実も蓋もない話

池田町スピナーズファーム

昨日の続きです。

「キューポラのある街」をご覧になった方は、お分かりになると思いますが、あの当時(今でもかもしれませんが)、川口は、東京の人からみて「川向こう」といって、馬鹿にされていました。いわゆる零細の鋳物工場が林立する下層労働者(ドヤ)街で、映画の通り、被差別の人々が多く住んでいました。

わずか40数年前の話ですが、今の「下層社会」の人たちとは比べものにならないくらい貧乏でした。冷蔵庫も電気洗濯機もクーラーも車も電子レンジもない時代です。

あの映画で、とても印象的なシーンが出てきます。吉永小百合扮する主人公の弟の友達一家が、祖国である朝鮮民主主義人民共和国に「帰国」するので、上野かどこかの駅頭まで、旗を振って見送る場面です。当時、朝鮮民主主義人民共和国は、一部のマスコミから「北の楽園」と喧伝され、まるで理想郷のような国のように持ち上げられていたのです。それにつられて、帰国していった人たちが多くいたということです。その結果は、現在の「拉致問題」を目の当たりにしている現代の人たちはよく分かっています。帰国していった彼らは、「敵国」日本にいたということだけで、強制収容所に入れられ、そのまま行方も知らず、といった人も多かったと聞きます。

それなのに、当時、「北の楽園」とお先棒を担いだマスコミは、いまだ誰も責任を取っていません。

実にいい加減なものです。

昨日「ブログは、世論を二つに割るような話を書けば、アクセスが増加する」といったようなことを書きました。経済評論家の山崎さんの意見です。

しかし、私の意見は、醒めています。賛成も反対も、個人の意見など、国家という強大な権力の前では無力に等しいというこです。何を言っても、犬に遠吠え。

政治経済から、社会芸能に渡るまで、あらゆるジャンルで健筆を振るった昭和を代表する高名な評論家は、新聞社や出版社から原稿を依頼されると、編集者にまず「賛成意見?反対意見?どっちが欲しいの?」と事前に聞いたそうです。「自衛隊は違憲か合憲か」「テレビは社会悪か必要か」「天皇制は是が非か」-。その大評論家にとっては、所詮、どちらでもいいのです。極論すれば、売れる原稿であれさえすればいいのですから。だから、依頼される前から、賛成意見、反対意見の両方の原稿を用意していたといわれます。

今日は実も蓋もない話を書いてしまいましたね。