としてではなく、経済書として読んでいると以前書きましたが、本当に面白いですね。夢中になってしまいます。こんな感銘を受けた小説は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んで以来だと思います。(カラマーゾフの「大審問官」のようなヴォートランの長広舌が出てきます)

1819年。19世紀のパリの場末の下宿と華やかな社交界が舞台になっていますが、当時流行しているファッションから文学、音楽、特にオペラの話題が、当時の人気歌手も実名でふんだんに出てきます。

パリのイタリア座で上演されているロッシーニの「セルビアの理髪師」も出てきますが、何気なく、書斎にあった吉崎道夫著「立体 クラッシック音楽」(朝日出版社)を手に取ってみたら、40作品ほどの歌劇を作曲したイタリア人の天才ロッシーニは、1824年から36年ごろまで、パリのイタリア劇場の音楽監督を務めていたことが分かりました。つまり、バルザックが「ゴリオ爺さん」を執筆していた1834~35年は、ロッシーニはパリに滞在していた時期であり、「セルビアの理髪師」は1816年、ローマのアルジェンティナ劇場で初演されていますから、時代的に矛盾がなく符号しているわけです。(ちなみに、ピアノの詩人ショパン1810~49も画家ドラクロワ1798~63もバルザックとは同時代人です)

社交界でゴシップとして話題になった1812年に実際に起きたモラン夫人のラグロー氏殺人未遂事件なども出てきます。

なるほど、バルザックの書く小説は、フィクションというより、ノンフィクションに近かかったんですね。

伊太利亜フィレンツェ

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Je est un autre. 第3刷

4000メートル超の道路を経て秘境へ Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

カムヤマトイハレビコのミコトの正室は、ホトタタライススキヒメのミコト

貴方が、自分自身だと思っている人間は、他者である。

貴方の思想は、他の誰かの借り物の意見であり、貴方の生活は、他者の模倣である。

貴方は、この世で唯一無二のかけがえのない存在だと思っていることは、錯覚であり、代わりは他にいくらでもいる。

宇都志は、貴方を気に掛けて回っていない。

将来、バイオリンや椅子や神社仏閣になりたいと思って育った樹木などあるはずがない。

自分は、いつも他人である。

ーアルチュール・ワイルド(2045~3025)

芥川賞で初めて外国人が受賞したことについて

 

何しろ、日本語を母国語にしない外国人の受賞は、芥川賞73年の歴史で初めてだからです。

 

確かにすごいことはすごいですが、チェコ人のミラン・クンデラがフランス語で「存在の耐えられない軽さ L’Insoutenable legerete de l’Etre」をフランス語で書いていますし、ロシア出身のウラジーミル・ナボコフもケンブリッジで学び、ロリコンの原典になった「ロリータ」を英語で執筆していますので、世界史的な大事件ではないかもしれませんね。

 

そういえば、万葉集の歌人山上億良も、日本人ではなく百済の帰化人だったという説(中西進氏ら)もあります。もしこの説が正しければ、こちらの方が画期的でしょう。

私は、以前、仕事関係もあり、芥川賞・直木賞といえば、毎回必ず事前に読んでおりました。

しかし、正直、ここ10年、ほとんど(全くではありませんが)読んでいません。一番大きい理由は、「スパイ・ゾルゲ」を撮って”引退”した映画監督の篠田正浩さんが、雑誌のインタビューで「私は、小説は読みません。個人の妄想に付き合っている暇はありませんから」という文言を読んでしまったからです。

その通りだなあ。他人の妄想(たとえ、知的とはいえ)に付き合っているほど、人生は長くないなあ、と確信してしまったのです。

以後、ノンフィクションに転向して、できる限り、読むとしたら、ノンフィクションばかり読むようになったのです。

もう芥川賞といっても、主催者の「売らんかな」商魂が見え見えで、「え?何でこんなのがあ・・・!?」というのが受賞しているので、とても読むに耐えられない(軽さ)なのです。正直、前回の受賞作も、途中で嫌になって、投げ出してしまいました。

でも、今回は久しぶりに読んでみようかなあ、と思いました。天安門事件を扱っていて、選考委員の高樹のぶ子さんが「政治的事件に関わった中国人男性の20年に及ぶ個人史で、私たち日本人の多くはこうした20年を過していない」と発言しているからです。

恐らく、この小説は、中国で出版すれば、発禁処分になっていたことでしょう。そういう意味でも興味があります。

太宰治没後60年

私は、基本的に花なら何でも好きです。

 

春は菜の花や桜やチューリップ、夏は向日葵、秋は秋桜、冬は寒椿…ありふれていても、季節を感じ、生きていてよかったと思います。花は人を裏切りませんからね。

花というといつも思い出す逸話があります。

中原中也が、酔って、太宰治にからみます。

「おめえは、いってい、何の花が好きなんだよぉ?」

中也と太宰は、昭和初期、同人誌「青い花」の同人でしたから、その会合か飲み会の席だったのでしょう。

太宰は多少、どもりながら答えます。

「も、も、も、桃の花…」

顔を真っ赤にして俯いています。

「なあにぃー!?桃の花だとー!?」 中也はからみます。

「だから、おめえは、軟弱だって言われるんだよ!」

この最後の「軟弱」が、「女々しい」だったかもしれませんが、とにかく、罵倒された太宰は何も答えられなかったようです。

私は、その場に同席したわけではないのに、まるで一緒にいたかのような錯覚に襲われることがあります。

花を見るといつもこの逸話を思い出して、一人でニヤニヤしてしまいます。

普通、一番好きな花に「桃の花」を挙げる人はいません。太宰の天才的触感を感じてしまいます。

今年は太宰没後60年、来年は生誕百年。久しぶりに読み返しています。

頑張れ、毎日新聞!

 

 

 

現在、ノーベル文学賞に一番近いと言われる作家の村上春樹氏が、毎日新聞の単独インタビューに応じていました。(5月12日付朝刊)

 

村上氏はマスコミ嫌いで知られ、テレビはおろか、滅多に新聞や雑誌などマスコミのインタビューには応じません。たとえ応じたとしても、「メールの質問に答える程度」と聞いたことがあります。

内容は、主に最近、彼が翻訳したサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」やカポーティの「ティファニーで朝食を」など「世界文学」についてで、「日本語の文体は変化するので翻訳の賞味期限は50年。だから新訳を出した」などと明解に答えています。

村上氏といえば、ほかにスコット・フィッツジェラルドやレイモンド・チャンドラーなどの翻訳があり、アメリカ文学にしか興味がない人だと思ったのですが、「個人的に偉大と考える作家を一人だけ選べと言われたら、ドストエフスキー」と断言していました。作品として特に「カラマーゾフの兄弟」を挙げています。

これは、意外でしたが、私としては嬉しくなってしまいました。サリンジャーも、チャンドラーも作家として尊敬していますが、やはり、私も一人だけ選べと言われれば、ドストエフスキーと答えるでしょうから。

ただ、彼がタイトルをそのままカタカナにするのは、残念ですね。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、野崎孝氏には「ライ麦畑でつかまえて」という名訳があります。

最近、洋画の邦題もそのまま意味もなくカタカナにしてしまう風潮がありますが、村上氏はその時流に乗ったのでしょうか? それにしても村上氏はなぜ、世界一の発行部数を誇る読売でも、インテリさんの好きな朝日でも、財界人御用達の日経でも、「物を言う新聞」産経でも、バランス感覚の取れた熱烈な読者がいる東京新聞ではなく、毎日新聞の単独インタビューに応じたのでしょうか?

恐らく、彼が毎日新聞の愛読者なのだからでしょうね。

その毎日に残念なニュースがありました。北海道での夕刊発行を8月末で廃止するというのです。日本ABC協会の調査では、同紙の北海道での発行部数は、朝刊6万8千部、夕刊1万4千部で、夕刊はこの一年で実に4千部も減少しているそうです。

私も北海道の帯広に住んでいましたから分かりますが、周囲に全国紙を取っている人はほとんどいませんでした。地元の十勝毎日新聞と北海道新聞でシェア90%という感じでした。全国ニュースはテレビやネットで済んでしまうのです。

なぜ、地元紙を購読するのかー。最大の理由は、地元の人たちの「訃報」が詳細に載っているからだそうです。「訃報」は直接聞きづらいし、かといって知らないと困るわけです。やはり、皆さん「世間体」を気にしながら生きているということなのですね。

あ、毎日新聞の話でした。日本は独裁国家ではないので、私は、「メディアというものは多ければ多いほどいい」というスタンスです。しかし、新聞ほど生産性が低く、金食い虫で、経営を軌道に乗せることに矛盾と戦い続けなければならない企業はありません。しっかり、淘汰されます。

ですから、毎日新聞には頑張ってほしいですね。特に日曜日の書評(日本のメディアでナンバーワンだと思います)と夕刊の文化欄の愛読者なので、宜しく御願いします。

文は嘘なり

私のへなちょこのブログでも役に立つこともあるらしく、私の「緊急連絡」を読んでくださって、何人かの奇特な方からご連絡を戴きました。どうも有難う御座いました。

さて、先日、新宿の中村屋で作家のYさんと会食しました。

面白かったのは、文章と人格とは別だという話でした。

例えば、「品格」だの「品性」だのを売り物にして一躍、ベストセラー作家になった人を個人的によくご存知らしく、「あの人、とても上品とは思えませんよ」というのです。

それで思い出したのは、作家山本夏彦さんの名言「文は嘘なり」です。もちろん、「文は人なり」のもじりですが、やっぱり人は文章には騙されてしまうものです。

私も個人的に超有名な作家を知ることができましたが、その人は大変高邁な素晴らしいことを書いておきながら、単なる俗物で、自分の売名行為しか考えていないことが分かり、ひどくがっかりしたことがあります。今でも盛んに新聞にも書かれていますが、その人の名前を見ただけで、飛ばすことにしています。

政治家の場合は言葉ですね。昨今の年金問題やC型肝炎問題を見ても、夏の選挙で公約しておきながら、「3月末までにすべてやると言ったかなあ~」なんて惚けたりして、全く信用できません。

ねえ、福田首相?

「近代文学の終り」

柄谷行人著「近代文学の終り」(インスクリプト)を読みました。

深い溜息が出ました。柄谷氏は、いわば、文学を主体フィールドとして活躍されてきた評論家ですが、その氏が、いわゆる職場であり、食い扶持でもある文学が「もう終わった」と宣言しているからです。

氏によると、近代文学とは、概ね小説の形式を指し、その小説は、最近まで、政治よりも政治的影響があり(例えばサルトルのアンガージュマンなど)、宗教より宗教的(例えば、司馬遼太郎の「空海の風景」など一連の小説等もそうかもしれません)で、哲学より哲学的であった(思い当たるのは「ソフィーの選択」ですかね)時代があったが、最早、その役目は終わったというのです。

それは、1980年代で、いわゆるポストモダンと言われた時期で、若者は小説よりも「現代思想」を読み、文学の地位や影響力が著しく低下していったというのです。柄谷氏の友人でもあった中上健次が亡くなって、「文学が死んだ」と、氏は痛感したようです。

こういった現象は、日本だけが特異ではなく、欧米先進国では、もう少し早くから始まったというのです。韓国でも、氏が1990年代に知り合った韓国人の文藝評論家が、今世紀に入って、皆、文学から手を引いてしまったというのです。それでは、彼らが何をしているかというと、エコロジーや環境問題の運動に携わっていったのです。それは、かつては「文学」が担っていたことです。(例えば、労働運動や社会運動などもプロレタリア文学をはじめ、担っていました)

広い意味でかつて文学が担っていた役目が終わり、新しい傾向や潮流にはもう文学・小説の枠では収まりきれないか、対処できなくなり、新しい形式、スタイルが生まれざるを得なくなったという時代的背景を、氏は説明したかったと思います。ですから、読んで頂ければ分かるのですが、非常に刺激的な論考で説得力があります。

この論考の中で、面白い言葉が出てきました。「他人指向」です。ヘーゲルの言葉らしいのですが、「他人に承認されたいという欲望によって動くこと」なのだそうです。全く個人の主体性がなく、他人のことばかり気にしながら、あちらこちらに浮動する大衆がその典型です。それは、アメリカの自由主義経済と消費社会が頂点を極めて、テレビが中心だった1990年代までのエートスらしいのですが、今の21世紀の時代になっても、かなり続いている面があると思います。

今は、マルチメディアの時代に入り、このように、個人が情報を発することができる高度情報化時代になりました。柄谷氏は、今の時代のエートスまで、分析してはいませんが、またまた、新たな「新人類」が発生し、文学とは違った何かが幅を利かせるようになる、ことでしょう。

ただ、柄谷氏の締めの言葉は悲観的です。「私はもう文学には何も期待していません」と結ぶのです。

壮絶です。

文学は死んだ?

ご縁があって、最近、純文学系と呼ばれる文芸誌に目を通しています。十年ぶりぐらいです。最近、本は読んでいますが、いわゆるノンフィクション系のものばかりで、ほとんど小説は読んでいません。映画監督の篠田正浩さんが、いつかどこかの雑誌で「小説は読まない。作家の妄想に付き合っている暇はないから」といったような趣旨の発言をしていたことが頭の底にこびりついてしまったせいかもしれません。

それが、ちょっと、ご縁があって、昨日も文芸誌に目を通したのですが、正直、とても読める代物ではありませんでした。まあ、作者の唯我独尊、大いなる誤解で小説は始まるのでしょうが、第三者にとっては、どうも鼻白む話ばかり。10年前までは、熱心に小説を読んでいたのですが、驚いたことに、どの文芸誌にも巻末に作者のプロフィールが掲載されていますが、半数近くが初めて名前を知る人で、7割以上が私より若いのです。

小説は若者の特権なのでしょうか。そういえば、樋口一葉と北村透谷は24歳。芥川龍之介は35歳。太宰治は38歳。夏目漱石にしても49歳で亡くなっていますからね。

ある文学新人賞の審査委員である文芸評論家の斎藤美奈子氏が、応募してくる作家志望の若者に対して「あなたのことなんか誰も興味を持っていないんですよ」と、肥大化した自意識過剰を諌めておりました。うまいことを言うなあ、と思いました。

私のブログも通底にはそんな思想信条があふれています。何しろ、今、日本だけで800万ものブログが溢れているというではありませんか!調布先生などは「ブログなんて、そんなくだらないものは早く卒業、廃業した方がいいですよ」と忠告してくれていますが{調布先生は盗み見(笑)しているのでしょうか?}、所詮、「あなたのことなんか誰も興味を持っていないんですよ」。

天下国家を論じている大手マスコミの人は、自分のペンで無知蒙昧な国民を啓蒙して、世論を引っ張っていきたいという思いがあるのでしょうが…。

ケータイ小説は救世主か?

 知床

毎日、我ながら、懲りずに書き続けるものだと思っています。

さて、今、「ケータイ小説」なるものが、ベストセラーの上位を独占しているらしいですね。「らしい」と書くのも、ほとんど知らないし、見たことも読んだこともないからです。それどころか、以前は、必ずと言っていいくらい、芥川賞・直木賞作品には目を通していたのですが、今では、その作家の名前ですら、うろ覚え状態なのですから。

ケータイ小説とは、そのもののズバリ、携帯電話からアクセスして、投稿する小説なのだそうです。アクセスランキングが高い小説が、出版社からオファーがあって、単行本化され、100万部も売り上げる作品もあるそうです。何で、携帯で一度読んだ作品が、単行本化されてまた売れるのか不思議な感じがしたのですが、編集者は「作品が生まれていく時間を共有した思い出を残すための記念ではないか」と、うまく分析しています。

ベストセラーになっているケータイ小説は、メイ著「赤い糸」、凛著「もしもキミが。」、稲森遥香著「純愛」、十和著「クリアネス」などです。ご存知でしたか?私は、全く知りませんでした。作者はどうやら20代の女性が多いらしいのですが、凛にしろ十和にしろ「何と読むのか分からない」と、東京新聞の匿名記者は正直に告白しているので、笑ってしまいました。

ケータイで書かれた小説らしく、文章の中に絵文字や記号★も頻繁に出てくるらしいので、長いメールみたいなものなのでしょうか。

 

でも、読む方も、書く方も、ご苦労さんのことですなあ、と思ってしまいます。最近では、大学生にケータイで論文を提出させる教授も出現してきたそうで、ちょっと、ついていけません…。

でも、このブログも同じようなものですか?

失礼しましたあーー