メディチ家のこと

イタリア旅行から帰国してちょうど一週間経つのに、まだ、時差ボケです。翌日からすぐ仕事で、日曜日は、試験だったせいかもしれません。

老人力がついたおかげです。

4日目の10月5日はフィレンツェに行きました。

ウフィッツィ美術館で、長年の夢だったボティチェリの「春」と「ヴィーナスの誕生」を見ることができました。写真を撮ることができなかったのが残念です。

ガイドさんの説明によると、この有名な2枚の絵は、メディチ家のある新婚夫婦の寝室に飾られていたそうです。

メディチ家に関しては、ルネッサンスのパトロンとして歴史に名前を残したことぐらいしか知りませんでしたが、現地に行って色々と勉強になりました。

ミケランジェロ広場

まず、メディチ家は金融業で莫大な財産を築いて、トスカーナ大公にまで上り詰めた家柄ですが、元々は、小さな薬局を営んでいたそうです。このメディチが語源になって、医学のメディスンになったそうなのです。

ダヴィデ像

このメディチ家は、「王族」を生んだだけでなく、17世紀から18世紀にかけて、二人もローマ教皇(クレメンス7世とレオ10世)を輩出しているのです。

また、フランスの王后にも2人、政略結婚で、嫁ぎ、アンリ2世の王妃になったカトリーヌは特に、メディチ家の料理をフランスに伝え、これが基になって、現在のフランス料理に発展したそうなのです。

ドゥオモ

ナイフとフォークをフランスに伝えたのも、メディチ家の料理人だったそうです。

これは、知りませんでしたね。

フランス料理も「世界の三大料理」と威張っていても、元を糺せば、メディチ家の料理だったわけなんですね。