自分のために他人を利用しない生き方

ヴェニス

T君と私は30年来の友人である。「俺」「おまえ」の仲で、お互いに包み隠し事をすることなく、遠慮することなく、つかず離れず付き合ってきた、という感じでした。

今回の旅行で、彼とは、色々と事務的なことを含めて、色々とやり取りしなければなりませんでした。

ヴェニス

互いに遠く離れていて、仕事の関係もあって、メールでのやり取りが一番楽でした。

しかし、彼は私のメールにあまり返事をくれませんでした。3回出して、やっと、1回返事が来る感じでした。あまり来ないので、同じメールを続けて3回送ったこともありました。それなのに、彼から来る返事は「はい」といったひと言二言しかありません。「随分、薄情なやつだなあ」と思ったものでした。

ヴェニス

それが、彼に会って、そういう風に思った自分が随分倣岸だったと言うことが分かったのです。

先にも書きましたが、彼と再会した時、そのあまりにもの変わりように、息が止まるほどでした。実際、動作が、本人の意思に反して、遅延状態を呈していました。

「はい」とたった2文字をメールで打つのに、どんなに時間がかかっていたことでしょう。

自らの傲慢さに、恥じ入りたくなりました。

サンマルコ寺院広場

とはいえ、彼は別にふさぎこんでいたわけではありません。旅行中、随分、快活で「こんなに笑ったのは何年ぶりかなあ」と上機嫌でした。

また、バスの中で自由席でしたが、「俺が座った所が『特等席』」などと言って、得意がっていました。

これは、名言だと思います。

素晴らしい人生訓でありませんか。

サンマルコ寺院広場

時に、彼は非常に真面目な面持ちでこんなことを言うのです。

「柄谷行人が、カントの『純粋理性批判』を引用して言ってたけど、『自分のために人を利用しない生き方』を提唱していいた。でも、やつらは口先だけ。言っているだけ。実際、何もやっていないんだよ。口だけ、カントも柄谷行人も。だから、俺は決めたんだよ。親兄弟だろうが、連れ合いだろうが、親友だろうが、自分のために、利用しない生き方をしてみせよう、とね」

【自分のために、他人を利用しない生き方】

旅行中、私はこの命題にずっと悩まされることになるのです。